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消費税増税と物欲権化 (No.1940 14/03/31)

 明日から消費税が8%になる。そのため、少し前からデパートやスーパーは活況だった。みんな安いうちに買いだめしておいて節約したいのだ。しかし、買いだめがどこまで節約につながるのかよく分からないところがある。本当の節約とはお金を使わないこと、すなわち物を買わないことである。最低限絶対必要なもの以外は買わない。これこそ節約の原点である。しばしば消費者は必要もない物を買わされている。広告宣伝に踊らされて、なくてもよい物まで買い込んでいないか。それを打破するには物は買わない。これが一番である。
 若い頃は物も持っていなかったから何でも買いたがった。小生、テレビも車も、そしてカメラもたくさん買った。物欲に囚われて、それを買わないと時代に取り残される、買えば絶対幸福になれると盲信し、買い物に走った。そうして手元には無数のゴミが残った。
 あっという間に陳腐化したパソコンやその他電気製品。それを購入して幸せになったかどうか思い出してみると絶対そんなことはないのに気がつく。それなのに物を買った直後は幸福感に包まれて我を失っている。販売する側はあの手この手で人々の購買心を湧き起こさせ、物欲の権化にさせようとしているのだ。あたかもその商品を買わなければ自分は不幸になる、買えば絶対幸福になれると思い込むよう誘導されているのである。
 物欲にずっと踊らされてきた小生は、いつしか宣伝屋の口車には簡単に乗らない物を買わない男に変身した。買い物には興味がなくなったから今回の消費税騒ぎにも高みの見物をしていられる。
 しかし、消費税が困るのはすべての物で税金が増えてくることだ。毎日食べる食料品などで増税した3%分だけ負担が増えてしまう。それを回避するには、不要不急の物の消費を3%分減らすしかない。絶対に必要な物以外は買わない。冷静になってできるだけ物を買わずにただじっとしているつもりである。
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by Weltgeist | 2014-03-31 23:57

本日は超忙しいため写真だけの掲載にします (No.1939 14/03/30)

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 一昨日書いたように、小生の絶版になっていた本が文庫版としてまた出版されることになった。その準備で現在めちゃくちゃ忙しい。ブログを書いている時間的余裕もないため、今夜はモスクワで撮った変な女性の写真だけにした。
 この女性、クレムリン近くにいて小生がカメラを持っているのを見て、「200ルーブル出せば写真のモデルになるよ」と英語で声をかけてきた。要するに観光客狙いの記念写真バイトモデルのようだ。以前、ロンドンでも同じように写真を撮らせて金をねだる男にからまれたことがあった。あのときは怖かったが、女性なら平気だろうと、100ルーブル(300円)に値切って撮らせてもらったものである。ただし、値切ったためかこちらが望むポーズは拒否され、わずかに数回シャッターを切っただけで「ハイ、オシマイ、オシマイ」と言われてしまった。
 彼女、いかにも作り物風の衣装とカツラ、帽子をかぶっているが、よく見るとちょっと歳は食っているがロシア人特有の美人の部類(人によって様々な好み、意見はあるだろうが・・・)である。本当はきちんとモデル代を払って、こんな衣装やカツラをとった素顔の彼女を撮れば小生好みの写真になったかもしれない。不意の出来事でそんなことも思いつかなかったのが残念である。
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by Weltgeist | 2014-03-30 23:57

臨時ボーナスで今年も何とかチョウチョ採りに行けそうだ (No.1938 14/03/28)

