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偉大なアルピニスト・芳野満彦さんを悼む (No.1304 12/02/07)

 1965年(昭和40年)、小生が第一回目の心臓弁膜症の手術を終えて、病院のベッドで術後の回復を待っていたとき、「日本人として初めて欧州アルプス・マッターホルン北壁を芳野満彦さんらが登攀した」というニュースが飛び込んできた。すでに心臓病のため第一線での登山を諦めざるを得なかった小生だったが、この素晴らしいビッグニュースに大いに興奮した。
 凍傷で両足の先全部を失い、「五文足のアルピニスト」といわれた芳野さんは、そんなハンディキャップをものともせず、前穂高北尾根四峰正面岩壁厳冬期初登攀や、屏風岩中央カンテ、剱岳チンネ正面壁積雪期初登攀などの偉業を成し遂げたすごい人で、小生にとっては憧れの登山家だった。その芳野満彦さんが今月5日、心筋梗塞のため80歳で亡くなったという。
 小生より10歳年上の芳野さんを初めて見たのは穂高涸沢のテント村だった。まだ駆け出しクライマーだった小生は遠くから「あれが芳野満彦だ」と言われて見ただけだったが、何か恐れ多くて近寄りがたい感じがしたことを覚えている。
 当時(1950年代後半)の日本登山界は、国内のチマチマした岩壁登攀に終始していて、欧州アルプスのような標高差のあるビッグウオールを登る技術はないと言われていた。それが、小生が大学生だったとき、芳野さんがアルプス三大北壁の一つ、アイガー北壁にチャレンジしたのである。小生にはとても行けない夢の岩壁に挑戦する芳野さんたちを、すごいと思うと同時にうらやましげにも見ていた。このときのアタックは失敗したが、日本の登山技術が欧州アルプスでも十分通用することを芳野さんは、指先の無い五文足の登山靴で登って見せてくれたのである。
 そして、小生が病院のベッドでうなっていた1965年、ついに芳野さんがパートナーの渡部恒明さんと二人でマッターホルン北壁登攀に成功したとのニュースが飛び込んできたのだ。
 高度差1200mのマッターホルン北壁は、登ることの難しさから沢山の挑戦者の命を奪い、1930年代にシュミット兄弟によってようやく初登攀された。しかし、その後も多くのクライマーがここで絶命し、「ドゥンクレ・ヴァント・アム・マッターホルン=マッターホルンの暗い壁」と言われ、恐れられていた。その北壁に日本人として初めて登攀に成功したのである。
 終日太陽の光が当たらない北壁では、岩と氷がミックスした岩場の登攀は困難を極めた。長い氷壁の登攀ではアイゼンのツアッケを氷に蹴り込んで、スタンスを確保する。このことで凍傷で切断した足先から血が噴き出してきたという。それでも取り付いてから55時間25分、二晩の厳しいビバークを経て、ついに4,478mの頂上に立つ十字架が見えてくる。あと20mか30m登れば登攀は成功である。ここで芳野はある行動に出る。「疲れたから代わってください」と言って渡部に道を空けて先に頂上に立たせたのである。
 こうしてアルプスの最も困難と言われた三大北壁の最初の扉が芳野たちによってこじ開けられた。喜びに満ちた彼は、そのころ流行していた007の映画、「ロシアから愛をこめて」をもじって、「ツェルマットより愛をこめて、我北壁に成功せり」という電報を日本で待つ奥さんに送ったという逸話が残っている。
 だが、喜びはすぐに悲劇に変わる。マッターホルン北壁登攀成功のすぐあと、一緒にザイルを結んだパートナーの渡部恒明さんがアイガー北壁に挑み、登頂まであと300mのところで墜落。ザイルを組んでいた高田光政さんが単独で頂上に抜けて救助依頼に行くが、渡部さんは救助が間に合わずに遭難死しているのである。
 芳野さんのマッターホルン北壁登攀をモデルに、新田次郎は「栄光の岩壁」という小説を書いている。また、芳野さん自身も「山靴の音」とか「われ北壁に成功せり」という本を書いている。小生、芳野さんの訃報を聞いて昔読んだこれらの本をわが「ゴミ溜め書斎」で探したが、膨大な本の山に埋もれて今日のところは見つけることができなかった。今は偉大なアルピニストの死を心から悼みたい。
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1865年、英国人、エドワード・ウィンパーらによって初登頂されたマッターホルン、4,478m。芳野さんが登った北壁は向かって右側にある陰になった岩壁で、1931年にシュミット兄弟によって初登攀されている。
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by weltgeist | 2012-02-07 23:37

