若い頃禅寺に7年間に渡って通っていたことがある。きっかけは大学での対人関係で悩み、半ば引きこもり状態にあったとき、ある先輩から「お前、禅でもやったらどうだ」と言われ、大学で行われていた「座禅会」に参加したのがはじまりである。座禅というと、足を変な風に組んで座り、居眠りしていると後ろから痛そうな棒で殴られる厳しいイメージがあった。だが、それは大学の教室の椅子に座ってやるから、簡単だと言われ、「それならやってみるか」という軽い気持ちでの参加であった。
小生に禅を教えてくれたのはYさんという老師で、すでに80歳は越えているだろうに、赤子のように澄んだ目をしたたいへん魅力的な人物だった。そのY老師が初めての小生に禅のやり方を教えてくれる。まず背筋を伸ばすように座り、目は半開きで1m程先の空を見て、吸う息を一つ、吐く息を二つと、十まで数えたら、また最初に戻って一つと繰り返す。いわゆる「数息観」という方法である。そして、老師が言うにはとにかく全身全霊を持って一つ、二つと数えなさい。しかし、途中でそれが出来なくなっても慌てずに最初の一つに戻ってやり直しなさい。それだけに集中してやりなさいというのだ。 「なんだ、簡単じゃないか」と思った小生、言われたように「ひとぉーつ、ふたぁーつ」と自分の息に集中してそれを数えだした。ところが、四つくらいまでくると、意識が息に向かわず別なことを考えてしまう。「今日の学食のカレーライスはまずかったな」と言った、関係ないことに意識が行ってしまうのだ。「いかん、いかん。集中しなければ」とすぐに反省し、再び「ひとぉーつ」とやると四つくらいでまた別なことを考えてしまう。 禅は「無心」になることを目指すと分かっていたが、無心どころか頭は色々勝手なことを考えてしまい、それを自分がコントロールできない。その上、息に集中すると目の前が暗くなったり、明るくなったり、頭がぐるぐるしたりと、異常なまでの精神状態になってしまう。とにかく自分はたいへんなマインドコントロールでも受けているような気がした。しかし、何故か座禅を終えた後は不思議と気持ちが静まるのだ。これに興味を惹かれた小生は、その後大学での座禅会だけでなく、老師が住む武蔵関のお寺にも通い、公案という「禅問答」の問題も与えられるようになる。 小生に与えられたのは「無門関」という禅問答集の最初に出てくる「趙州狗子」という有名な禅問答である。これは「犬にも仏性はあるか」という問いに対して、趙州禅師が「無」と答えたというもので、この意味はなんぞや、という問いである。だが、この答えは頭で考えても絶対に解けない。「犬も仏なのか。その答えが無である」なんてこと、考えたって分かるはずがないのだ。禅問答とはこのように頭で考えても絶対解けない問題を与え、いくら頑張っても解けずに最後に行き詰まらせる。考えて、考えて、さらに考えても分からないお手上げ状態にさせ、「もう止めた。駄目だ」となった極限のところで人間の浅はかな考えを放棄させるのだ。すると、人が自分の考えを捨てた時、逆に答えが見えてくるのである。 しかし、3年ほど夢中で参禅したにもかかわらず、小生はついにその答えを見いだすことが出来なかった。悩んだ小生はその後、臨済宗を諦めて曹洞宗の方法で座禅をやり直したのである。臨済宗が禅問答による公案を解かせるのに対し、曹洞宗は公案や息を数えることもしない。「只管打坐(しかんたざ)」といって、ただ無心に壁に向かって座るだけの方法をする。臨済のように「無心になれ」とも言わないのだ。ただ座っていれば、いずれは自らが座っていることさえ意識しない無心な状態になるという曹洞禅の作法に期待したのである。 こうして自分は臨済、曹洞の両派を渡り歩いたのだが、最終的な「見性」と呼ばれる段階まで行き着くことは出来なかった。禅で言う「無」とは何かを最後まで理解することも出来ずに終わってしまったのである。だが、7年間に渡って、自分自身を集中して見つめたことが、その後、自分の人生観に大きな影響を与えたことは間違いない。禅は自分自身の「今の状態」を徹底的に見つめること、すなわち、息をしている自分とそれを数えている自分の分裂を猛烈な集中度で見つめさせたのである。それがこの前まで書いてきた「ファジーな真理」のメインテーマとなった主体と客体の分離の問題につながった。だから、フッサールが現象学を提唱したことも、サルトルが「実存は本質に先立つ」と言ったことも、はたまた西田幾太郎が「絶対矛盾的自己同一」と言ったことも、禅を経験した自分にはある程度理解ができたのではないかと思っているのだ。 禅は宗教であって、宗教ではない。一種の精神集中の方法でもある。興味のある方は一度試して見るといいだろう。 http://www.sotozen-net.or.jp/zazen/sahou.htm
by weltgeist
| 2008-12-25 23:56
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