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 モスクワへ行く少し前にうれしい話が飛び込んできた。以前出版した小生のある本が文庫本として再出版されるというのだ。ついては早急に文字校正をし、訂正すべき箇所があれば赤字を入れてもらえないかと、編集者から連絡がきた。この本は1988年に出版され、その後絶版になって久しいものである。
 自分としては過去のとっくに終わったものだが、編集者が死んでいた絶版本の中から小生の本を掘り起こしてくれたのである。いまやデジタル全盛で紙の本がどれほど売れるのか、現役を離れた小生には想像もできないが、編集者が新たに文庫本として出すと決めた以上それなりの売り上げは予定しているのだろう。そうなら小生も少しでも本の売れ行きが良くなるように多少の手直しをと、原稿をいじっている。
 昔の本を文庫として再版するなら、出版した当時の刷版を縮小すれば簡単だろうと考えていた。しかし、編集者のKさんによれば、昔の刷版は残っていない。原稿も全部打ち直して新しい印刷用の版を作る必要があるのだという。最近の高性能スキャナーで原本をスキャンしても細かい漢字まで正確に読み取るのはむずかしく、間違いが多すぎる。むしろ最初から新しく打った方が正確だ。だから、前の文章を手直したければ多少の修正は可能だという。
 そんなわけで話はとんとん拍子で進み、ロシアから帰ってきたらもう新たに打ち直したゲラ刷り原稿が届いていた。それを今読んで校正しているのだが、全然文字の打ち間違いがない。本当に新しく打ち直したのか疑問が残るほど正確な文章を打ってきている。これは文字打ちのプロがやったものだろう。小生のブログのように毎日必ずどこかに打ち間違いがあるのと比べると、さすがにプロの仕事は素晴らしい。
 うれしいのはこの出版で、小生は印税という臨時収入が入ることだ。リタイアして以来我が家の会計管理は妻がやっている。妻からお小遣いをもらう身になりはてた小生は、何をやるにしても財務大臣の厳しい査定を受けて、パスしただけのお小遣いしかもらえない。「はい、あなたの今月のお小遣いはこれだけです」といって与えられる情けない身分に落ちぶれているのだ。
 「エッ、これじゃとても足りないよ」と言うと「雀の涙年金ではこれ以上は無理。もっと欲しければバイトでもして稼いだら」と冷たく言われていた身である。
 だが、印税は純然たる小生の「稼ぎ」である。昨年パミール高原へ行くことで、手持ちの軍資金をスッカラカンに放出していて、今年は身動きがとれないでいた。それがこれで生き返る。印税の振り込みはまだ流動的だが、たぶん夏までには大丈夫だろう。一つだけ心配なのは振り込まれた印税が妻の手に渡って、我が家の臨時収入として一般会計に組み込まれることだ。これは絶対阻止しなければならない。「俺の稼ぎだ」としっかり主張し、財務大臣に虎の子をとられないよう戦うつもりだ。勝つか負けるかの戦争である。そうして勝ち取ったこの資金で今年もどこか外国の蝶を採りに行きたいと目論んでいるのである。

*写真は中国、新疆ウイグル自治区、天池で撮影しました。

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by Weltgeist | 2014-03-28 22:43

モスクワの旅、最終回、モスクワ旅行の総括 (No.1937 14/03/27)

