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夢枕貘、「秘帖・源氏物語・翁」 (No.1297 12/01/31)

d0151247_2252390.jpg 釣り仲間の夢枕獏さんから最新作の「秘帖・源氏物語・翁」を送っていただいた。この小説は「デジタル野生時代」の2010年12月から11年11月までに連載されたものを加筆、修正して文庫本化したものだという。浅学な小生、「デジタル野生時代」なる書籍を知らなかったので、ネットで調べると角川書店より発行された業界初の書き下ろし電子書籍型小説誌なのだそうだ。
 小生の知る獏さんは、原稿を書くのにパソコンを使わず、万年筆で手書きした原稿用紙をファックスで出版社に送る古典的な小説家のスタイルを頑なに守っていた人だった。それがついにパソコン・メールでの原稿書きを始めたのかもしれない。
 それはさておき「翁」は源氏物語第一部「桐壺」を素材に書かれたものである。源氏物語の原文はたいへん難しく、与謝野晶子、谷崎潤一郎、瀬戸内寂聴など沢山の人が現代語訳を出している。小生は確か谷崎訳で読んだが、それでもあまりの難しさにすぐにギブアップした悔しい挫折本である。それを獏さんが桐壺をベースに小説にしたのが「翁」なのだ。
 光源氏の妻・葵の上は光源氏の愛人、六条御息所の家来ともめ事になった頃から物の怪に悩まされて臥せるようになる。彼女には得体の知れない「何か」が取り憑いていて、体の具合がどんどん悪くなるのである。光源氏は普通の人には見えない霊のような世界を見ることができる特殊な能力を持った人間である。彼には妻・葵の上に何か悪い霊が取り憑いていることは分かる。しかし、どうしたらそれを追い払えるのかが分からない。それを同じ超能力者である蘆屋道満の協力で除霊しようとするのである。
 葵の上に取り憑く悪霊とはどのようなものか。それは「異国の禍神」であるという。獏さんが本領を発揮するのはこの「異国の禍神」の解釈である。獏さんは京都太秦(うずまさ)にある太秦寺、すなわち広隆寺に現在国宝となっている弥勒菩薩像にスポットを当てる。半跏趺坐した弥勒菩薩像の左足に右足を乗せた形が十字架に見えるというのだ。また寺の池には小さな小島があって、そこに柱が三本の特殊な鳥居があるが、これは父と子と聖霊が三位一体であることを意味するに他ならない。それを祀っていることは広隆寺が仏教という仮面の下で隠れキリシタンのようにキリスト教信仰を密かに行っていた、という面白い解釈をするのである。
 そうして、比叡山で光源氏たちは琴、笛、笙、琵琶、鼓などの楽器を揃え、その音色に合わせて蹴鞠(けまり)を始める。すると、その楽につられて物の怪達が集まってくる。光源氏は鞠を蹴ることに集中していきながら、次第に己を消していく。自分の身を、心を、蹴るたびに、舞うたびに、少しずつ削って天地の中に捨てていくのである。そして、自分を虚しくしたときすべてのものが自分と同じ形式、同じ様式でこの世にあることを悟る。彼が赤子のような無心な気持ちになったとき、そこに宿の神を見るのである。
 宿の神はちんまりした猿のような翁であった。光源氏は妻に取り憑いた禍神は何かと尋ねる。すると、翁は、赤子になった光源氏に「それはお前だ」と伝える。つまり、彼女に取り憑いていたのは光源氏そのものだというのだ。
 ここに獏さんなりの悟りの境地の解釈がある。己を削って無になったとき、自己は世界に溶け込む。そこでは自分も他者もない。無心になった私と全世界は一体化している。西田幾多郎がいう「絶対矛盾的自己同一」と同じである。光源氏は禅僧の悟りの境地に達していたのだ。そうして葵の上の物の怪の意味が分かり取り除くことができたのである。
 ただ、分からないのはその後で、蘆屋道満が「エロヒムマレサバクタニ」と謎のような言葉を言うことだ。これはマタイ福音書で十字架に架けられたイエス・キリストが最後に「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」 (27:46) と言った言葉と同じである。その意味は「おお我が神よ、我を見捨てたもうか」である。
 獏さんの太秦寺とキリスト教を結びつけて源氏物語を解釈していくのはたいへん面白い。しかし、最後のこの言葉で小生は躓いてしまった。禅の悟りの境地に似たものと「神は我を見捨てたもうか」の関係をどうとったらいいのか、今の小生の能力では分からない。今度獏さんにお会いしたら、このことについて質問してみるつもりである。
 いずれにしても、こうした謎の深さから言って、獏さん自身が後書きで「この小説は傑作です」と語っているように、いままでの獏さんの枠を超えた新しい天地での傑作であるのは間違いない。
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by Weltgeist | 2012-01-31 23:54

