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中国幻蝶探索紀行6、雀儿山口 (No.2007 14/07/31)

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 今回目標に定めてきたチベットウスバシロチョウが生息するのは標高3500m前後の低いところである。4000m以上の高い山が生息地のパルナシウスは、そんな低い場所にはほとんどいない。だからチベットウスバシロチョウに出会えなければ他の蝶はまるっきり見られないことになる。それで、チベットウスバシロチョウ探索前に、甘孜から115㎞のところにある標高5000mの雀儿山口(チョーアールシャンコウ)という山に高度順応も兼ねてまずは行ってみることにした。ここにはアッコ・イボンヌやラベリーウスバといった珍しいパルナシウスが生息するらしいから、かりにこのあとチベットウスバシロチョウに出会えなくとも他のパルナシウスは可能性があるからだ。それと巨匠の推測ではチベットウスバシロチョウの発生には若干早いため、雀儿山で時間をつぶす方がいいというのである。
 探索初日の昨日、一日600元で話をつけておいた白タクに乗って7時に甘孜を出発。目の前には5000m以上の雪山が連なった素晴らしい景色が見えてくる。こうした山には氷河期の遺物である高山性のチョウチョ・パルナシウスが飛び交っていることだろう。いよいよ今日から四川省のパルナシウスに出会えるのだと思うと、いやが上にも期待感は高まる。
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 甘孜を出発したのは午前7時。最初は舗装した良い道路だったが、途中からダートになり車の進行速度も落ちてきた。しかし、そろそろ雀儿山口が見えてきた10時頃になって突然車が止まって、運転手が意外なことを言い出した。甘孜を出てもう約束の120㎞を走っている。これ以上行くならプラスアルファのお金を払えと、雲助運転手に豹変したのである。我々は油断して甘孜を出たときのトリップメーターを確認していなかった。運転手が前の晩ホテルに来て「120㎞600元」という紙切れを見せた意味がこのときになって分かったのである。
 地図上では雀儿山口まで120㎞はない。運転手は我々をだまして金を巻き上げようとしているのだ。だが、前回康定から甘孜まで乗った雲助との対応と同じく、巨匠は運転手の要求を頑として拒否した。ここでも払え払わないの押し問答が約1時間ほど続いた。そして、運転手は「割り増し金を払わないならここで降りてくれ」と言い出したのである。そうなると我々が困ると思ったのだろう。
 しかし写真で分かるとおり雀儿山口はもう目と鼻の先である。我々はそれなら結構、帰りはヒッチハイクで車などつかまえられるだろうと、さっさと車から降りて歩き出したのである。
 あわてたのは運転手で、このままだと600元(約10800円)ももらえず甘孜まで引き返さなければならない。車を降りて脇目も触れずに歩き出した我々に、今度は様々な泣き落としをしてくる。そして、最後は「分かった、600元でいいから車に乗ってくれ」、といって無理矢理車に押し込んで雀儿山口まで行ってくれたのである。

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 左にいるのがこのときの雲助運転手。雀儿山口に着いたところで、あつかましくも記念写真を撮ってくれと言い出した。雀儿山の看板をバックに巨匠と並んだら、何と握手までしている。さすがの巨匠もこれには苦笑いしていた。峠道の頂上にはチベット族独特のタルチョというお経を書いたカラフルな旗が沢山はためいていた。

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 世界中のパルナシウスを探索しきっている巨匠も雀儿山に来るのは初めてらしい。4889mの峠から、5000mのピークの方向に巻き気味に登ってポイントを見つけていく。全体が中程度の岩がゴロゴロしたガレで足場はそれほど悪くない。しかし、さすがに5000m近いと10歩くらいで息切れがしてくる。一昨年はカシミールの5300m付近で高山病の症状が出て来たが、今回は予防のためダイヤモックスという薬を飲んでいるので高山病の心配はなさそうである。この日のために日本でずっとトレーニングをしてきた効果が出たのか、意外なほどしっかり歩くことはできた。