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 モスクワの旅は昨日のセルゲイ・チュールキン宅訪問で一応終わったのだが、ロシアという国は小生にとってはなかなか手強い相手だった。そこで自分自身の旅の総括の意味を含めてもう一度モスクワの印象をまとめてみたい。
 まず、何度も書いたようにロシア語の壁は想像以上に厚い。ガイド付きのツアーで訪れるならともかく個人旅行で行くなら最低でもキリル文字のアー、ベー、ゲー・・・・くらいは読めるようにしておかないとどうしようもないだろう。駅などの公共機関で英語表記は皆無、また英語を話すロシア人も極めて少ない。日本では中学校から英語を教えているから、英語は話せないにしてもごく簡単なグッドモーニングとか、サンキューくらいは誰でも分かる。ところがロシアではそれも通じない。この国では日本での常識がまず通用しない閉鎖された国と思って行く必要があるのだ。
 シェレメチェボ空港を出ると白タクの呼び込みが激しいが、これは乗らない方が無難だろう。モスクワは渋滞が激しいから空港から市内まではエアロエクスプレスという特急電車の方が確実で便利である。シェレメチェボ空港から地下鉄環状線(5号線)のベラルーシ(現地名ベラルースカヤ)駅まで34分、ノンストップで行ける。ただし、特急が止まるベラルースカヤ駅と地下鉄の駅とは少し離れているから大きな荷物を持って歩くのはきついかもしれない。
 モスクワに着いて絶対必要なものは地下鉄の路線図。小生は「地球の歩き方」に付いていた日本語読みのある路線図を使ったが、これが非常に役にたった。地下鉄はどの線も3分おきくらいに電車がくるからほとんど待つことがない便利な交通手段である。チケットは一回乗りが40ルーブル(120円)で市内ならどこまで行っても同一料金。電子チケットを入り口のセンサーにかざすと改札口が開く。
 地下鉄路線はそれぞれ色分けされているので、まず自分が乗る線を認識し、降車駅、または乗り換える駅方向の電車に乗れば目的地まで行ける。しかし、日本と違って上り下りの方向性がわかりにくい。自分が行きたい方向の電車に乗っているのか駅名も見えにくく、読めないから間違えやすいのだ。左右にあるホームに行くと次の駅名が小さなロシア語で順番に書かれているから、路線図と合わせて確実にそれが正しい方向かを確認してから乗るといいだろう。
 最初は分からないことばかりで戸惑うが、意外なことはロシア人はすごく親切で、地下鉄にどう乗ったらいいのか迷っていると、何人もの人から「助けが必要ですか」とか「困っているならお手伝いしますよ」と声をかけられたことだ。一度などわざわざ降りる駅まで一緒に来てくれて出口まで教えてくれた人がいた。モスクワオリンピックの影響もあったのだろうが、旧ソビエト時代のロシア人とはだいぶ変わってきた印象を受けた。ロシア人は誰も冷たいように見えるかもしれないが彼らのほとんどが英語を話せないからこういう態度をしているのではないか。本当は親切で優しい人でばないかと思えた。
 もう一つ、モスクワは意外に物価が高い。食事は PECTOPAH (何度も書いているようにPはR、CはS、HはNだから Restoran )と書いたレストランで食べるが、街のレストランで朝飯でも一人1500円くらいはするようだ。通訳のアレクセイに「高いんじゃないか」と聞いたら、モスクワではこのくらいは普通の値段だという。ホテル近くのスーパーマーケットで水(エビアンの小瓶)を買ったら一本が85ルーブル(250円)した。ベンツ、BMW、ポルシェなど高級車がゴロゴロ走る景気のいいモスクワではこのくらいが普通なのだろう。
 モスクワは今まで色々な国を旅してきた小生の常識を根底からひっくり返す街だったが、実はそこが魅力の原点だったのかもしれない。トルストイやドストエフスキー、ゴーリキーを生んだのもこうした底なし沼のような混沌さに満ちたロシアの文化であったと気づかされたのが今回のモスクワの旅であった。
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by Weltgeist | 2014-03-27 22:37

モスクワの旅、その7、セルゲイ・チュールキン博士宅訪問 (No.1936 14/03/26)

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 今回のモスクワ旅行は人類学者マリア・メドニコバ博士に会うことと、もう一つは昨年パミール高原で会ったロシア科学アカデミーの昆虫学者、アレックス・ペトロフ博士を通してロシアきっての蝶の研究家、セルゲイ・チュールキン博士と会うことであった。
 蝶を知らない人にはチュールキンといっても分からないが、彼はほんの少し前にキルギスでダビドビウスバシロチョウ Parnassius davydovi Churkin, 2006 という新種のパルナシウスを見つけて世界中の蝶研究者をアッと驚かせたたいへん高名な人物である。まだ蝶の採集を始めたばかりの初心者である小生から見れば天上界の人のような巨人なのだ。
 日本でも彼の名前はよく知られているが、実際の彼がどのような人物なのかイメージはあまり伝えられてはいない。ただ、二日前にメドニコバ博士のところへ行ったとき、このあとある昆虫学者に会う予定だと言ったら、彼女がモスクワ大学時代の同級生でセルゲイ・チュールキンという人がいたと話して小生を驚かせた。人類学と昆虫学では専攻が全然違うのに知っていたということは、チュールキンは相当目立った秀才だったのだろう。写真の右側がチュールキン、左がアレックスである。
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 チュールキンという名前から小生は現在ロシアのチュールキン国連大使のような恰幅のいい老人を連想していた。ところが実際に会ってみたら全然違ってまず若いことに驚いた。やや神経質そうな天才肌の人物であった。手にしている標本は彼がキルギスで発見してパルナシウス研究家を驚かせたダビドビウスバシロチョウである。彼によれば現在一種類しか記載されていないダビドビは、今後数種の亜種に分類される(その数も教えてくれたが今はまだ秘密だ)そうで、手にしているのはそのパラタイプ標本。しかし、まだ発表前だからこれ以上接近して標本撮影するのは駄目だと釘を刺された。