奇妙な言い訳はどこまで信用できるか (No.1303 12/02/06)

 大分県日出町のスーパーで昨年9月、2歳の女の子が行方不明になった事件で、母親が娘の遺体を遺棄したとして死体遺棄容疑で逮捕された。この事件の意外な展開に驚いてしまった。最近の世相からみて母親が子供殺すのは珍しいことではなくなっている。驚いたというのは母親の言い分だ。容疑者は「娘はいなくなったのではなく、自宅で死んでいるのを見つけた」と供述し、さらに「私は殺していない。気が動転し、雑木林に運んで放置した」と説明したという点だ。
 もちろんその言い分が正しいかもしれないが、彼女の言い訳には娘に対する愛情がまったく欠落している。死んでいたとしても、母親なら「もしかしたら生きかえるかも知れない」と思い、必死で病院につれていくだろう。それを雑木林にゴミのように捨てる。そして、多数の警察官を出動させてまで捜査させた。娘への愛情より「私は人殺しではない」といって、自分だけを守りたい身勝手な発想がここには読み取れる。そんな人間の奇妙な言い訳を世間は信用してくれるだろうか。
 奇妙な言い訳で騒がれているのは日本だけではない。例のイタリアで座礁事故を起こした豪華客船・コスタ・コンコルディア号の船長だ。イギリスの新聞 The Telegraph 紙電子版によると、乗客を見捨てて先に逃げ出したと疑われているフランチェスコ・スケッティーノ船長が、自分は逃げたのではない。たまたま救命ボートの上に落ちて無理矢理陸に運ばれたと主張しているという。
 「私は救命胴衣を着用していなかった。乗客に着てもらったからだ。それで救命ボートに備えてあった救命具をとろうとしたとき、つまづいてそのままボートの中に転げ落ちてしまった。それが私が救命ボートに乗っていた理由だ」と奇妙な言い訳をしているという。
 テレグラフ紙電子版では、救助隊が「すぐに船に戻れ」と厳しく命令しているのに、何だかんだと理由をつけて逃げるスケッティーノ船長との緊急通信の模様を添付したユーチューブ映像で見ることができる。この通話を聞くと、船長のいい加減さが如実に分かる。クルーの間では「船長はまるでフェラーリを運転するような速度でコスタ・コンコルディア号を操船した”命知らず”の人」と言われていたという。それなのに、いまもっておかしな言い訳で逃げようとしている、こんなに無責任な船長にツアーの乗客は命をあずけていたのである。
 突拍子も無い言い訳で逃げようとする男の言葉を信じろと言われても誰も信じることはできない。もう悪いことをしたのだから、いさぎよく「私が悪うございました。申し訳ありません」と誤ればいいのに、船長はこの期に及んでもまだ「私は数千人の命を救った」と言い張っている。責任をとるどころか乗客の命を救った恩人であるといいたいようである。何をかいわんやである。
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by weltgeist | 2012-02-06 22:45

中高年の怒り爆発。なぜ彼らはキレるのか (No.1302 12/02/05)

