ロンドン旅行4、マルクスのお墓訪問 (No.1260 11/12/23)

 昔からロンドンは政情不安定なヨーロッパ各地から逃げて来た亡命者たちの終着点でもあった。古くは宗教改革で逃れて来たプロテスタントの大量亡命者がロンドンで一大勢力を形成するまでになったほどである。大陸から離れた島国という地勢上の安心感もあったのだろう。そうした亡命者がずっと流入し続け、国際都市としてのロンドンができあがったといってもいい。そんな亡命者の中でも小生がとくに興味を持つのは、19世紀、資本主義の崩壊と共産革命を唱えたカール・マルクスとナチの迫害からロンドンに移り住んだ精神科医、ジークムント・フロイトである。
 今回のロンドン訪問でこの二人の足跡の一部だけでも知りたいと、マルクスのお墓とフロイト博物館にはぜひ行きたいと思っていた。しかし、フロイトは残念ながら時間的な理由(開館が毎週水曜ー日曜日の12ー17時だけ)から行けなかったが、マルクスのお墓は見ることができた。
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 マルクスの墓はロンドンの北部のハイゲート墓地にある。墓地は地下鉄ノーザンライン線のアーチウエイ駅から歩いて15分ほどのところにある。だが、アーチウエイ駅は地下鉄のゾーン3にあるため、昨日までのゾーン1-2のワンデーチケットでは行けない。このため、今日はゾーン1-4まで使えるワンデーチケットを購入。30分ほど地下鉄に乗ってってアーチウエイ駅で降りると、外は都心部と違って低い丘がある郊外の町の感じで、ハイゲートという白い看板が目に付いた。この道を矢印のように右に曲がりながら登って行くようだ。
 念のため駅にいた人に墓地の場所を聞いたら、ここから500mほど上り坂を上がりきった頂上のところで左折、ウオタールー公園というのがあるから、それを突っきって行けと言われた。しかし、ちょっときつそうな上り坂に見えたので、即日和って、折から来たバスに乗り二停留所先で降りた。ここが丁度うまい具合に丘のてっぺんで、ウオータールー公園の入り口に近い所だった。
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 坂を登り切った交差点を左折すると、ウオータールー公園の入り口になる。公園に入ると、中はきれいに管理されていて、いかにもイギリスの庭園という雰囲気である。ハイゲート墓地はこの公園と続きの森の中にあるようで、ご覧の一本道を横切って行くと、もう一方の出口に着く。この間300mくらいだったろうか、公園内をジョギングしている人に出会った以外、人の姿を見ない静かな公園だった。
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 公園のもう一方の出口を出るとすぐに墓地の入り口の管理事務所があった。中に入るには一人3ポンドの入場料をとる。ナショナルギャラリーも大英博物館も無料だったのに、たかが墓地に入るだけで3ポンド徴収するという。どうもこの国の人達の管理体制が小生にはよく理解できない。入り口の女性にマルクスの墓の場所を聞いたら、墓地の地図が1ポンドだからこれを買っていけという。
 「誰がそんな物買うか」、と思いつつ、ノーサンキュウといったら、墓は入り口から100mほどの所にあると教えてくれた。地図など全然必要はないのだ。そうして教わった通りに歩いていくと、お馴染みのマルクスの頭を型どったお墓が右手に見えてきた。
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d0151247_1214368.jpg カール・マルクス(Karl Heinrich Marx / 1818-1883年3月14日)は、言うまでもなく共産主義革命を唱えたドイツ生まれの革命家であり、経済学者、哲学者、政治家である。彼はヘーゲル哲学や資本主義経済を学んで弁証法的唯物論、史的唯物論という思想に行き着く。資本主義は労働者が悲惨に搾取されることで成り立っているが、その内部に抱えた矛盾によってやがては崩壊する。資本家だけが太っていく劣悪な社会は、立ち上がった労働者によってやがて打倒されると確信するようになり、生涯を労働者の解放のためにささげたのである。
 この世界史を揺り動かした巨人のお墓には、絶えず訪問者があるらしく、誰かがバラの花を献花してあり、墓石には次のような有名な言葉が刻まれていた。

Workers of all Lands Unite !
万国の労働者団結せよ!

The philosophers have only interpreted the world in various ways, The point however is to change it.
哲学者たちは世界をたんにいろいろ解釈しただけにすぎない。しかしながら、大事なことは、それを変革することである。


上の「万国の労働者団結せよ」は共産党宣言に書かれたもので、この言葉をスローガンにレーニンがボリシェビキ革命を行った。また、下の「哲学者・・・」は「フォイエルバッハに関するテーゼ」( Thesen über Feuerbach / 1845年 ) の最後、第11番目のテーゼに書かれた言葉である。
 ロンドンに亡命したマルクスは約30年間、朝10時から閉館の午後6時まで毎日大英図書館で同じ机に座って経済、哲学などの研究を続け、主著「資本論」はここで書いたと言われている。
 実は12年前、まだ大英図書館が大英博物館とくっついていたとき、小生はマルクスの使った机が残されているという話を先輩から聞いて探したのだが、このときは英語力不足で分からなかった。あのときの悔しさが今回のお墓詣ででようやく払拭された気持ちがしたのである。
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 マルクス墓参の後、お昼はイギリスの名物料理、フィッシュ&チップスを食べた。油で揚げたポテトと魚は、イギリス庶民のお気に入りの料理だが、我々外国人にはあまり評判はよろしくない。油臭いとか、まずいという評価が定着していて、イギリスは食事がおいしくないと言われている。しかし、今回食べたこのフィッシュ&チップス(8ポンド)はおいしかった。味音痴、自国の料理がまずいとけなされていることに危機感を感じてイギリス人の味覚も変わってきたのではないだろうか。レモンとケチャップをたっぷりかけて食べたら、十分おいしいと思えた。もっとも、これはたまたま入ったレストランの料理が良かっただけで、イギリス全部がおいしくなったかどうかは分からないのだが・・・。

以下明日に続く。
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by Weltgeist | 2011-12-23 23:59


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