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哲学者の食事の仕方について (No.985 11/02/26)

「食べるとは、破壊によって(存在を)わがものにすることである。それと同時にある種の存在で自分の口をふさぐことである。・・われわれが食べるとき、われわれは味わいによって、この存在の若干の性質を認識するにとどまるものではない。それらの性質を味わうことによって、それら(の存在)を我がものにするのである。」
ジャン・ポール サルトル 「存在と無」 第4部Ⅱ(松浪信三郎訳)
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 哲学者というとしかつめらしい顔をして、堅苦しい論理を振り回す人物を想像する。だが、以前もサルトルについて書いたように、彼は他の哲学者とは一線を画した独特の論理展開をする。上の文章のように、哲学者が食事の味わい方などを、自分の最も重要な書物のなかで書いているのはサルトル以外にはいないだろう。
 しかし、それでも哲学者だけあって、物を食べるということは「存在の破壊であり、その存在をわがものにすることである」なんて形而上学的な難しい言葉で言っている。単純に「物を食べる」と言えばすむことを、何か分かったようで分からない難解な言い回しで表現するのが哲学者の特徴である。
 サルトルがこんな言い回しで食事論を述べるのは、彼がフランス人の伝統を引き継ぐグルメだからではないだろうか。サルトルは上の文章のあとに「風味は複雑な建築構造と微分的な素材を持っていることが分かる。・・それゆえ牡蠣(かき)あるいは蛤(はまぐり)が好きだとか、蝸牛(かたつむり)あるいは小海老が好きだというようなことは、われわれがこれら食物の実存的な意味作用を見抜くことができさえすれば、決してどうでもいいことがらではない。・・それらは、すべて存在をわがものにしようとするある種の選択をあらわしている。・・存在論はここでわれわれを見放す。」とも言っている。
 人間はまず食べなければ生きていけない。存在(食べ物)をわがものにすることで腹を満たす必要があるのだ。牛でも豚でもニワトリでも魚でも、牡蠣でも小海老でもいい。とにかくそれを口に放り込み味わうことで、「わがものにする」のである。食べ物、つまり存在は微妙な味の差を与えるが、ここでは存在論などという七面倒なことなどどうでもよろしい。とにかくそれらの「存在」をまず食べて味わって初めて人は「実存する」と言えるのである。
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 世界中でもっともおいしい料理を食べさせる国はどこか。色々な意見があるだろうが、小生のつたない経験の範囲で言わせてもらえば、フランスではないかと思う。中華料理もたしかにおいしい。しかし、料理に格調があるという点で、自分はフランスをあげたい。ノングルメである小生の鈍感な舌から判断してもフランスはおいしい。かなり独断的な意見になるかもしれないがフランスを旅行していると、どんな小さな田舎町の小さなレストランに入っても期待を裏切られることがないのだ。フランス人の舌は肥えていて、たいへんな美食家の多い国だと実感する。サルトルはその伝統を引き継いでいる人なのである。
 おいしいものを食べたいと思うのは人間の本能的な欲望であろう。その欲望はまずおいしいものを腹一杯食べたいと思うことから始まる。快楽主義を唱えた哲学者・エピキュロスも次のように書いている。
一切の善の始めであり根であるのは、胃袋の快である。知的な善も趣味的な善も、これに帰せられる
エピクロス「断片」(出隆・岩崎允胤訳、岩波文庫)
 人間はまずは食べることが先決である。食い意地がはっていると言われようが、人はとにかく食べなければならない。ただし、それが美味であるかどうかは二の次である。エピキュロスは快楽主義者と言われるが、彼が追い求めた快楽とは精神的な面であって、食欲を満たすというような肉体的欲望充足ではない。
 貧しい家庭に育ち、子供時代にひもじい思いをしたと言われるエピキュロスが言う「胃袋の快」とは、とにかく腹に何かを詰め込むことで人は生きるスタート地点に立つという意味である。おいしいものだけを追い求めることではないのである。
 ノングルメの小生も、エピキュロスと同様食べる物についてのこだわりはない。もちろんおいしいに越したことはないが、食事は生きるためのものだから、そこそこ食べられれば文句はいわない。しかし、それにしてもサルトルは、食べる毎に「自分は小海老の存在を今破壊している」なんて考えているのだろうか。もしそうならやはり哲学者というのは変な人種だと思う。
by weltgeist | 2011-02-26 23:24


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