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訃報 (No.1739 13/07/06)

 今朝知り合いが亡くなったという電話を受けた。突然の訃報である。ほんの10日ほど前、骨折で入院しているところを見舞いにいった妻の話では、元気で死が迫っている様子など感じなかったという。原因はいずれ教えてもらえるだろうが、あまりの突然さにショックは大きい。まるで鉛の大きな弾が胸にぶち込まれたように重々しい気分で、ブログを書く気にもなれない。
 さっきまで元気でいた人が突然この世から完璧に消え去る。非情な命の仕組みに我々はなすすべを持たない。すべては神が定めた運命をなし終えて、後の人にバトンを渡したということだろう。どんな元気な人も最後はやはり死ぬのだということを実感させられた。
 しかし、死んだ人はこのあとどうなるのだろうか。とりあえず、彼の霊は天国でも地獄でもない煉獄(れんごく)で、大天使ミカエルの審判を待っているのかもしれない。心が清ければ天国、悪いことをしてきたダーティな人は容赦なく地獄に送り込まれる。**さんはきっと天国に行けるだろうと信じたい。
 今日は**さんのご冥福を祈る以外に何事もやる気にならない。さようなら**さん。
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by Weltgeist | 2013-07-06 22:47

肉離れとストレッチ (No.1738 13/07/05)

 いきなり変な話を切り出すが、皆さんは足の指をどのくらい動かせるだろうか。実は先月から肉離れの治療で整形外科病院でリハビリを受けているが、ここで理学療法士から「足の指でビー玉をつまんで見なさい」と言われて困惑してしまった。手の指ならともかく足の指を開いて物をつまむなんてやったことがない。そんなことができるのだろうか。
 とりあえず言われる通り最初は親指と人差し指の間を拡げてビー玉をつまもうとしてみた。しかし、指は5本全部が上下には動くけれど、左右に開くことができない。いったいどの筋肉を動かせば指が開いてビー玉がつまめるのか小生には分からない。そもそもそんなことができるのか疑問に思っていたら、理学療法士が実際にやって見せてくれて目が点になってしまった。彼は5本の足の指全部を見事に開いて、足でグーチョキパーのジャンケンまで見せてくれたのである。
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 理学療法士が言うには普段は使っていない足の指の筋肉をビー玉つまみで動かすことで、足の血行を良くし、肉離れで硬くなった筋肉をほぐすことが出来るのだそうだ。あまり使っていない筋肉をこの際鍛えておけば転倒などの事故を防ぐことにも有効らしい。
 それではこうした筋肉までバランス良く鍛えるにはハードな運動をしっかりやればいいのかというと、どうもこれが違うようだ。たとえばランニングで筋力を鍛えようと思っても、全部の筋肉が鍛えられるわけではない。なぜなら、走る動作をするとき、人間はできるだけ楽に走ろうとするからだ。つまり、一部の筋肉を使わないようにしているのである。普段は使わない筋肉にも負荷をかけてバランス良く鍛える必要があるらしい。
 それに有効なのがストレッチなのだそうだ。筋肉は使わないでいると、次第に縮んで弱くなる。これをストレッチで伸ばしてやることで鍛える。小生が病院で受けているリハビリ治療は肉離れした患部を電気刺激し、温熱で暖めながらマッサージとストレッチを合わせた物理療法である。この混合治療が想像以上に効果があり、最初は痛くてまともに歩けなかったのが今はほとんど痛みもなくなるほど改善されている。ストレッチの効果は抜群のようだ。
 理学療法士からストレッチのやり方を聞いた。まず自分の体の状況に合わせてやることで、無理に筋を伸ばそうとするとかえって筋を痛める。また、体が温まった状態でマッサージしながら行う。冷えた状態では体が硬くなっていて効果が薄れる。伸ばす筋は痛めた場所によって違ってくるが、医師の指示に従ってストレッチのメニューを決めて、それを毎日継続したやるのだそうだ。
 ストレッチやり方さえ教われば自宅でも簡単にできる。ハードな運動などやらなくても筋トレになると、小生、今は毎日ストレッチに励んでいる。
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by Weltgeist | 2013-07-05 23:53