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 アッコウスバシロチョウを求めてどんどん山を登っていくがチョウチョは全然飛ばない。こんな草木も生えないようなガレ場だと高山蝶のパルナシウス以外はいないのだろう。2時間近くガレ場を歩いているところでようやく白い蝶が石の上に止まるのが見えた。逃げられないよう注意しながら接近して見ると、鮮やかな赤い紋が確認できた。これはきっと変わった種類だろうと思ったが、あとで巨匠に聞いたらエパフスだという。以前、カシミールでとったことのあるパルナシウスですこしがっかりした。エパフスという蝶はインドからこんなところまで広く生息しているいわば普通種のパルナシウスなのだ。

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 しかし、何ともこの山はチョウチョの少ないところで、たまに遠くに白いパルナシウスらしい蝶が飛んでいるのが見えるだけである。それも強い風に乗って素早く飛翔するので、このままでは観察もできない。ネットを取り出して、飛んでいるやつをつかまえるしかない。大きさからいって多分アッコだろう、低いところをヒューッと飛んできたところを網でつかまえたら、後翅に青い斑点がある。小生には初めて出会うオルレアンウスバシロチョウであった。この日の成果はエパフスと、このオルレアンだけで、アッコもラベリーも不在のまま終わってしまった。

以下続きます。


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by Weltgeist | 2014-07-31 23:42

中国幻蝶探索紀行5、甘孜蔵族自治州 (No.2006 14/07/29)

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 四川省甘孜蔵族自治州の中心地、甘孜は成都から730㎞、隣のチベット(西蔵自治区)までは160㎞強のところにあり、住んでいる住民はチベット族が圧倒的に多い。町の雰囲気は漢族が沢山住んでいる他の中国の町とはだいぶ違っている。小生チベットに行ったことはないが、おそらくチベットの町もこんな風なのだろう。
 この地に外国人が入ることは公式には認められている。しかし、実際には目に見えないところで様々な制限がある。基本的にチベットと同じで外国人にはあまり見せたくない場所なのだろう。ホテルは指定された所以外は泊まれない。最初に安いホテルを聞いたら「外国人は泊まれません」と拒否され、最終的には外国人が泊まれるゴールデン・ヤク・ホテルというところにした。ご覧のように門を構えた立派なホテルで、部屋には洋式水洗トイレとシャワーがあり、なかなか清潔なホテルだった。これで一泊120元というから思った以上に安い。中国のホテルは欧州と同じで、一部屋の値段が決まっているので一人で泊まっても二人でも同じ。巨匠と二人で泊まったので折半して一人60元(約1080円)だった。
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 ホテルの入り口にはこのように「定点・・・」と書いた大きな看板があり、外国人はこういう場所にまとめて泊めておいて当局が管理しているのだろう。英語で Authorizede Hotel of Foreiners と書いてある。ホテルのWIFIは使えると言われたが、なぜかインターネットにはつながらない。メールも使えないよう当局が制限しているらしく駄目だった。

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 ホテルはきれいだが、門の外に一歩出ると、ご覧のような雑然とした町が広がる。遠くには4000m以上の雪をかぶった山々が見えていた。町の標高は3400mと富士山より少し低いくらいである。カシミールで5000m以上の高地を経験している小生にとっては問題のない高さで、息切れもしなかったが、大事をとって甘孜到着当日は高度順応で高山病に備えるとともに、町の探索をした。

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 まずは朝ご飯で腹ごしらえ。康定から甘孜まで夜通し車で走ったため昨日のお昼から何も食べていない。ホテルを出たすぐ脇の食堂に入って何も言わずにテーブルに座ったら、これが出て来た。右側の白いものはお粥、真ん中は肉まんじゅう、左はゆで卵である。中国人の朝食の定番はどうもこういうスタイルらしい。肉まんじゅうは日本の肉まんほど大きくはなく、二口サイズくらいで8個が標準。日本のようなジューシーさは無いところがちょっと不満であった。値段は卵も入れて20元(約360円)くらい。

