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モスクワの旅、その2、モスクワの地下鉄と駅名 (No.1930 14/03/20)

 モスクワへやって来たのは7年ぶりである。昨晩、シェレメチェボ空港からモスクワ市内まで車で走った印象では市内の雰囲気が昔とだいぶ違っているように見えた。ソビエト時代は何とも重苦しい暗いイメージの国だった。それがいまや他の欧州の国と変わらない洗練された先進国の都会に変身をとげていたのである。
 しかし、それでも変わらないことがある。キリル文字を使ったロシア語だ。英語などで慣れ親しんだアルファベットとは違うキリル文字が町中に氾濫していて、アルファベット表記が全くといっていいほどない。日本では駅のような公共機関は、漢字の下にアルファベット表記があるが、ロシアではそれが全然ないのだ。何と書いてあるのか発音さえできないから、市内にいきなり放り出されると自分が今どこにいるのかも分からなくなる。昔ながらの閉鎖性を残したままで、ロシア語を理解できない外国人旅行者への配慮が皆無な、国際都市とは言い難い街であった。
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 到着した次の朝、朝食を食べに街に出ると、午前8時だというのに外はまだ夜が明けたばかりで薄暗い。日本との時差は5時間。こちらの午前8時は、日本の午後1時である。日本よりはるかに寒いだろうと防寒対策でバッチリ厚着してきたら、意外に暖かい。この日の気温は8℃で、モスクワでは4月中旬の異常な暖かさだという。寒さは東京と変わらなかった。
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 これがロシア語のキリル文字。上の言葉をアルファベットに直すと Kroschka クローシュカと読むのだろうが、意味は不明。モスクワへ来る少し前に泥縄式にロシア語を勉強してきたが、あまり役立たずお手上げ状態である。ただ、この看板ではコックさんがパンを持っているからどうもパン屋さんのようだ。
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 モスクワでの便利な交通機関は地下鉄。非常に地下深いところに掘られていて、長いエスカレーターで下まで降りていく。料金は一回乗りが40ルーブル(120円)で、どこまで乗っても同じ料金ですむ。
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 網の目のように交差したモスクワの地下鉄は、乗り換え駅が地下通路でつながっている。日本と違ってどの線でもほぼ3~5分おきに電車が来るから便利ではあるが、戸惑うのは同じ通路で連結した駅なのにそれぞれの線で駅名が違うことだ。たとえば東京駅は山手線でも京浜東北でも東海道線でも同じ東京駅だが、モスクワではそれぞれの線だけの駅名がある。たとえば山手線で降りたのが「東京駅」でも隣の京浜東北線は「東京駅」ではない。「丸の内駅」といった具合に、違った名前になっているのだ。何でこんなわかりにくく不便にしているのか、小生は地下鉄に乗るたびに頭を抱えて悩んでしまった。
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 これが地下鉄のホーム。日本と違って広い通路の左右にある柱の裏側に電車が入ってくる乗り場がある。
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 本日の予定は市内に住む人類学者のマリア・メドニコバさんと午後4時に会う約束になっている。その前にちょっとモスクワ観光でもするかとクレムリン近くのアホートヌイ・リャト駅で降りて外に出た。しかし、1号線のこの駅とクロスする2号線ではチアトラーリナヤ、4号線ではプローシャチ・レヴォリューツィという別な駅名があるからややこしい。地下鉄から地上に上がるとご覧のような銅像があり、近くにはまだカール・マルクスの石像も残っていた。ここはクレムリン裏手のマネージ広場というらしい。

以下、続きます。


by Weltgeist | 2014-03-20 22:49


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