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 小生はお土産にギフチョウと日本の国蝶であるオオムラサキの標本を持って行ったら、そのお返しにとんでもないものをくれた。チュールキンから見ればギフチョウもオオムラサキも珍しいものではないだろうに、小生はエビでタイを釣ったのである。

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 これがチュールキンからのプレゼントである。上は Parnassius charltonius kabiri の♂、下は Parnassius charltonius platon のペアーで、いずれも最近記載されたカルトニウスの新亜種である。蝶に興味のない人には単なるチョウチョにしか見えないだろうが、小生にとってはとんでもない宝物である。もらった直後はうれしさのあまり舞い上がってしまった。
 チュールキンやアレックスとの会話は英語。いままで通訳のアレクセイがいなくなって困っていたが、ようやくロシア語の重圧なしに自分の思いが伝えられてホッとした気持ちになった。彼はパルナシウスの色々なことを教えてくれたが、とくに数日前に発表したばかりの論文でキルギス、アラム・クンゲイを中心に産する Parnassius charltonius romanovi  について言及しているのが興味深かった。それによれば昨年小生が行ったパミール、グシュコンパスの Parnassius charltonius vaporosus もromanovi  に含まれてしまうかもしれない微妙な立場のようだ。これについての論文はまだもらえなかったが、これまで彼が発表した他の論文をたくさんもらい、上の新亜種標本とともに小生の素晴らしいモスクワ土産になった。


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by Weltgeist | 2014-03-26 22:58

モスクワの旅、その6 (No.1935 14/03/25)