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 甘孜の町は活気にあふれていて沢山の商店と露店がひしめき合っていた。こんなに同じような内容のお店ばかりが沢山あって共倒れしないのか不思議だが、どのお店もお客が一杯いて商売繁盛のようであった。

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 市場をのぞいてみると物資は豊富で、新鮮な野菜や果物が沢山並べられていた。果物では杏とすもももが安くておいしかった。バナナが大好きな巨匠は夜食に食べるとバナナを買っていたが、これは南の地方からの輸入物なのか意外に高かった。また、豚肉は大きな太股の塊を鉈で切り刻んで売っている。ただし冷蔵庫がなく、屋台の板の上に乗せているだけだから夕方までに完売しないと残りは腐ってしまう。売れ残った肉がそのあとどうなるのかは不明。
 赤い服に黄色い帽子をかぶった二人の人はラマ教のお坊さんで、この変わった形の帽子がどうやらこの地方独特のものではないかと思われる。カシミールの亡命チベット人でこのような帽子をかぶっていたのを見たことがないからだ。チベット族の信仰心は相当に厚いようで、町は沢山の坊さんであふれていた。

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 明日からのパルナシウス観察に備えて車を確保しなければならない。我々がちょっと車を探す素振りを見せたら、たちまち沢山の白タク運転手が群がってきた。巨匠が流ちょうな中国語で値段交渉をしていくが、敵も然る者で一日チャーターだと高いことを言ってくる。
 明日はとりあえずチベットウスバシロチョウではなく、アッコウスバや、ラベリーウスバが記録されているという5000mの雀儿山へ行く予定である。甘孜から雀儿山まで115㎞くらいあるから一日チャーターだと、結構な値段になる。最初は1000元(18000円)以上から始まって、最終的には600元(約10800円)という線で妥協した。ちょっと高いけれど甘孜からだと距離があるから仕方がないのかもしれない。
 ところが、ホテルに戻ってそろそろ寝る準備をしているところに先ほど話を決めた運転手ともう一人の男がやって来て、明日はこの男が運転手をする。ついては料金をもう一度確認したいといって、「120㎞600元」と書いた紙を我々に見せた。雀儿山は115㎞だから、我々は何の疑念もなくそれを了承したのだった。しかし、これが巧妙に仕掛けられたワナだったことが翌日明らかになるのである。とにかくこの町では油断は禁物なのだ・・・。

以下続きます。


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by Weltgeist | 2014-07-29 23:11

中国幻蝶探索紀行4、甘孜到着 (No.2005 14/07/26)