d0151247_2014898.jpg 2月1日付け、毎日新聞夕刊に「特集ワイド・中高年はなぜキレる? 」という記事が載っていた。読まれた方も沢山いると思うが、最近、駅や街頭で怒りを爆発させて、キレる中高年の姿が一般的に見られるようになったという。
 例えば、昨年11月にJR大井町駅前で赤信号を無視して渡って来た男に注意した人が、いきなり殴られて翌日死亡した事件があった。傷害致死容疑で逮捕された48歳の会社役員の男は普段は普通のいいお父さんで、そんな事件を起こす人には見えなかったらしい。ごく当たり前の人がちょっとしたことで爆発する。平凡な市民が人殺しに変身する危険な背景はどこにあるのか。
 小生の若い頃のあだ名は「瞬間湯沸かし器」。ちょっとしたことでキレて暴れ回る困り者だった。最近は少しおとなしくなったとはいえ、先日、大事にしていた蝶の標本箱を妻がひっくり返して標本を壊したとき、頭に血が昇ってあやうくちゃぶ台返しをするところだった。突然怒りが爆発する危険性は小生自身にとっても今なおマグマのように内に潜んでいる。だから是非とも怒らない温厚な老人になりたいと思っているのだ。
 「暴走老人! 」を書いた作家の藤原智美さんによれば、昔に比べて今は「気配りの社会」で、相手を困らせない気配りのサービスが徹底しているが、「裏を返せば気配りが足りないと感じたとたんにキレる。現代人はそんな薄氷の上で生活しているようなものだ」と言っている。昔なら問題にならなかった表現が、失礼に聞こえて侮辱された、と感じてしまう。そこには自分のアイデンティティを失った寂しき中高年の姿が浮き上がってくるのである。
 「カネと暴力の系譜学」を書いた津田塾大、菅野稔人准教授によれば、バブル期に人は経済的利益を得ることで、ちょっとした不満は黙って見過ごすことができた。それが今は、いかに無駄を削るかばかり言われて、たいしたものを得られないつらい毎日を送らされている。自分の威厳を保ちにくい社会に変わってしまったのだ。そこで自分のアイデンティティの核として、プライドとかメンツみたいなものを選ぶようになりがちになる。ところがそのアイデンティティに裏付けがないから少しのことでも侮辱されたと感じやすくなるのだという。
 人がキレるのは、メンツをつぶされたからではない。実体を伴う本物のプライド、メンツがあれば、少々のことは苦笑してやり過ごせる。キレるのはそれが本物ではないからだ。つまり自分自身に自信がない恐れや不安といった裏感情が、わずかな刺激で引き金を外され爆発する。これがキレることの正体である。そうした裏感情が大きければ大きいほど、それを隠そうとして生じる怒りも大きくなる。だから、カッとなったときは「それだけ自分は弱っているのだな、と思えばいい。怒りは自分自信が弱っていることのメッセージ。怒っている人がいたら、この人は自分に自信がなくて困っているのだ」と思えばいいという。そうすれば、逆に何か助けてあげられるかもしれないと、記事では書いてあった。
 怒りとキレることは別物である。怒りは人間なら誰にも起こる事柄である。「キレる」は自分が怒りの強さに負けてコントロールできなくなった状態だ。そうした「キレる」ことを抑えるのは自分自身を強くするしかない。何事も苦笑でやり過ごせる強固なアイデンティティを持つことであろう。それが今の不安定な社会ではますます困難になりつつある。哀れな中高年はさらにキレやすくならざるを得ないのだ。
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by weltgeist | 2012-02-05 23:18

おいしいレストランの味はヤバイのか (No.1301 12/02/04)

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 先日、イケヤに行った帰りにイタリアンレストランで食事をしたと書いた。ノングルメの小生にはたいへんおいしく、幸せな気分で味わいつつ賞味させていただいた。そして家に戻った翌日には、奥さんがカキフライを作ってくれた。小生にとってカキフライは大好物である。イタリアンに続いてのごちそうに期待をもって食べようとしたのだ。
 揚げたての熱いカキフライにソースをたっぷりかけて食べるのが小生の食べ方である。ところが、本日は大切な引き立て役であるソースがない。「ソースは? 」と尋ねると、「あんな添加物の入ったものは止めなさい」と一喝されてしまった。ソースのないカキフライなんて、クリープの無いコーヒー(このギャグを分かる人はエライ)と同じじゃないか。これでは折角のカキフライもおししくなくなるぞ。それに言っちゃ悪いけど、今日のカキフライは味も何か薄い気がする。 
 小生は前に何度も書いたように、「男は女房が作った料理を黙って食えばいい。男が食べ物にとやかく言うのは女々しい」という信念がある。だからこのときも黙っていようと思ったが、さすがに黙っていられなくなって「ちょっと味も薄いなぁ」と小声で感想を言ったら、「いいの、これでッ。女房が作った物に文句を言わないのがあなたの信念でしょう」と痛いところに釘を刺されてしまった。
 ウーム、この議論は小生に不利な展開になってきた。しかし、折角のカキをおいしく食べてやるには作る方でも工夫が必要ではないか。わざわざまずく料理することはない。そこで「君はそんな態度だと外食屋はできないね。お客は健康よりまず味だよ」と皮肉を言ったら、返す言葉で「外の食事で味がいいのは、***などの添加物をギタギタ入れているからよ」と言われてしまった。「私の作る料理は添加物を入れていないの、文句ある」と言われて、「文句はありません」と黙るしかなかったのである。
 確かにレストランで食べる食事は抜群に口当たりがいい。味を良くする各種の調味料が入れられているからだろう。これらがうま味の元なのだが、それにどんな添加物が入っているのか我々お客には分からない。最近は合成化学調味料も種類が多いし、醤油や塩、砂糖等々、様々な物を入れて味を調整している。味がいいと評判なレストランは隠し味で売っているが、そこにどのような添加物が入れられているか我々には分からないのである。
 といっても日本では極端な添加物は入れていないだろう。一応はお役所が認可した合法的な添加物の範囲で料理もされていると信じられる。しかし、美食家の天国、お隣の中国ではちょっと事情が違うようだ。数日前には江蘇省鎮江の会社が製造した塩が、除草剤を生産した有害廃棄物から生産したもので、食用塩として販売していたことが分かって摘発された。これを知らない業者が揚げパンなどを作っていたというのだ。また、2006年には浙江省台州市で、下水溝に溜まった油を原料として食用ラードを生産していたという。こうした物が料理の材料として売られていたというから驚く。
 想像しただけで気持ちが悪くなることだが、消費者はそんなことは考えもしないで外食しているのである。健康第一に考えるなら、安全な材料だけで作る家庭料理が一番かもしれない。いまやテレビはグルメ紹介番組が大流行だが、あまりにおいしすぎる料理だけを追求することは考え物かもしれない。
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by weltgeist | 2012-02-04 21:55

