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健康体への回帰・白馬岳挑戦 (No.2075 15/07/27)

 昨年の暮れ化膿性脊椎炎という難病にかかって、二ヶ月間入院した。救急車で病院に担ぎ込まれたときはまったく身動きができない体だったが、二ヶ月後の退院時は杖を使えばなんとか30mくらいは歩けるまでになった。30mというのはトイレにようやく行ける距離で、それも杖をついてでなければ無理な「要介護一級」くらいのひどい状態である。
 だが生来の負けず嫌いである私は、退院すると「普通の人と同じくらい歩けるようなりたい」という一念だけでリハビリに心がけた。退院初日は家の中だけで30m歩行。その次の日は家の周囲をわずか5m余計な35mまで歩き、さらに翌日は40m、45m、と少しずつ歩く距離を伸ばしていった。日々の快復がわずかであっても、次第に歩ける距離が伸びていくことに力づけられたのである。こうして頑張れば日ごとに良くなる、きっと普通の人と同じように歩くことができるようになると確信し、リハビリに専念したのである。
 その成果は確実に現れて、3月の末頃には新宿くらいの町歩きは杖に頼らなくても大丈夫となり、5月に入ると家の「前の山」が登れるようになっていた。全然歩けなかった者がここまで快復したことに私は人間の強さを実感した。人間の体は鍛えれば鍛えるほど丈夫になるのだ。病は気から起こる。ともすれば病気の暗さに押しつぶされそうになるところを、私は毎日の成果に明るい希望の光を見いだしたのである。
 6月になると2000m級の山まで登れるようになった。素晴らしい快復ぶりである。まだ万全ではないが、自分は世間の皆様より少し劣る程度まで快復したのではないかと思うようになってきた。しかし、もっと元気になりたい。せめて世間並みの体に戻したいと思う私は、このあととんでもないことを計画したのである。
 今月の初め頃から北アルプスの高山に登ることを密かに考え、それに備える準備とトレーニングを重ねていたのだ。いくつか楽そうな山の中から選んだのは白馬岳である。日本アルプスのなかでは女子供でも登れる初級クラスの山とは言え、白馬岳は3千m弱の高山である。半年前まで杖がなければまともに歩くこともできなかった「半病人」にそんなことができるのか。不安ではあったが、準備を重ねていくうちに何とか登れるのではないかと思い始めた。そして自らの新しい世界への挑戦として、白馬岳登山に挑んだのだ。
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 長野道安曇野インターから信濃大町、白馬村を経由して、白馬岳の登山口である猿倉に着くと朝焼けに輝く白馬岳(2932m)がすぐ目の前に迫っていた。赤いモルゲンロートに照らされた白馬岳は高く、そして険しく見えた。はたしてあそこまで病み上がりの自分が登れるのか自信は揺らぎ始めてきていた。しかし、もう、ルビコン川は渡ってしまった。行くしかないのだ。
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 猿倉荘で登山届けを出して歩き出したのは午前5時半。天気は雲一つ無い快晴で、正面に白馬岳が見えてきた。まだ気が遠くなるほど高い所にあって、あんな所まで自分が登れるのか、次第に自信がなくなりつつあった。
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 白馬大雪渓が始まる白馬尻小屋には1時間20分くらいで着いた。ガイドブックによれば普通のコースタイムで1時間10分とあるから、10分ほどの遅れでまずまずの出だしである。病み上がりでこれだけ歩ければ上等だ、と先ほどまでの不安はどこへやら、妙な自信が芽生えてきた。しかし、山はそんなに甘くはない。その自信はこのあとこてんぱんにやっつけられることになる。
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 大雪渓末端でアイゼンを装着。登山用ストックを延ばしていていよいよ本格的な雪渓登りである。
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 しばらく歩き出すと、雪渓の傾斜が急になってきた。この頃から足が重くなって、登行速度が落ちていく。72歳の爺さん&半病人の横を次々と若い登山者が「お先に・・・」と言いながら追い越していく。若者には勝てない。老兵は静かに道を譲るしかないのだ。
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 白馬岳は女性に人気があるのか若い山ガールが意外に多い。しかし、中年の元山ガール、すなわち山おばさんも沢山いた。これがまた元気で我が輩を容赦なく追い越していく。どうですか、このおばさんたちの力強い登りっぷりは。その歩幅の大きさには圧倒される。
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 ここは大雪渓の中間地点で葱平というのだそうで、高山植物が咲き乱れるお花畑の先に杓子岳(2812m)の岩峰が見える。いまの標高は2200mくらい。ほぼ3分の2くらいは登ってきたことになる。ここまで登れたことは私にとっては上出来だが、すでに疲労困憊していてへとへとな状態である。
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 類は友を呼ぶで、長い雪渓を歩いているうちに同じような境遇の人々が自然と集ってくる。私と同い年の72歳の人と仲良くなって、お互いを励ましあいながら登ってきた。しかし、葱平のところでその人が「足が攣ってもう歩けない。残念だが今回はリタイアする」と言って山を降りて行ってしまった。私も体力的には限界に近かったが、それでもまだ踏みとどまって、山を降りて行く同輩の方を振り返る。するとその背後から白い雲がわき起こってくるのが見えた。朝の好天気が次第に悪化しつつあったのだ。
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 標高2500m付近まで登ると山おばさんたちも休んでいた。しかし、先ほどまで見えていた周囲の山は深い霧のなかに消えてしまい、そのうちに冷たい雨が降り始めた。あわてて雨具のカッパを着込み最後の力を振り絞って再び上を目指す。ここまで来れば山小屋がある稜線まで登るしかないのだ。
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 13時半、ついに日本アルプスの稜線まで登り着いた。ここで標高2750m。普通だと猿倉から6時間かかるらしいが、私は高度差1500mの急坂を8時間で登ったことになる。頂上稜線の標識には右が白馬岳、左は唐松岳とある。白馬岳山頂まではあとわずか登ればいいのだが、ひどい風雨のためとりあえず山小屋に入って一泊して、登頂は明日にすることにした。

