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パミール高原に行くためブログを休みます (No.1749 13/07/18)

 昨日も書いたように、タジキスタンのパミール高原に行って来ます。目的はタジキスタンとアフガニスタンのごく限られた地域にいる「専制君主」と呼ばれるウスバシロチョウの探索です。今回は地元での蝶類採集許可証が取れたというので、撮影だけでなくできれば実際に採集して日本に持ち帰ってきたいと思っています。
 しかし、幻中の幻と呼ばれる蝶なのでうまく出会えるのかどうかまったく分かりません。簡単にはいかないでしょうが、全力でチャレンジしてみます。
 帰国は8月5日ころ。多分帰国報告は8月6日には書けると思います。その間、ブログは休みます。

次回書き込みは8月6日以降です。

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 パミールの山奥にいるという幻の蝶・「専制君主ウスバシロチョウ Parnassius autocrator」。写真提供、セルゲイ・トロポフ。
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by Weltgeist | 2013-07-18 20:19

ミネルバの法則で円安だぁ (No.1748 13/07/17)

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 外国へ行くとき、その国の通貨をいつ、どこで両替するか迷う。レートのできるだけ良いときに良い場所で交換したいからだが、これが意外とむずかしい。今週末からタジキスタンへ行くのに、ドルが必要だ。タジキスタンの通貨、ソモニは国際競争力が非情に弱く、日本では外貨交換できない。それで今回の旅行代金はドルで支払う約束になっている。ドルに両替しておく必要があるのだ。
 だが、ドルに交換するならできるだけ円高の時の方が有利だ。今回の計画が決まりかけたころは1ドルが80円前後の超円高で、さらに円は高くなると経済評論家が予測していた時である。少し前の経済誌で「日本は1ドル50円の超円高になる」とまで騒いでいたから、小生もドルの両替はできるだけ遅い方が有利になると、円高を期待して両替は先送りしていたのである。
 それがアベノミクスの円安誘導によってあっと言う間に百円超にまでなってしまった。今の円安は小生の立場からすると、はなはだ遺憾なことである。かりに80円のときに3000ドル両替したとすると、240000円ですんだ。それがどんどん円安が進んで、今日は102.16円(M銀行レート)というところまで円の価値が暴落してしまった。小生はこのレートで今日仕方なく両替したのである。仮に3000ドルなら306480円、つまり、80円のときより66480円も余計払わなければならないのである。
 しかし、前の「1ドル50円の超円高になる」と世間が騒いでいたとき、小生はそんなこと本当に起こりはしないだろうと思っていた。経済評論家の言う予測くらい当てにならないものはないからだ。彼らが「良くなる」と言ったら「悪くなる」、「右だ」と言ったら「左」と必ず逆をついてくるのが相場の常だからだ。経済評論家と反対のことを考える小生の理論・ミネルバの法則を信じていたからである。
 ところが自分ではそう言いながらも漫然と時代の波に流されて、今日の損失を招いてしまった。やはり、経済評論家の言うことをまともに信じては駄目なのだ。彼らと逆のことが起こりうるという小生の「ミネルバの法則」は妥当するのである。ところが、それを言いながら自らはチャンスを逃がしてしまった。
 明日の経済がどうなるかなど誰も読めない。アベノミクスは将来日本人の収入は増えて経済は良くなるなどと絵に描いた餅を言っているが、こんなことを丸ごと信じるのはたいへん危険である。アベノミクスで今のところ良い思いをしているのは一部の輸出関連大企業と投機筋だけである。御用経済学者や都合の良いことしか言わない政治家の言葉など信じるな。結局、アベノミクスで物価だけが上がり、賃金は上がらないどころか貧困化が進むと、素人経済評論家・ミネルバ氏は推測しているのである。
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by Weltgeist | 2013-07-17 22:23

パミール高原への旅準備 (No.1747 13/07/16)

