インドにおけるパルナシウスの最高の場所、タガラン峠に着いたのは午前10時。今朝も雲が多く、天気は良くない。しかし、もう待った無し。やるしかない。これまで苦しめられていた右足の痛みも今日は消えかかっているし、高山病の症状もない。5000mオーバーでは避けられない薄い酸素による息切れはするが、それでも頑張ってマハラジャウスバシロチョウのポイントに向かって登って行くしか今の小生は考えていなかったのである。 と言っても20歩ほど登っては5分休み、息が整ったところで再び20歩登るといったゆっくりの登行である。若い頃ならこの程度の登りは簡単にクリヤーできたろうが、今の小生にはこの登りが堪える。それで今日は一番重い荷物となっていたニコンの一眼レフを車に置いてきている。ニコンを置いてくることに迷いはあったが、ボディとレンズを合わせると2kgにもなる重さは、今の小生にはきつすぎる。代わって持ってきたのは知り合いに譲ってもらった中古コンデジのリコーGX200。AFが遅い難点があるが、ズボンのポケットに収まるコンパクトさは何物にも代え難いのだ。 峠からポイントに向かって登り始めて1時間。雲間から太陽が顔を出し、ガレた岩屑の斜面を照らし始めてきた。朝方まで積もっていた薄い雪は強い陽光を浴びて急速に溶け、それが湯気のようになって立ち上ってくる。この場所は7月4日に巨匠がマハラジャが飛んだと言った斜面である。そこで小生は30分ほど立ち尽くして待っていた。 「飛んでくれ、パルナシウス! 」と願いつつ地面が次第に暖かくなるの待っていると、飛んだのだ、白い蝶が。その翅の動かし方、飛び方からしてパルナシウスに間違いはない。しかし、小生がタガラン峠で究極の目標としているマハラジャウスバシロチョウかどうかは分からない。例によって地面すれすれを素早く飛び去るこの蝶の正体を知るべく、今日は最初からネットを出して待ち構えていた。蝶が地面に止まるのを待って撮影するなんて悠長なことはもはやここではやってられない。ネットで捕獲し、この手でしっかりと確認するしか方法はないと決めていたのだ。 そして、奴が小生の5mほど先を飛び去ろうとするところで、猛烈にダッシュして思いっきりネットを振った。無我夢中の興奮状態だったが、バサッという音でその白い蝶がネットの中に収まったことは確信した。 「やったー! 」確かな手応えを感じつつ大声で叫ぶ。心臓は破裂しそうなくらいドキドキし、呼吸することも忘れていた小生は息切れで胸が押しつぶされそうだった。そうして、白い網の中に暴れるパルナシウス特有の赤い斑点を確認したのだった・・・。 小生は先日のストリツカヌスと同じようにこの蝶の胴を指で押して行動を制約させた。生きた姿を写真に収めるにはすぐに飛んでしまわない程度に蝶を弱らせる必要があるのだ。そして、弱った蝶を岩の上に放し、翅を拡げるところを待って数カット撮影する。岩の上に放たれたエパフスは強い陽の光を浴びて、血の色のように鮮やかな赤紋を輝かせていた。それはパルナシウスに魅せられた小生にとっては素晴らしい光景であった。だが、胴の押しが弱かったのか、完全に翅を拡げてその美しい姿をこちらに見せてくれる前に、彼女は大空に舞い戻ってしまったのである。ちょっと中途半端な翅の拡げ方でしかない写真だが、これが今回撮れた精一杯のカットだった。 しかし、小生の目的はエパフスではない。マハラジャウスバシロチョウである。この場所でもう少し粘るか、それとも昨年逃したもっと先の場所に行くか迷ったけれど、丁度日が陰ってきたのを契機に、昨年の場所に移動することにした。 ラダックのパルナシウスは、ガレ場の中にあるわずかな食草がある周囲の極めて狭い範囲にしかいない。翅があるからどこでも飛んで行けるのではないかと考えると失敗するのである。むしろそうしたピンポイントを正確につかまえることが必要である。昨年マハラジャを目撃した場所は多分、タガラン峠では一番良いポイントであろうと小生は思い、そこに向かって移動したのである。 だが、結果は思惑とは違って全然駄目だった。雲がかかって日が陰ったこともあるが、午後2時まで粘ってもこのあと一頭の蝶も見ることができずに今日の探索を終了せざるを得なかったのである。
by Weltgeist
| 2012-08-10 22:50
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