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2011年 02月 27日 ( 1 )

革命で希望に満ちた社会は実現されるのだろうか (No.986 11/02/27)

 チュニジアからエジプトに至る独裁者追放のうねりはリビアにも広がり、独裁者が民衆から権力の座を奪い取られるようとしている。チュニジアでもエジプトでも革命はとりあえず民衆側の勝利に終わった。人々は勝利を祝い、これからは自由で幸福な社会がやってくると喜んでいる。しかし、圧制者がいなくなれば人々は幸福になれるだろうか。
 かってマルクスは資本主義の弊害で人々は搾取され続け、悲惨な状況は日ごとに強まるが、やがて怒りに耐えきれなくなった民衆の革命的蜂起によって、搾取のない幸せな社会が生まれてくると予言した。その予言は1917年のロシア・ボルシェヴィキ革命によって実現された。スイスに亡命していたレーニンはロシアで起こった二月革命のニュースを聞き、ペトログラード(現在のサンクトペテルブルク)へ戻り、十月革命を起こして「ロシア社会主義ソビエト共和国」を樹立した。
 ここでマルクスの予言した共産主義への一歩として社会主義革命が実現したのである。力強いレーニンの演説に民衆は希望の火を見、圧政から解放されると驚喜した。だが、その後のソ連で理想的な社会が生まれたかというと、答えはノーである。帝政ロシアほどの悲惨はなくなったかもしれないが、新しい悲惨が生まれた。体制に反対する沢山の人が政治犯として囚われた暗い時代が出現したのである。

 ちょっと次元が違う話かもしれないが、現在日本で政権を握っている民主党も、自民党の長期政権にノーを突きつけた国民の支持で実現したものである。前回の選挙で民主党が圧勝したとき、これで少しはましな国になるかなと国民は本気で思った。しかし、蓋をあけてみれば状況は自民党とまったく変わらない。すぐに国民の内閣支持率も急落し、誰がやっても結果は同じだという幻滅だけが残った。
 今やかっての民主党と同じ事を言っている自民党も、政権与党に荷担した公明党も、そしてその他諸々の弱小政党にしても、きれい事を言うだけで、実際に政権をとれば同じ穴の狢(むじな)になるだろうことが我々に分かってしまったのである。誰がやっても将来に期待は持てない。絵に描いた餅は描けても、現実を変えるまでの力はないのだ。
 それはチュニジアでもエジプトでも、そしてリビアでも同じではないかと思う。リビアでカダフィが倒されるのは時間の問題だろう。この後で多少の紆余曲折はあっても、民衆の側が勝利するのはほぼ間違いない。しかし、その後で明るい社会が実現するかどうかは分からない。40年前のカダフィだって、最初は王政を打倒して民主主義を目指すと言っていた。それがここまで腐敗してしまった。「権力は腐敗する」」という言葉は真理なのである。
 結局、人間という奴はどうやっても理想は実現できないと悲観的に考えてしまう。それは長い人類の歴史を見れば明らかである。十人十色で人はそれぞれ考え方が違う。理想を言う人間が権力を持つと自分の利益誘導を計る我田引水的な考え方を出すから、一丸となって理想に突き進むことなど土台無理なのだ。人間にはそうした能力が欠けているのである。だから状況が変わっても新たな不幸を造り出すだけではないかと思ってしまうのだ。
 しかし、それでもリビアのような国では、いまより少しはマシな民主主義が根付くだろう。少なくとも自分の意見をおおっぴらに発言できる程度になれば、それで良しとしなければならないのかもしれない。人間は一気に理想を実現することなど無理なのだ。遅々とした足取りでしかないが、少しずつ少しずつ良くなることを期待するしかないのである。
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by weltgeist | 2011-02-27 22:25