 中央アジアに行く日が近づいてきたので、今日から出発の準備に取りかかった。飛行機の荷物制限は、エコノミークラスは一人23㎏以内なので、あれもこれも持っていくことはできない。なるべく軽くなるように、最低限の荷物に制限してパッキングしてみた。しかし、それでも荷物が多くなる。さらなる軽量化の努力が必要だ。
 今回訪れるのはタジキスタン。旧ソビエト連邦崩壊のあと独立した「タン」という名前の付く国の一つである。首都はドシャンベ。といっても皆さんほとんど馴染みはないだろう。アフガニスタンの北隣りにある日本ではあまり紹介されたこともないいわば未知な国である。
 我々が行くのは首都・ドシャンベから車で3日間走ったパミール高原のど真ん中。タジキスタンに入るにはビザが必要だが、さらにパミールには特別なビザが必要と、なかなかガードの堅い地域である。なぜならここはアフガニスタンとの国境沿いの道を行くため、タリバンや反政府ゲリラ対策で入域を軍が厳しく規制しているからだ。
 今回の計画をたてたのは昨年の夏頃。最初は何の情報もなく行くのもむずかしそうだったが、なんとかガイドしてくれる人を見つけ、その人とメールでコンタクトをとりだしたのが昨年の後半からである。それから何度も何度も確認のメールを入れてついに出来上がったのが今回のパミール遠征計画だ。
 自分としては完璧を期したつもりでたてた計画なので、ことが計画通り運んでくれれば申し分ない。しかし、ガイドしてくれる人たちがどこまでやってくれるか未知数である。半分手探り状態ではあるが、人が行かない場所に行くにはそのくらいのリスクは当然である。昔の探検家は何の情報もなしに未知の場所に飛び込んでいった。そうやって彼らが得た情報をもとに後の人が追随して行ったのである。
 しかし、今回の我々は追随者ではない。まったく様子が分からない暗闇に飛び込む先駆者の気持ちで出発の日を待っているのである。何が出て来るか、そして何が起こるのか分からないけれど、人の手垢がべったり付いた場所に行くよりずっと緊張感があって楽しいのではないかと期待している。
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2009年、タジキスタンの北、キルギスタンから行った北パミールのアラムクンゲイ。今回はこの山の向こう側に行く予定である。
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by Weltgeist | 2013-07-16 23:35

言葉に潜むニュアンス (No.1746 13/07/15)

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 いじめが原因で子供が自殺する例が後を絶たない。自らの命を絶つということはものすごく重い決断である。「何でそんなにしてまで・・・」と後から言っても子供の命は帰ってこない。10日には名古屋市内で中学2年の男子生徒がマンションから落ちて死亡した。いじめによる自殺だろう。
 生徒は先生もいる前でクラスメートから「**君は今日死にます」と言われたという。きっと言った生徒は遊びの延長で、それほど重大なことになるとは思っていなかったろう。だが、言われた方は傷つき差し伸べて欲しい助けが必要だった。しかし、このとき担任の先生まで「やれるものならやってみろ」というような発言をしたという。
 担任教師は「受け取り方は様々で、そういう風にとった生徒がいることを残念に思うが、決して言っていない」と否定した。先生はそんな言葉は言っていないかもしれない。しかし、コミュニュケーションのツールとしての言葉は、個々の言葉のなかに含まれる「ニュアンス」によって意味が全然違ったように受け取れる。教師は「やって見ろ」と言わなくてもそれに類する思いを持っていると男子生徒に思われてしまったのではないか。
 「おまえはバカだ」という言葉も、笑いながら軽く言うなら、受け取る方も笑って済ませるが、憎しみを込めて毒々しげに「おまえはバカだ」と言われれば、受ける方も激しく反発する。言葉の中には発する人の気持ちが含まれていて、それが相手に直で伝わるのである。同じ「バカ」という言葉でも愛情深いものもあれば憎しみが含まれたものもある。教師はそのことを理解できていないのである。
 誰からも見放された絶望感が自殺を引き起こした。「死ね」と言った同級生だってここまで事態が深刻になるとは思っていなかったろう。だが、思慮を欠いた幼い者の言葉は残酷にも少年の胸に深く突き刺さってしまった。
 ほんのわずかな心遣いがあれば救えた事件なのに、加害者という立場に立たされた人たちはこれから心に重い罪の意識を背負っていかなければならない。
 子供の頃から言葉使いを学校では教えてくれる。しかし、大事なことは言葉の言い回し、選択ではない。教育とは愛情なのだ。心の底から相手を思う愛情があればこうした問題は起こらないのである。
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by Weltgeist | 2013-07-15 21:54

