シャンティの時祷書(No.34 08/03/06)

d0151247_19395568.jpg パリから北へ40㎞ほど行ったシャンティという小さな町に、コンデ美術館というのがある。小生はパリ到着の翌日、真っ直ぐここを目指した。何故かというと、この美術館に「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」という世界で最も高価で、かつ豪華な古い本があるからだ。時祷書(じとうしょ)というのは、12世紀から16世紀にかけてヨーロッパのキリスト教信徒が日課とする神への祈祷のやり方を月ごとに毎日どの時刻にどうやるか細かく書いた本のことである。16世紀になるとモノクロ版画の印刷本が出てくるが、初期の物は手書きのカラー挿絵や金の装飾を施した豪華な手作りの写本である。
 「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」の挿絵は、15世紀の有名画家、ランブール兄弟が書いたものだが、途中で作者のランブール、依頼主のベリー公とも亡くなり、後半は別な作者が作った写本と言われている。ランブール兄弟が最後まで仕上げた完全本はニューヨーク・メトロポリタンにある「ベリー公のいとも美しき時祷書」である。しかし、小生にとっては「豪華」でも「美しき」でもどちらでもいい。とにかく日本にいればどれも見ることができないのだ。それだからこそフランスまで来たのだから。
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 パリ北駅(Gare du Nord)から電車で30分、急行で3つ目の駅がシャンティだった。駅を出ると前は森が拡がり、その中にある真っ直ぐな道を20分も歩くとまず右手に競馬場があり、さらに立派な中世風のお城が見えてくる。コンデ美術館はシャンティ城の中にあるというから、この城がそうだろうと入り口から覗くと、何と中に馬がいる。城の中が厩舎になっているのだ。そして、競馬博物館という看板まである。
 ここまできて、競馬について一切知識のない小生も、以前、武豊がフランスへ何とかという馬(名前は忘れた)を連れてきて走ったのが、この競馬場ではないかということを思い出した。言われてみれば町のあちらこちらに馬の標識がある。小生には興味の無いところだが、競馬ファンにはたまらない場所なのかもしれない。
 それはともかく、競馬博物館まですでに2㎞は歩いている。肝心のコンデ美術館はさらに向こうに霞んで見えるもう一つ先のお城のようだ。こんなに歩くんだったらタクシーに乗れば良かったと思ったが後の祭り。とりあえず時差ボケの体にむち打ってようやくコンデ美術館に到着。まるで映画のセットに使えそうな格好いいお城を入ると、いきなり壁一面にこれでもかと貼られた沢山の古典画が現れた。コンデ美術館はフランスでルーブルに次ぐ古典画の収集量を誇るすごい美術館なのだ。
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 目に付いたのはラファエロの「オルレアン家の聖母」。小さな絵だが、まさしくラファエロのタッチで、引きずり込まれるような妖艶な魅力がある。ただ、日本でこの写真を見なおして気づいたのは、マドンナ、幼子イエスとも頭に光背(日本で言う後光、ニンバス)がないことだ。これがないと、普通、絵の依頼主(多くはキリスト教会)は受け取りを拒否するのだが、この絵はどのような運命をたどったのか、勉強不足の小生には分からない。コンデ美術館にはあと2枚ラファエロがあったが、彼の人間観を暗示するこの絵が一番良かった。さらにボッティチェリ、ジョット、フラ・アンジェリコ、アングル、バン・ダイクなどさすがに錚々たる絵が揃っていて見応えがある。
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 そうした絵を見た後、いよいよベリー公のいとも豪華なる時祷書に行き着いた。本は頑丈なガラスケースに入っていて、ページを自由にめくることはできない。展示してあるのは写本の写本で、本物はどこかに仕舞ってあるらしい。しかし。それでも迫力は十分ある。左側の頁はランブール兄弟が手書きで仕上げたきれいな挿絵、右は赤と青を基調にしたラテン語が書かれている。ラテン語もフランス語の説明も良く分からないが、多分時刻ごとにどのような祈祷をするのかが書いてあるのだろう。羊皮紙200枚、ページサイズは29X21㎝ということだけは理解できた。世界で最も高価と言われるこの写本をガラス越しにカメラに納めようと試みるが、暗いのとガラスの反射でうまく撮れない。D300のISO感度を1600とほぼ限界近い高さまで上げたが、この程度のクオリティしか撮れなかったのに不満が残った。
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上段が写本の見開き状態。写真は10月の挿絵のページ。こうした挿絵は1月から12月まであって、それぞれの月に合わせた出来事や、農作業の様子などを描かれている。上側アーチ状の部分を月暦表といい、1582年に教皇グレゴリウス13世によって定められた現在のグレゴリオ暦(我々が使っている暦)以前に中世で使われていたユリウス暦が描いてある。これは1年の各月を黄道12宮の星座と、それぞれ月の農作業や祭りごとなどの絵と一緒に描き、日、曜日、祝日、聖人の日などの時を中世の人はこれで知っていた。いわばカレンダーの前身みたいなものである。右側ページは赤、青、金色のラテン語で日にちや時刻らしい表組みが書かれ、これに合わせて信徒はお祈りをしたらしい。下左の写真が1月、右が6月の挿絵。

 もう一つ、コンデ美術館には小生が好きなマゼランが持っていた聖書があるはずだが、これを見ることは出来なかった。管内にいた係員に英語で聞いても、全くフランス語しか話せない。不覚にも聖書をフランス語で何というのか分からず、マゼラン聖書を諦めなければならなかったのは残念だった。

 
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by weltgeist | 2008-03-06 20:10


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