悲しみよこんにちは (No.1377 13/07/04)

d0151247_21525626.jpg そういう題名の映画があった。フランソワーズ・サガン原作の Bonjour Tristesse を1957年に映画化したものである。監督はマリリン・モンローの「帰らざる川」を撮ったオットー・プレミンジャー。アメリカ映画だが、舞台は南仏リビエラ。出演はデボラ・カー、デヴィッド・ニーヴン、ミレーヌ・ドモンジョ、ジーン・セバーグである。しかし、そんな昔のことを言っても、今の若者はサガンもプレミンジャーもデボラ・カーも知らないだろう。時が過ぎ去って昔の名画が忘れ去られていくのは悲しい。
 映画は妻に先立たれた中年の父親が再婚しようとする話だが、娘の嫉妬でそれが打ち壊される。悲しみにくれた女は車ごと崖から飛び降りて自殺するラストシーンは悲しくて涙が出てくる。もっと詳しいストーリーを知りたい人はこちらをどうぞ。

 17歳という若気の嫉妬心が一人の女の心を引き裂き、死に追いやった。ほんの出来心で、悪気はない。それなのに起こってきたことは最悪の結末となる。悔やんでも悔やみきれないし、もう過ぎ去った過去には戻れないのである。
 同じような過ちを自分も沢山やってきた。それで人が死ぬことはなかったにしても、人の心の微妙なひだまで読み切れず、無神経な言葉の毒矢を射続け、他の人を悲しませた。この歳になってようやく人の心を傷つけたことを反省し始めているが、そんなことをやってきた自分についての失望が新たな悲しみの原因ともなっている。自分自身の人間としての小ささが恥ずかしいのだ。
 人生は楽しいことも沢山あるのはずなのに、どうしてこういう悲しいことが混じり込んでくるのか。自分の人生を思い返しても悲しいことばかりが思い出されてくる。楽しい日々はすぐに忘れ去られるが、悲しみは心の奥深くに刺さったトゲのようにいつまでもうずいている。だが、人はそうしたことを一つ一つ耐えて生きて行くしかない。登山家が急な山道を一歩ずつ登るように、心の痛みに耐えつつ長い坂道を登り続けるのである。
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by Weltgeist | 2013-07-04 22:31

Bさん夫妻の誕生日祝いとワーファリン (No.1736 13/07/03)

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 アメリカへ行っていたBさん夫妻が帰ってきたので、少し遅いけれど揃って4月に誕生日を迎えた夫妻のお祝いをやった。といっても夕方、近くのレストランで食事をした後、わが家でいつものオセロゲームで過ごすささやかなものである。
 ところが小生がレストランで大失敗をして、前半の食事会を台無しにしてしまった。何と、出て来た料理を食べるときに、誤って自分の舌を噛んでしまったのだ。小生は、一度出血すると血が止まりにくい抗血液凝固剤・ワーファリンとバイアスピリンを飲んでいる。舌を思いっきり噛んでしまったから出血が止まらず自分は食事どころではなくなってしまったのである。
 しかし、せっかくみんなが食事を楽しんでいるところをぶち壊すことはできない。しばらく痛みに耐えつつ我慢していたのだが、あまりに激しく吹き出る血のすごさに、このまま出血し続ければまずいことになると思い、皆がメインを食べ終えたとき自分の異常を告げた。
 皆はビックリしたが、まさかレストランから救急車を呼ぶわけにもいかない。一応皆さんの食事が終わったところで、Bさん夫妻も一緒に車で近くの大学病院に行っもらい、夜間救急外来で口腔科の先生に応急処置をしてもらった。それからようやくわが家にたどり着いたのである。
 そして妻が用意したケーキにロウソクを灯したところで撮ったのが上の写真である。Bさん夫妻にも心配させたが、家に戻れてにこやかな顔をしているのを見てホッとした。しかし、あまりに出血がひどすぎて貧血気味から小生は頭がボーッとしている。このあと、4人でオセロゲームのメキシカントレインをやったのだが、自分では何をやっているのかワケが分からないほど頭が混乱していた。こんなとき頭を使うメキシカントレインなど絶対勝てるわけがない。
 そう思っていたら、何とこの夜は小生がトップで優勝してしまったのである。何とも言いようのない意外な結果であったが、この夜、小生はずっと舌からの出血に悩まされ続け、翌朝、もう一度口腔科に行って、噛んで傷ついた舌の部分をレーザーで焼いてもらうサージェリーでようやく出血が止まったのである。
 普通の人なら舌を噛んでも自然に傷口がふさがって出血も止まるだろうが、血液をサラサラにするワーファリンという薬を服用していると、重大事故につながる出血となる。先日もちょっと転んだだけなのに、内出血で足が倍以上の太さに腫れ上がり、神経がやられてしまっている。これはとても恐ろしい薬なのだ。
 後でBさんには病院まで直行したことを謝ったら「いや、日本の急患システムが分かって良かった」と言ってくれたのが救いだった。また、今日は小生の惨状を聞いて、シンガポールのRさん夫妻が家までお見舞いに来てくれた。みんなには心配をかけ、自分も痛い目にあうワーファリンなど飲みたくないが、止めるわけにはいかない。小生はこれからも恐ろしい危険と背中合わせで生きていかなければならないのである。
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by Weltgeist | 2013-07-03 21:49