ブログ掲載1300回になりました (No.1300 12/02/03)

 ブログを書き始めてついに1300回まで来た。最初はせいぜい数ヶ月やってみて止めようと思っていたのが、100回、200回となり、自分でも驚くほど続いている。しかし、それでも1000回になったら絶対止めようと思っていた。それが、1000回をすぎてもダラダラ書き続けて、今日で1300回になった。旅行や病気入院で物理的にネットにつなげなかったときを除けば、ほぼ毎日更新できていることになる。飽きっぽい性格の小生にしては驚くほどのしつこさを継続しているのである。
 「ミネルバのフクロウ」を始めて4年、そのおかげで自分の生活が毎日規則正しくなった気がする。毎日の更新・アップロードは午後11時過ぎが多いが、それをは原稿を書き始めるのが午後9時頃と遅いからだ。この後当日締め切りである午前零時前までの3時間は、ほとんど決められたような時間の使い方をしている。眠かろうが、疲れていようが、この3時間だけは頑張らないと毎日掲載はできない。酒を飲んで酔っ払ったから今日は掲載を休みます、なんてことは絶対言えないのである。
 毎晩9時にパソコンを起動し、「今日はどんなテーマで書こうかな」と考えることから始める。ここが重要で、しっかりした方針が決まっていないと、その後の作業が手間取ってしまう。今はだいたいは30分前後の9時半ころまでにおおよその方針を決めることにしている。この段階で、を言いたいことのテーマを決め、それを分かりやすく書くにはどうしたらいいのか、いくつかのキーワードを書き出して全体の骨子を決める作業を9時半ころまでには終えるのである。
 そして、導入、イントロダクションのキーワードと中間部、最後に起承転結で自分なりの結論の三点が決まれば、あとはそれぞれのキーワードをつなげて文章を書いていく。それがうまくいくときは10時頃、つまり30分くらいでできあがるが、最初の全体像がしっかりしていないと、締め切り直前の23時59分にかろうじて掲載できたなんてこともある。
 ただ、1300回も書いていると、必ず起こるのがマンネリ化と、ダブり・重複だ。沢山書いていると前のことを忘れて同じ内容のことを書く恐れがある。同じでなくとも「ミネルバ節」とも言える、マンネリ化した意見を連呼するようにもなりやすい。読まれている人たちに「また同じことを言っているぞ」と思われたくないのである。
 といって小生はそれほど斬新な意見を持っているわけではないから、前のネタとダブらないよう書くのは苦しい。いつも能力の限界を感じつつ書いていると言っていいだろう。もう一つ頭の痛いのが、掲載する写真だ。毎回テーマに合わせた写真を選ぶのが難関である。
 適当に写っている写真なら何でもいいわけではない。まずテーマを連想させる物が欲しい。また、テーマにマッチしていても、自分が納得しないロークオリティな写真は載せたくない。しかし、最近は小生の能力が及ばないのだから仕方がないと割り切って、テーマと無無関係な、かつクオリティの低い物を載せることが多くなってきている。
 1300回というのは、小生の能力としてはあまりに多すぎるのだ。これまで沢山のことを書きすぎて、小生には「新しいテーマ」の選択肢が次第に少なくなっているのである。それで、もし同じことの繰り返しを言い出すようになったら、これが小生のブログの止めどきではないかと思っている。思考が枯渇してあと50回くらいでお終いになるのか、それとも1500回、いや2000回以上続けられるのか、先のことは分からない。しかし、とりあえずは力の続くかぎり今の状態は続けていこうと思っているのである。
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この花の名前は何というのだろうか。多分5月頃咲く除虫菊だと思うのだが、定かではない。散歩コースの鉢植えになぜか一本だけ季節外れのようにこれが咲いていた。白い花びらが心持ち寒さで震えているように見えたのでシャッターを押した一枚である。
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by weltgeist | 2012-02-03 23:50

