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紅葉の裏磐梯観光 (No.2084 15/10/17)

 毎年紅葉見物をしているが、今年はどこへ行くか迷っていた。しかし、福島県の磐梯吾妻スカイラインをネットで見ていたら「日本の道百選にも選ばれ、春の“雪の回廊”から秋の紅葉まで、季節毎に雄大で変化に富んだ様々な景色を展開してくれる」という言葉が福島市総合観光情報ナビに載っているのをみつけた。
 磐梯吾妻スカイラインは「高湯温泉と土湯峠を結ぶ、全長約29kmの観光道路。最高標高1,622mの吾妻連峰を縫うように走る、まさに“空を走る道”。眼下には福島の街並みが広がり、作家井上靖氏が命名した「吾妻八景」に代表される景勝地が続きます」と魅力的な宣伝文句が書いてあり、それにつられて今年の紅葉は裏磐梯に決定。昨日車で行って来た。
 そして期待の紅葉はバッチリだった。標高1500mくらいある高い場所ではすでに落葉が始まり、順次冬枯れが麓の方に降りていくが、まだ途中の山は最高。この状態はあと一週間程度は続くのと思うので、今年の紅葉を見たい人は昨日の私の観光報告を参考にしていただきたい。
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 東北道二本松インターで降りて磐梯吾妻スカイラインの起点である土湯温泉を目指すとまさに紅葉の真っ盛りのシーンが目に飛び込んできた。麓の方はまだ緑で紅葉は始まっていないが、途中から全山真っ赤という素晴らしい景色が展開し、シーズンとしては最高の時のようである。遠くに吾妻山・浄土平が見えている感じも悪くない。
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 出かけたのは昨日、10月16日金曜日。スカイラインの起点である土湯までの登りでも平日だから車も少ない。こんな素晴らしい景色を独り占めできて申し訳ないようだった。
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  良さそうな場所で車を留めて下を見れば、足下まで紅葉が続いている。裏磐梯一体は針葉樹の植林された場所が少ないため、落葉樹の紅葉が360度楽しめる。どうやら福島観光課の宣伝文句は間違いなさそうだ。
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 もう少し高い場所に登って行くと季節は進んで落葉したダケカンバなどが出てくる。こんなに高い場所の紅葉を楽しみたいなら、あと二週間ほど前に来るのが良いようだ。しかし、そうなるとその下側の紅葉は始まっていない。最良のタイミング選びは微妙で難しいが、10月中旬ならどこかの高さで紅葉が見られるからハズレはないだろう。
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 ここが浄土平。磐梯吾妻スカイラインは土湯側からだとここまでしか行けない。本来は福島から登ってくる高湯までつながった観光道路だったが、現在は通行止め区間があり、高湯側からだとここまで来ることはできない。通行止めの理由は聞き漏らしたが、多分吾妻山の噴火を警戒しているのではないだろうか。なお、有料道路だが、大震災以来福島復興のために今は無料開放されている。
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 浄土平を見た後は裏磐梯の秋元湖、小野川湖、檜原湖がある裏磐梯湖沼地帯に行く。途中も素晴らしい紅葉が続くが、こちら側の方が心持ち少し早い感じを受けた。
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 小野川湖では小さな島の周りを釣り人のボートが走っていた。この湖はサクラマスが有名だが、今は何を釣っているのだろうか。紅葉はまだ始まったばかりのようだ。
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 裏磐梯観光の締めは、五色沼散策。それぞれ水の色が違う多数の沼が点在することから五色の名前がついたのだそうだ。これらの沼沼を一つずつ散策できるトレッキングルートがつくられていて、1時間強で全ルートを歩ける。我々は五色沼ビジターセンターの大きな駐車場に車を留めて、コース反対側の基点である高原駅までバスで行き、そこからビジターセンターまで林間につけられた散策路を歩いた。写真の沼は柳沼。歩き始めて二つ目の沼で、ブルーの水面に紅葉が静かに映っているところがとても神秘的だった。
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 こちらはトレッキングコースの最後にある毘沙門沼。エメラルドグリーンの水がたいへん美しい沼だった。ここまで高原駅から写真を撮りながら歩いたので1時間半かかった。すでに午後の4時を回って、太陽の光は弱い斜光となりカメラの感度を上げて撮影した。紅葉の写真を撮るなら良く晴れた日の強い太陽光の下で撮る方がきれいに撮れるが、こうした弱い光のなかで、柔らかな雰囲気に撮るのも悪くはない。
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by Weltgeist | 2015-10-17 21:24

良き読書家 (No.2083 15/10/12)