 だが翌日白馬岳の山頂に登ることはできなかった。夜半から猛烈な雨となり、私のような弱い人間が高所で行動するのは危険な状態である。残念だけどこれでは無理と判断して、翌日は土砂降りの雨のなかをカメラも出せず(従って翌日の写真は一枚もありません)元来た猿倉まで下山したのである。
 登山という行為は最終的に頂上に登り着いて完結する。しかし、私にとっては白馬岳山頂を極めなくても十分満足であった。今年の初めにはほとんどまともに歩くことができなかった者が、少なくとも北アルプスの稜線まで登ることができた。それだけで十分すぎる成果があったと思っているのだ。これもリハビリを頑張れば体は快復するということを信じたからだ。人は頑張ればきっと努力は報われる。そう思って晴れやかな気持ちで山を降りたのである。
 麓まで降り着いたとき、両足から下半身がまるで自分の体ではないと思うほど疲れていたし、翌日には強烈な筋肉痛に襲われたが、それでも自分は稜線まで頑張れたという誇らしい気持ちで一杯だった。自分にとっては素晴らしいチャレンジを成し遂げたと思っている。
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by Weltgeist | 2015-07-29 10:57

新国立競技場建設とオリンピック (No.2074 15/07/18)

 安倍首相が昨日、突然新国立競技場の建設計画を白紙に戻すと言い始めた。鳴り物入りで決めた新国立競技場の建設費が2520億円と巨額になることが分かって、多くの国民が高すぎると言いだしたからだ。彼はその声を聞いて決断したという。優れた政治家はこうした国民の声をくみ上げて国を導いていくものだから、決断は評価したい。しかし、そうなら、一昨日安保法制関連法案で、国民の80%もの人が「憲法違反ではないか」と疑問に思っていることを無視したのは何だったのだろうか。「もっと時間を掛けて論議を重ねて慎重に結論を出すべきだ」と言う国民の声を無視して強行採決したのは一貫性を欠いている。
 肝心なところでは国民の声を聞くどころか、何が何でも自分の我を通す。与党が呼んだ参考人さえもが安保法制法案は憲法違反だと言っているのに、これを無視して強行採決した首相の気持ちが分からない。
 前の日に強行採決で国民の声をばっさり切り捨てた首相が「新国立競技場建設では国民の声を聞いた」と言っても、受け取る方は何か隠された別な意図があると勘ぐらざるを得ない。白紙宣言についてマスコミ、評論家たちは「安保強行採決で内閣支持率が低下してきたことを、これで目くらませするつもりではないか」と言っていた。
 だが、首相を含めて政府与党政治家たちは一週間ほど前まで、建設費の足り無い分は、本来スポーツを盛んにするための予算を削ってでも作ると言ってきていた。こうした姿勢を考えると、彼らにはオリンピックの根本精神が見えていないと言わざるを得ない。クーベルタンはオリンピックは参加することに意義があると言っていたではないか。単なる箱物を作る方が主で、競技するアスリートはどうでもいいという発想は本末転倒である。
 そもそも今回の新国立競技場の建設費が膨大になったのは、オリンピックが商業主義にスポイルされてお金がかかるようになってきたからだ。最近のオリンピックはクーベルタンが提唱したオリンピック精神の本質を踏み外している。何であんなにお金をかける必要があるのか。先日FIFAでは多数の理事がワイロ授受で逮捕されていることを思うと、オリンピックでも金の魅力に引き寄せられて、甘い蜜を吸おうと目論む闇の利権屋たちが暗躍しているのではないかと勘ぐってしまう。
 オリンピックにお金をつぎ込むことでスポーツが利権がからむおいしいものとなっているのである。何でもお金が一番という発想は東京オリンピック、パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(元総理大臣)が「国がたった2500億円も出せなかったのか」と言って不満を述べているところに端的に表れている。
 お金をかけない地味なオリンピックでいいじゃないか。新たに作り直す新国立競技場の建設費が、せめて前回のロンドンを少し越える程度なら許せるかなぁ、と思っている。
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安倍首相の写真は昨日のテレビ朝日のニュースからキャプチャーしました。
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by Weltgeist | 2015-07-18 23:56

