2008年 11月 24日 ( 1 )

安物志向が自らを滅ぼす (No.260 08/11/24)

 ガソリンが急に安くなったためか、昨日三浦半島から戻ってくるのにたいへんな渋滞に巻き込まれてしまった。車が急に増えて、道路が混んでしまったのだ。リッター180円を超えていた8月頃は、高いガソリン代を気にして皆が車に乗らなかった。その反動が一気に出て来たような車の混雑ぶりだった。
 しかし、庶民の収入は増えてないからこうした「車による外出」も一時的だろう。家計を考えたらそうそうに無駄な出費は出来ない。財布のひもをしっかり締めて、少しのお金も有効に使わざるを得ない状況だ。いや、財布のひもを締められる人はまだいいかもしれない。財布に入れるお金のない人は締めようと開けようと関係ないからだ。
 経済評論家は一致して「これから未曾有の不景気がくる」と予測している。そうなったとき、我が家の貧弱な家計は破綻するかもしれない。しかし、以前にも書いたように自分は数年前から結構楽天的な考えを持つようになった。破綻しても、人間何とか生きていくことは出来ると思い始めたからだ。金が無ければ無いなりの生活をすればいい。もちろんあるに越したことはないが、金が全てといった拝金主義に染まりたくないと思っているのだ。
 越後の良寛和尚のように、無一文でも豊に生きた人は沢山いる。そうした先達の背中を見ているから、自分が苦しい状況に陥っても「何とかなる」と思えて、安心しているのだ。
 それはさておき、どの家庭も今や節約モードである。バブル華やかなりし頃は、節約に励む人を「みみっちい」とさげすむ傾向があった。だが、今、みみっちく節約することは決して恥ずかしいことではない。以前ならタクシーに乗っていたところをバスにする、電車一駅くらいは歩くといった節約は、大いにやるべきだと思う。
 しかし、節約が高じて安物だけを求め過ぎるのは自分としてはお勧め出来ない。時々信じられないような激安品で客を呼ぶスーパーなどがある。財布に優しく、庶民には有り難い存在であるかもしれないが、こんな安物だけを買っていると、時にとんでもないしっぺ返しを食らうこともある。肉の偽装をしたミートホープの社長が「安物ばかり求める消費者にも責任の一端はある」と言った。これはある面から真理でもある。
 物には適正な価格がある。常識的な価格よりずっと安い物は、何か裏があってもおかしくはないだろう。そうした安物志向が偽装を生み、またまじめに物作りをしている人たちを圧迫していくのである。商品の良さ、お客様の真の満足を考えず、安い物を売れば客は来ると考える人、値段だけで勝負する人は値段で負ける。下をくぐる値段でライバルを倒しても、必ずさらに下の値段で攻めてくる競争者が出現するからだ。安売りの未来は明るくはないのである。
 ドイツのことわざで「我が家は安物を買うほどお金持ちではない」というのがある。安物は値段なりの物だから、結局は高い物についてしまうという警告である。確かに今の経済状況から言えば、高い物に手が出ないのは当然である。しかし、安物ばかりを求めると、最後は自らの首を絞めることになりかねないのだ。
 安物全盛時代にあって、ひたすら本物を提供しようとする人たちも沢山いる。こうした人たちこそ次世代に生き残る人だと思う。良い物は必ずお客も認め、喜んでくれると信じて仕事に打ち込むこと、それこそ仕事の原点であろう。だが、いくら良い物でも適正な価格で販売されなければ、それは安売り主義と同列でしかない。我々は良い物にはまっとうな代金を支払う気持ちはある。しかし、ブランド名だけで意味もなく値段を引き上げる者には厳しい目を持つ必要性をバブル崩壊で学んできている。この苦い経験を忘れないでもらいたいものだ。
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by weltgeist | 2008-11-24 23:01