Welcome to Japan (No.1745 13/07/13)

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 今日はアメリカ・カリフォルニアからお客さんが沢山やってきて大忙しだった。以前、日本で親しくおつきあいしていたWさん夫妻が、アメリカに帰って日本の良さをアッピールしたのだろう。10人もの仲間を連れて日本に旅行してきてわが家に立ち寄ったのだ。
 狭いわが家に体の大きいアメリカ人が10人も入るとぎゅうぎゅう詰め状態である。しかし、それより参ったのは飛び交う言葉は当然ながら英語で、わが家が突然アメリカ合衆国の一部のような状態になってしまったことだ。
 流ちょうさからはおよそかけ離れた小生の英語力ではみんなの会話を理解するのは容易ではない。必死に彼らが話す言葉の意味を聞き取ろうとするがマシンガンのような早さで話す英語は半分しか理解できない。長い会話をしようにも通じないのだ。でも、皆さん優しいから小生のつたない英語を我慢して聞き分けてくれた。
 一方の小生は、相手の話す言葉を聞き漏らすまいと緊張して頑張ったせいか、彼らが帰ったあとになってぐったり疲れが出てしてしまった。ぜんぜんだらしがないのである。来週には小生自身が外国へ行って英語で意思疎通しなければならない。しかし、今の小生の英語力でうまく会話が通じるのかまったく自信がなくなってしまった。
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by Weltgeist | 2013-07-13 23:23

この世は不公平すぎないか (No.1744 13/07/12)

d0151247_20595854.jpg 見渡すとこの世の中にはおびただしい不公平が存在している。一昨日書いたお金持ちと貧乏なラザロの話のように、同じ人間になんでこんなに差別があるのだろうか。良い条件下に生まれた者は益々富み、不運な条件下の人は益々不幸になる。しかも、富める者がずる賢く立ち回ることで、貧しき者の利益を不当に収奪をしているのが現実である。
 人には差別があるべきではないし、悪い奴らに天誅をくわえてくれと言いたくなる。だが、貧しき者が悪いことをしないかというと、首を傾げたくなる。どちらも五十歩百歩ではないだろうか。
 頭を切り換えて、全ての人がまったく差がない状態を想像してみるとどうだろうか。どこまで行っても同じ光景が続く金太郞飴状態は不気味である。賢い者もいれば愚かな者もいる。豊かな者もいれば貧しき者もいる。人間は多様な差の中で生きている存在と見た方が自然である。
 そうなると、世の中、差があるのは仕方がない、不公平だなんてブツブツ言うのはお門違いといことになるのだろうか。ウーン、分からない。心情的には不公平は許せないし、悪いことをしても罰せられることもなく優雅に生活している奴は懲らしめて欲しいとは思う。だが、ここまでくると何が正義なのか分からなく、だんだん自信がなくなってきた。
 ルカ福音書では、この世の中では金持ちが優遇され、あの世では貧乏なラザロが優遇された。神が「正義の審判」をなさったのである。だが、本当に神の罰が下されたのかどうかは分からない。あの世から帰って来た人は一人もいないからだ。
 しかしそれでも、この世は不幸の連続と感じている人はあの世で救われると信じるしかない。この世で悪いことをして良い思いをした連中に神は公正なさばきをしてくれるに違いない。そう信じれば気持ちも和らぐだろう。
 一昨日はボッシュの天国へ登る善良な人たちの絵を載せた。今日はこの世で悪いことをして良い思いを独占した悪党どもが地獄へ落ちていく絵を載せたい。この気持ちの悪い絵を見て、悪党どもは死んだあとこうした目にあうに違いないと想像すれば、世の中の不公平に腹の立つこともなくなるだろう。


*ヒエロニモス・ボッシュ、干し草車。右パネルには欲張った報いで地獄へ落ちていく人が描かれている。
Hieronymus Bosch / Triptych of Haywain (right wing) / 1500-02 / Museo del Prado.

