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マリー・アントワネットの悲劇(No.28 08/02/22)

 上野の東京都美術館で開催されている「ルーブル美術館展」で、マリー・アントワネットの旅行用携行品入れが人気を博しているという。約90点にも及ぶ携行品の中には化粧品からM.A.のイニシャルが入った豪華な銀や陶器の食器類まで興味深い物が揃っているらしい。だが、この携行品故に彼女は命を落としたのである。世間知らずの彼女はフランス革命の大波を避けて恋人フェルゼンの待つ国外に逃げる際、なお贅沢な生活を続けるため膨大な荷物を持ち出し、その荷物の多さで身元がバレて囚われの身となったからだ。
 マリー・アントワネットについて小生は、贅沢好きのわがまま女というイメージを長い間持っていた。それを覆したのはシュテファン・ツバイクの名作「マリー・アントワネット」を読んでからだ。これで彼女に対する見方がすっかり変ってしまった。ツバイクは「ジョセフ・フーシェ」「マゼラン」「エラスムスの勝利と悲劇」と言った伝記ものから「アモク」「レゲンデ」などの小説まで驚くほど豊かな語彙と韻を踏んだ独特の文体で書き上げるオーストリアの作家である。彼の作風には読者をどんどん引き込んでいく力強さがあり、その作品は世界中で愛読されている。小生もツバイクが大好きで当ブログの「ライフログ」に彼の代表作「人類の星の時間」を挙げているほどである。
 ツバイクはハプスブルグ王家マリア・テレジアの娘として14歳のマリーが政略結婚のためフランスへ嫁いで行くところから物語を書き始める。そして1770年、パリに向かうマリーがドイツ国境を越えてストラスブールに入るところを目撃したのがゲーテである。彼はストラスブール大聖堂に飾られた祝宴のゴブラン織りの絵に彼女の不吉な未来が暗示されていることを予測する。表面の華やかさの裏にすでに悲劇の密かな萌芽が隠されていたのである。
 天才ゲーテの洞察は的中し、彼女はそれから23年後の1793年10月16日、38歳の若さで断頭台の露と消える。処刑の原因はもっぱらマリーの人間的愚かさに由来すると信じられている。しかし、14歳という未熟な年齢でフランス王家に嫁ぎ、煌めくばかりの豪華な生活の中に無防備で投げ込まれた人間が、正常な判断力を育てることができただろうか。まして、夫となったルイ16世はこれ以上無能な人間はいないと言われるほどの馬鹿亭主。欺瞞が渦巻く王宮で誰一人彼女を諭す人もなく、奔放で無駄遣いの限りを尽くすマリーに怒り狂うフランス革命の怒濤のような波が襲おうとしても、それに気づくことさえ出来ないのだ。虚飾に満ちた華やかな生活が人を蝕み、錦糸で織られた絨毯の下に破滅の道が人知れず作られていることに彼女は気づかなかったのである。際限のない無責任、奔放さはそれが高ければ高いほど、落下する谷底が深くなるのである。
 人がここから学ぶのは中庸の道である。ほどほどがいい。過ぎたるは及ばざるがごとしである。たぐいまれな生活を享受できたマリーは、華やかな絶頂期を経て、誰もが訪れる人生最後の精算時にそのツケの全てを最悪の形で支払わねばならなかったのである。ツバイクによればわずかな救いは、マリーが獄中から書いた最後の手紙の中で、人間としてあるべき本来の姿に目覚め、自分の人生を総括できたことである。すでに時は遅かったけれど、断頭台に上がったマリーは一切たじろがずに神が下した運命に従ったと言う。
 彼女が死の直前に気づいたものは、華やかなベルサイユの思い出ではない。もっと人間の根源に迫る罪と責任への自覚である。人生の意味とは何か。その問いに誰もがうまく応えることができない。しかし、少なくとも死を前にして、マリーが掴んだ物こそ、彼女の人生で生涯に渡って行い続けた過ちへの心からの謝罪であり、神が彼女だけにそっと与えた許しの証ではなかったかと小生は思っている。それだからこそ、彼女は人々から唾を吐きかけられながらもフランス国女王としての威厳を保ち、身じろぎもせず断頭台に上がることができたのだ。
 小生、これまでパリへ6回行ったことがあるが、彼女がいたベルサイユ宮殿には一度も行ったことがない。華やかという言葉の裏に潜む空しさのようなものを感じて意図的に避けていたからだ。今年も7回目のパリ訪問を計画しているが、もちろんベルサイユは行かない。しかし、今回は奇しくもストラスブールからコルマール、バーゼルをなどアルザス地方を旅する予定で、ストラスブール大聖堂は是非行こうと思っている。ゲーテとマリーが出合った場所を、200年後に訪ねて、どのように自分が感じるのか、今から興味があり、楽しみである。
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ルーブル美術館には1600年フランス国王アンリ四世の妻としてフィレンツェのメディチ家から政略結婚でやってきたマリー・ド・メディシスの生涯を描いたルーベンスの巨大な連作油絵がある。これは全21枚連作の最初の一枚で、マルセーユに到着したマリーとそれをたたえる三美神である。写真では分かりにくいが、画面中央に立つマリーが、異国に来た不安と、フランス国王の妻になるため精一杯虚勢を張ろうとしている姿をルーベンスが見事に描いている。恐らくマリー・アントワネットもこのような恐れや希望が入り交じった複雑な気持ちでパリに来たのだろう。
by weltgeist | 2008-02-22 23:45


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