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猫に小判 (No.903 10/11/29)

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 猫に小判という言葉がある。猫が欲しいのはかつおぶし。小判はいくらあっても腹の足しにはならない。小生が欲しいものは何だろうか。若い頃は欲しい物が沢山ありすぎたが、いまは何か枯れた心境になっていて、あまり欲しい物がない。強いて言えば健康である。だが、健康はいくら欲しいと思ってもなかなか思うように手にすることはできない。
 68年も自分の身体を酷使しているとあちらこちらにガタが来る。できることなら耐用年数を過ぎた部品は、車のように新品と交換したい。しかし、それはできない相談であるからポンコツ車と同様だましだまし使っていくしかないのである。
 いま一番困っているのは何度も書いるように腰だ。これだけはお願いだから新品に交換してもらいたいと思っている。先日のカワハギ釣り大会のときも腰から左足にかけて猛烈な痛みが走って、釣りどころではない状態だった。船縁で立って竿を操作していると、船が波で揺れる。それに合わせて足腰でバランスをとることが腰に堪えるのである。こんな状況だから、大好きな釣りができなくなるのももうすぐかもしれない。
 だから痛みのない健康な体が欲しい。それもできることなら高校生の頃の若くて力に満ちた体が欲しい。五体満足な若々しい体で何の心配もない状態にしていただけるなら最高である。そしたら今年断念したインドヒマラヤなんか、へっちゃらで行けるだろう。だけど健康で動けるようになると、きっと小判も欲しくなるはずだ。あれこれ動き回るのに潤沢な軍資金は不可欠だからだ。とにかく一つ満たされると次が欲しくなる。まことに人間の欲望はきりがない。
 だが、世の中うまくできていて、そうは問屋が卸さない。それなりのところで我慢しろという意味で、小生の体は適度に不健康にされているのかもしれない。そうして消えゆくように体は朽ち果てていく。体が衰えていくことを止めることはできない。時間は誰にも平等にやって来るのだ。招き猫に小判を持ってきて欲しいとは思うけど、本当に欲しいのは永遠の若さと健康だ。猫さん、何とか招いてもらえないだろうか。
猫に小判 (No.903 10/11/29)_d0151247_22491218.jpg
 本日はお手軽ドライブで、埼玉県の南西部に行ってきた。体は動かなくても車は便利だ。座っていれば目的地まで運んでくれる。幸い天気もいい。以前から行って見たいと思いながら果たせていなかった川越の町とその周辺を見て、それから荒川を越えて桶川、大宮方面に行くという予定で11時に家を出たのである。
 しかし、前にも書いたように小生が出かける時は、必ず何か裏に魂胆がある。以前から地図を見て、この方面にミドリシジミという小さな蝶が生息する場所があると睨んでいた。車は川越に向かうより、自然とそちらの方に向かって行く。結局気がつけば川越の町は横をかすめただけで、さいたま市方面に行ってしまった。
 写真は戻ってくる途中、上尾で見た夕暮れの公園。初めて来た所だが、川面に紅葉したメタセコイア(多分? )らしき木が映っていてとてもきれいだった。
by weltgeist | 2010-11-29 23:35


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