猫に小判 (No.2090 15/12/03)

 酒が飲めない私のことを「お前は人生の楽しさの半分を知らない不幸な男」と言われたことがある。酒は好きではないし、全然飲めない。体質的にアルコールを受け付けないらしく、ほんの少し口に入れただけで目が回ってくらくらしてくる。だから酒は嫌いだ。そんな私に「お前は安上がりでいいなぁ」と言われもする。飲兵衛は気分の良い酩酊状態になるために相当飲まなければならない。すぐに酔う私が羨やましいというのだ。
 そんなに羨ましいなら酒など飲まなければいいと思うのだが、バッカス状態が幸せと思う輩はその「幸せ」が絶対放棄できない。私は酔うと気持ちが悪くなるから嫌なのに、バッカス男は酔いこそ快なのである。価値観が根本的に違っていてその道は交わることがないのである。
 忘年会のこの時期、私の周囲は大概会費制である。酒をたらふく飲む人と飲まない人が同じ会費を取られるのは理不尽である。飲んべえは飲まない私のふところを当てにして会費以上の酒を飲もうとしている。だから誘われて断れない忘年会に参加する時はひたすら「食い気」で応戦することにしている。同じ会費を払っているのだ、元を取るためにも腹がパンクするくらいまで食う。ここでも価値観の違いが壮絶なバトルとなるのである。
d0151247_21565790.jpg
 そんな私に先日ある方が焼酎の一升瓶をくれた。くれた人も酒の価値はよく分かっていないようで「酒が飲めないからいらない」と固持する私に「うちにあっても同じ。誰か好きな人にあげて」と無理矢理押しつけられた。清酒も焼酎の区別も知らない私がもらったところで猫に小判である。こんなものが我が家にあっても何の価値もないから、早速酒好きな友人に差し上げることにした。
 しかし、人にあげるのにその価値も知らないでは失礼と、ネットで調べたら、何と1本が2万円以上するものであった。ギョエエーッである。そもそも焼酎は安物の酒と思っていた。それが2万円以上とは世の中どうなってるんだろうか。こんなものに2万もつぎ込む人の心理は私の理解力をはるかに超えている。しかし、現実にうきうきしながらこの値段で買う人がいるのだろう。
 世の中の楽しいことは多様、沢山ある。酒で天国の気分が味わえると思う人がいても全然問題無い。しかし、飲めない人を「不幸」と断定するするのは短絡的である。酒を知らない私は自分を不幸と思わないし、私なりの幸福感を沢山持っている。我が家の愛猫・イライだって人間の楽しい世界とは違ったイライなりの楽しさ、幸福があるはずだ。猫に小判は意味がなくても鰹節ならハッピーだろう。
 残念ながら今回の酒騒動で、発端となった高価な(私にとっては馬鹿げた値段の)酒の写真を撮るのを忘れてしまった。すでに酒好きの友人がきっと今夜も「幸せだな~ぁ・・」と言いつつちびりちびりとやっていることだろう。それで、今日の一枚は酒の瓶ではなく、おいしい餌が食べたいなぁと哲学者風に思索していると思われるイライにしてみた。
[PR]
by Weltgeist | 2015-12-03 23:54


<< ソクラテスとロバ (No.20... 遠来なお客様から夫婦円満のコツ... >>