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森の中は矛盾だらけ (No.573 09/12/01)

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 森を歩いていたら、上の写真のように木の葉が何者かに見事なまでに食い荒らされた丸裸の枝を見つけた。もし、これが自宅に植えたバラやツツジの木だったらたいへんなことである。花が咲くことを楽しみにしている人ならすぐに殺虫剤をまくことだろう。
 だが、そのために殺虫剤で殺される「害虫」の方はたまったものではない。とにかく虫たちも何かを食べなければ生きていかれないから、食べることを止めるわけにはいかないのである。しかし、大切な木を守らなければならない人にとっては、害虫の立場など少しも考慮する必要などない。連中は大事な木を食い荒らす「害虫」以外の何者でもないのだ。駆除して初めて安心出来るのである。 
 鳥の食べる餌がなくなるって? そんなこと知ったことではないのである。  
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 次の写真は、今年の初夏に小生が上の木がある同じ森で採ったアカボシゴマダラと呼ばれる蝶である。この蝶を見て普通の人は「害虫」とは思わないだろう。だが、彼らは森の木の葉を食べる「害虫」が成長して蝶の姿に変身したものである。害虫は見事に人の目を楽しませてくれる心地よいものに成り代わっているのだ。
 ところが、この蝶には少し複雑な背景がある。生まれ育った出生環境が芳しくないのだ。実はアカボシゴマダラは日本原産の蝶ではない。中国にいたものが居着いてしまったいわゆる外来種なのである。どうしてそんな蝶が東京にいるのだろうか。偏西風に乗って大陸から日本まで飛んできたのか、それとも誰かが成虫を放蝶したか、実のところは定かではない。しかし、いずれにしてもわが家の前の森に定着しているのは厳然たる事実である。
 50年前に小生が蝶に興味を持っていたときは、アカボシゴマダラなんて名前の蝶は聞いたこともなかった。だが、いまはそれがごく当たり前のように日本に住み着いている。外来種に危機感を持ち、日本固有の生態系を守ることに熱心に取り組んでいる人たちからみれば、これはゆゆしき侵入者であろう。
 しかし、外来種はアカボシゴマダラに限ったことではない。いまはどこでも普通に見れるモンシロチョウだって実は外来種である。動植物のあらゆる分野で日々様々な外来生物が日本を脅かしている。世界のグローバル化の波は生物の世界でも例外なく行われているのである。
 外来種の多くは天敵がいない日本で、強力に勢力圏を広げている。その勢いが強すぎてしばしば問題になっている種類は枚挙に暇がないほど沢山いるのだ。蝶ではアカボシ以外にソテツの新芽を食い荒らすクロマダラソテツシジミなんていう新手の侵略者も現れている。アカボシゴマダラは日本のような寒冷地では住めないと言われながら、かなりのしぶとさで日本での橋頭堡を確保しつつあるようだ。このままの侵略ペースであと20年もすればモンシロチョウと同じく「日本の蝶」としての指定席を確保するかもしれないのである。
 そうなると、守ろうとしている生態系とはどんなものかという興味も湧いてくる。かって、日本にはナウマン象とか、恐竜もいた。地球上に生物が発生したときから現代までの時間を短縮してみれば、生態系は目まぐるしく変化し続けていることが分かる。そうした変化の中で「日本固有種」の地位を新たに確保するものもいれば絶滅して世界から退出する種もいる。生態系とは不断に変化するものと言える。
 その生態系を守るとは、今の時点で時間を止めることを意味する。今の状態を永遠不変なものとして固定することである。そして問題になるのは「今の時点」とはいつのことを指すかである。アカボシゴマダラがいなかった50年前なのだろうか。まさかモンシロチョウが侵入する以前に戻ることではないだろう。生態系の保全と言ってもそれは非常に曖昧な区間を人間が恣意的に区切っているだけなのである。
 時代が進めばアカボシゴマダラも日本の自然種として認知されていくことだろう。外来害魚と騒がれたブラックバスとて同じである。小生が子供時代に散々捕まえたライギョやアメリカザリガニに郷愁の思いを抱くように、いつか、それが日本の守るべき生物の地位に成り上がることだろう。
 生態系は半永久的に走っている電車と同じである。その一区間を区切って、手で止めるようなもので、ダイナミックな変化を止めることはまず無理だろう。できることは、それと良い関係を保ちながら共に走ることしかないと小生は思うのだ。
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 ここに上げた二枚の写真は上のアカボシゴマダラの幼虫時代を撮ったものである。とくに左の写真は No.527 11月28日に掲載したものだ。その幼虫がどうなったか気になって今日見に行ったのが右の写真である。幼虫は28日にいた場所とほぼ同じ位置にいた。ただし、彼がへばりついているエノキの葉っぱの右端が少しかじられている。きっと彼が食べたのだろう。
 この幼虫を見た時、小生は微妙な立場に立たされてしまった。幼虫は森の木々を食い荒らす害虫であるだけでなく、日本の生態系を壊そうとする外来種でもあるからだ。こんな虫は殺して駆除すべきなのだろうか。
 森の木々を食べるからけしからん害虫という意見に従えば、森の植物を餌にしているすべての生き物を駆除することになる。それはこうした虫を餌にしている鳥たちをも窮地に追い込むことになる。単なる虫を殺すことが森の生態系を全く変えてしまうことになるのである。
 問題なのは、アカボシゴマダラが外来種であることだ。だが、外来種だからという理由だけで排除することにも疑問がある。彼らが侵入出来たということには、それなりの理由があるのかもしれない。最大の理由は我々人間が自然を滅茶苦茶に破壊してきたことだと思う。
 それをいまになって外来種はただちに駆除すべきと言うなら、まず外来種である稲を育てるために湿地帯にいた多数の生き物を追いやって水田を造り、稲だけしか生きられない単一種を育てたことも問われねばならない。トマトなどの各種外来野菜の駆除も始めなければ不公平というものである。人間が生きて行く以上、こうした外来種は不可欠なものにまでなっているにも関わらず、自分たちにとって有利か不利かの違いだけで駆除したり、保護したりしているのである。多様な生態系の中で生きているものはすべてが等価値であり、どれもが大切な生き物である。害虫だから駆除せよ、というのは人間の勝手な価値観の押しつけに過ぎない。
by weltgeist | 2009-12-01 23:55


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