世界最大の家具屋・イケヤ探訪 (No.1299 12/02/02)

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 日本永住のために中古住宅を購入し、それを徹底的に自力でリフォームして、着々と自分好みの家に作り替えているBさん夫妻にスウェーデンから来た世界最大の家具屋・イケア(IKEA)に初めて連れていってもらった。Bさんはここで自宅をリフォームする素材を買って、全部自分で取り付けて新築の家のようにしている。イケアは彼のリフォーム活動の供給拠点なのだ。しかし、小生はBさんからイケヤのことは何度も聞いていたが、実際に店舗に行ったのは初めてである。
 場所は東京の北東、三郷にあるIKEA新三郷。外環道三郷西を降りてすぐの場所に広大な敷地があり、大きさからいってアメリカのスーパーマーケットに似ている。広くてゆったりした駐車場に車を置き、お店の中に入ってすぐに目に付いたのは、入り口脇にある軽食コーナー。何と、コーヒー、紅茶、ソフトクリームが50円、ホットドッグが100円と激安。ここで我々はホットドッグで軽く腹をこしらえてから、広々とした店内を見て歩く。
 イケアは世界最大の家具屋だが、扱っている商品は家具だけではない。椅子、テーブル、ソファ、タンスなどの他、キッチン用品、子供用のぬいぐるみまで、ほぼ家の中で使いそうな物の大半を扱っている。仕様はイケヤ独特の物らしく、世界共通のサイズに作られていて、それらが様々なパーツの組み合わせで自分の好みに合わせられるように最初から作られている。
 日本の家具、例えばタンスなどは、引き出しのサイズや中の仕切りなどが固定されている。イケヤの家具は外枠の材質や色から、中の仕切りのやり方まで、相当幅広く選択できる。「帯に短したすきに長し」といった中途半端な物ではなく、納得をした組み合わせで自分に一番マッチした物が揃えられるのである。前に紹介したように、Bさんはここでシステムキッチンの形、サイズ、材質、色、シンクやコンロ、レンジの形など非常に細かいところまで全部パーツで購入。普通はその後は全部専門家に設置してもらうのだが、Bさんはすべて自分で組み立てている。
 今回はそれらの物をもう一度見せてもらったが、展示してあるのは完成品のシステムキッチンで、小生がパーツから全部自分で組み立てたらまず死ぬ、と思うほど複雑なことまで選んで買うことができるのである。
 結局、今回は小生と妻は「偵察」の段階で、購入したのはダイニングテーブルの椅子一脚だけにした。椅子やテーブル、ソファの値段が高いのか安いのか知識のない小生にはよく分からないが、思い出してみれば、結婚してマンション住まいをしたころ買ったソファやテーブルの値段はイケヤのものより多分3~4倍くらいの値段で買ったはずだだから、とても安いのだろう。
 広い店内をぐるりと見て回っただけで、4時間ほどかかった。日本で伝統的に営まれていた家具屋とは、まったく趣の違う雰囲気をたっぷり味わい、これからの商売はこういう形になっていくのだろうな、と漠然と思った。昔ながらの伝統的な家具屋は、このまま手をこまぬいているだけでは厳しい未来が待っている、有無を言わさず変革しなければならないだろうな、というのが今日の感想である。
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古い絨毯を剥がして、自分でウッドのフローリングに貼り替えたり、システムキッチンを全部新しい物に取り付けてプロをも驚かせたBさん夫妻と、イケヤの帰りにイタリアンレストランで食事した。Bさんの左手に持つ iphone には小生と妻が写っている。
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by weltgeist | 2012-02-02 23:55

