Zwei Dinge erfülllen das Gemüt mit immer neuer und zunehmender Bewunderung und Ehrfurcht, je öfter und anhaltender sich das Nachdenken damit beschäftigt: der bestirnte Himmel über mir und das moralische Gesetz in mir.
Immanuel Kant / Kritik der praktischen Vernunft / Kants Werke, Akademie Textausgabe, Bd.5, S.161 「それを考えることしばしばにして、しかも長ければ長いほど、常にいよいよ新しくかついよいよ加わり来る感嘆と畏敬をもって心を満たすものが二つある。私の上なる星の輝く天空と、私のうちなる道徳律である。」 カント「実践理性批判」第二部結論(最終ページ) 詩人・ハイネが最悪なドイツ語を書く悪文哲学者と指摘したカントにしては、上のように極めて感懐に満ちた美しい文章で「実践理性批判」の最後を締めくっている。わがうちにある道徳律とは、昨日の最後に軽くふれたように、純粋理性批判では到達できなかった真理の領域、物自体=叡智界が、心のどこかにあって我々を正しき道に導こうとしているということである。 純粋理性批判では絶対的なものである本体界は認識できないとされた。しかし、それにも関わらず「善悪」が判断できるのは、我々のうちに何が善であり悪であるかが分かっているからに他ならない。純粋理性批判の立場から見れば「そんな道徳律なんて説明できないよ」と言われるかもしれないが、「理性の事実」( Faktum der Vernunft ) としてそれが厳然とあるのは否定できないことなのである。心の中に善悪を判断する裁判官ならぬ「道徳律」があるから、「人の物を盗むのは悪いこと」という判断が瞬時にできるのだ。カントはこうして純粋理性批判で退けられた物自体を善悪を判断する裁判官として実践理性批判で甦らそうとしているのである。 だがここで困ったことが出てくる。現象界にいる我々人間のなすことは自然因果律で規定されている。何事かをなそうと行動すると、それには必ず結果がついて出てくる。原因があれば結果が生じる因果律のくびきから逃れることはできず、結果こそ重要なことと思われているのである。ここでは「**をすれば、**が得られる」という結果を期待した仮言命法的行為が大手をふって歩いているのだ。もちろんそんなものは道徳的とはいえないのではあるが・・。 因果律ですべてが決まってしまえば、その行為に対する道徳的責任もなくなるだろう。すべては自然因果律のなすことで、自分には責任がない。だから人間が「良い、悪い」といった道徳的判断を下すこと自体が意味がなくなるのだ。そうしたところではカントが目指した定言命法に基づく道徳そのものが成り立たなくなるのである。 因果律とはある行為が必ず何らかの結果を生むということである。これは良い結果をもたらすものもあれば悪い結果になることもある。だが、人はそうした結果で行為の良し悪しを決めてしまいがちである。良い結果が出たから良い行い、悪い結果に終わったから悪い行いという具合に、人は結果で判断する。だが、正しいと言われる行為はそれがもたらす結果で正しいのではないのである。 結果で判断すればそこに道徳律の入り込む余地がなくなってしまう。道徳律が成立するには因果律にはとらわれない自由な意志がなければならないのだ。つまり、意志の自由があることが道徳律の存在根拠( Vorrede, SS.4-5 ) なのである。 我々が因果律に縛られた自由のない世界から抜け出るためには、気高き道徳心に目覚め、意志の自由を持つことが要求される。そして、我々はそれを確かに心の中に持っているのである。もし因果律から抜け出たいという自由な意志を持たないとすれば、そこに残るのは粗野な動物的世界でしかない。欲求のおもむくままに行動し、その行動についての責任もとらない下劣なものである。 純粋理性批判で退けられた物自体は信仰の対象でしかなかった。実践理性批判で人はようやく自由を持って物自体をつかみ、因果律のくびきから抜け出す道をみつけようとしているのである。ここにおいて人はカント的な意味での自由を見いだすことができたのである。 *昨日の写真は Walter de Gruyter 社発行のアカデミー版カント全集第5巻、今日の写真は Felix Meiner 社発行の Philosophische Bibliothek 版の実践理性批判です。
by Weltgeist
| 2011-09-26 23:56
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