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台風と山梨県北富士演習場 (No.1495 12/09/30)

 今日は台風情報に一日中翻弄されてしまった。風速50mを超える風を伴った巨大台風が関東に来ると言われ、前から予定していた山梨県富士吉田市の自衛隊北富士演習場へ行くことを中止したのだ。「エッ、自衛隊の演習場って危ないから入れないんじゃないの」と思われるかもしれないが、実は日曜日だけ自衛隊の演習が休みで一般に開放されているのだ。他の演習場は知らないが北富士演習場は日曜日は戦争ごっこはしない。この日だけは民間人が演習場の中に自由に入っていいので、本日はここに行くつもりをしていたのだ。
 なぜそんな場所に行く気になったかというと、演習場の中は自然環境をいじり回していない昔ながらの姿がある程度保たれた場所だからだ。観光用の道路を作ったり、天然林を伐採して人工的な針葉樹を植林するといったことをしていない数少ない場所である。ここは開発ブームから守られた蝶や秋の山野草が沢山残っている魅力的な場所として知る人ぞ知る密かな穴場なのだ。
 かってどこにでもあった昔ながらの自然は、開発ブームで日本中滅茶苦茶にされてしまった。たとえば小生が中学生だった頃通った八ヶ岳山麓などは、自然豊かな蝶の宝庫だった。ところがその後別荘地やスキー場、牧場などが作られ、あれほど沢山いた蝶が姿を消していった。わずかな環境変化でもすぐに危機的状況に陥る蝶たちは、自然開発によっていなくなってしまったのである。
 だが、自然は人間が余計な手を加えなければ生き残るものである。北富士演習場には別荘もゴルフ場もなければ開発業者もいない。平日は戦車が走り、鉄砲の弾が飛び交うけれど、周囲の草原も森も壊されないで残っている。だから未だに昔ながらの自然な姿を見ることができる貴重な場所なのだ。
 本日は9月最後の日曜日。もう蝶のシーズンは終わったが、秋の野草を沢山見ることができるかもしれない。そう思って行く準備をしていたのだが、台風のため中止せざるを得なかったのである。ところが、天気予報と違って東京地方で台風の影響が出てきたのは午後4時過ぎだったから、早めに家を出れば4時前には帰ることができたかもしれない。
 しかし、そうであっても無理は禁物だ。もしかしたら中央高速の渋滞にはまって帰りが遅れ、台風の影響を受けた道路が通行止めになることも考えられる。とにかく今日はおとなしくしているしかない。そうやって台風の動きを恨めしげに見つめる一日だったのである。
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東富士五湖道路山中湖インター近くにある自衛隊北富士演習場の入り口。平日はここで一般車両はチェックされて入ることが出来ないが、演習が休みの日曜日はノーチェックで入れる。奥は広大な富士の裾野が拡がっていて一見の価値がある場所だ。
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by Weltgeist | 2012-09-30 23:56

どら焼きの効能 (No.1494 12/09/29)