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by Weltgeist | 2013-07-12 23:13

こんなに暑いときは高原の温泉に避暑に行きたい (No.1743 13/07/11)

 5日ほど前から猛烈に暑くなってきた。山梨県甲州市勝沼では39℃を越える猛暑が3日も連続し、一昨日は日本で一番暑い地点と言われていた。勝沼の「ほったらかし温泉」には4月に行って来たが、あのときはまさかここが日本で一番暑い場所にランクされるなんて夢にも思わなかった。甲州市には知り合いの**さんがいる。そんな灼熱地獄におかれてさぞやたいへんだろうと同情を禁じ得ない。といっても東京も4日連続して35℃を越えているから、暑いのは同じである。 
 寒さは暖かい服を着れば何とかしのげるが暑さはそうもいかない。服を脱いでも丸裸にまではなれないし、かりに裸になれても外気温が体温より高くなると「煮えて」しまう恐れさえある。こんなときはクーラーの涼風で冷やすしかないだろう。
 ここまで暑いときは不要な外出は避けて家にいる方が安全である。しかし、仕事をしている人はそうはいかない。特に外で仕事をする人はたいへんだ。だが、それが仕事となれば仕方がないだろう。いまはリタイアしてクーラーの効いた部屋にいる小生だって若い頃はものすごい暑さの中で散々仕事をやってきた。働いている人はある程度は我慢してもらうしかない。
 でも実際当事者になったらたいへんだろうなとは思う。実は一昨日、わが家の猫の額庭に植木屋さんが入った。まだ涼しい早朝からやってきてテキパキと仕事にとりかったが、しばらくして様子を見たら全身から汗が噴き出すたいへんな状況下で仕事をしていた。クーラーの効いた部屋の中から見ている小生を、植木屋さんは天国にいられる人と見たかもしれない。彼の暑さはまさに地獄のようだったからだ。
 しかし、一日中家にこもっているのは健康上あまりよろしくない。むしろ外に出て汗をいっぱいかく方が自然だし、健康にはよいのだろう。そういう点では小生より植木屋さんの方がまともだと言えよう。もちろん、熱中症にならないために水分補給をたっぷりとっての話だが。
 もう一つはもっと優雅に「避暑に出かけること」だ。軽井沢や北海道で涼しい夏を過ごせるなら健康的で申し分ない。ただし、それには相応の時間と軍資金が必要である。友人のチャトラママさんは万座温泉で3日間、のんびり避暑を兼ねた湯治にいってきたというが、今の小生にはそんな余裕はない。時間だけはあるが、今月末に行く海外遠征の軍資金がまだ調達できていないから、温泉まで行ききれないのだ。
 こんなときは古い写真を引っ張り出して、温泉に行った気分を空想するしかない。写真は2002年8月に八幡平の蒸ノ湯の露天風呂を撮ったものである。標高が1000mを越えた高地は気温が10度台で、風呂から出ると肌寒いくらいの涼しさだった。今の暑さを思うと夢のような場所である。遠征から戻って来てまだ猛暑が続いているようなら、また八幡平には行ってみたいと思っている。
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by Weltgeist | 2013-07-11 23:57

黄泉の国について (No.1742 13/07/10)