久しぶりの温泉休日 (No.1296 12/01/30)

 昨日、一昨日の二日間、ブログの掲載を休んだ。「休んでいる間、どこへ行っていた。サボってきたな」とおしかりを受けそうであるが、まさにご推察の通り、二日間、温泉に浸かってのんびりとサボりを楽しんできた。と言っても東北あたりのひなびた名湯ではない。行き先は山梨県の石和温泉。ここは今から50年ほど前に果樹園の畑から突如として温泉が湧き出し、その後みるみる大温泉街ができあがった歴史の極めて浅い新興温泉である。
 花咲か爺さんではないが、畑仕事をしている所から宝の水が湧き出したのだからたいへん。東京から電車で2時間以内で来れるアクセスの良さもあって、甲州人たちが早速一大温泉郷を造り出し、今では熱海につぐ規模にまでなったという。
 小生そんな石和温泉に来るのは初めてで、温泉としてのグレードもどの程度なのか分からない。それでも多少はひなびた雰囲気があるかなと思ってやってきたら、とんでもない。町のど真ん中にマンションみたいな建物が建っている。ひなびた温泉街の風情など何もなく、泊まった宿は町のスーパー銭湯のようで、ちょっと興ざめである。
 さて、チェックインしてからまずはお風呂に向かう。旅館はとても大きな建物で部屋から大浴場まで迷路みたいな廊下をいつまでも歩かされる。外側からだと小さく見えたが、内部は建て増し建て増しで、相当大きい。こんなデカイ旅館だと、昨今の不景気でお客が減ってたいへんだろうな、と思いつつ大浴場に到着。
 そして脱衣場に入っておやっと思ってしまった。脱衣場だけで10名近い人がいるではないか。意外にお客はいるんだと思って浴室に入ると、さらに沢山の人がいる。不景気どこ吹く風の人気ぶりである。
 風呂から上がって部屋に戻るとき、あまりに長い廊下を歩いたから自分の部屋がどこにあるのか分からなくなってしまった。そんな迷子になるほど大きい旅館に沢山のお客が来ているのである。夕食のとき女中さんに本日の宿泊数はどのくらいか聞いてみたら、「今晩は230人くらいです」とこともなげにいう。すごい。さすがに東京の奥座敷だけあって、お客様は来てくれているようだ。しかし、繁盛の原因がどうしてなのかはよく分からない。
 我々の宿泊代はネット予約で一人1万円。決して高くはないが、さりとて安くもない。それなのに何でここまで売れているのか、その理由は家に戻った今もって理解できていない。
 ノングルメの小生にとっては夜の食事も朝もまあまあ合格点をあげていいと思う。食べきれないほど出る冷たい宿の食事よりはずっといい。しかし、温泉ド素人の小生をしても、ここの売りである「温泉」はいただけない。石和温泉は単純温泉である。ということは含有成分が非常に少なく、ほとんど水と変わらない。だから、水を湧かしていたとしても分からないのだ。
 大浴場から流れ出る「温泉」の量は膨大で、いくら畑から湧き出したといっても、こんなに大量に使えるわけはない。地下水を湧かした「ニセ温泉」ではないかと少し怪しんだが、これはもちろん小生の「邪推」である。しかし、一緒に行った温泉に詳しい友達の評価は星ゼロ、ないし一つがやっとであると言っていたから、温泉としては落第だと思う。
 それでも、このところずっと忙しい日が続いていたので、二日間の休筆は良き骨休みとなり、久しぶりに休日を堪能した気分であった。そうして、また今夜から新たなブログを書き始めた。たった二日間味わったリフレッシュ休暇はもうない。正直を言えば今夜のブログはもう一日休みたかった。そうなればどんなにゆったりした気分が味わえるだろうかと、思いつつ今このブログを書いている。
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小生が持つ温泉のイメージはこんな雰囲気である。石和温泉は残念ながらこうしたイメージからほど遠かった。だから今回の石和温泉の宿や温泉の写真は載せない。この写真は群馬の名湯・草津温泉である。しかし、草津は温泉の質では勝っていても来客数では石和温泉に負けているかもしれない。世の中何が原因で勝負が決まるかなかなか分からないのである。
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by Weltgeist | 2012-01-30 23:16

