小生の英語は、どちらかというと受験のためにいやいやながら覚えたものである。だから妙にひねくれた文章を訳したりすることはできたが、英語で外国人と話す会話は全然できなかった。一方フランス語は仏会話学校に通ったから簡単な日常会話くらいはフランス語で話せるところまで行っていた。
これに対してドイツ語は、英語ともフランス語とも全然違った方向から入って行った。最初からいきなり難しいドイツ語の哲学書を読み始めたのである。読み始める前に一通り文法は勉強したが、仮免許の人が路上に出るようにすぐさま実地に入ってしまったのだ。最初の頃、読んでいて往生したのは出てくる単語が辞書にも載っていない特殊な専門用語ばかりだったことだ。例えば、超越論的統覚( transzendetale Apperzeption / トランスツェンデンターレ・アペルツェプチオン)とか構想力( Einbildungskraft / アインビルドゥングスクラフト ) なんて日本語でも分かりにくい言葉の洪水に苦労したのである。 しかし、カントを読んでいるとこんな言葉が連続して出てくる。言い換えればそれしか出てこないから、専門用語を覚えてしまえば他に覚える必要がなくなるのである。日常会話で使う一般的な言葉など覚える必要がないのだ。 こうしてしばらくすると、おおよその哲学用語は覚え、ドイツ語の原書を読むのも早くできるようになった。しかし、小生が読めるのは哲学書だけで、一般の小説などは単語力がないからまったく歯が立たない。ましてや会話などとんでもない。いわゆる専門馬鹿になっていたのである。しかも完全な独学だから発音は全然なっていない。 こんな偏ったドイツ語を4~5年ほど続けていたが、次第に独学の弊害が出てきてそれを修正する必要を感じてきていた。そんなときあるドイツ人と知り合ったことが転機となった。その人はドイツ語の会話学校である「ゲーテ・インスティトゥート / Goethe-Institut 」の先生だった。ゲーテ・インスティトゥートはドイツ連邦共和国の「ドイツ文化センター」が運営している学校で、いわばドイツ国営学校である。従って教育カリキュラムは質が高いが、授業料も高い。そんな高級な学校に行ける身分ではなかった小生がなぜ行けたかというと、実は奨学生として授業料を免除されたのである。 もう詳しいことは忘れたが、いくつかの条件をクリアし、最後の筆記試験に合格すればドイツの国費留学生待遇としてゲーテ・インスティトゥートの授業料が免除される。当時は飯田橋(現在は赤坂)にあったゲーテ・インスティトゥートでその試験を受けた小生は、うまい具合に合格して授業料を免除してもらえたのである。 しかし、それまで独学の勉強しかしてこなかった小生が、そんな難しい試験に受かるはずがない。もうとっくに時効だから白状するが、実は知り合ったドイツ人教授が小生の答案をちょっと細工してくれて、合格点に引き上げたくれたのである。要するにインチキをやったのだ。 しかし、悪いことはするものではない。その後毎年繰り返された試験で、三年ほどはなんとか合格したが、それ以降ついに落第点をとり、授業料免除の特権を剥奪されてしまったのである。当時、親から勘当された貧乏大学院生の身分だったので、当然ながら高い授業料など払えない。金の切れ目が縁の切れ目で、ゲーテ・インスティトゥートにも行かなくなった。 しかし、就職して社会人になってからもドイツ語の本を読むことだけは細々と続けていた。30代から40代にかけての小生は、昼間の仕事を終えて家に帰ると、アルバイトに週刊誌のコラム書きををやっていた。これの締め切りとネタ探しでたいへん忙しかったが、それでも毎晩ドイツ語の本を一ページずつ必ず読むと決め、それをかなり長い間続けてきたのである。 塵も積もれば山となるで、「毎日一ページ読み」は10年以上続けて、気が付けばずいぶん沢山のドイツ語の本を読むことができた。熱しやすく冷めやすい小生だが、ドイツ語の学習だけは不思議と長続きして今日に至っているのである。 *左上の写真は、昨日お見せしたマルティン・ルターが1534年に出版したドイツ語の新訳聖書 ( Die Luther-Bibel von 1534:Vollständiger Nachdruck ) 復刻版表紙。宗教改革の狼煙をあげたためローマ教皇庁から追われる身となったルターはアイゼナッハのワルトブルグ城に身を隠し、1522年にわずか11週間という異例の早さで新約聖書のドイツ語訳を完成させる。それは途中何度か改訂版で修正しながら、1534年の版で旧約聖書と一緒に出版された。復刻版はこの歴史的聖書を再現したものである。
by weltgeist
| 2011-05-27 23:48
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