知られざる天才、イマニュエル・カントの生活(No.134 08/06/26)

 カントの純粋理性批判(Kritik der reinen Vernunft/1781・1787)を読んだのは、26歳の時だった。最初日本語の翻訳で読んだが、さっぱり分からず、これはドイツ語の原文で読まないと駄目と思い、最終的には原書で読み切った。しかし、それで何か分かったかというと、「なんとまあ、この人はきまじめで、七面倒くさいことをここまで徹底するのか」と言う印象しかなく、影響も受けなかった。純粋理性批判を読まれた方はご存じの通り、「先験的総合判断は如何にして可能か」という単純な問題を、ものすごく複雑な理論を使って何とか証明しようとしたものである。証明できたかどうか異論はあるが、ともかく一人の人間がこんなことまで考えられるのかというほど、内容は精緻に富んでいる。
 こんなだからカントはきっときまじめな人だったのだろうな、と思う。ところが、このカントというおじさん、純粋理性批判の著者というイメージとはかけ離れた中々興味深い人物だったようだ。最近読んだ中島義道氏の「カントの人間学」(講談社現代新書)という本を読むと、彼がどんな人間だったか分かり、面白かった。
 イマニュエル・カント(Immanuel Kant/1724-1804年)というと、いくつかの伝説が残っている。有名な話で彼は毎日、時計のように正確に決められた日課を守っていたことだ。彼が住んだケーニヒスベルグ(今のロシア、カリーニングラード)の市民は彼の姿をみて時計の時刻を修正したと言う。カントは「私が貧しくなって困るようになったとき、最後に売る物が時計だ」と言ったというほど時間を守っていたのである。
 だが、カントがこのように時計並みの規則正しい生活をしたのは、ケーニヒスベルグの町の中を6回も引っ越した(中島 P.49)あげく、63歳になってようやく終の棲家を見つけてからだったらしい。それ以前は、日常の些事に追われておちおち研究もしていられず、時間通りの規則正しい生活より、その些事を追い払うことに神経を費やしたようだ。この天才は猛烈に神経質で、自分の置いてあったハサミやペンがわずか2インチずれただけでも心がかき乱されたと言う。ところが、彼の住む家はいつも騒音に悩まされる所だったのである。d0151247_1894055.jpg
 カントは静寂を求めて何度も引っ越しして、ようやく静かな家を見つけたと思ったら、朝になると鶏がうるさく鳴きまくるとんでもない家だったりした。うるさくて研究どころでなくなったカントはこの鶏を全部買い取る交渉を隣家とやるが、うまくいかない。これはたまらないと、また新しい家に引っ越して行く。だが、やっと静かな家を手に入れたと思いきや、何と隣は刑務所だった。鶏の鳴き声はなくなったが、今度は囚人達が歌う合唱の声に悩まされ、警視総監に直訴する騒ぎまで起こす。偉大な天才も世間の雑多なモメ事には大いに悩まされたようなのだ。
 しかし、この天才は全てにおいて破格の存在だったようだ。規則正しい生活の中で小生が興味を持ったのは彼の食生活だ。朝5時に起床してから、お昼まで大学の講義や原稿執筆に費やしたあと、毎日午後1時から4時頃まで何人かの人を招いて食事をしたことである。毎日家で会食をする、しかも食事は一日この一回だけであとは食べない。つまり一日一食である。一日三食でも時々腹が減る小生には、朝5時に起きて1時まで何も食べないなんて信じられない。腹が減って我慢出来ない小生は、その意味でも決して天才にはなれないのだ。
 また、カントは「一人で食事をすることは、哲学する学者にとっては不健康である」(中島 P.147 カント”人間学”/1798/ Kants Werke 14, S.257)と言って、毎日数人の人を家に招いて会食を楽しんだのだ。そして、厳密さを重んじるカントは、その席での話題は哲学や学問に関することではなく、もっぱら世間話に厳しく限定していたという。あのきまじめカントが世間話、例えば「**さんがどこそこの奥さんと出来た」と言ったことを楽しく話あったのだろうか。しかし、こうした話題となれば、男性より女性の方が情報量の多さと正確さで圧倒していたはずだが、自宅の会食に女性を呼ぶことをカントは避けていたようだ。カントは生涯独身を貫いたのである。また、食事の時のカントはマナー、品性に欠けた食べ方をしていたと言うから、女性を呼んだらひんしゅくを買ったのかもしれない。
 純粋理性批判の緻密な構成を見ると、この天才の頭の構造はどうなっているのか知りたい気持ちになる。しかし、天才も時の経過には勝てない。年老いた天才は、自分が歳を取り、ケーニヒスベルグで自分より歳をとった人が少なくなる事を喜ぶようになる。そして、最後はアルツとなり、目の前にいる知人が誰かも分からなくなったと言う。天才の生涯は80歳で幕を下ろした。最後の言葉は「それで良い。 Es ist gut」であったと言う。いささかアルツ気味で将来に不安を抱く小生、カントもアルツであったと知り、少し安心した。自分も天に召される時、Es ist gut と言って終わりたいと思っている。
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昔の哲学青年が皆お世話になったフェリックス・マイナー書店発行の「純粋理性批判」(左)。以前紹介したヘーゲルの「精神現象学」と同様、表紙も中身もボロボロになっていた。中島義道氏の「カントの人間学」(右)は読みやすく、また読んでいて楽しい本だ。
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by weltgeist | 2008-06-26 18:11


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