マーラーの復活(No.49 08/03/23)

 今日はイースター。復活祭の日である。復活祭というのはイエス・キリストが十字架に架けられて、3日後に蘇ったお祭りの日という意味だ。キリストがローマの役人ピラトの元で裁判を受け、ゴルゴダの丘で処刑されたのが、3日前の聖金曜日。キリスト教徒の間ではその前の日曜日から復活祭までの週を受難の週(Passion Week)と呼び、一年で最も重要な週としている。
 ところで、昨年のイースターは確か4月8日のはずである。今年はなぜこんなに早いのか、その理由はイースターが「春分の日の後の最初の満月がある週の日曜日」と決められているからだ。月齢と連動するから、毎年変わる移動祝祭日なのである。だから今年は3月23日だが、来年は4月12日という具合に毎年違う。日本のように休日が固定されている国民にはちょっと分かりにくい祭日である。
 また、イースターと言えば、きれいな色にペインティングされた卵・イースターエッグがまず思い浮かぶ。西洋の子供達はイースターエッグを探すエッグハントという遊びや、卵転がし(エッグロール)などをして遊ぶ。そして大人のキリスト教徒にとっては一年で最も目出たい日として教会で祝いのミサを行い、アメリカなどは休日となっている。
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イースターエッグで有名なのがモスクワ・クレムリン博物館(武器庫)にあるロマノフ王朝の豪華な宝石卵だ。展示してあった宝石卵は全部で10個あったが、暗くてブレやピンボケの写真ばかりで、何とかまともに撮れていたのがこの写真だけだった。これは1908年に皇帝ニコライ2世が彼の妻・アレクサンドラにイースターのプレゼントとして贈ったものだそうで、ダイヤモンドや金、銀などがふんだんに使われていた。
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今年の子供達のために用意されたイースターエッグ。イースターおめでとうと書いてあるが、ゆで卵になっているので、実際に割って食べることができる。

 人間の罪を背負って一度死んだ人間が復活して生き返るという話は、絵画、音楽、文学など芸術の分野でも重要なテーマになっている。絵画なら先日(3月8日)紹介したグリューネヴァルトの「イーゼンハイム祭壇画」があるし、文学ではトルストイの「復活」が有名である。そして、音楽で言えばマーラーの交響曲第二番「復活」が上げられるだろう。
 小生、3日前の聖金曜日はバッハのマタイ受難曲を聴いたが、今日の復活祭はマーラーの「復活」を聴くことが相応しい過ごし方だと思い、午後からこれを聴いて改めて感動しながら復活の意味を考え直した。
 今日聴いたのは最近はまっているクラウディオ・アバド指揮、ルツェルン祝祭管弦楽団演奏のDVDだ。以前から「復活」で名演奏とされるのはレナード・バーンスタインかオットー・クレンペラー指揮のものがある。日本では82年にジュゼッペ・シノポリがアルトのワルトラウト・マイヤーを率いてサントリーホールで演奏したものが最良ではないかと思う。さらに最近小生が生で聴いたものでは、2006年に文京シビックホールでダニエル・ハーディングが演奏したものもよかった。
 しかし、アバドの演奏はバーンスタインやシノポリを越える素晴らしいもので、DVDだから何度でも聴くことができる。そしてその都度しびれるような感動を受けるのだ。第一楽章冒頭のバイオリンとチェロによる「ジャーン、ジャジャ、ジャジャ、ジャジャ、ジャーーーン・・」という導入部からいきなり引きずり込まれ、最終楽章まで忘我の状態になってしまう。これは何度聴いても飽きない素晴らしい演奏である。
 そして、アバドの演奏は第四楽章からのアルト独唱でさらに高まる。第四楽章でアルトを歌うのはアンナ・ラーソン。彼女の独唱で
おお、紅の小さな薔薇よ!
人間はなんと大きな苦悩を抱えていることか!
だから私は天国に行きたい!

神は私に光を与えてくださった。
喜びに満ちた永遠なる命に私を導きたまえ。
永遠なる命の道を照らしたまえ。

と復活への希望を歌い、切れ目無く第五楽章に入ると、今度はエテリ・グヴァザヴァという若いロシア人歌手のソプラノ独唱が加わり、これが心を洗い流すような声をしている。そうして透き通るような声に魅了されるところで、男女合奏が加わって、
生まれて来たものは、滅びなければならない。
滅び去ったものは、よみがえらねばならない。

私は再び生きるために死ぬのだ!
よみがえる、そうあなたはよみがえるのだ。
私の心よ、今ただちに!
あなたの高鳴ったその鼓動が
神のもとへとあなたを運んでいくだろう!  

と歌っていく。そして、最後は燃え上がるような大合唱の高まりで終曲を迎える。聴き終えたとき、小生はいつも数分間圧倒されて、虚脱状態に陥る感じになるほどである。この感動はいくら言葉で表しても表現できない。実際にレコードを聴いてもらうしかないだろう。とにかくすごい演奏を本気で聴いてみたい人は、右にあるライフログにアップしたからここを参照してほしい。
 しかし、マーラーの音楽は大規模な管弦楽を使い、派手な音を出すことから、好き嫌いがある作曲家と言われる。ある友人に「マーラーを好きな人はホラ吹きが多い」と言われたことがある。大きな管弦楽団でデカイ音を出すこけおどしとも取られかねない面があるからだ。それと、マーラーの音楽はどれも長い。この第二交響曲も全体では1時間20数分かかる。それだけの長時間緊張を持続して聴くのは慣れないと難しいだろう。もし、さわりだけでも聴いてみたいなら、第五楽章のフィナーレに続く所だけ聴いて、気に入ったら第四を、さらに第一楽章から通しで聴けばいいだろう。第五楽章の長さだけでも30分以上かかるから、よほど心してでないと最後まで聴き通すことは難しいかもしれない。
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by weltgeist | 2008-03-23 23:10


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