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 小生、食べ物にあまり好き嫌いを言わない。何でもおいしく食べられる幸せな人間だと思っているが、なぜかどら焼きだけが突出して大好物である。とくに釣りに行くときはお弁当と共に必ずどら焼きを買うようにしている。そのことを釣り仲間は良く知っていて、コンビニでお昼の弁当を買うときなど、わざわざ「**さん、どら焼きはここだよ」と教えてくれるほどである。
 どうして自分がここまでどら焼き好きになったのか、そのきっかけはよく覚えていない。多分、釣り場では体力を使うので安いスタミナ補給源として買ったのが最初だろう。それを何度もやっているうちに、釣り→昼飯→どら焼き、というパターンが習慣化して体に焼き付いてしまったのかもしれない。だからいまでは釣りに行ってどら焼きが無いと何か不安な気持ちになってしまう。
 もしどら焼きを買わなかったら、つまり釣り場でどら焼きを食べなかったら心に不安のさざ波が起こり、魚が釣れる気がしなくなるのである。逆に釣り場でどら焼きを食べるとなぜかパワーをもらったようで大釣りをする気がするのだ。どら焼きは小生にとって重要な大釣りのための守り神、縁起担ぎのお守りともなっているのである。
 しかし、どら焼きにはこうした不思議なパワーが秘めていると感じるのは何も小生だけではない。子供たちに人気のドラえもんはどら焼きが大好きである。というよりドラえもんはどら焼きがないとエネルギーが切れたようになってしまう。ドラえもんのパワーの源泉はどら焼きにあるのだ。ドラえもんも小生と同じくどら焼きから秘められたパワーを受け取っているのである。
 どら焼きはカステラの皮であんこを包んだだけの簡単なお菓子、いやケーキと言っていいかもしれない。これがいつ頃できた物なのか生まれもルーツも知らなかったが、日本独特のもののようだ。カステラが16世紀の室町時代末期にポルトガルの宣教師によって長崎に伝えられたとされるから、そのあと生まれてきたものだろう。江戸時代にはすでに庶民に愛好されていたという歴史的に古い食べ物である。
 どら焼きのおいしさは、柔らかい口当たりにある。外皮のカステラをサクッと噛むと、中のあんこが適度に出てくる。普通のケーキやおまんじゅうと違って甘すぎることがない。カステラのまろやかさとあんこの甘さがミックスした独特のうまさがどら焼きにはあるのだ。重要なのは外皮の厚さ。厚すぎるとカステラがボソボソするし、薄すぎるとあんこがしつこくなる。絶妙なバランスで作られたどら焼きがおいしいのである。
 これには断然お茶、それも日本茶のやや渋みがあるものが合うと小生は頑なに思っている。ケーキが紅茶やコーヒーなら、どら焼きは日本古来のお茶がいいのだ。釣り場で食べるどら焼きは、コンビニで買ったペットボトルのお茶と一緒に食べるが、これでも十分合う。本当はもう少し渋みの強いお茶が好きだが、これは現場でお茶を沸かして飲むか、あらかじめ水筒に詰めた自家製のお茶にするしかない。ものぐさな小生には面倒くさくてこれは無理である。
 ネットの世界には「どら焼きランキング」なるものがあって、東京東十条の「黒松」とか上野の「うさぎや」浅草の「亀十」といったお店の人気が高い。しかし、小生は秋田県大館市扇田にある「一ノ関菓子舗」のジャンボどら焼きを一番に押したい。普通のどら焼きの4~5倍くらいの大きさで、あんこの下に冷たく固めたバターが入っていて、食べるとこれが栗のような食感を与えてくれる。素朴でありながらどら焼きのうまさを表現した「一ノ関のジャンボどら焼き」は最高と思っている。
 ただ、場所的に東京の人は手に入れにくいのと、バターを使っているため、夏の暑い時期は販売していない難点がある。しかし、それだからこそ希少性も相まって余計にここのどら焼きを食べたいと思うのである。
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by Weltgeist | 2012-09-29 23:52

高い代償 (No.1493 12/09/28)

d0151247_22204238.jpg 犬は好きな人を見分けるというが、猫もそうした性質があるようだ。今朝、Bさんがやってきたら、イライがうれしさからBさんに甘えっぱなしであった。以前からBさんが来ると彼の前で腹を出してゴロンゴロンと体をねじって親愛の情を示していたから、彼はとくにBさんが好きなのだろう。実はBさんは猫アレルギーがあってあまり触ったりすると心配なのだが、今日もイライが興奮状態でBさんにべったりくっついて遊んでいる。 
 だが、イライは可愛いけれど猛烈ないたずら好きで困っている。昨日もすごい音がして、何事が起こったのか見に行くとふすまの紙が引きちぎられていた。少し古いふすまとはいえ、数日前までどこも破れのないものだったのが、最初に爪で小さな穴を開けたと思ったらあっという間にご覧のようなひどい惨状になってしまったのである。そして、今朝になったらその右側にまた小さな穴が開いている。これもあと数日後には見る影もない状態になっているのではないだろうか。
 猫の爪研ぎは買って用意してあるが、彼はそれに興味を示さず最初は古いソファを爪研ぎ代わりにして、こちらもボロボロに引っ掻いてしまった。このソファは前に飼っていたケイやヘレンもたまに爪研ぎしていたので、前の猫の臭いが残っているのかと思っていたのだ。それでふすまの方は全然油断していたのである。ケイもヘレンもここまでやんちゃではなかったからだ。
 引きちぎられたふすまを見て小生は頭を抱えてしまった。このままだとみっともないので、新しいものに張り替えなければならないだろう。しかし、張り替えても再び奴が爪を立てればたちまち前と同じ状態になる。直してもおとなしくしてくれるか保証の限りではないのだ。結局イライがもう少しおとなになって、爪を立てないようになるまで待つしかないと思っている。
 彼はメダカの水槽に手を入れてひっくり返そうとしたり、とんでもない場所で猫ダンスを始めたりしている。小生が恐れているのは現在展翅中の蝶の標本である。一応猫が入らないよう箱の中に隠してあるが、興味津々の奴はどこにでも潜り込んでガサゴソやってしまう。箱をひっくり返せば繊細な蝶の翅や触覚などすぐに壊れてしまうだろう。
 だが、すっかり猫バカになってしまった小生たちはそれでもイライが可愛いから、彼のやりたいようにさせている。家中をボロボロにぶち壊そうとしている彼に、毎日「良い子、良い子」と言いつつ可愛がっているのである。だから壊されても自業自得。他の人から見たらきっと我々はバカみたいに見えることだろう。
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by Weltgeist | 2012-09-28 22:29