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 ほぼ一世紀にわたって姿を見られていないまぼろしのパルナシウス、チベットウスバシロチョウを追いかける旅は、四川省成都から康定を経て、いよいよ生息地と思われる甘孜までバスで行くところまでやってきた。ところが、前回書いたようにここで甘孜行きのバス切符が買えないことが判明した。同行したk巨匠の話では甘孜はこれまでチベット人が何度も中国政府への抗議として焼身自殺を行ってきた微妙な地域だから、外国人に切符を売らないようにして入域を制限しているのだろうという。
 しかし、相手がそうならこちらも自衛手段を講じるしかない。その日康定に泊まる予定をキャンセルして、甘孜までの夜行乗り合いタクシー(実際はモグリの白タク)を見つけたのである。中国「五菱宏光」というメーカーのワンボックスカーに8人のお客を詰め込んで、今夜のうちに康定の町を出て甘孜に向かうという。
 出発は午後5時。成都からバスで到着してわずか30分後での出発であるから夕飯も食べていない。だが、成都からのバスではトイレ休憩も食事タイムもあった。喉も渇いていて水も買いたかったので運転手に「水」(シュイ)と漢字を書いて、水を売っている店の前でちょっと止まってくれと頼んだ。
 すると次の止まるところで買えるといってすぐさま康定の町を出発していく。康定から甘孜までは9時間かかるというから少しでも早く出たいのだろう。長丁場だから腹ごしらえもしっかりして万全を期したかったが、ここは我慢することにした。ところが、なぜか康定の町外れまで来たところで車は止まってしまった。
 運転手は携帯電話でしきりに誰かと話しているが、小生に会話内容は分からない。町で止まるなら水を買うくらいの時間はあるだろうに、お客は全員ギュウギュウ詰めのシートに座らされたままである。何で車が止まっているのか理解出来ないでいるうちにお客の一人が車から降りた。様子から誰かを待っている風に見える。すでに定員オーバーしているところにさらに誰かを乗せるのか、もしそうならこれから9時間の間ひどく窮屈な思いをさせられることになる。頼むからそれは勘弁してもらいたいものだ。(*写真は意味もなく康定の町外れで待たされている巨匠やお客の親子連れ) 
 約1時間ほどして出て行った客が戻ってきたが誰かを連れてきたわけでもなければ、何かを買い求めた様子もない。その人はまだ周囲を見渡して何かをやりたげではあったが、車は無視するように急に動き出した。前夜の北京空港と同じく意味不明の「待機」である。なんのために1時間も待ったのか分からないまま車は標高4000mの折多山への急坂を登り始めた。康定の町は背後に消え去り、周囲は真っ暗な山の中となった。もう水を売っている商店などない。水を飲むことは諦めざるを得なかった。
 折多山の頂上付近まで来ると4000mの冷気が入ってきて急に寒くなってきた。その間、運転手はなぜかひっきりなしに携帯電話で誰かと大声で話をしている。もちろん小生の水問題も、食事をとることも無視してひたすら北の方向にある甘孜を目指してノンストップで走り続けていくのだ。

 7時間ほど走った午前零時ころ急に明るい町が見えてきた。どうやらルホウという町のようだ。やれやれようやくここで夕食が食べられるのかと思ったら、そうではなかった。運転手が我々二人は降りて向かいに待っている車に乗り換えろという。今までの車は、甘孜まで行かない。行くのは向かいの車だと約束と違うことを急に言い出したのだ。
 食事どころではない。急いでそちらの車に移ると我々が座るシートは荷物置き場のようなところしか残っていない。座るというより荷物の間に潜り込む格好で、足の置き場もないひどく窮屈な状態にさせられた。そして身動きできないままさらに2時間、もううんざりするほど乗って、ぐったりしたところでついに甘孜に到着した。長い、長い旅だった。時計の針は午前2時を回っていたが、とにかく目的地までは着いた。きつかったけれどこれで一安心と思ったのである。
 k巨匠はタクシー代を払う前にホテルの予約に向かう。予想通り何軒かは「外国人お断り」と拒否されたようだが、最終的に泊まれるホテルを頼んでからタクシー代を払おうとした。すると乗り換えた運転手が、「予定より遅れたから待ち時間分を余計払え」と言いだしたのである。
 どうやら前の車の運転手がしきりに携帯で話していたのはこの運転手との引き継ぎ時間のことだったようだ。しかし、車が遅れたのも、引き継ぎも我々のせいではない。運転手同士の問題だから余分なお金を払う必要はないのだ。このときの巨匠の態度はすごかった。金を要求する運転手に大声で「不可以・フーコーイー」(駄目、ノーだ)と言い張ったのである。
 余分な金を払え、払わないのやりとりは15分以上続いた。火花が飛び散るほどの言い争いは、結局巨匠が勝った。中国語の分からない小生だったら言いなりだったろうが、絶対後に引かない巨匠を見て運転手は忌々しそうに我々から一人150元ずつひったくるとどこかへ走り去っていった。
 かくて甘孜のホテルに入ることが出来たのは、この日も午前3時少し前だった。何とも出だしからトラブルが多く、先が思いやられそうな旅はいよいよ本番となってきたのである。