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 木曜日でクレムリンは休み。アルバート通りの町歩きも面白くなさそうなので、クレムリン内部の観光は明日にして、今日はノヴォデヴィッチ修道院に行き先を変更する。ガイドブックによればここはチャイコフスキーが白鳥の湖のイメージを得たところというからモスクワでも有名な観光地なのだろう。
 地下鉄スボルテーヴナヤ駅から歩くことにしたが、いきなり道に迷ってなかなか修道院が見つからない。長らく歩いてようやくロシア正教のネギ坊主寺院の尖塔が見えてきた。寺院の様子からここがノヴォデヴィッチ寺院であることは間違いないだろうと、深く考えずに中に入ると、ちょっと様子がおかしい。実は隣のノヴォデヴィッチ墓地というお墓に間違えて入ってしまったのだ。
 だが、ここはチェーホフやゴーゴリ、ショスタコーヴィッチなどの墓があるというので彼らの墓を見学していくことにした。入り口にはお墓の地図が100ルーブル(約300円)で売られていたので、これの英語版を買いがてら入り口のおばさんにチェーホフとゴーゴリのお墓を教えてもらった。写真はチェーホフのお墓で、彼を信奉する人が絶えないのだろう。お花が捧げられていた。
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 こちらはゴーゴリのお墓。ちょうどチェーホフのお墓と向かい合っていて、世界文学の巨匠同士が死後もここで近所つきあいをしているようだ。チェーホフの墓石の文字はわかりにくかったが、ゴーゴリの方は Гоголь と大きく書かれていてすぐに分かった。このほかにエリツィンのお墓もあったが、こちらはど派手にでかいカラフルなお墓だった。
 しかし、お墓ばかり見ても気持ちが沈むだけだからと、本命のノヴォデヴィッチ修道院へ移動。入り口でお墓の地図を売っていたおばさんに場所を聞いたらすぐ裏側だというので、そちらに回った。
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 ノヴォデヴィッチ修道院は入館料300ルーブル、カメラ撮影料金100ルーブル(1ルーブルは約3円)を払って入る。ロシアの歴史的建造物にカメラを持って入ると、撮影料金を別にとられるが、ドイツなどでもおなじで前もってカメラ代を払っておけばおおぴらに撮影できる(フラッシュは禁止が多い)から気は楽である。
 さて大きな門から入ると、正面に出てくるのがスモレンスキー聖堂。女子修道院として使われているのだそうで、白い壁と、金色のネギ坊主尖塔が印象的だ。しかし、その奥にもいくつかの聖堂が建っていて最初は物珍しげに写真なども撮っていたが、そのうちどの建物もよく似ていることに気がついた。京都のお寺と同じで、一つ見ればあとはどれも似たり寄ったりで飽きてしまうのだ。
 どの寺院、聖堂も代わり映えがしないという印象は翌日のクレムリンでも同じだった。どれも白い壁で、ネギ坊主が3本なのか5本なのか、尖塔の屋根が金色であるか銀色なのかくらいの違いしかないので次第に興味が半減してくるのだ。そんなわけで以下、ノヴォデヴィッチ修道院の中にあったたくさんの聖堂の写真は割愛する。
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 観光地というのは写真に撮っても絵はがきみたいになりやすい。どうせなら人と違う写真にしようと、今回のモスクワ行きでは最初からクレムリンの夜景を撮るつもりでいた。だが、夜景の撮り方ではあまりiso感度を上げないで、スローシャッターで撮るのがコツである。ところが今のデジカメはisoが6400以上に上げられるから、写真をよく知らない人は感度を上げすぎて、しかもレンズを開放で撮っている。これではただ「写っているだけの写真」にしかならない。本当はiso100からせいぜい200くらいで三脚を使って撮るのが良い夜景写真のコツなのである。
 そのため小生は三脚をモスクワに持って行くか大いに悩んだ。最初はジッツオの大型三脚を用意していたのだが、あまりの重さと大きさに腰が引けてパス。今回は写真撮影が目的ではないからと遠慮してジッツオの最小三脚に変えた。しかし、これも最終的には引っ込めて三脚を持って行くことをあきらめたのである。とにかく荷物は軽くしなければならないのだ。従って、このカットは不本意ながらiso2000まで感度を上げて手持ちで撮っている。絞りは f5.6、シャッタースピードは 1/13 秒である。写真は赤の広場からクレムリン、ニコリスカヤ塔と国立歴史博物館を撮ったもの。
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 夜景を撮るコツは低感度で、できれば f8 くらいに絞ることである。明るいレンズだからとisoをあげて絞り開放で撮る人は素人である。それと、もう一つのコツは日没直後のまだ空に多少の光が残っている時を狙うことだ。完全に日が落ちた真っ黒な空だと、ライトアップした被写体だけが浮き上がったつまらないものになりやすい。
 今回は日没直後を計算してあらかじめ赤の広場でライトアップが始まったらすぐに撮影しようと午後6時からチャンスを待っていた。ところが、予想に反して日が暮れて暗くなったのにライトアップがなかなか始まらない。寒さの中じっとライトアップを待っていたが、今日はライトアップも休みかも知れないとあきらめかけていた。そのときようやく始まった直後に撮ったのがワシーリー寺院のこのカットである。すでに午後8時を回っていて空がかなり暗くなっている。このため小生が目論んでいたほど空が明るく撮れなかったのが残念だ。f5.6 でシャッタースピードは1/8 秒にまで落ちているから多少手ぶれしている。やはりこうした夜景を撮りたければ無理してでも三脚は持って行くべきだと思わされた。

モスクワの旅、明日は最終回にする予定です。


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by Weltgeist | 2014-03-25 23:44

モスクワの旅、その5 (No.1934 14/03/24)

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 昨日、サバイトバ博士の娘さん、マリア・メドニコバさんに論文を返すことができて、今回の旅の主な目的は果たせた。これは通訳のアレクセイのアシストがあって完全な形で小生の思いを伝えることができたことである。彼がいなければ小生は何もできなかったろう。しかし、無事に役目を終えたので、通訳のアレクセイとはここでお別れした。このあとは全部自分で処理しなければならない。
 むずかしいキリル文字を読んで地下鉄などの交通機関を利用する他、食事の注文まで全部自分でやらなければならない。他のヨーロッパ諸国ならその国の言葉は話せなくてもアルファベットは読めるからおおよその見当はつけられる。しかし、ロシアは言語形式がまったく違うからそうはいかない。しかもこの国では英語を話す人が極端に少ないから、何をするにも分からないことだらけである。でも仕方がない。これから帰国まで全部自分一人でやらなければならないのだ。