昨日の渓流釣りはきつかったけれど最高だった (No.1492 12/09/27)

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 今年最後の渓流釣りとして、ハードな源流のイワナ釣りを昨日楽しんで来た。場所は特に秘すが、上の写真からどんな所か想像してほしい。とにかく谷は非常に険しく、釣りを始めるまでのアプローチも長くて、足の痛みが残る小生にとっては過酷なコースだった。しかし、それだけにここまで釣りに来る人も少なく、周囲に人間の痕跡を感じさせるものなど一切ない素晴らしい場所だった。
 長いアプローチを経て途中にある滝までは、イワナの数も少なかった。多分この付近までは釣り人も入っているのだろう。しかし、その滝を越えると、ブナの原生林を流れる渓流は手つかずな姿に変わってきた。あちらこちらでイワナが泳いでいるのが見える。小生が盛んにイワナ釣りをやっていた昭和40~50年代ころと変わらない大自然が滝の上に残っていたのである。
 ただし、ここまで来るのは本当にたいへんだった。滝や通らずの通過は半端でない困難の連続で、若いTさんが率先してルートを切り開いてくれた。背が立たない深い淵に飛び込んでザイルを張ってくれたTさんのサポートがなければ今回の釣りは成立しなかっただろう。
 そんな場所だから白泡をたてて落ち込む深い淵にミミズの餌を放り込むとたちまちイワナのアタリがある。テクニックもへったくれもない。人間の姿など見たことのないイワナはすぐに餌に食いついてきて、入れ食いである。まさにイワナ釣りの醍醐味を味わえた一日だった。
 でも良いことは簡単には手に入らない。厳しい釣り場から廃道まで戻ったのは午後6時過ぎ。それからまだ車まで歩く道のりの長かったこと。足の痛みは途中で感覚が麻痺して感じなくなるまでなってきたが、最後は歯を食いしばるようにしてようやく車に行き着いた。このあと歩くことなく座席に座っているだけで自分の体が目的地まで移動できる車の便利さをつくづく思った。
 そして午前1時、すでに日付変更線を超えて今日に日にちが変わっている頃ようやくわが家に帰り着いた。もちろん、もう時間的に26日のブログは書くことができない。しかし、仮に12時前に帰ったとしても、昨晩の状態では書くことなど絶対無理だったろう。家についてそのまま何もできないで布団に直行して今朝の9時まで爆睡していたのである。
 今、疲れはとれてきたが、まだ全身の筋肉がこわばっていてひどい筋肉痛になっている。しかし、厳しかったけれど、やはりこうしたきつい思いが釣行の思い出をより深いものにしてくれるのではないだろうか。カーレーサーが目を輝かせるのはヘアピンカーブでスピンしながら、危機一髪のところで助かったときだという。同じように、今回の釣行は苦しかったけれど、小生にとっては忘れ得ぬ素晴らしき思い出を与えてくれたのである。
 だが、今回はTさんを初めとする仲間たちのサポートがあったから事故もなく安全に釣りができたのである。とくに通過の難しい通らずでは何度も泳ぎ、我々を助けてくれたTさん、ありがとうございました。また、足が完璧ではない小生を同行した仲間たちが支えてくれたこと、この場を借りてお礼します。おかげで素晴らしい釣りを満喫することができました。本当に感謝しています。
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by Weltgeist | 2012-09-27 21:51

明日は釣りに行くため休みます (No.1491 12/09/25)