秋葉原の偵察 (No.1295 12/01/27)

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 このところ頭のなかにもやもやした問題があって少し困っている。今まで使っていたパソコンがいよいよ寿命がきたようで、新しい物に買い換えないと駄目そうなのだ。現在使っているパソコンは2004年10月に買ったタワータイプのバイオで、当時としては最強のペンティアム4、メモリー2GBを積んだWidowsXPパソコンである。購入した当時は十分なパワーがあったのだが、最近は遅いうえにいくつかの不具合に悩まされている。
 このため新しい物に替える必要があるが、どうせ替えるなら今後5~6年以上は使える高性能な物にしたい。また現在バイオに増設してある4台のHDDから3台は新機種に内蔵HDDとして移設したい。そうなると、ノートブックでは無理。CPUは現在最強の i7、メモリーもできるだけ沢山積んで、グラフィックボードやHDD増設空きベイに余裕のあるデスクトップということになる。
 このスペックを満たす物でメーカー品を調べたら20万円以下では見当たらない。予算は出せて15万、できれば10万くらいであげたい。そこから候補に出て来たのがパーツを組み立てて作る自作パソコンである。これには Dell や HP など大メーカーでも CPU だけ i7 のベーシックなモデルに自分が必要とする機能を追加したオーダーメードPCがあり、予算も10万円以下で収まりそうである。
 先日ロンドンで壊したWindowsCE シグマリオン後継機の購入もしなければならない。それで今日は久しぶりに秋葉原へ偵察に行ってきた。だが、秋葉原で小生がまるっきり今浦島太郎状態になっていることに気がついた。確か秋葉原に来るのは半年ぶりくらいのはずなのに、世の中ものすごいスピードで変化していたのである。とにかくデフレ、デフレ、物の値段が驚くほど安くなっていた。例えば、250GBのハードディスク、これが1000円くらいから売られている。小生のバイオに積まれている起動ドライブが入るHDDはSATA250GBである。それがただみたいな値段になっているのだから驚く。
 ちなみに新しいPC に買い換えたとき、今使っているバイオはどのくらいで下取りしてくれるのかショップに聞くと、「ゼロ円で引き取りましょう・・・」である。購入した時はディスプレーも含めて70万円近くした物が、もはや何の価値もない。ショップの人は小生が新しいPCを購入するので「仕方なく引き取ってやる」という態度だ。まるで、先日芥川賞をとった田中慎弥さんの「もらってやる・・」みたいな言い方である。
 この変化の早さでは新しいパソコンを買っても5年後くらいで新たなゴミとなることだろう。優柔不断な小生、今日の所は新パソコンをオーダーする決心がつかずに帰宅した。そして、何気なく最新PCの動向を海外のネットで調べたら、どうやら今年中にWindows 7 が新しいバージョン、Windows 8 になるようだ。そうなると、買った直後にすぐ「旧製品」だ。購入を考えている人は少し控えた方がいいかもしれないと記事には書いてあった。新OSが出るのは秋のようだ。それまでPCを欺し欺し使っていくののしんどい。困ったことである。