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 それで今日はモスクワきっての観光スポットであるクレムリンの観光からスタートしようとチケット売り場のあるトロイツカヤ塔の方に向かう。以前モスクワへ来たときもここで長い時間並んでから入場した覚えがある。昔の記憶を頼りにクレムリンの壁沿いにトロイツカヤ塔の方へ行くが、なぜかチケット売り場が閉まっている。本日は木曜日。何とクレムリンは休日でクローズされていたのだ。
 強力な助っ人であったアレクセイがいなくなってすぐさま発生してきた問題である。だが、休みなら仕方がない。それではモスクワの繁華街と言われるアルバート通りの方にでも行ってみるかとぶらぶら歩いて行くと、頭の上に鳩の糞がたまったこのような石像が出てきた。

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 どこかで見たことのある顔だが思い出せない。しかし、石像の台座に上のような文字が彫られていた。覚えたてのロシア語で発音したら、ドストエフスキーとなった。カラマーゾフの兄弟や罪と罰を書いたあのドストエフスキーの像だったのである。ちなみに、上のキリル文字で先頭の変な形の字 Д がD、CはS、BはV、KのあとのNの逆さまの文字は I でイ、その上にウムラウトのようなポチポチが付いた字 й はイーと読むからドストエフスキーとなるのである。

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 ガイドブックを見ながら歩いて行くが、どうやらこれがモスクワの繁華街、アルバート通りのようだ。しかし、繁華街にしては我々が思っているような賑わいがない。たとえばパリのフォーブル・サントノーレ通りとか、渋谷、銀座のような豪華なブランド店が並んでいる雰囲気がない。社会主義国家だったからだろうか、ヨーロッパのごく普通の町並みの感じで歩いていてもあまり面白味はない。

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 するとまた石像が出てきた。モスクワは石像が好きな街らしく、あちらこちらにたくさんの石像やレリーフがある。しかし、台座に書かれた簡単なキリル文字でも小生が読むには数分はかかるから、大半がうまく読めずに像が誰か分からない。だが、この石像だけは以前、NHKの名曲アルバムで同じものを見たことがあるから知っている。ロシアが誇る名作曲家・チャイコフスキーだ。ただし、この場所がチャイコフスキーとどのような関係にあるのか、ロシア語の説明が読めないから不明。たぶん、この近くに住んでいたのではないだろうかと推測した。

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 でもこんな石像ばかり取り上げても面白くもなんともない。街を歩く人たちはどんな様子かお伝えしよう。すると目に付くのが女性たちだ。ロシアは美人の国である。街を歩く女性たち、とくに若い女性はハッとするような美人ばかりがゴロゴロいる。彼女たちはスタイルも抜群で、寒い国にもかかわらず、多くの女性が膝上30センチはありそうなミニスカートをはいている。日本なら若者が集まる渋谷あたりでも寒い今の時期、これほどスカートをはく人はいない。モスクワ美人は自分の脚線美に自信を持っているのだろう。寒さもものともせず美しい足を見せて颯爽と歩いていた。ミニのタイトスカートで歩く彼女たちがすごく格好いいのだ。
 しかし、不思議なのは中年以降の年寄りは、どれもグリム童話に出てくる魔法使いのおばあさんのようで、スタイルのいい美人が少ないことだ。若いうちはあれほどきれいだった人が、歳をとるとどこへ消えてしまうのか。まるでエステの使用前、使用後の逆比較を見るようで不思議だった。

モスクワの旅、もう少し続けます。


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by Weltgeist | 2014-03-24 23:46

モスクワの旅、その4 (No.1933 14/03/23)