 明日は今年最後の渓流釣りに行くため、多分、ブログの更新はできないと思います。従って、一応、明日は休みとさせてください。ただし、早めに帰ってきて余裕があったら更新するかも知れません。結果は明日次第です。
 結果とはつまりは首尾良く釣れるかどうかということです。いっぱい釣れて大満足なら少々厳しくても報告します。なぜって釣り師にとって大漁くらい喜ばしいことはないからです。聞かされる相手が静かにしてくれと言われたって、大釣りすると自分の釣果を自慢したくてしょうがないのです。そして、いったんしゃべらせ始めると、滑らかな舌は止まらなくなります。でも最近の釣り場は場荒れが激しいから甘くはないでしょう。きっと、数尾の釣果で終わるだろうから、報告は無いと思います。
 行く場所は北日本の某山の渓流。狙いは氷河期の生き残りと言われたイワナです。かっては深山幽谷にのみ生息する幻の魚などと言われたイワナも最近は養殖物にとって代わられ、どこでも見られる普通の魚になっています。しかし、今回行く場所は未だに放流ではなく昔ながらのネイティブなイワナがいると言われていますから釣れればそれなりの胸のときめきはあります。
 出発は今夜、まもなくです。皆さんがこれを読んでいるとき小生はきっと目を輝かせてイワナを夢中で釣っていると思います。ただ、放流もされないような山奥は一般に足場が悪い険谷が多く、川の遡行は注意する必要があります。前回やった打撲から内出血で悪化した足もようやく身動きできるまで回復しました。今回は同じ轍を踏まないよう慎重に行動するつもりです。
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写真は9月21日のNo.1397で掲載したケイトウと同じときに撮ったものです。花の名前は知りません。No.1397と同じ標準ズームレンズですが、絞り: f/2.8、SS: 1/200s、レンズ長: 40㎜(35㎜換算60㎜)、ISO: 200、EV±0で撮ってます。
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by Weltgeist | 2012-09-25 20:45

ニーチェ・悲劇の誕生とミダス王の問い (No.1490 12/09/24)

 昨日、酒を飲む酔っ払いは嫌いだと書いた。古代ギリシャの哲学者、エンペドクレスは酔っ払った男を刑務所に送り込んだことに、彼は決断力のある政治家と小生は高い評価を与えておいた。きっとエンペドクレスは酒飲みが嫌いだったのだろう。ところが人の意見、考え方というのは多様なもので、酒飲みの酔っ払いを褒め称える哲学者もいる。ニーチェだ。彼は全てが陶酔の中で忘我状態になれる酒神・バッカスを賞賛している。バッカスとはギリシャ神話でディオニソスと言われた豊穣とブドウ酒と酩酊の神のローマでの呼び方である。
 ニーチェは最初のまとまった著作・「悲劇の誕生 / Die Geburt der Tragödie / 1872年)で、ギリシャ文明には芸術に代表されるアポロン的なものと恍惚状態で我を忘れるディオニソス的なものが混交していたと書いている。アポロン的とはギリシア神話におけるアポロ・太陽神のような明るく冷静で理性的、合理性があるものである。一方のディオニュソス的とは感情的、熱狂した陶酔状態のものであるという。ここでニーチェはディオニソス的、すなわちローマで言うところのバッカス、もっとはっきり言えば酔っ払いのように熱狂する人生を賞賛しているのである。だが、それは陽気な酔っぱらいの喧噪とは違う、かなり暗い人生観の吐露である。
 ギリシャ人にとって悲劇とは何か、それは人間が生きることの虚しさを知ってしまったことを意味する。ニーチェはリュディアの王、ミダスがディオニソスの従者シレノイに、「人間にとって最も善きこと、最もすぐれたことは何か」とたずねた神話のことを悲劇の誕生で書いている。いわゆる「ミダス王の問い」の答えは、次のようなものすごく絶望的な内容であった。
 シレノイはミダス王の問いに、最初は答えることをためらいながら、最後は次のように答えている。「聞かないほうがおん身ににとって一番ためになることをなぜおん身はむりに私にいわせようとするのか。もっとも善きことはおん身にとってまったく手が届かぬ。それは生まれなかったこと、存在しなかったこと、なにものでもないことなのだ。しかし、おん身にとって次善のことは、すぐ死ぬことだ」(悲劇の誕生、Ⅲ、阿部賀隆訳 ) と答える。
 一番善いことは生まれてこなかったこと、そして次ぎに善いことはすぐ死ぬことだ。なんという強烈なメッセージだろうか。ここにおいて人は生きていることの意味を失う。だからこそ人はバッカスに習って酒を飲み、我を忘れるしかない。一時の忘我で苦しみから逃避する。何事かに熱狂し我を忘れるしか救いがないのだ。こうして人間は悲劇の人生を送ることになるとニーチェは言うのである。
 人が生きることは苦しいことでもある。その苦しさを逃れるために人は酒を飲むのだ。だが最近は酒だけでは効果がないのか、もっと強烈に我を忘れさせる「薬」に頼る人が後を絶たない。覚醒剤などの麻薬で一時的に我を忘れても気がつけば状況は何も変わっていないのにだ。ニーチェの歩む道は虚しく、救いはないのである。