NECの携帯端末・Life Touch Note 購入で四苦八苦中 (No.1298 12/02/01)

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 ロンドンで長年愛用していたWindowsCE機 ・シグマリオンⅡが壊れて新しい文章入力機を探していることをNo.1266で書いたら、ブログを読んだ TAC さんから「NECが出しているLife Touch Noteってのがあります。ただし、すでに発売中止になっているから、中古を見つけるしかない」とコメントをいただいていた。それが先週の金曜日、秋葉原に行ったとき、「祖父地図」で超格安の中古品が売られているのをみつけた。何の傷もないきれいな外見なのに、タダ同然の激安価格、むろん深く考えることなく即購入した。
 調べたところ、Life Touch Note は昨年の春に発売されて、一年経たずに発売中止となったアンドロイドの携帯端末のようだ。一年もたずに中止ということは、よほど売れなかったか欠陥がある商品だった可能性がある。しかし、安いからダメ元で購入したのだが、予想した通りえらく使いにくかった。
 小生、アンドロイド端末を使うのは今回が初めてのため、マニュアルがないと困る。だが、激安なのでマニュアルなど欠品して付いていない。どうやったら起動 ・終了するかも分からず、あちらこちら試行錯誤を繰り返して、初期設定が完了するまで5時間ほどかかってしまった。
 Life Touch Note は基本的にはネットにオンライン状態での使用が前提のようで、慣れてきたらインターネットもメールもなんとかできるようにはなった。しかし、問題は小生が購入を決断した最大の目的である出先での文章作成能力だ。このマシーンには「ライフノート」という一種のエディターがついている。日本語変換ソフトはATOKで、大きめのキーボードで文章を打ち込むにはとてもいい。文章を書くだけなら前機、シグマリオンよりはるかにやりやすく、ここまでは良い買い物だと思ったのである。
 しかし、それで作った文章を保存するところにきてハタと行き詰まってしまった。書き上げた文章を保存するやり方が分からないのだ。パソコンでは「ファイル、保存」といったタグがあってここをクリックすれば簡単に保存でき、後日再利用するときは「ファイルを開く」のクリックで簡単にできる。ところが、Life Touch Note の画面のどこを探してもそうしたタグが出てこない。
 まるで迷路に入り込んだような気持ちになって頭を抱え込んでしまった。そこからこの未知なるマシーンとの格闘が始まったのである。しかし、こういうときの小生は意外にしぶとい。20数年前、PC98を使っていたときは、MS-DOSのコマンドが分からず何度も徹夜して解決している。あの頃のことを思い出しながら、一日中 Life Touch Note に執念深くかじりついて、脱出口を探していたのである。
 悪戦苦闘の結果、ライフノートで書いた文章を、メモリーのSDカードに書き込む「エクスポート」という方法だけは見つけた。しかし、パソコンで書きかけの文章をSDカードに保存して Life Touch Note で読み取る「インポート」という項目はどこを探してもない。つまり読み取りはできないのだ。保存はできてもそれを呼び出すことはできないという、ものすごく中途半端な「文章入力機」であることが明らかになってきたのである。ものを書いている人間にとっては、こうした保存と呼び出しは絶対不可欠なものなのに、なんでこんな変な物をNECが作ったのか、小生には全然理解できない。
 現在の小生の窮状を友人に言ったら、「アンドロイド端末ってそんなもんだよ。賢く使うにはアンドロイドマーケットで、使いやすいソフトを購入しろ」とアドバイスされた。どうやらこの端末はまだ未開発の箱みたいなもので、アンドロイドマーケットでもっと使いやすいソフトをインストールしてようやく一人前になるらしい。いやはや、こんな初歩的なことを学ぶのにもえらい苦労をしてしまった。今後、この端末を使いこなしていけるかどうか、全然自信がない状態である。
 どなたか、アンドロイドに詳しい人がいたら、保存、読み込みができるエディターソフトとスカイプの導入方法など教えてもらいたものだ。
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by Weltgeist | 2012-02-01 23:50