知らない土地へ出かけたとき骨董品屋を冷やかすのが好きである。薄暗い店内には古ぼけた家財道具から絵画、書、茶碗、壺、あるいは古銭など、雑多な物が所狭しと並べてある。あの雑然さが小生の感性となぜかマッチするのだ。いかにも偽物っぽい怪しげな書画や、古い道具類などに混じって何か掘り出し物が潜んでいないかと、ワクワクした気分になれるのである。
外国には骨董屋ばかりがのきを連ねる街がある。よく知られているのはパリの「パレロワイヤル」だ。また、ソウルには「仁寺洞」(インサドン)という骨董品屋ばかりが秋葉原の電気街のように数十軒連なった面白い町がある。そのインサドンでの狙いは、李朝ダンスと陶磁器である。とくに古い李朝ダンスは本場だけに安い。以前、京都祇園近くの骨董屋で50万円くらいの値段で売られていた物が、10万円以下で買えるから海外のショッピングとしてはお勧め場所である。 ここの骨董品屋の商品には値札が付いていなかった。欲しい物があれば値段を聞くと、店主はお客の懐具合から反応まで素早く見て、「適正価格」をウンチクを交えながら日本語で言ってくれる。財布のひもが固いケチな客と思えば安く、何も分からないリッチなお昇りさんなら高い日本円換算の値段を言う。定価なんてないから値段表も付いていないのだ。 15年ほど前にインサドンのとある骨董屋に入ったら小さな青磁の茶碗が置いてあり、小生が興味深げにそれを見ていたら、店員さんが寄ってきて「お客さん、お目が高いですね。それは800年前の本物ですよ。売値は5万円ですが、4万円にサービスします」と日本語で言ってきた。 ちょっと魅力的な茶碗だったが、4万円は高い。一旦断ったのだが、何故か気になってしばらくしてからもう一度戻ったのである。すると別な店員さんが同じように日本語で「お客さん、お目が高いですね。それは400年前の貴重な茶碗です」と言ってきたのだ。エッと驚いた小生は「先ほどの人は800年前と言ったぞ。どちらが正しいんだ」と詰め寄ると、相手はしどろもどろになっている。 「仕方がない。こうなったらお客さんは特別安くします。400年前が正しいです。今回の件があるので、どうでしょうか、1万5千円で」と言ってきた。嘘がばれたこの期に及んでもまだシャアシャアとしている。ところがこれが手だったことに気がつかない小生、甘ちゃんにも「よし、それじゃ、1万なら買おう」と言ってしまったのである。相手は「1万では・・・」とか何とか渋りながらも内心はほくそ笑んでいたのかもしれない。1万円で値切り交渉が成立。小生その茶碗を日本円1万円で購入して店を出たのである。 だが、このとき店主がある書類を書いて渡してくれた。もうはっきり覚えていないが、それには「非文化財証明書」というような文字が書いてあった。韓国では何十年か(確か50年)以前の物は「国外持ち出し禁止の文化財」扱いとなり税関で見つかると没収されてしまうというのだ。ということはこの茶碗も400年前どころか数年前に造られた偽物ということではないか。 だが、おめでたい小生は、言葉の壁もあってこの時点でも自分が騙されていたことに気がつかなかったのである。そして、そのとき別なお店で買った安い李朝ダンスも日本に帰って確認したら、裏にベニヤ板が貼ってあるものだった。これも古く見せた「今物」だったのである。 骨董品とは偽物が跋扈する魑魅魍魎の世界である。インサドンと同じように香港にハリウッドロードという骨董品屋街があり、急な坂道の両脇にある店には沢山の「唐三彩」が売られている。唐三彩は中国骨董品の頂点で、千年以上前の彩陶(上絵を施した陶器)は本物ならとてつもない値段となる。だが、ハリウッドロードの骨董屋にはどこでも沢山あってちょっと交渉すると「お客さん、安くするあるよ、10万円、特別ね・・」とささやいてくる。少し頭を冷やして考えれば、これほど大量の唐三彩がそんな安い値段で売られるわけがないのだが、骨董品好きは簡単にカモになって偽物をつかまされてしまう。 そうやって骨董好きは騙され続けていくのである。だが、幸せなことは彼自身が騙されているという認識が全くないことである。骨董愛好家は愛すべき偽物を抱きしめ幸せな気分に浸り続けられる幸せな人なのだ。
by Weltgeist
| 2012-05-02 23:09
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