 沢山本を読むことは良いことだと言われるが、これは必ずしも正しくはない。世の中で広く信じられている広い知識の獲得は、その受け手である読む人の「心」がなければ、無意味な知識の洪水の中を流されるだけである。本を沢山読めば問題が解決されると思うのは幻想だ。むしろ、ほんのわずかしか世間の日の目を浴びていないものの中から、本当の良書を探しだし、それを心を込めて深く読むことの方を勧めたい。
 批判する目を持たない人が間違った視点で書かれた本を読めば間違ったことを植え付けられるかもしれない。もちろん沢山読むことは悪いことではないが、盲目はいただけない。少数の良書を深く読み込んで、そこから何事かを学び取ることこそ望ましい。従って、単に読書量を誇るだけの人はむしろ滑稽でさえある。
 人間はハンターと同じでなにか事をなす場合、狙いを定めたターゲットというものがある。多くの人はその意識が希薄で、なんとなくという程度の軽い気持ちで本を読む。だが本を読むと言うことは作者との対話であり、彼との真剣勝負である。サムライが刀を抜いて生死を賭けた戦いをするくらいの気構えが欲しい。その気構えを構築しているのが読者の心である。
 本を読むとは自分と著者との心の対話なのだ。その解は本の著者でもなければ自分でもない。両者の接点から生まれる新たな知だ。「知識」ではない。知恵、Wisdom だ。それをどのように料理するかを読者は問われている。こうやって人は自らの精神を深めていくのである。
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by Weltgeist | 2015-10-12 22:43

燃え尽きていく命の最後の輝き (No.2082 15/10/07)

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 いまヒサマツミドリシジミという小さな蝶を飼育している。ゼフィルスと呼ばれるミドリシジミの仲間で、長らく生活史も分からない謎に包まれていた蝶である。この蝶が不思議なのは、6月頃とんでもない場所で雄の姿が目撃されるが、どういうわけかその場所に雌がいないことだ。ごくまれに目撃されることはあるが、それでも雌は極端に少ない。ヒサマツミドリシジミの雌は、雄に比べて少ないのだろうか。それとも雌はどこか違う場所に隠れているのだろうか。それが長い間謎とされていた。
 ただ、分かってきたのは、9月後半からの産卵期になると雌だけが食草であるウラジロガシのある場所でごくまれに目撃されることである。その頃になると雄は全くいない。羽化から3ヶ月以上たっているから、おそらく雄はボロボロになって全部死んでしまったであろう。ところが、この時期の雌はまだ羽化したばかりのようなきれいな翅のままであることだ。
 この謎多き蝶は雄と雌が別行動をするらしい。だから、雌のヒサマツミドリシジミをつかまえることは極めて難しいと言われていた。ところが今回私は、いくつかの幸運から生きた雌を採ることができ、それを我が家に持ち帰って産卵行動を観察している。
 私のまわりには蝶の飼育に詳しい先輩が沢山いる。彼らのアドバイスで、産卵用の観察ケースの作り方から、水を湿らせたオアシスに刺すウラジロガシの本数や長さまで事細かに教えてもらい、越冬芽がついたウラジロガシを設置したケースにヒサマツの雌を入れてみたのである。
 ケースの縁には餌としてポカリを薄めたティッシュを置くと、彼女はそれをおいしそうに吸い、しばらくしたらウラジロガシに止まって産卵を開始した。
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 自分は男だから産みの苦しみというものを知らない。最近は医学の発達でお産もさほど苦痛でなくなったというが、それでも男には絶対分からないものすごい苦しみがあるのだろう。同じように蝶とて卵を産むということはたいへんな苦痛のようだ。産卵ケースに入れて餌を与えておけば、あとは勝手に蝶が卵を産んでくれると、単純に考えていたが、そんな甘いものではないことが分かってきた。
 ケースに入れられた蝶は、枝に止まってお尻をこすりつけるようにして産卵していくが、まずこの段階までもっていくのがたいへん。そして、ようやく1卵産み終えるとケース内を激しく飛び交い、またしばらくして次の卵を産む。困惑したのは産み終わるごとにウラジロガシの枝に体をぶっつけるように飛び回り、自分の翅を傷つけていくことだ。
 蝶という生き物は自らを傷つけながら生きていくしかないのだろうか。羽化した直後は傷一つ無い美しい姿をしているのに、みるみるうちに翅が破れ、最後は上の写真のようにボロボロにまでなっていく。
 ケースに入れてしばらくしたとき、あの美しかったヒサマツミドリシジミがあまりに情けない姿に変わり果てたのを見て、ケースから取り出してやった。すでに遠くへ飛ぶ力もないようで、まもなく彼女の生は燃え尽きて終結するのは間違いなかった。自然とは美しくもあるけれど、なんと残酷でもあることだろうか。
 だが、彼女が旅立っていったケースの中には素晴らしい贈り物が残されていた。次の世代を担う卵がウラジロガシ頭頂芽基部に白く輝いていたのである。こうして彼女は自分の生を全うし、次の世代への跡継ぎを残して生命の最後の灯火を消していったのである。
 全身全霊で命を燃焼させたヒサマツミドリシジミの一生を見て、私は自らの人生のはかなさを思わせられた。人生の歩みは人も蝶も変わらない。必死に生きて最後はみんなこのように燃え尽きて、土に帰っていくのだ。
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by Weltgeist | 2015-10-07 23:47