2008年 11月 09日 ( 1 )

新渡戸稲造が語る武士の金銭感覚 (No.244 08/11/09)

 今日は月一で行われる恒例の「新渡戸稲造の”武士道”を読む会」に参加。いつものように某医科大学教授・H先生のお話を聞いた。今日のテーマは10章・「武士の教育と訓練」である。
 この章で新渡戸稲造が指摘するのは、武士が学ばなければならない金銭感覚である。武士の家に生まれた子は徹底的にサムライになるよう教え込まれるが、その教育において種々の学問を学ぶことはさほど重要ではないとされる。教養を身につけるより、まず品性を培うことを最も大きな目標として教え込むのだ。武士にとって学問はもちろん大切なことではあるが、それは全て武士の品性を高める目的に有益な場合に限られるのである。中にはそれにそぐわない「学問」もある。それは数学である。計算するということは武士の生活においては、最も縁遠きものだから数学は疎んじられるのだ。
 計算とはお金の勘定である。金銭の損得について武士が口にすることは悪趣味であり、お金の価値を知らないことが良き教育の結果であるとされた。従って、お金の計算は下役人に委ねられ、藩の財政は小身の武士、もしくは御坊主がやっていた。なぜなら武士は「金銀の欲を思うべからず、富めるは智に害がある」(岩波文庫版、武士道P95)とされたからだ。お金のことを思うと品性を損なうと考えているのだ。それで貧乏になろうと、彼らにとってはどうでもいいことである。むしろ赤貧に甘んじるところに品性の高貴さを見いだしているのだ。彼らは「一貫して理財を追求する道を卑きもの」(P96)と見なすことに固執したのである。お金こそ武士の魂を卑しくさせるものに他ならないのだ。
 武士道が特異なのは、働くことで報酬を得る現代のシステムをとらないことだ。働くのはお金を稼ぐためではない。そこに金銭では計れない価値を見いだすから働くのだ。現代人のように給料の多さで仕事を撰ぶことはないのである。昔の武士は我々現代人とは全く異なる価値観で動いていたことになる。お金の多さで仕事をするわけではないから彼らの生活は極めて質素で、ストイックな暮らしぶりであったことが想像される。
 それゆえ支配者階級であった武士は「金銭と金銭欲をつとめて無視したことにより、金銭に基づく凡百の弊害から自由であることを得た。これは我が国の公吏が久しく腐敗から自由であった事実を説明する十分な理由である」(同)。だから武士が世の中を取り仕切っていた時代は、お金にまつわる点では非常にきれいだったことになる。富を独り占めすることもなければ、汚職もなかった。だが、明治に入り、サムライがいなくなったとたんにそれは変わってしまう。新渡戸はこれについて「しかしああ! 現代における拝金思想の増大、何ぞそれ速やかなるや」(同)と嘆いているのだ。
 新渡戸が拝金主義が出てきたと嘆いたのは今から百年以上も前の1889年のことである。明治維新になり、武士階級が滅びると同時に貧困であることを誇りとした武士道はあっという間に廃れてしまったのだ。
 お金が全てと思う人が大多数を占める現代において、武士道の精神が成り立たないのは言うまでもない。天文学的数字の報酬をもらう米国大企業のCEOの給料など、うんざりするほどの拝金主義が今でははびこっている。
 金で買えない物はないと豪語したIT産業の有名経営者がいた。彼はその後事業が行き詰まって没落した。金が金を稼ぐと原油や穀物に投機資金をつぎ込み、値段を吊り上げながら、最後は暴落によって大やけどを負った人も沢山いる。彼らは金の力を信じ、金に滅ぼされたと言える。
 しかし、こうした激動する現代においては、金の有る無しなど関係なく、高い品性を保つことだけを追求した昔のサムライの生活こそ、実は豊かな生活ではなかったかと思えてくるのだ。ボロは着てても心は錦。貧乏などものともせず、ひたすら心の充実を求める生活の方がずっと贅沢だったのではないかと、この頃思い始めているのである。
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北の海から回帰してきたサケがこのように一網打尽でとれた時、漁師の気持ちは「金では買えない充実感」に満たされる。こうした仕事こそ働くことが喜びに即つながる貴重なものではないだろうか。取り込みを見ている我々にもその喜びが伝わってくるようだった。福島県木戸川河口にて。
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by weltgeist | 2008-11-09 23:53