お知らせ・明日、明後日は出かけるため、書き込みを休みます。
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by Weltgeist | 2012-01-27 22:03

大失敗 (No.1294 12/01/26)

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 先日(No.1290)で掲載した女性の写真を撮ったとき大失敗をしていた。上の写真をよくご覧いただきたい。彼女のバッグから5ポンド紙幣が落ちそうになっているのだ。いかにもイギリスのおばさん(失礼、女性・・)風の彼女を見つけて「ぜひ写真を撮らせて欲しい」と頼み込んだとき、二人とも焦りすぎて注意がバッグにまでいっていなかったのである。知らない人のスナップ写真を撮る場合、時間をとらせすぎると不機嫌な顔になる。気が変わらないうちに撮ってしまおうと、急いで立ってもらい、露出や光の周り具合などテスト撮影をしたのがこのカットである。この時点で小生も彼女も気持ちが撮影の方に集中していて、バッグからお金が落ちそうになっているのに気がつかなかったのだ。
 その時の写真を日本に帰ってチェックしてこの状態に気づいた。だがこのあと本番で撮った写真は上半身のアップだけで、下のバッグまで全身が写っているカットは一枚もなかった。だからお金がどうなったのか分からない。彼女が気がついてバッグにしっかり入れ直したのか、それともこのまま気がつかずお金を落としたのか、撮った写真からは分からない。もし落としていたとしたら、彼女に申し訳ないことをしたことになる。小生の責任は大である。
 5ポンドとは今のレートで650円ちょっとくらいだろうか。金額的にはたいしたことはないかもしれないが、願わくば落ちそうになったポンド紙幣に気がついてバッグに仕舞いなおしていたと思いたい。しかし、今の小生には確かめようもないし、彼女にわびることもできない。
 あわて者の小生はこのように何か一つのことに集中しているとき、他のことを見落とす失敗をやりやすい。良いカメラポジションを探そうと、ファインダーを夢中にのぞいていて、足もとの石につまづいたことが何度もある。石なら転倒するだけだが、崖を踏み外したりしたら命に関わる。一度など防波堤のふちから海にカメラを抱えたまま転落しそうになったこともあるのだ。
 人間の脳は一度にいくつものことを同時にこなせるようマルチタスク構造になっているが、これは若い頭の良い人の場合であって、小生の萎んだ脳はそこまでこなす能力がなくなっている。情けないけどこれが現実だ。
 同じような失敗を繰り返すまいと自分に言い聞かせている。しかし、焦り始めると脳のマルチタスクが効かず、シングルタスクで注意散漫になるのが小生の悪い癖である。そんなことばかりやっていると、大きな事故を起こさないとも限らない。今後も同じ過ちをやり続けるのではないかと思い、自分にも相手にも注意しなければと肝に銘じているのである。
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by Weltgeist | 2012-01-26 23:25

幸せな生き方 (No.1293 12/01/25)

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 上の絵は、16世紀のネーデルランド(今のオランダ、ベルギー、ルクセンブルクにまたがる地域)で活躍したピーター・ブリューゲル父が描いた、「謝肉祭と四旬節の喧嘩」の一部を拡大したものである。1559年に描かれたというから、ちょうど宗教改革の混乱が終わったころである。この絵の中には百人以上の人たちの楽しそうな生活が細かく描かれていて、彼らがどのように暮らしていたか知ることができる。
 ここに登場してくる人を見ていると「中世は暗黒の時代だった」という言い方が嘘であることが分かる。描かれている人たちは貧しい身なりこそしているが、不幸な感じが何処にも感じられない。それどころか生き生きとしたユーモアさえ感じる。スペースの関係でこの絵に登場する沢山の人全部を紹介できないのが残念だが、描かれた人たちはいずれも明るく陽気なのだ。貧しく苦しい生活なはずなのに、そうした雰囲気が感じられないのは何故なのか。ブリューゲルが描いている他の絵でも登場してくる人物はいずれもどこか楽天的で人生を謳歌しているような人ばかりである。一連のブリューゲルの絵を見ると中世の人たちはきっと幸せだったのだろうとさえ思えるのである。

