NHK出版から出た、「ライプニッツ」(山内志郎著)という本を読んでいたら、「ビュリダンのロバ」という面白い話を紹介( P.42 )していた。ビュリダンというのは14世紀、フランスで活躍した哲学、論理学者で彼の著作の中で、次のようなことを書いているらしい。
あるところにとても賢いロバがいた。彼は自分が正しいと思うことだけを忠実に実行し、間違ったことはやらない厳格なロバである。その彼がいつもの通り、牧場を歩いていると、前方においしそうな干し草があるのを見つける。さっそく食べに行こうとしたとき、それとは反対の方向にまったく同じような干し草があるのを発見する。両方の干し草はまったく同じ量で、同じ距離にあったからロバは、どちらに行くべきか迷ってしまう。 干し草はいくら詳細に見ても、違いがなく、ロバからの距離も変わらない。頭のいいロバはどちらか良い方を選びたいのだが、見れば見るほどその区別は出来ず、どちらへ行くべきか判断できない。そして判断出来ないまま立ち往生し、結局は餓死してしまう。 このビュリダンのロバの話をどう解釈するか。人間が善悪をどのようにして判断するのかが、このロバのたとえ話から見えてくるのである。人間はこうした状況に置かれても決して餓死などしないのは当たり前である。というのも人間はピュリダンのロバほど厳密に正しいことを守ろうとしないからだ。人間はいい加減なので、餓死するくらいならその前にどちらかを選んでいるはずである。 ここで干し草を、たとえば現金百万円が置かれたと変えてみよう。普通なら、先に目に付いた方の百万円を手にしたら、すばやく次も取って涼しい顔をするのが人間である。現実的にはロバも同じようにどちらかの草を食べ、それが終わったらもう一方の草に取りかかることだろう。要するにこの世の中に存在しているものは人間もロバも、いざ追いつめられればどちらが正しいか、なんて考えない。たいへんいい加減な存在になるということである。正しいことを守り通して孤高の中で死んでいったロバこそ尊敬すべき存在なのである。 しかし、人間はいい加減という結論は我々にとっては好ましいものではない。正しいこと、真理を追究し、それに忠実でなければならない人間がいい加減なものでは困るからだ。 これに対してライプニッツはビュリダンは「全く同じ物」が世界には存在していると前提しているが、これが間違いだと言う。ライプニッツは「自然の中に二つの物がまったく同じように存在するにしても、そこには内的差異、ないし内的規程に基づく差異を見つけることが出来ないことは決してない」(モナドロジー、第9節)と言っている。つまり、似たようなものがあるようでも、詳しく見ればどれも差異、違いがあって、同じ物は世の中に二つと無いというのである。干し草は同量、同距離でも、その質、つまり草のおいしさは違うから、ロバは経験的に知っているおいしい方を選び、決して餓死はしないのである。ビュリダンのロバは、単に量と距離という単位だけで判断を迫っているところに、間違いがあると言うのだ。 ライプニッツに言わせれば世の中にあるものはどれも独創的なもので、同じ物はないことになる。ここから彼は自分の哲学であるモナド(単子)論を展開していくのである。だが、そうなると問題になってくるのは、個々にあるモナド=単子相互の関係だ。それぞれのモナドが自分の個性を主張し、自分勝手に行動すれば、世の中はたちまち混乱することになるだろう。 少し前に小生は社会に流されず、自分を確立した個性的人間になれと言った。しかし、全員が自分の個性を極端に主張すれば、各人が勝手に振る舞う混乱した社会が出現することになるだろう。個性化と社会の調和は難しい問題である。ライプニッツはこの問題を、個々のモナドはそれぞれ勝手に行動しているようでいて、実は神の手の下にある「予定調和」があるから秩序は保たれるということで、解決しようとした。だが、それを逆に極限化した人がいる。ショーペンハウアーだ。彼については明日書くつもりである。
by weltgeist
| 2010-01-25 23:28
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