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2013年 07月 15日 ( 1 )

言葉に潜むニュアンス (No.1746 13/07/15)

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 いじめが原因で子供が自殺する例が後を絶たない。自らの命を絶つということはものすごく重い決断である。「何でそんなにしてまで・・・」と後から言っても子供の命は帰ってこない。10日には名古屋市内で中学2年の男子生徒がマンションから落ちて死亡した。いじめによる自殺だろう。
 生徒は先生もいる前でクラスメートから「**君は今日死にます」と言われたという。きっと言った生徒は遊びの延長で、それほど重大なことになるとは思っていなかったろう。だが、言われた方は傷つき差し伸べて欲しい助けが必要だった。しかし、このとき担任の先生まで「やれるものならやってみろ」というような発言をしたという。
 担任教師は「受け取り方は様々で、そういう風にとった生徒がいることを残念に思うが、決して言っていない」と否定した。先生はそんな言葉は言っていないかもしれない。しかし、コミュニュケーションのツールとしての言葉は、個々の言葉のなかに含まれる「ニュアンス」によって意味が全然違ったように受け取れる。教師は「やって見ろ」と言わなくてもそれに類する思いを持っていると男子生徒に思われてしまったのではないか。
 「おまえはバカだ」という言葉も、笑いながら軽く言うなら、受け取る方も笑って済ませるが、憎しみを込めて毒々しげに「おまえはバカだ」と言われれば、受ける方も激しく反発する。言葉の中には発する人の気持ちが含まれていて、それが相手に直で伝わるのである。同じ「バカ」という言葉でも愛情深いものもあれば憎しみが含まれたものもある。教師はそのことを理解できていないのである。
 誰からも見放された絶望感が自殺を引き起こした。「死ね」と言った同級生だってここまで事態が深刻になるとは思っていなかったろう。だが、思慮を欠いた幼い者の言葉は残酷にも少年の胸に深く突き刺さってしまった。
 ほんのわずかな心遣いがあれば救えた事件なのに、加害者という立場に立たされた人たちはこれから心に重い罪の意識を背負っていかなければならない。
 子供の頃から言葉使いを学校では教えてくれる。しかし、大事なことは言葉の言い回し、選択ではない。教育とは愛情なのだ。心の底から相手を思う愛情があればこうした問題は起こらないのである。
by Weltgeist | 2013-07-15 21:54