昨日までのフッサールの現象学では、世界は私の存在がそこにあろうがなかろうが確実に存在するすると人は確信しているという「自然的態度」をとっていると書いた。この「自然的態度を徹底的に変更」(イデーン)するには、まず、実在を非実在に戻す超越論的還元と実在を本質(形相、エイドス)に戻す「形相的還元」が必要だというのが最後の言葉であった。
たとえば私が庭にある木を見ているとすると、木は私の外に実在していると思っているが、その意識のなかには私の様々な思い込みが刷り込まれていて、純粋な経験とは言えない。自然的態度の思い込みが木の意識をもたらしているのである。私は現実に木の実在をとらえているようでいて、実際は自然的認識が入り込んだ曖昧なものにとどまっているのである。その曖昧さ、すなわち自然的態度を追い出すためには、意識を一度括弧に入れて精査し直す必要があるとフッサールは言う。「我々はその(自然的)定立をいわば作用の外に働かせないように置き、スイッチを切ってその定立の流れを遮断するのである。それを括弧に入れる」(イデーン1-1、P.137)必要があるのだ。 フッサールは意識を括弧に入れることを「判断中止=エポケー」と呼び、自然的定立を振るい落としていく。これが超越論的還元である。前にも書いたように「超越論的」とは、これまでの習慣、思い込みから距離をおくこと、「還元」とは調べ直すという意味である。ではスイッチを切るとはどういう意味だろうか。たとえば懐中電灯の光を頼りに夜道を歩いていたら、目の前に大きな岩が立ちふさがっていたとする。そこでライトのスイッチを切ったとしても、岩の存在は消えるわけではない。しかし、その間も私の中にはライトの光をあびて浮かび上がった岩が非存在な知覚として残っている。ライトを消すのがエポケーであり、そこから浮かび上がってきた知覚を調べ直すことが超越論的還元である。 再びライトをつければまた岩は目の前に現れてくるだろう。だが、還元によって浮かび出たものはライトに照らされた外部世界の知覚で構成されたものとは違っている。実際の岩はライトの当て方や、それを見る私の視点で様々に変化するが、還元で超越論的主観性または純粋意識という独自な領域として現われてくるものは私の意識の持ちようで変化するものではない。還元によって得られた「内在的所与性の本質には、まさにある絶対的なものを与えるということが属していて、この絶対的なものは・・・それ自身抹殺されえぬものとしておのれを証明する。・・だから知覚存在が仮象、非存在として抹殺されうることがあっても、当の射映した感覚内容そのものは絶対的存在の点で疑問の余地のないもの」(P.191)となるのである。 フッサールはいつもこうした回りくねった難しい言い方をしているが、ライトで照らされた岩が仮象として抹殺されても還元で得られた内在的所与は疑う余地のないものだということを言っているのである。超越論的還元によって外部に「実在していると思われた」ものが、超越論的意識領域に内在する非実在な純粋現象として確実に疑問を挟む余地のないものになったのである。これはライトの照らし方で印象が変わるような曖昧なものではなく、絶対的なものである。それがあるからこそ、逆に外界の客観的実在性を確信させる根拠ともなるのである。 そしてもう一つ、形相的還元は超越論的還元と同じようにリアルな事実を形相(本質)へと還元する。我々を形相(本質)的な見方へ移行させる操作なのである。個別なことがらから事象の本質を読み取ることで、現象学的研究は本質研究としての性格をも獲得することになる。もちろんここでも、本質は絶対的な確かさを確保できるようになる。かくて、現象学は名実共に一切の学門の基礎として第一哲学の地位を得たとフッサールは思ったのである。 *今回は少しつまづきましたが、明日は最終回としてまとめます。
by Weltgeist
| 2012-09-07 23:57
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