 ところで、これは上の文章と何の関係もないですが、ついにこのブログが1400回を迎えました。もうやめようやめようと何度も思いながらも、細々と書き続けたブログが1400回にもなったこと、ちょっと信じられません。もちろんまだ続け、次の目標、1500回を目指しますが、正直書いていることに疲れを感じるようになってきました。これからは毎日ではなく時々は休みながら進むことをお許しください。
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Michelangelo Merisi da Caravaggio / Bacchus / 1596 / Galleria degli Uffizi
カラバッジョ作、バッカス、ウフィッツィ美術館蔵。酒好きな酔っ払いで居酒屋でしばしば喧嘩をし、最後は人を殺してお尋ね者にまでなりはてたカラバッジョは、バッカスの絵を何枚も描いている。人と付き合うよりお酒と付き合う方がずっとマシと思ったカラバッジョにとってバッカスは心の友だったのかもしれない。

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by Weltgeist | 2012-09-24 22:38

神様になりたかった男 (No.1489 12/09/23)

d0151247_21491772.jpg 酒が飲めない小生は、はっきり言って酒飲み、いや酔っ払いが大嫌いである。ふだんは理性的な人が酒を飲んで酔っ払うと、突然人が変わってこちらに絡んでくることがある。小生は飲み会の付き合いは出ても、いつもウーロン茶でみんなと付き合っている。それが酒が進んでくると小生の所にも杯を持って来て「おい、**、お前も飲め」と強要してくるやからが必ず何人かいる。
 それでも適当にあしらっていると普通は「残念だな、お前は人生の楽しさの半分を知らない不幸な奴だ」くらいのことを言って諦めてくれるのだが、ときどき「俺の杯が受けられないのか」と言って暴れ出す奴がいる。こうなるとどう対応していいのかこちらも困ってしまう。
 そこで今日は、そうした酔っ払いに鉄槌を喰らわせた古代ギリシャの哲学者、エンペドクレス(Empedokles / B.C.493-B.C.433 年頃)の話を紹介しよう。現在のイタリア、シチリア島生まれのエンペドクレスは、物質の根源(アルケー)は火、水、土、空気の4つの元素(リゾーマタ)からなっていて、愛(ピリア)で結合したり、憎しみ(ネイコス)で分離したりしていると説いた自然哲学者として知らているが、彼はまた論弁のたつ政治家、腕のいい医者としても活動していた。
 民主派の指導者として祖国の政治のために活躍していたエンペドクレスは、あるとき執政官の一人から宴席に招かれる。ところが、その席の座長に指名された評議会の監督官から差し出された酒を飲み干すか、できないなら頭に注ぐと強要される。怒ったエンペドクレスはその男を告訴し、有罪にさせたというのである。
 まさに現代の酒宴での酒強要と同じことが紀元前400年代からすでにあったのである。酒癖の悪い奴は昔からいたのだ。有能な政治家として寡頭政治集会を解散させたことで、王位を継ぐよう要請されたとも言われるエンペドクレスなら、酒癖の悪い奴を牢屋にぶち込むくらいはワケも無かっただろう。ただこのときの罪がどの程度だったかは残念ながら分からない。しかし、今の日本の政治家よりはるかに強い指導力、政治力を発揮した政治家だったようである。
 彼には数々の伝説が残っている。名医として呼吸の止まった女を蘇生させたり、流行しているペストを沈静化させるために私財をなげうったことから、市民から神のごとく崇拝されたとも言われている。と、ここまでは良いのだが、「神のごとく」と言われたあたりからちょっとおかしくなってくる。彼は紫色の衣服を着て金のベルトをし、頭には月桂冠の冠をかぶり、青銅製のサンダルを履いていたというから、気分的には自分でも神と同じと思っていたのかもしれない。
 人々から神だと言われて、彼はシチリア島東部にあるヨーロッパ最大の活火山・エトナ山(標高3,326m )の噴火口に飛び込んでしまうのだ。そして彼の履いていたサンダルが後からの噴火で吹き上げられたと伝えられている。しかし、伝説の人には諸説があるもので、エトナ山飛び込み自殺は架空の伝承で、トゥリオイというところで落馬か溺れて死んだという説もある。
 だが、エンペドクレスはその象徴的な死によって彼の生涯を際立たせている。神の立場に昇ろうとするエンペドクレスをヘルダーリンは「エンペドクレスの死 / Der Tod des Enpedokles / 1798、1800 」で書いているし、ロマン・ロランも 「アグリゲンツムのエンペドクレス / Empedocle d’Agrigente / 1931 」で死を通して神的な存在に昇華されていくエンペドクレスを「残酷で不協和音に満ちた世界から希望と平和に満ちた宇宙的生命の輝かしい交響曲を奏でた人」と語っている。
 エンペドクレスの死をどう解釈するか、もちろん馬から落ちて死んだなんて説は面白くない。やはり噴火口に飛び込んだという説の方が哲学者の死に様としては格好いい。でも人が神にまで昇華することはあり得ないだろう。多数の神様がいたギリシャ時代にあって、人間として生まれたエンペドクレスはいくら才能があっても神様にはなれないことに嘆いて噴火口に飛び込んだというのが小生の解釈である。もちろん、それをしても彼は神様にはなれなかった。なぜなら人と神との間には無限な深淵があって、決して人は神の位置まで昇ることはできないからだ。
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by Weltgeist | 2012-09-23 23:16