以下続きます。

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by Weltgeist | 2014-07-26 23:57

中国幻蝶探索紀行3、地元のバスで四川奥地へ (No.2004 14/07/22)

 四川省の省都・成都(チェンドゥー)市にはパンダを沢山飼育している「成都パンダ繁育研究基地」がある。日本からの観光客がこれを目当てに沢山来ているおなじみの場所である。しかし、我々にとってパンダなどさして興味はない。それより最初の発見からほぼ一世紀をへているのにその後ほとんど採られた記録がない超レアなパルナシウス・チベットウスバシロチョウをこの手でつかまえてしっかり観察することの方がはるかに重要だ。
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 チベットウスバシロチョウは成都から730㎞離れた甘孜という町の近くにいるらしい。そこまで途中康定という町で一泊して、バスで二日かけて行く予定なのだ。康定行きのバスはネットで調べたところ、午前6時半に出るようだ。ホテルに着いたのが午前3時半だからほとんど寝る時間もない。
 朝5時半にモーニングコールで起こされると、同行したk巨匠がすぐに隣にある長距離バスターミナルにチケットを買いに行く。 申し遅れたが、今回同行したK巨匠とはパルナシウスの世界ではかなり知れた人で、チョウチョど素人の小生は2011年、12年とインド・ラダックへ一緒に行って海外のパルナシウスのイロハから教えていただいた素晴らしい達人である。御年76歳と小生より4歳年上ながら、まったく年齢を感じさせないすごい行動力と体力の持ち主。そのうえ英語と中国語が堪能だから今回のように中国語が必須の旅でも不安はない。
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 バスターミナルでチケットを買ってきた巨匠の話だと、インターネットで調べた時間と違ってバスが出るのは8時20分だという。代金は一人119元(このときのレートは1元が18.2円、だから2165円)。これだと少し時間的余裕が出て来たのでホテルで一人5元の朝食をたべる。お粥と肉まんじゅう、ゆで卵、それに漬け物で初めて食べる本場(? )の四川料理はまあまあである。
 8時頃バスターミナルに行く。すごい人でバスもたくさんある。バスと人の多さを見ていよいよ中国本土に侵入していくという気持ちがひしひしと感じられてきた。
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 バスの行き先はこのように前面に康定・成都と書いてある。全席指定で、これで8時間揺られて途中の康定まで行くのだ。昔テレビで見たとき中国の長距離バスは荷物をバスの屋根に山積みしていたが、今回は日本のシャトルバスと同じで座席に下に入れられるようになっていた。
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 8時20分、定刻にバスは出る。座席はせまく窮屈。小生はカメラを入れたサブザックだけは手持ちで持ち込んだが、これが自分の足の前にしか置くスペースがない。このまま8時間座っているのはかなり苦痛であるが我慢するしかないのだ。
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 10時頃一度トイレ休憩のあと、11時40分にもう一度留まると乗客全員が降りていく。どうやらここが昼飯を食べさせる場所のようである。しかし、しばしのランチタイムは30分くらい。のんびり食べている余裕はない。
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 一人25元払うとおかずが4品とご飯が選べるシステムらしい。みんなが専用のトレーを持って先を争うように注文している。中華料理大好きな小生にはどれもおいしそうに見えた。
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 言葉の分からない小生は、目の前にある麻婆豆腐と春雨、茄子を油で調理したもの、キクラケと豚肉の炒め物を指さして注文した。四川料理の代表格である麻婆豆腐があったので、真っ先にこれを注文したが、これは思ったほどではなかった。むしろ日本で食べる麻婆豆腐のほうがおいしい。しかし、茄子とキクラゲは抜群においしく、春雨は辛かった。四川料理の感想を一言で言えば「辛い」である。後で覚えた言葉だが、辛くしないで欲しいときは「ラージャオ、シャオシャオ」と言えばいいのだそうだ。
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 さて食事を終えて、川沿いの道を延々と登って行くが、康定の町にはなかなか着かない。長らくクッションの悪い椅子に座っているとお尻が痛くなってくる。足も窮屈でそろそろ開放してもらいたいなと思う午後4時半ころにようやく康定の町に到着した。本日は康定に泊まって明日朝一番のバスで甘孜に行く予定である。それでまずバスの切符を買いに行くと、明日の分は全部売り切れだという。ここから先はチベット族が住む地域となる。甘孜は何度も政府に抗議する焼身自殺事件が起こった場所なので、外国人の入域を制限していて、我々には切符を売りたくないのではないかと巨匠が推測していた。これは困ったことになりそうだ。
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 明日まで待っても甘孜のバスは乗れない。ところがそうした客を見込んで、乗り合いタクシーが呼び込みをかけてきた。甘孜まで一人150元である。我々を含めて8人の客を狭い車内に押し込んで、今夜中に甘孜まで運んでくれるという。康定に泊まって明日まで待っても甘孜には行けそうもないのでこれに乗ることにした。甘孜までの所要時間は9時間。そうなると甘孜に着くのは翌日の早朝となる。どうやら、今夜も未明の到着になりそうで、寝不足は解消しそうもない。 
 右側のバッグを持っているのがk巨匠。彼は今回の中国からパミールに転進し、約40日ほど旅行する。それなのにこれほどの小さな荷物にまとめている。パルナシウスの達人であるとともに、旅の達人でもあるのだ。
 乗り合いタクシーは、狭い谷間に出来た康定の町をすぎ、4000mの折多山を越えて甘孜地方に入っていくのだが、このあとまたまた信じられないようなトラブルが起こってくる。それについては次回に書きます。