エウロパの略奪 Rape of Europa (No.2073 15/07/08)

 ギリシャ情勢はますます混沌としてきた。ユーロ財務相会議から「財政破綻寸前のギリシャが支援を受けたいなら痛みを伴う緊縮財政すべきだ」と言われたチプラス首相は、「そんなこと俺はやりたくないけど、国民はどう思っているのか聞いてみる」と言って国民投票をした。そうしたら、なんと61%ものギリシャ国民が、緊縮財政なんて嫌だと反対の投票結果を出した。
 これに力を得たチプラスは、「そら見ろ。今の俺たちは借金を返せない。それよりもっと援助してくれ」と図々しいことを言い出している。これに困惑したEU首脳たちは「明日、9日までに構造改革案を出せ」と要求しているが、チプラスの態度からみて彼が緊縮案をだしてくることは期待薄である。そうなると、ギリシャは破綻の道を歩まざるを得ない。
 こんな危うい状況から、今日の日経平均株価は600円以上暴落したし、中国では株価が暴落しすぎて、今日の取引を中止する銘柄が沢山出てきている。世界の金融危機がここから始まるかもしれないという危うい状況になりつつあるである。
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Tiziziano Vecellio / Rape of Europa / 1559-62 / Isabella Stewart Gardner Museum, Boston
 
 前回"It's all Greek to me"と書いたけれどギリシャ人はなんという民族だろうか。年金のカットや世間相場の3倍もの高賃金をもらっている公務員の給料削減など嫌なこった、それよりいま銀行にお金がなくなりつつあるから、もっと援助してくれと勝手なことを言っている。こうしたギリシャ人の態度を見て私は、ギリシャ神話で語られる「エウロパの略奪」思い出してしまった。
 フェニキアの美しい娘、エウロパを見そめたゼウス(ジュピター)は、白い牡牛に化けてエウロパに近づく。油断したエウロパは牡牛の背中に乗ったとたんに、牛の姿のゼウスが猛然と走り出し、クレタ島まで泳ぎついたところで、レイプして自分の女にしてしまうのだ。
 このときゼウスの牡牛が走り回った土地が、エウロパ、すなわちヨーロッパとなったと言われている。いわば今のヨーロッパの始まりはギリシャの主神であるゼウスの強引なまでの略奪に起源があることになるのである。
 神々の王として君臨していたゼウスは無類の女好きで、ヘラという妻がいるにも関わらず、エウロパ以外に、白鳥や雲、黄金の雨などに化けてレダ、イオ、ダナエ、カリストといった美しい娘を次々とレイプしていく。ゼウスの英語名はジュピター。天文学が好きな人なら、これが木星の名前であり、それを回る4個の衛星、イオ、エウロパ、ガニメデ、カリストは全部ゼウスがレイプして自分の女にした名前であることをご存知だろう。
 昔の画家たちはこの有名な神話をテーマに、何人もが傑作を描いている。上の絵はボストンのガードナー美術館にあるルネッサンス・イタリアの巨匠・ティツィアーノが描いた「エウロパの略奪」である。そして、下の絵はマドリッドのプラド美術館にあるもので、ルーベンスがティツィアーノの作品を模写したものである。
 ティツィアーノのオリジナルはドラマティックではあるが、模写といってもさすがにルーベンスのタッチも素晴らしい。しかし、女性を美しく描くことで定評のあるルーベンスもティツィアーノのオリジナルに忠実に従ったのか、美しいはずであるエウロパの顔が右手の陰に隠れてよく見えないのが残念である。
 ギリシャ神話を読むと昔の女性は男に手込めにされて、強引に妻とさせられる話が非常に多い。そのような風習はもちろん今のギリシャにはないけれど、物事を自分勝手に強引に推し進める伝統だけは残っているのではないかと思ってしまう。
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Peter Paul Rubens / Ratto d'Europa / 1630 / Museo del Prado, Madrid
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by Weltgeist | 2015-07-08 23:56