d0151247_22544911.jpg 暗い話題ばかり続けて書くようだが、今日は死んだ人はそのあとどうなるかについて考えてみた。まず、小生は知らなかったのだが、日本では人は死ぬと霊が仏門に入って「成仏」するのだそうだ。葬式で坊さんが死者に戒名をつける。これは死者の霊がその戒名で天国への階段を登って行く出発点である。階段は33段まであって、33回忌をもって終結するらしい。だから高い戒名をもらうほど成仏に近づくのが容易になるらしい。つまり地獄の沙汰も金次第ということである。
 一方、西洋のキリスト教では死んだ人間は一度黄泉の国(ハデス)に入り、そこから地獄へ落ちる者と天国へ行く者とに振り分けられるようだ。ダンテの神曲では、死後の世界には天国と地獄、それに煉獄(れんごく)の三つがあって、煉獄で清い霊は天国、汚れた霊は地獄へと振り分けられる。
 煉獄という考え方はカソリックのもので、どんな人間も罪人だから死んでも簡単に天国には行けない。まず煉獄で霊を洗い清めた者だけが天国に行ける。煉獄とはいわば魂のクリーニング場なのである。しかし、かってのローマ法王庁は「免罪符」なる物を売り出し、これを買った者、すなわち教会に沢山の寄進をした者は、煉獄で魂の清さを判断している大天使ミカエルのメガネにかなって天国に行けるとした。つまりミカエルへのワイロという名目で金儲けをしようとしたのである。そして、「そんな物はインチキだ」と反旗をひるがえしたのがマルティン・ルターだ。地獄の沙汰も金次第は洋の東西を問わずあったのである。
 ルターが怒ったのは、死んだあとの霊の世界をも人間が金の力で支配できるとしていたことだ。人間の力が及ぶ範囲は誕生から死までの生きているあいだだけで、それより外のことは神の占有事項だからわれわれがタッチすることはできないのである。
 パウロは人は神を信じればそれだけで天国に行けると言っている。プロテスタントの基本的な考え方はこれである。人は無条件に神を信じ、神が与えてくれる恵みをうけるだけで、死んだあとの霊は天国に行けるのである。ということは、地獄に落ちる人は神を信じていなかった人ということになる。神を信じるから自分は死後天国に行けると信じ、安心を得る。それがキリスト教の信仰である。
 だが、本当にそれで霊は天国に行けるのだろうか。それは考えても意味のないことである。なぜなら死後の世界は神の占有事項だからだ。われわれはそんなことは考えず、ただ神がいると信じ、その恵みを受け取るだけでいい。それを疑う人が地獄に落ちるとキリスト教徒は信じているのである。
 ルカ福音書には生前に好き勝手をやってきた金持ちと彼からひどい目にあわされた「哀れなラザロ」が共に黄泉の国で出会う話が出てくる。この世で金持ちは良い思いをしていたけれど、いざ死んでみたら自分は地獄の苦しみにあわされている。一方のラザロははるかかなたの天国にいるではないか。金持ちはどうしてこんな差別があるのか神の御使いにたずねる。すると、
「子よ。思い出してみなさい。お前は生きている間に、良い物を受け、ラザロは生きている間に悪い物を受けていました。しかし、今ここで彼は慰められ、おまえは苦しみもだえているのです。
そればかりでなく、私(神)たちとおまえたちの間には、大きな淵があります。ここからそちらに渡ろうとしても、渡れないし、そこからこちらに来ることもできない」 (ルカ16:25-26 )。
 金持ちは神の警告にも従わず、贅沢三昧で良い思いをしていたのに、黄泉の国では自分は地獄に、そしてラザロは天国にいる。神の存在を疑ったことで死後は地獄の苦しみを受けているのである。しかし、自分にはまだ生きている兄弟たちがいる。彼らには神を信じるように伝えて欲しいと頼むが「たといだれかが死人の中から生き返って(このことを話しても)、彼らは聞き入れはしない」( 16:31-32 )だろうと言って拒絶される。生前にくどいほど神の存在を言ったのに、おまえは信じなかったではないか。兄弟も同じだろう。疑ってはならない。死後には神が造った天国があると信じる者だけが救われると言っているのである。

*添付した絵はヒエロニモス・ボッシュ、祝福された者の天国への上昇。 Hieronymus Bosch / Paradise: Ascent of the Blessed / 1500-04 / Palazzo Ducale, Venezia.
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by Weltgeist | 2013-07-10 23:58

