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鳥に育てられた人 (No.1360 12/04/10)

 昨日、預言者エリヤはカラスに育てられたと書いた。ヨルダン川東、ケリテ川ほとりでカラスがパンと肉を持って来るからそれを食べていろと神に命じられる。人が鳥を育てることは普通である。しかし、逆に鳥から食べ物をもらって育てられるということは尋常ではない。いったいカラスはどのくらいの食料を持ってきたのだろうか。彼らのくちばしの大きさからみて、さほどたいした物は運べなかったろう。
 それより鳥が運んでくる食料となると、普通は虫のたぐいである。カラスは子猫くらいの小動物もくわえることはあっても、それはまれである。エリヤがそんなカラスのおこぼれを食べていたとすれば過酷な話である。
 鳥が人を育てる話で知られるのは、古代ギリシアの数学者・フィロンが選んだ「世界七不思議」の建造物の一つ「バビロンの空中庭園 Hanging Gardens of Babylon 」を作ったと言われるアッシリアの伝説の女王・セミラミス(サンムラマート)だ。彼女は幼い頃捨て子になり、鳩に育てられたという伝説が残っている。
 セミラミスに関しては色々な伝説が残っていてはっきりしないところがあるが、たいへんな美人だったという。そのためアッシリア王シャムシ・アダド5世( BC 810年頃)にみそめられ王妃となるが、後にその王を毒殺し、彼との子、アダド・ニラリ3世の摂政をしてアッシリア王国に君臨した。彼女は好戦的で残忍な性格の持ち主と言われ、鎧甲冑姿で戦いを指揮した絵が何点か残っている。さらに「史上初の偶像崇拝を世に広めた悪の女帝」という有り難くない評価も受けている。
18世紀ドイツの画家、アントン・ラファエル・メングス(1728 – 1779年)は下の絵で女王らしく着飾ったセミラミスが部下から敵の侵入を伝えるメモを受け取る場面を描いている。絵の題名は「戦いを命じるセミラミス Semiramis calls to arms 」である。バビロニア侵略に明け暮れながらも、王宮の生活では贅の限りを尽くした様子がうまく描かれている。きっと鳩に育てられた捨て子時代の反動が、その後のセミラミスを贅沢好みの女にしたのだろう。彼女の最後は死んで鳩の姿で昇天したと言われている。鳩が平和の象徴とすれば、皮肉な話である。
 エリヤにしてもセミラミスにしても鳥に育てられたということは、当時としても最低の生活状態だったのだろう。そしてエリヤは神の言葉を伝える預言者になり、セミラミスは捨て子から女王にまで登り詰め、暴君として偶像崇拝を強要するまでになる。
 エリヤがカラスがもたらす食べ物で生きていたといういうことは、きっとカラスの獲物を横取りして空腹をしのいでいたのだろう。後に、シドンのやもめのところで、わずかな粉をパンにして食べさせてもらったが、神のお告げ通りいつまでたってもパンの元である粉は減らなかったということは、常識的に解釈すればエリヤがやもめの家に入り、彼の働きで粉の稼ぎを手にしていたととれる。エリヤの結婚が初婚だったかどうか列王記には書いてない。しかし、子持ちのやもめの家に入り込み、一家の家計を支えている。預言者といえども働かなければ食えない厳しい時代だったのである。どこも大干ばつによる水飢饉で生活はたいへんだった。預言者という「選ばれた人」でもこのようにぎりぎりのところで必死に生きたのである。
鳥に育てられた人 (No.1360 12/04/10)_d0151247_22223740.jpg
Anton Raphael Mengs / Semiramis calls to arms / Oil on board / Gemäldegalerie Minerva. 生まれた直後に捨てられ、鳩に育てられたというアッシリアの伝説の女王・セミラミス。彼女をテーマにした絵は勇ましく武装した姿が多いが、ここでのセミラミスは豪華な宮殿で女王らしい振る舞いをしている。
by Weltgeist | 2012-04-10 23:42


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