以下続きます。
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by Weltgeist | 2014-07-22 20:31

中国幻蝶探索紀行、2、成都までの長い道のり (No.2003 14/07/21)

 中国のウスバシロチョウ=パルナシウスのなかでも最も出会うことが難しいとされるチベットウスバシロチョウは、中国南東部、四川省成都から、バスと車を18時間以上乗り継いで行ったチベットとの省境周辺にいると言われている。それを探す旅は、昨年の中国ですっかりおなじみとなってしまったトラブルの連続からまた始まった。
 昨年、上海からウルムチへ飛んだとき、原因不明の遅延騒ぎでタジキスタン・ドシャンベ便への乗り継ぎができず、4日間もウルムチに閉じ込められてしまった。今回は日本発だからそんなことはないだろうと思っていた。当然ながら全然問題なくチェックインできたのである。北京とその後の成都便が一度にチェックインでき、荷物は成都までスルーで行けるという。こうした作業が日本語でできることは実に頼もしい。
 ところが北京へ飛ぶ飛行機のボーディングが始まったとき、同行したK巨匠と小生の名前をゲートの係官が呼ぶ。あまりこうした場所で自分の名前が呼ばれた経験はないので何事かとカウンターまで行くと、北京から成都まで飛ぶ予定の飛行機がキャンセルになった。とりあえずは北京でもう一度航空会社のカウンターに行って、成都まで飛ぶ別な便をキープし直してくれと言う。
 実はこれがトラブルの始まりだったのだが最初はあまり深く考えていなかった。成都はとても大きな都市だから沢山の航空会社が飛んでいる。簡単に次の便がとれると思っていたのだ。しかし、一つだけ心配なのは成都までスルーで預けた荷物の行方だ。北京でそれを受け取れず、行方不明になったらどうしようか心配があった。
 幸いにして成都まで預けた荷物は北京空港で出てきた。だが、このあと成都便をどうやったら予約できるのか、C航空のカウンターに行くと、意外な答えが返ってきた。「本日の成都便には乗れない」というのだ。前の便がキャンセルになったから後の便は満席で予約できないのだろう。我々は本日中に成都まで行く予定になっている。それが駄目だと今日は北京に泊まらなければならない。昨年のウルムチの苦い思い出がよみがえってきた。
 「まずい。そうなると明日も成都まで行けなくなる可能性がある」と思い、C航空カウンターで「俺たちは今日中に成都まで行かないと困るのだ」と、もう一度強く要求した。すると、その後1時間遅れで出る20時発の成都行きなら乗れると、係員が意外なことを言い出したのである。(実は、これは日本でチケットを買ったI社のSさんが、我々の成都便がキャンセルになったことを知って、日本から素早く20時の便を予約してくれていたからできたのだが、ことの次第を知ったのは帰国後である・・・)