「フランダースの犬」とルーベンス (No.1741 13/07/09)

d0151247_21151142.jpg 昨日、新美南吉の「ごん狐」は悲しい結末で終わるが、童話はもっと明るくハッピーに終わる方がいいと書いた。しかし、そのあとアンハッピーな結末の童話は意外に沢山あることに気がついた。たとえばマッチ売りの少女。寒空でマッチを売っているが、最後は凍え死んで行く。ベルギー・アントワープで愛犬と共に死んでいく「フランダースの犬」もそうだ。
 2歳のとき両親を亡くし、足の悪い老人に育てられたネロ少年と、飼い主から虐待されたあげくに捨てられた犬のパトラッシュが、老人の死後孤児となってけなげに生きて行こうとする。しかし、世間は彼らを冷たくあしらう。絵が上手で、絵描きになりたいネロ少年はアントワープ大聖堂にあるルーベンスの絵を愛犬パトラッシュと見ながら、最後は凍え死んでいく悲しい物語である。二人の最後は次のよう書かれている・・・
「ふたりでよこになっていっしょに死のう。人はぼくたちには用がないんだ。ふたりっきりなんだ」パトラッシュの目に涙が浮かびました。それは、少年のために流した涙でした。パトラッシュ自身は、少年の腕の中でとても幸せだったのです。
 いよいよ二人が死の眠りに落ちかけたその時でした。突然雲間から月が顔を覗かせ、闇を照らし出したのです。その光は暁のように明るく、今ネロの前にくっきりと、ルーベンスの二枚の絵が浮かび上がりました。絵のおおいはすでにはね除けてありました。「とうとう、見たんだ!」ネロは大声で叫びました。それはほんの一瞬のことでしたが、ついにネロは崇高な絵に描かれた神々しいイエスの姿を見ることができたのです。
 明くる朝、ネロは石畳に横になり、愛犬とともに死んでいました。」

 フランダースの犬は日本では大人気で、アニメにもなっていて、誰もが知っている悲しいお話だが、地元アントワープではなぜ日本人はあんな暗い童話が好きなのか疑問に思われていた。小生もベルギー人と同じで、この童話には何か異質な物を感じている。確かに意地悪おやじにいじめられ、最後は愛犬パトラッシュと共に死んでいくシーンに胸を打たれるが、ネロ少年が死ぬまでに一度見たかった大聖堂にあるルーベンスのキリスト磔刑祭壇画と、絵の好きな少年のイメージが結びつかないのだ。
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 「フランダースの犬」によれば、大聖堂に入ってルーベンスを見るにはお金が必要だが、貧しいネロ少年はそんなお金も持っていなかったという。小生が2003年に訪れた時の入場料は一人2ユーロだったから、当時もそれほど大金ではなかったろうに、生きることがやっとだったのだろう。
 大きな大聖堂の中に入ると両翼に二枚のパネルを持つルーベンスの三連祭壇画がすぐに目についた。上の写真がキリスト昇架 Raising of the Cross / 1610年、下がキリスト降架 Descent from the Cross / 1612-14年のセンターパネル部分である。ネロ少年とパトラッシュは凍え死んでいくとき月の光でこの絵が浮かび上がってきたというが、絵を前にして未熟なネロ少年はルーベンスのすごさにきっと圧倒されたことだろう。
 巨大な絵を何百枚も描き続けたルーベンスの作風は、荒いタッチで素早く描くものが多い。大半は大事なところだけ自分が描き、後は工房の弟子たちに描かせたものである。しかし、大聖堂の二枚は、いずれもご覧のように、ルーベンス自身が渾身の力を注いで描いたものである。ルーブルにある「マリー・ド・メディシスの生涯」のような荒いタッチではなく、細部まで神経を注ぎ込んだ素晴らしい作品である。
 キリストが十字架に架けられる「昇架」とマグダラのマリアやヨハネによって死んだキリストを降ろす「降架」(下の写真)の二枚では降架の方が素晴らしい。特にキリストを降ろすマグダラのマリアの表情がすごく生き生きとしている。また、降架両翼の裏側にある絵も力強かった。一方の昇架の方はタッチが少し荒い。これがルーベンスらしい作風といえなくもないが、両方の出来を比べたら降架の方が上だと小生は感じた。
 今日のブログで昇架の翼パネルは割愛したが左パネルに太った女の人が赤ん坊に乳を飲ませるところが描かれていて、こちらがいかにもルーベンスらしいダイナミックさがあった。また、大聖堂中央祭壇の奥には聖母被昇天の絵もあったが、こちらは展示された場所が遠く離れていてよく見えなかったことが心残りである。
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迫力あるルーベンスの絵と、童話、アニメから子供らしい絵を描くだろうネロ少年のイメージが小生にはうまくかみ合わない・・・・。
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by Weltgeist | 2013-07-09 23:35

