人気ブログランキング | 話題のタグを見る

ギフチョウが飛んだ谷(No.60 08/04/03)

 今日は中学時代からの友達であるT君が我が家を訪ねてきて、懐かしい思い出話で楽しい時間を過ごすことができた。彼とは50年以上の付き合いである。友達付き合いと言っても、ここまで長い例は少ないのではないだろうか。それが今も続いているのは、やはり彼が小生にとってかけがえのない友であったからだろうと思う。知り合ったのは中学三年生の頃で、二人とも蝶の収集に凝っていたのが始まりである。当時の小生はとても活発な性格で、普通の中学生なら行かない場所、いや絶対に行けない場所まで彼と歩き回っていた。珍しい蝶をつかまえるためとんでもない所にしばしば行ったのである。特に印象に残ったのは八ヶ岳だ。まだ中学生だった我々は高山地帯に住む「高山蝶」を探して、主峰赤岳の頂上(2,899m)まで登ったほどである。もちろん、親や先生にも内緒でだ。
 あの頃、頻繁に行ったのは高尾山だ。ほぼ毎日曜日、欠かさず捕虫網を持って彼と出かけて行った。ここは東京都とは思えないほど自然が豊かに残る蝶の宝庫だったからだ。若い中学生には憧れの蝶が色々いて、いつ行っても期待を裏切らない成果を得ることができる場所だったのだ。小生とT君が得意とした場所は、高尾山の北側にある景信山(かげのぶやま)東斜面で、この景信山に突き上げる「小下沢」沿いの林道がフィールドであった。ここには蝶の王様と呼ばれる、清楚なギフチョウがいたのである。ギフチョウが飛んだ谷(No.60 08/04/03)_d0151247_23521440.gif
 今ではギフチョウは数が少なくなり、昆虫採集で獲ることなど許されない稀少種であるが、あの頃はまだ少しだけいて、運がいいと中学生でも採集することができた。丁度今時分、桜の花が満開になる頃、小下沢沿いの林道を歩いていくと、どこからともなくギフチョウが飛んできて、子供達の心をワクワクさせたものである。
 だが、我々が夢のような時間を過ごせた小下沢のその場所に、今ではとんでもないものができてしまった。中央道と圏央道が交わる高速道路のジャンクションが建設され、もうギフチョウどころか、ごく普通にいたカラスアゲハやシジミチョウなども消えてしまったのである。
 そして、T君とあの優雅に飛ぶギフチョウの姿を思い浮かべているうちに、二人ともギフチョウをもう一度この目で見たくなったのだ。できたらこの春に見に行かないかという話で二人は盛り上がったのである。だが、小下沢ではもうその姿を見ることはできないだろう。T君の話では、新潟県にはギフチョウがいる場所が残っているから、そこへ行ってみようと話は決まった。新潟ならまだ桜は咲いていないだろう。時間的な余裕はある。もちろん、昔のように捕虫網を持って採集するなんてことはできない。マクロレンズを付けたデジタルカメラで、あの妖精のようなギフチョウの姿を何とか撮ることができればと思ったのだった。
 しかし、楽しい蝶の話をした後、悲しい話題にも及んだ。中学生当時、我々蝶のグループは全部で7人いたが、今では小生とT君だけしか残っていない。他の人はみんな先に逝ってしまったのだ。7人のうち5人が逝くというのは、ショックである。彼らの多くはいわゆる若死にであった。戦後の混乱した時代に成長期を迎えたため、様々な有害物質をたっぷり食べた影響があったのかもしれない。それは小生やT君とて同じこと。
 人間の運命など分からない。我々の体も有害物質で犯されていて、いつ召されるかわからないのだから、今のうちにできることはやり遂げておこう。お互いにまだ生きていることに感謝し、先に逝った友の分も含めてこれからも一生懸命生きて行こうと誓いあったのだった。
by weltgeist | 2008-04-03 23:56


<< 磯釣りに持っていくカメラは(N... 質屋大繁盛(No.59 08/... >>