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 予定より出発時間が少し遅くはなったが、何とかこの日のうちに成都までは行けそうだ。ホッとして成都便の搭乗ゲートに行って待つ。しかし、空港全体の雰囲気がなぜか変である。妙にざわついていて、周囲のボーディングゲートにいる人たちが一向に動く気配が無いのだ。出発時間の20時を過ぎても何の案内もない。数少ない出発情報を伝えるテレビモニターを見に行ったら、ほとんどの便が赤い文字で欠航、または遅延になっている。
 我々の便は「延便」とあり、欠航ではない。だが、ゲートの係員に聞いてもなぜ遅延しているのか理由は分からないようだ。昨年の上海でも空港にある大半の便が、理由も告げられることなく数時間待たされた。今回も同じ事態が起こったのだ。中国ではこうしたことは当たり前なのだろう。
 出発予定時間の20時が過ぎて、21時になり22時になっても一向にボーディングが始まる気配はない。ただ少し希望があるのは、20時以降に出る成都便は全部欠航になっているのに、我々が乗る予定だった20時発の成都便はまだ「延便」のままである。飛ぶ気だけはあるようだ。そのうちに隣のゲートの21時20分発昆明行きが、出発時間を午前2時40分発に変えていた。ということは20時発成都便も未明の午前2~3時頃になるのかもしれない。こうなったら何時でもいい。とにかく成都までは飛んでもらいたいのだ。
 多分、飛行機は翌朝の早い時間に飛ぶつもりだろう。それなら腹も減ってきたので23時頃巨匠と空港内でわずかにやっていたレストランに夜食を食べに行った。そして食べ終わったあとゆっくりとゲートに戻ると誰もいない。食事に行っているあいだに突然ボーディングをやったのだ。小生と巨匠もあわてて機内に乗り込む。
 どんな理由で遅れ、また飛ぶことになったのか、少なくとも英語のアナウンスでは説明も謝罪の言葉もなく、午前零時に飛行機は離陸し、翌朝午前2時半に成都空港に着陸した。最初の予定から6時間遅れである。予約したホテルに着いたのは午前3時半ころだった。翌日乗る康定行きバスは午前6時半に出るから、ホテルの従業員に5時半にモーニングコールを頼む。ほとんど寝る時間もないことに従業員も苦笑している。しかし、曲がりなりにも、とにかく我々は四川省の入り口まではやってくることができたのである。

以下続きます。

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午前3時半過ぎにようやく成都のホテルに入ると、寝る間もなく、まもなく夜が明けてきた。ホテルの隣が長距離バスのターミナル。右側に沢山見えているバスのどれかに乗ってこのあと延々18時間もの長旅を続けることになるのである。


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by Weltgeist | 2014-07-21 23:55

中国幻蝶探索紀行、1、チベットウスバシロチョウ (No.2002 14/07/19)

