ソクラテスとロバ (No.2091 15/12/18)

 偉そうにふるまう人に次々と論戦を挑み、相手の無知をあからさまにしたソクラテスはトラブルメーカーだったようだ。論争に負けた人を怒らせてしばしば暴力を受けたらしい。しかし、ソクラテスは暴力にも平然と耐えていたという。あるとき、彼は足で踏みつけられる屈辱を受けながら、抵抗することなくじっと耐えていた。それを見ていぶかる人に向かって「ロバに蹴られたからといって、私はそれを訴えるかね」とソクラテスが聞いた逸話が残っている。彼は真に訴えるべきものは何かが分かっていたのである。
 ソウル地裁は17日、産経新聞加藤前ソウル支局長が朴大統領の名誉を毀損した「罪」を問う裁判で無罪の判決を出した。人権が認められない北朝鮮ならともかく、民主主義国家と言われる韓国で、公人たる大統領のうわさ話をブログで書いたら訴えられた。この一件で「韓国は民主国家なのか」という疑問を感じた人は多かったのではないだろうか。幸いなことに今回の無罪判決でまだ韓国が民主主義国家にとどまってくれたことは喜ばしい。
 韓国の名誉毀損罪は名誉を毀損された当人が「そんなのいいよ」と問題視しなければ起訴されないのだそうだ。しかし、朴大統領は黙っていて裁判にまで進んでしまった。大統領は起訴を望んだと受け取れる。だが、いざ裁判が始まったら、韓国の民主主義に疑問符が投げかけられる困った状況に発展してしまった。朴大統領がソクラテス並の度量があればことなきを得たのに、日韓関係を悪い方向に持っていってしまったのである。
 さらに先月19日には「帝国の慰安婦」という本の出版で、虚偽の事実を載せ韓国慰安婦の名誉を傷つけたとして、著者の朴裕河(パク・ユハ)世宗大学教授が名誉毀損罪で在宅起訴されてもいる。朴教授は本の中で「家父長制と貧困のために苦痛を受ける女性たちを騙して慰安婦として連れて行った朝鮮人業者の役割を詳細に示し、慰安婦強制動員が”我々の内なる協力者”の犯罪だと強調し、天皇や日本政府に”法的責任”を問うことは難しい」()と主張したことが慰安婦の名誉を傷つけているとして起訴された。
 民主主義だからと言って何を言っても良いわけではない。しかし、歴史に対する評価は多様で、それを一つの方向だけが正しく、外れたものは罪だ、罰せよというのは危険な思想だ。民主主義とは多様な意見を認めあい、それを論議していくものではないだろうか。
 今の韓国の現状を見ていると、世論があまりにも感情的で異なる意見を排除する傾向が強すぎる。加藤記者がネタとした朝鮮日報のコラムを書いた記者は起訴されず、加藤氏だけが起訴されたり、慰安婦問題は日本だけでなく当時の朝鮮にも問題があったという朴裕河教授の主張も、反日というスタンスから起訴されているようにみえる。
 かりにソクラテスが蹴られたロバを蹴り返したところで何も生まれないだろう。何が正しいことなのか、異なる意見を冷静に問い直し、正しい解決点を見つけることこそ必要ではないだろうか。
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by Weltgeist | 2015-12-18 23:57


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