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思い出深い八ヶ岳は山爺さん、山婆さんでいっぱい  (No.1390 12/05/14)

 連休明けの八ヶ岳はまだ春が始まったばかりで、素晴らしい新緑と雪山の景色を楽しめた。しかし、初日は気温が低くてお目当てのヒメギフチョウは全然姿を見せない。それどころか、何の虫も飛んでいないのである。空は薄く雲がかかるくらいでおおむね晴れだったが、風が冷たくて真冬のよう状態なのだ。これでは人間だって寒くてたまらない。午後3時には蝶採りを諦めてさっさと宿に引きこもってしまった。
 幸い、翌日は雲一つ無い快晴で、風もなく暖かい。八ヶ岳を良く知っているAさんの案内で水が涸れた沢伝いに標高1600m付近まで登って行くと、お目当てのヒメギフチョウが飛び出してきた。だが、間抜けな小生、全部で7~8頭くらい目撃したにも関わらず、ゲットしたのは雄一頭のみ。蝶の採集というより早春の八ヶ岳ドライブで終わってしまった二日間だった。
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 八ヶ岳の麓にはかっては「山ボーイ」「山ガール」だったと思われる「山爺さん」「山婆さん」が沢山いたのには驚いた。ヒメギフは姿を見るにも苦労したが、こちらの方は沢山いて老人の山ブームは相変わらず続いていることを思わせた。彼らが今の季節、残雪が残る雪山を登って八ヶ岳の頂上を目指すのかどうかまでは分からない。しかし、もしてっぺんまで登るとするすごい体力の持ち主たちなんだろうと感心してしまう。きっと山に登るために不断に体力を付けるトレーニングをして来た人たちなのだろう。
 小生、八ッの主峰・赤岳( 2899m ) には10回近く登っているが、それはいずれも10代、20代の若いときのことである。今の体力ではとても頂上まで登ることはできない。しかし、それでも思い出の場所が見える所に来るということはなかなか感慨深いものがあっていい。昨年の秋、谷川岳一の倉沢の紅葉を見に行った時も感じたが、「俺も若い頃あの頂に立ったことがある」という思いに浸ると、何か自分の人生がそのことを中心に走馬燈のように思い出されてくるのだ。とっくの昔に過ぎ去った過去の栄光にすがりつく情けないことかもしれないが、それでも過去にそうした瞬間が自分にあったということは、人生における一つのメルクマールをなしていたことでもある。何しろ小生に残された未来の時間と比べて、過去はとてつもなく長く、バラエティに富んでいるのだ。昨日までの二日間はすっかり懐古趣味の爺さんになって八ッの中腹を歩いてきたのである。
by Weltgeist | 2012-05-14 23:16


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