 高嶺の花という言葉がある。手の届かないところに咲く花は、余計美しく見えるものである。しかし、それはそもそも手が届かぬ険しい山の中にあるから普通の人は諦めろという意味を含めた言葉である。ところがそんな無理なものと分かると人は余計それを手に入れたくなる。極めて入手しがたいものを手にしたいというのは人間の根源的な欲求かもしれない。
 最近小生がはまっているチョウチョの世界でも高値の花と言える珍しい種類がいる。小生がとくに好きなウスバシロチョウ=パルナシウスの仲間で、最も難易度の高いチベットウスバシロチョウというやつだ。正式な学名で書けばParnassius tibetanus =パルナシウス・チベタヌスである。このチョウチョ、中国四川省とチベット自治区の堺付近にいるらしいのだが、1896年に四川省西部で発見されて以来これまでほとんど採集されたことがないという超レアなウスバシロチョウなのだ。
 そんなものすごいまぼろし的存在を小生ごとき青二才が手にすることなどできるわけがない。最初から考えてもいなかったことである。ところが、それがもしかしたら可能かもしれないというタナボタ話が迷い込んできた。一昨年インドに一緒に行ったk巨匠が「今年はこのチベットウスバシロチョウにチャレンジするから一緒に行かないか」とお誘いしてくれたのである。
 実は巨匠は以前チベットウスバシロチョウの雌を1頭だけ採ったことがある。しかし、そのときのものは鱗粉がはがれたひどく飛び古してものだった。その写真を何人かの人に見せたら「本当にチベットウスバシロチョウ? 違うんじゃないの? 」と言われ、プライドを傷つけられたらしい。だから彼も復讐心に燃えている。汚れていない新鮮な個体を探し行くから一緒に来てもいいよと誘われたのである。
 この話を聞いて小生、チベットウスバシロチョウについて早速調べてみた。するととんでもないことが分かってきた。物の本によれば過去一世紀にわたってほとんど記録されたことがないまぼろし中のまぼろしのチョウチョだというのだ。それが巨匠と行けば見ることが出来るかもしれない。なぜなら巨匠は以前1頭観察しているから生息場所も知っているのである。まぼろしといっても現実となる可能性は抜群に高いのだ。 
 二つ返事で「行きます。ぜひつれて行ってください」と巨匠に頼み込んだのは言うまでもない。かくして2014年の海外ウスバシロチョウ探索の旅は中国と決まり、7月1日、中国に向けて出発したのである。

以下続きます。

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反町康司著「パルナシウス図鑑」によればチベットウスバシロチョウには「2亜種が知られ、いずれも四川省だけに分布するが、本種のすべての亜種は極珍で、亜種 tibetanulus を除けばいずれも一世紀以上もの間成虫が得られていない」(P.96)たいへん珍しいチョウチョと書かれている。こんなものすごい蝶と出会うことができるのだろうか・・・。
*チベットウスバシロチョウの図版も同書からコピーさせてもらいました。


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by Weltgeist | 2014-07-19 23:31

中国奥地へ行って来ました (No.2001 14/07/17)

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 中国奥地から無事に戻ってきました。今回の旅の目的は例によって小生の大好きなパルナシウスという種類のチョウチョの観察です。パルナシウスというのは日本にもいるウスバシロチョウというチョウチョの仲間で、これの本場は中国、とくにチベット周辺に色々な種類のパルナシウスがいる。パルナシウス属に興味のある人はこの地域の探索は欠かせない場所なのだ。
 しかし、チベット族の住む地域に外国人が行くには様々な制限があり、簡単に行ける所ではない。チベット独立運動、ダライ・ラマ問題などからこれまで何度も抗議の焼身自殺があり、中国政府はあまりそういうところを外国人には見せたくないのだろう。バスの切符購入を制限したり、ホテルによっては「外国人お断り」と公然と宣言しているところもある。泊まる場所さえ見つけるのがむずかしいのだ。
 今回はそうした苦難をあらかじめ予想しつつパンダの里として知られる四川省の成都から康定(カンチン)という町を経て、甘孜(ガンツェ)まで延々18時間かけて行き、そこからさらに車をチャーターしてチベットとの境近くまで探ってきた。ふところの広い中国では日本の常識など全然通じない。想像を超えるようなトラブルの連続であったが、それらを一つずつクリアして続けた旅の詳細については明日から少しずつ紹介していきたいと思っている。


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by Weltgeist | 2014-07-17 22:34