平穏なる日々の幸せ (No.1488 12/09/22)

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 わが家にもらわれてきたイライを見ていると、無性に羨ましくなるときがある。最近は写真のようにこの鉢がお気に入りで、ヒマさえあればこれに入って寝ている。そして目を覚ますと今度は餌を要求してくる。まさに典型的な「食っちゃ寝る」ぐうたら生活である。こうした誰にも邪魔されない気ままな生活って、人間でも密かな憧れではある。しかし、我々がそれをやったらたちまち周囲からひんしゅくを買う。猫しかできない特権なのである。
 猫の本当の気持ちは分からないが、おそらく今のイライには何の悩みもないだろう。きっと幸せな自分の猫生を満喫しているはずだ。唯一の不満があるとすればずっと家の中に閉じこめられていて一切外に出してもらえないことだ。野良猫の子供として生まれてすぐに人間に育てられたから野良の習性はないだろうが、もともと猫は野性的な性質が残っていて家に閉じこめられるようなことには抵抗がある。外に出たいときは勝手に出て、腹が減ったら帰ってきて飼い主に当然のごとく餌を要求する。そうした気ままな自由さが猫本来の姿なのだろう。
 最近のイライは成長してきて自由の意識が芽生えてきたようだ。我々が家の外に出るときのチャンスをうかがって、スキがあれば外に飛び出ことを覚えたのだ。朝のゴミ出しや新聞を取りにいくほんのわずかなスキに出るので、ドアを開ける前に彼がいないか確認してから開けるようにしている。ところが知恵のついてきた奴は物陰に隠れていてこちらを油断させておいて、ドアが開いたと同時にどこからともなく猛烈にダッシュしてきて出てしまう。その勢いのすごさから自由な外の世界には相当飢えていると思える。
 だが、そのあとはやはり世間知らずの子猫である。外に出たとたんに見知らぬ世界への警戒心から足がすくんでしまうのだ。金縛りにあったようになってすぐに連れ戻されてしまう。外には出たものの、外にある自由な世界は同時に恐怖の場でもあることに気がつくのである。これが自由の本質である。自由とは勝手気ままにしていいということではない。一切の責任を自らが引き受けるだけの強さがある者にだけ与えられる報償なのだ。
 窓の外を眺めるイライは、外の世界に自分を生かす素晴らしい自由があると夢想する。だが、実際に出て見ると外は想像とは違って怖い所でもあった。それなのにお馬鹿さんのイライは、しばらくするとすぐに外の恐怖感は忘れて、外には自由で幸せな雰囲気だけがあると思い込んでしまう。
 もしイライが全体的な状況を認識する能力があれば、わが家にじっとしていることがいかに安全で快適であるかを分かるだろう。しかし、目の前のことしか見えない彼にはそれが分からない。この感じって何かに似ているなと思った。
 そう、それは我々人間が憧れる「自由で幸福な世界」においてもまったく変わらない構図が読み取れるのだ。いつも自分の状況に不満を感じ、閉塞感に包まれている人にとって、窓の外は「青い鳥」が飛ぶ幸せな世界が拡がっているように見える。しかし、もし我々が自分の人生をもっと冷静に見れば、外は幸福ではなく茨で苦難に満ちた所だと分かってくるだろう。だがそれだけでは不十分である。さらに高い位置、人生を全体的な所から俯瞰できるような位置から見れば、真の幸福とはそうした困難を克服した先にあることが見えてくる。イライの自由が外界の恐怖との闘いで達成されるように、人間の幸福とは苦難と闘ってそれを乗り越えたときにのみ得られることに人は気がつくのである。
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by Weltgeist | 2012-09-22 22:51