スノーデン事件の本質 (No.1735 13/07/02)

d0151247_9324992.jpg 元米国CIAの職員、エドワード・スノーデンが「アメリカの国家安全保障局NSAが日常でやり取りされる通信情報のほとんどを傍受できるシステムを築いて、携帯電話の通話記録やメールなどの情報を収集していた」と暴露した。米政府は国家の秘密を敵にもらした反逆の罪と考えて、やっきになって彼を逮捕しようとしている。
 技術的にどのような方法があるのか分からないが、電話はもちろん、ネットに流れる情報の秘密の部分は案外簡単に読み取れるらしい。スノーデンは「自分のデスクからどんな相手も盗聴できた」とニューズウイークで語っている。こうなると私信の秘密なんてものは存在しないのと同じと思っていいだろう。世の中、狙いを定めれば何でも読み取ることができそうである。
 知らないところで電話が盗聴され、個人情報が全部盗み見られている可能性がある恐ろしい世の中になっている。これからはあらゆる個人情報は読み取られていると思っておいた方がいいだろう。ネット社会で秘密なんてあり得ない。安全神話は完全に崩れていると言えよう。
 だが、今回、スノーデン事件が問題となるのは、そうした情報を国家が盗み取っていたことだ。テロや殺人事件などを防ぐために国家は正義の名においてそうしたことをやっている。戦争と同じで、個人的に人を殺せば殺人で罪を裁かれるが、国家がやれば英雄になるという価値観の勝手な変換がいまもまかり通っているのである。
 この場合、問題にしなければならないのは「何が正義か? 」ということだ。日本、英国、独、EUなどの同盟国を含む38の大使館で盗聴をやっていたという。しかし、同盟国の大使館までスパイするのはけしからんと意気込むだけで終わる問題ではない。正義とは何かをここから考えなおすべきだろう。
 スパイ活動は、自国の安全を守るためには肯定されるべきと当たり前に受け取られがちである。しかし、それが「正義に叶ったことか」と問えば、疑問が湧いてくる。戦争の勝利国に正義の判断権があるように、スパイ活動は戦争の延長として肯定されているのではないか。人を殺しても英雄扱いされるのと同じ論理が振り回されているのである。
 自国を守るためには何をやってもいいというのは勝手な言い分であって、それを正義とか法を破ったということで追求する方がおかしい。スノーデンはちょうどそれの逆の論理を行使しただけである。
 泥棒が、盗んできた盗品を分け合うとき喧嘩しているようなものだ。
 ここで我々が考えなければならないのは、こうした違法行為が今後は止めさせるべきということだが、どうやら人間はどこまでいっても自分勝手な存在で、それを止めることはなさそうである。
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by Weltgeist | 2013-07-02 09:57