昨日、ブリューゲルの「反逆天使の墜落」で、悪魔も天使のなれの果てと書いた。我々は、天使は神が送る心優しい使者と思いがちだが、どうもそれだけではなさそうである。何故、天使が悪魔になり、彼らも天上界に住むことが出来たのか。今回はこの謎を追ってみたい。
右の絵はドレスデンにあるラファエロの「サン・シストの聖母」に描かれている天使である。彼らの背中には羽根があって、空を飛ぶことができそうである。天使は人間のような姿をしていながら人間ではない。神と同じ天上界に住み、神の命令を人間に伝える者が天使である。いわば神の小間使いと言ってもいいだろう。 では全能の神がなぜ小間使いを必要としたのか。全能ならそんな者の手を借りなくても全部自分で出来るだろうに、神は天使が必要だった。何故なら、絶対者である神は人間ごときものに簡単に姿を見せるわけにはいかないからだ。新興宗教にありがちな、お賽銭の額ですぐに心が動く安っぽいインチキ神様ではない。人間には知ることの出来ない彼岸で、圧倒的な力を誇示していて、罪深い人間と直接交わるわけにはいかないのだ。しかし、そうなると神と人間とが断絶されてしまう。そこでメッセンジャーの役割を演じる天使が必要になってきたのである。 聖書には神が天使を使って自分の意志を人間に伝えるところがある。キリストが生まれる時、大天使ガブリエルがマリアの前に現れて、「おめでとう、マリア。お前は神の子を宿した」と伝える「受胎告知」はその代表的な例である。天使は神の意志を伝える「み使い」なのだ。だが、聖書の中で天使が出てくる場面はそれほど多くはない。 なぜなら神は天使に託すだけでなく、時々は人間の前に現れて直接語りかけることががあったからだ。旧約の時代、神(主)はモーゼやイザヤ、エレミアなど特別な人を選んで、自らの言葉を語りかけた。そうして主の言葉を聞いた彼らは一般民衆にそれを伝える「預言者」になったのである。 神は天使を使うのとは別に、特定の人間に自らの言葉を語らせる預言者をも造り出す。つまり、二つのルートで神意を伝えたのである。こうした神と人とのコミュニケーションは、その後イエス・キリストを神の子としてこの世に送り込むことでより完璧なものとなってくる。そしてイエスの福音を聞いた使徒たちが、今度は人間として神の言葉を語り出し、神と人間の断絶は回避されるのである。 預言者の話はさておき、天使の話題に戻ると、天使には3つのグループで9段階の階級があるとトマス・アクィナスが「神学大全」で言っている。一番上級にいるのはセラーフィム=熾天使(してんし)と呼ばれ、これは本来は光輝く者だが、人間界に姿を現す時は6枚の翼と4つの頭を持つ竜の姿をしていたという。それはキリスト教発生以前の古代オリエントや中国の影響で、蛇や竜は再生、復活、癒しを意味していたことからきたらしい。このことから反逆天使の竜や蛇が天上界に住んでいたことも少しは納得出来てくる。 それに対して聖書にしばしば登場する大天使=アークエンジェルは、身分的には低くて第8番目、すなわち下から2番目の階級である。現代の会社システムで言えば、係長、もっとも実戦的で、働き者の階級ということになる。昨日紹介した大天使ミカエルは、戦いの天使とも言われ、悪魔と戦うには十分な資格を持っていた。聖母マリアに神の子が宿ったと告げる「受胎告知」は大天使ガブリエルの仕事、レンブラントの絵で有名になったトビト記のラファエルなども大天使である。 さらに恋の伝達係りをするキューピッドなどは、天使としては最低の9番目、いわば平社員で、呼び名も単にエンジェル、天使としか言わない。このクラスの天使は、大天使の命令下に日常的な活動をし、信者の身近な問題の解決に力を貸すと言われている。昨日のブリューゲルの絵でラッパを吹いて空を飛んでいる天使がそれである。 以上、天使について説明したが、天使はキリスト教の専売特許ではない。それ以前のギリシャ神話ですでに登場しているし、イスラム教など他の宗教でも語られている。天使の記述は時代や宗派によって様々で、信憑性についても分からない。宗教改革を指導したルターでさえ悪魔の存在は認めても、「天使はいない」と言っているほどである。 神と人とを結ぶパイプ役としての天使は、新約聖書の時代になると、神が直接送ってきた「神の御子・イエス」によって存在の基盤がなくなってくる。キリスト教では父と子と聖霊が一つという「三位一体説」で聖霊が人の魂の中に住み着くことが出来るようになった。人は最早天使を必要としないから、彼らはリストラの対象になったのである。
by weltgeist
| 2010-06-08 23:07
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