標準レンズでどこまで撮れるか (No.1487 12/09/21)

 このブログもいよいよ1400回になろうとしている。毎回テーマを決めて自分の思っていることを文章に書くのは正直、しんどいことがある。とくにテーマが決まらず、何を書いたらいいのか思いつかないときなど「何も書くことが無いから今日は休みたいなぁ」という弱気な気持ちになる。
 しかし、それでも頑張ってとにかく毎日更新を続けてきた。書きたいことが無くても無い頭を絞れば何かは浮かんでくるものである。そんなことでついに1400回目前まできてしまったのである。ブログを始めるときまさかこんなに長く続けるとは思ってもいなかったが、毎日休まず続けた結果の1400回である。まさに塵も積もれば山となるという思いだ。
 しかし、文章は書き方次第で何とかなるが、写真は誤魔化しが効かない。いつも金太郞飴みたいに同じような写真を使うわけにはいかない。といって出来が悪いロークオリティな写真もいやだ。でも毎回文章のテーマにあった写真を1400枚も選ぶことは小生の能力ではまず無理である。だから目を覆いたくなるような駄作でも目をつぶって掲載した。そんなことで何とかここまでしのいできたのである。
 しかし、たいへんだからといって写真が無いというのは書き手として怠慢である。ネタ切れにならないためには常に自分の能力の範囲で納得のいくストックフォトを準備しておく必要がある。それで昨日は久しぶりに菖蒲が売りの***市の**公園にカメラを持って行ってみた。ここへ行けば何かしらのネタはあるだろうと行ったら、何と公園の趣が以前と変わって絵にならない。
 この公園はこれまでもしばしば改造して、目まぐるしいばかりに姿を変えてきたが、今もその真っ最中で改装中なのだ。通路のあちらこちらに立ち入り禁止の柵が設けられ、ブルドーザーでせっせと公園を作り替えているところだった。***市はいつも季節の花を提供するのが市民サービスと思っているのだろうか、それまできれいに咲いていた花がシーズンの終わり頃になるとそっくり別な花に植え替えられる。だから端境期の今は公園に花がまったくないのである。
 「これは駄目だ。最悪」と思った帰り道、汚いどぶ川の土手に赤いケイトウの花がひっそりと咲いているのを見つけた。その花を見てどう撮ろうか考えた。ただ花が写っているだけでは全然面白くない。といってカメラには標準のズームレンズしかついていない。小細工をするには役不足な道具立てである。
 ここでできることは何か。昨日も日本のカメラは危ない、外国製に追い抜かれてしまうという週刊ダイヤモンドの記事を読んだばかりだった。そこで、今小生が持つやや時代遅れのデジカメの標準レンズでどこまで撮れるかを試してみたのが下の写真である。思いっきり接近しオートフォーカスが効かなくなる位置よりよりもっと近づけたマニュアルフォーカスで撮ったものだから、ちょっと見るとケイトウの花には見えない。画面はトリミングしてあるが、それでも最新式ではないカメラの標準ズームレンズで花のケバケバまではっきり撮れたことに、「まだまだ日本のカメラは捨てたものではないな」と納得した次第である。
 でも本心を言えば、もしこれを最新のニコンで撮ったらどんなにすごい解像度を示してくれるだろうか、すでにお蔵入り寸前のD300を最新のカメラシステムに取り替えた自分を夢見たのだが、すぐにそれは叶わぬ夢と諦めた。年金生活者の身分で釣りにも蝶採りにも行きたいと考えている欲張りな自分に「我慢、我慢、写真は機材ではない。感性だ。旧型でもこの程度は撮れる」と言い含めて帰宅したのだった。
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撮影データ:カメラ:ニコン D300、レンズ:DX 17-55㎜ f/2.8G、レンズ長:34㎜(35㎜換算51㎜)、f/5.6、SS:1/250s、ISO:640、EV:-1、jpeg、Fine、L、WB:Auto、マニュアルフォーカス。画像データをさらに3分の1くらいにトリミングしてあります。
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by Weltgeist | 2012-09-21 23:54