 今回のモスクワ訪問は、ロシア科学アカデミーの人類学者、マリア・メドニコバさんに会うことが第一の目的である。理由は、彼女のお母さんであるロシアきっての魚類学者、ソニア・サバイトバ博士から小生が以前論文を預かっておきながら、ついに日本で出版することができなかったことへのお詫びだ。
 サバイトバ博士から論文をもらったのは1990年の中頃。いただいた論文を日本の雑誌に掲載するつもりでいたのだが、ちょうどソビエトがペレストロイカのあおりでがたがたして、発表の機会を失ったまま今日までずるずると過ごしてしまった。そのお詫びを兼ねてモスクワに連絡したら、残念なことにサバイトバ博士は昨年亡くなって、娘さんがいるとの情報を得て、今回古い論文を持ってモスクワまで行ったのである。
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 午前中は簡単なモスクワ観光をして、午後4時に前もってアポイントをとっておいたマリアさんとサバイトバ博士が住んでいた家で会った。地下鉄タガンスカヤ駅から歩いて行くと、正面に大きな建物が見えてきた。博士はここに住んでいたらしい。しかし、外観からしてすごい建物で、玄関近くの壁には有名人らしい人のレリーフが何枚も張られている。同行した通訳のアレクセイによるといずれも作家とか芸術家、俳優などの有名人だという。建物は歴史的にも名のあるものだそうで、こんな所に住む相手はどうやらすごい人のようだ。
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 右がサバイトバ博士の娘で人類学者のマリア・メドニコバさん。左の黒い猫を抱いているのが彼女の娘でサバイトバ博士の孫のあたるアリサ・ヴィーラさん。なんで母親がサバイトバ、娘がメドニコバ、孫がヴィーラとファミリーネームが変わるのかよく分からないが、どうやらロシアでは必ずしも子供は父親姓を名乗らなくてもいいようだ。
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 マリアさんの家系は19世紀から五代にわたって続く学者一家で、お母さんも娘も超一流のモスクワ大学の教授である。我々がわざわざ古い論文を返すためだけでモスクワまで来てくれたことに感謝して、マリアさん手作りのロシア料理で歓待してくれた。手前にいるのが今回のモスクワ訪問を助けてくれた通訳のアレクセイ。英語がまったく通じない国でロシア語を話せる彼の手助けがあったから何とかマリアさんとの面会もできた。彼のヘルプはこの日だけであったが、たいへん助けられて感謝している。
 歴史的な建物だけあって部屋の中も落ち着いたいかにも名門学者の家という雰囲気であった。小生はこのあともう一人別な昆虫学者の家も訪ねるのだが、彼の家も外観は古いアパートをリフォームしてしゃれたものに改装してあった。ロシア人はこのようにして自分の家を住みやすいように変えていくのではないかと思われる。
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 左上がソニア・サバイトバ博士。ソビエト科学アカデミーきっての魚類学者で、生前は極東の魚類まで精力的に研究していたが、昨年亡くなったという。残念ながら生きているうちに彼女に会うことはできなかった。下はマリアさんが今調べている中央アジア、アルタイ山脈のデニソワ洞窟で発見された4万年前のデニソワ人について彼女が書いた本。
 彼女によればデニソワ洞窟で発見された二体の骨から抽出したDNAから、現生人類であるホモ・サピエンスとは別種別系統の人類とされる「デニソワ人」について、最近行われた遺伝子解析の結果から興味深いことが分かってきたという。現生人類の祖先と交雑していた可能性が高いことが判明したというのだ。
  マリアさんは我々の訪問の二日前までウイーンの学会で、このデニソワ人についての研究発表をしてきたばかりだそうで、そのとき使ったパワーポイントを見せながら小生のような素人にアレクセイの通訳を通して教えてくれた。それによればかってホモサピエンスはアフリカを起源に世界中に広がっていったが、一方で別な人類、ネアンデルタール人はヨーロッパを起源にし、進化の過程でホモサピエンスに淘汰されていく。しかし、これとは別な古人類がアジアを起源に発生した。これがデニソワ人である。
 ところで、生物学的に種が違えば、彼らが交雑することは不可能である。ところが、デニソワ人のDNAを調べたところ、現在のパプアニューギニアやオーストラリアにいる原住民のDNAの中にデニソワ人のDNAが何%か見つかり、ホモサピエンスと交雑があったのではないかという。ここまでくると種の定義から見直さなければならない重大な問題を含んでいる。そのようなむずかしい話を小生にしてくれて、マリアさん訪問はすごく収穫の多い物だった。
 ただ、この問題で小生はあくまでも素人。デニソワ人についてもっと知りたい人はナショナルジオグラフィックの記事を読んで、種とは何か、人類とは何かを考えてください。