新美南吉・ごん狐 (No.1740 13/07/08)

d0151247_2229249.jpg 今年は童話作家の新美南吉が生まれてちょうど百年(誕生は1913年7月30日)に当たる。出身地の愛知県半田市では「新美南吉生誕祭」などモロモロのイベントが企画されているようだ。
 南吉の童話でなじみ深いのは「ごん狐」だ。恐らく皆さんの多くが子供のとき読んだ懐かしい童話でもあることだろう。ただ、童話は普通ハッピーエンドで終わるものだが、ごん狐の最後はとても悲しく衝撃的で、はたしてこんな残酷な話を子供に読ませてよいものか、判断に迷うところがある。
 ウイッキペディアで「ごん狐」のあらすじをそのままコピー&ペーストすると・・・

「両親のいない小狐ごんは村へ出てきては悪戯ばかりして村人を困らせていた。ある日ごんは兵十が川で魚を捕っているのを見つけ、兵十が捕った魚やウナギを逃すという悪戯をしてしまう。それから十日ほど後、兵十の母親の葬列を見たごんは、あのとき逃がしたウナギは兵十が病気の母親のために用意していたものだと悟り、後悔する。
 母を失った兵十に同情したごんは、ウナギを逃がした償いのつもりで、鰯を盗んで兵十の家に投げ込む。翌日、鰯屋に鰯泥棒と間違われて兵十が殴られていた事を知り、ごんは反省する。それからごんは自分の力で償いをはじめる。しかし兵十は毎日届けられる栗や松茸の意味が判らず、加助の助言で神様のおかげだと思い込むようになってしまう。それを聞いてごんは寂しくなる。
 その翌日、ごんが家に忍び込んだ気配に気づいた兵十は、またいたずらに来たのだと思い、ごんを撃ってしまう。兵十がごんに駆け寄ると土間に、栗が固めて置いてあったのが目に留まり、はじめて、栗や松茸がごんの侘びだったことに気づく。
 「ごん、おまえ(おまい)だったのか。いつも、栗をくれたのは。」と問いかける兵十に、ごんは目を閉じたままうなずく。兵十の手から火縄銃が落ち、筒口から青い煙が出ているところで物語が終わる。」


 動物が人間に恩返しをする話は「夕鶴」があるが、狐のごんは恩返しに栗や松茸を持って行ったのではない。自分のいたずらで兵十を悲しませたからおわびのつもりで栗や松茸を届けたのである。かわいい子狐がせっせと栗を拾い集めて兵十のところに運んでいく。それを気づかぬ兵十は鉄砲でごんを撃ってしまい、その後で栗を持って来たのがごんだったと気づく。そして「ごん、おまえだったのか」と問いかける兵十にごんは目を閉じたままうなずく。
 悲しい結末である。どうして兵十はいきなり鉄砲を撃ったのか。ごんは死なないで兵十と仲良く暮らしたハッピーエンドにしてほしかったと思う。だが、ごんが「目を閉じたままうなづいた」ことがわずかな救いである。ぎりぎりのところで兵十とごんは理解しあえた。
 南吉は最後のごんのうなずきにこの童話の意味を凝縮させたのである。この短い「うなづき」に人間にしても動物にしても「生きる」ということの厳しさ、はかなさを表わしたのだ。
 南吉は東京外語大に入学した翌年には結核で喀血。若くして不治の病に冒されて、死の恐怖と戦いながら生きていた。そして1943年3月22日、29歳という若さで亡くなる。小生がこの世に生を受けた時からほぼ半年後に南吉はごんの待つあの世に旅立っていったのである。
 一昨日の知り合いの死もごんの死も、そして南吉自身も、生きている者の最後はみなこの世にさようならをしていかなければならない。だが、大事なことはみんな死ぬにしてもその間をどう生きたかだ。ごんは悲しい最後を迎えたけれど、兵十が自分のやったことを理解してくれたことで、生きた証を得たのである。
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by Weltgeist | 2013-07-08 23:13