日本が誇るカメラが危ない (No.1486 12/09/20)

d0151247_2155011.jpg ふだん週刊誌のたぐいは立ち読みする程度で、あまり買ったことがないのだが今週発売中の週刊ダイヤモンドの「カメラ劇変」という刺激的なタイトルにつられて買ってしまった。三省堂の国語中辞典によれば「劇変・激変」とは急激に変わるという意味だという。ではカメラはどう変わったのか。読んで見るととても深刻な内容で考えてしまった。
 カメラは車と並んで日本が誇る「特産品」である。ロンドンオリンピックを見ても、報道陣はキャノンかニコン以外のカメラを使う人はいなかった。日本は家電で韓国や台湾、中国にやられても、カメラの牙城だけは絶対に安泰と思っていたのである。だが記事を読んでいくうちにとんでもなく厳しい状況に日本が追い込まれていることが分かった。
 物作り大国日本が作るカメラは他国の追随を許さぬ圧倒的な技術力を誇っているとこれまでずっと思い込んでいた。だからカシオが1995年にコンパクトデジカメ、いわゆるコンデジのQV-10を世に出してデジカメ時代が到来した後でも、日本のカメラ製造技術はデジタルでも世界一を達成したと思っていた。
 だが、このデジタル化がカメラ業界の勢力分布図を静かに塗り替えていく。デジタル化の衝撃波はフィルム界の巨人・コダックをもつぶす力を持っていたが、カシオがうち立てた輝かしい金字塔は、次第にカシオ自身をも色あせたものにしていくのだ。コンデジは従来のフィルムカメラと違って電子部品の組み立てでできている。長い技術の集積など必要としないから部品さえあればどこでも作ることができるのである。それは日本が誇った家電製品やパソコンと同じ道を歩むことを意味する。自らが生み出した製品に自らが滅ぼされるということだ。
 コンデジの技術は成熟し、今やどの製品も違いがないまでになった。それは自社の中で培った技術の結晶ではなく、海外の外注で作られたものだから容易に他の会社も安いコストで作ることができるのである。そうして第二の家電化したコンデジは、より進化したデジタル技術に襲われる。スマートフォンの荒波である。
 スマホのすごさはアップルが出した iPhone を見れば分かる。画素数は800万と少ないが本体の画面で見るならコンデジと画質の違いは素人目には分からない。スマホの最大のメリットはインターネットとの親和性だ。その場ですぐにメールやフェイスブックに掲載できる。動画も十分な画質で撮ることができ、携帯電話という概念をとっくに飛び越えているのだ。だからコンデジを必要とする人がいなくなっていくのである。
 問題はアップルだけでなくサムスンも8月に高性能レンズとフラッシュを内蔵した「ギャラクシーカメラ」を発表していることである。スマホは従来の形を飛び越えて進化し、古いカメラを蹴散らしているのである。週刊ダイヤモンドの表紙のサブタイトルには「カメラの破壊者アップル、サムソンを迎え撃つ日本勢の秘策」とあるが、それによれば、これからも日本のカメラが生き残れるのは、大型イメージセンサーを搭載した一眼レフデジカメだけのようである。
 イメージセンサーを製造しているのはソニーとキャノンなど数社。特にソニーのセンサーは優秀で、パソコンのCPUを独占するインテルのような立場を築きあげている。そして、このセンサーをカメラに搭載しても画質を最適な状態に調整するのは極めて難しい技術が要求される。もちろん高精度のセンサーに対応する優秀なレンズも必要だから、今のところ、こうした大型センサーを採用している日本の一眼レフタイプのカメラはまだ安泰であるという。
 小生の一眼レフはソニーのイメージセンサーを搭載したニコンの一眼レフで、レンズもまだ他国では作れない高性能なものだからしばらくの間は安心できそうである。しかし、それとていつまで持つかは分からない。カメラ製造技術を絶えず進歩させていくにしても、もう成熟しきったと停滞したとたんに日本の優位は崩れてしまう。極めて危ない状態に置かれているのだ。
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by Weltgeist | 2012-09-20 23:50