モスクワ旅行、もう少し続きます。 


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by Weltgeist | 2014-03-23 23:50

モスクワの旅、その3 (No.1932 14/03/22)

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 昨日は釣り仲間の家庭パーティで中断したが、今日からまたモスクワの旅の続きを書きたい。
 さて、地下鉄から出てマージ広場に行くと、右手になにやら格調の高そうな建物が出てきた。同行した通訳のアレクセイの説明だとボリショイ劇場だという。ボリショイバレー団の本拠地であり、またロシア歌劇の数々を演奏した名劇場であるが、今回中に入って見学するまでの時間的余裕はない。
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 通りを歩いていたらおなじみの顔を彫ったレリーフが出てきた。ヴェ・イ・レーニンである。社会主義革命を起こして旧ソ連邦を作り上げた革命家は、今ではロシア国民から嫌われているのではないかと思っていたら、まだ、こんなレリーフが残っている。今でもレーニンの業績を評価している人がいるのだろう。

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 マージ広場の裏側に回り込むと、赤い寺院風の建物が見えてきた。実はこれは寺院ではなく、国立歴史博物館である。中に入ると古代の石器や土器から近代まで膨大な展示があり、よくぞここまで集めたものだといういうくらい展示物は充実している。この歴史博物館の向かいに面した所が有名なクレムリン、赤の広場である。
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 かって冷戦時代、ソ連軍のICBM大陸間弾道ミサイルや、数々の戦車が通るのを誇示した赤の広場。昔ニュース映像で見ていたときはとても大きな広場だと思っていたが、意外に小さな広場であった。この広場は、前回、No.1928、3月17日にアップしたように夜景がきれいで、二日後に寒い中頑張ってライトアップした赤の広場を撮っている。
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 ここが赤の広場中心のひな壇。レーニン、スターリン、フルシチョフなどがソビエト軍を閲兵した場所である。下段はレーニンの永久保存した遺体が安置されているレーニン廟。赤い文字で書かれた Ленин という言葉で先頭のЛ はL、EはE、HはアルファベットのN、Nの逆さまのようなиはIで、нはN。これでLenin レーニンと読む。
以下続く。

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by Weltgeist | 2014-03-22 23:29

モスクワ旅行記の途中ですが (No.1931 14/03/21)

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 本日、我が家に釣り仲間三名がそれぞれ奥さんを連れて来て、楽しい語らいの時を持ったため、モスクワ旅行記は一時中断します。今回の集まりは先日世界一周のクルーズから帰ってきたばかりのR久さんのお話を聞くのがメイン。我が家の奥さんが朝4時から起きて焼いた7㎏のターキーを食べながら、R久さんのお話をおもしろおかしく聞いた。
 小生のモスクワ報告もあったが、何しろR久さんのお話は世界一周である。モスクワとはスケールが違いすぎる。R久さんの壮大なお話をみんな興味深げに聞いて楽しく過ごしたのである。
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 今日のメインディッシュである7㎏の焼き上がったターキーをBさんから借りた電動ナイフで我が家の奥さんがカットしていく。集まった皆さんはターキーを本格的に食べるのは初めてだそうで、珍しげに見ていた。そして食べてみておいしいと言ってくれたから、料理した奥さんも頑張った甲斐はあったことだろう。小生もターキーを食べるのは久しぶりだが、とくに白身の肉が軟らかくてとてもおいしかった。
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 最後に猫のイライも入れて記念撮影。中央にいるのが世界一周から帰ってきたばかりのR久さん。小生の良き上司であり、また良き釣友でもある。
 そんなわけで、今日は小生の超個人的なイベントについて書いてしまった。モスクワの旅の続きを知りたかった人には申し訳ありませんでした。明日から、またモスクワの旅の続きを書きます。

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by Weltgeist | 2014-03-21 22:54