 快適な家に住み、時々はおいしいレストランで食事をし、仲間といつでも連絡できる携帯電話を持っている恵まれた現代人と比べて、なんと生き生きした人たちだろうかと思ってしまう。百姓に生まれたら百姓、鍛冶屋に生まれたら一生鍛冶屋と、職業選択の自由もなく与えられた仕事を何の疑問もなくこなしていた彼らは、中世をどう生き抜いたのだろうか。海外旅行どころか隣町への旅行もままならない不自由さに不平も言わず生きる中世の人々が現代人よりはるかに幸福そうに見えるのが不思議である。
 彼らの生活を見ていると、現代人の生き方がこれでいいのか考えてしまう。良い家に住み、お金を沢山稼いで、おいしい物を腹一杯食べることがそのまま幸せにつながるわけではない。お金がなくても幸せにはなれる。毎日が中世の人たちと同じように充実した日々をおくれればそれで満足できるのではないだろうか。
 小生、ブリューゲルを見るたびに、今置かれた自分の状況の不合理さを思ってしまう。彼が生きた時代から500年も経っているというのに、人間は一体何をしてきたのかと考えてしまうのである。

ピーター・ブリューゲル父「謝肉祭と四旬節の喧嘩」(部分)、ウイーン美術史美術館蔵。
Pieter Brueghel der Ältere / Der Kampf zwischen Karneval und Fasten / 1559 / Kunsthistorischen Museum in Wien.

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by Weltgeist | 2012-01-25 23:49

巨大帝国の没落・コダック倒産 (No.1292 12/01/24)

 小生のようにカメラと共に歩んで来た人間には4日前に新聞に載ったイーストマン・コダック社の破綻はたいへんなショックであった。今はデジタルカメラ全盛の時代だが、ほんの20年前までコダックの銀塩フィルムはカメラマンにとっては、絶対必要不可欠な物だった。プロが絶大な信頼を寄せていたトライXとか、エクタークローム、コダクロームといったフィルムを作る世界的企業で、これが倒産するなど夢にも思えなかったからだ。
 だが、フィルムメーカーのシェア争いは熾烈である。日本では最初に小西六写真工業(現コニカミノルタ)が「サクラカラー」というカラーフィルムを販売、後に参入した富士フイルムを圧倒していた。ところが「お正月を写そう・フジカラー」といった大々的な宣伝で1960年代ころから次第にシェアが逆転。最後はサクラカラーはフィルムの発売中止に追い込まれた。フィルムでは勝てなくなったのである。
 しかし、それでもコダックのフィルムは、撮ったときの色再現力に優れていて、国産のフジカラーは太刀打ちできなかった。ライバルであった欧州のアグファ・ゲヴァルト社も倒れ、コダックはいまでいうインテルのような圧倒的な力を保持した超優良世界企業として君臨していたのである。富士フイルムはコダックに挑み続けていたが、80年代まで日本のプロはこぞってコダックを使い、富士は家庭用記念写真などに使う35㎜フィルムとカメラの販売でしのいでいたといってもいいだろう。
 だが、粘り強い技術開発で富士のフィルムも次第に良くなってきた。小生の記憶では90年代の初め頃から次第にプロも富士のリバーサルフィルムを使うようになって来たと思う。ちょうど世間が「ナンバーワンとしての日本」などと騒がれて繁栄していた時代である。
 一方のフィルム界のインテル、コダックは1975年には写真界の歴史を塗り替えるほどの大発明を行った。今のデジタルカメラを開発したのだ。これはコダックにとってさらなる飛躍のチャンスだった。だが、そこで時代を読み損ねた。1976年までコダックはアメリカで90%のフィルムとカメラ販売の85%を占めていた。デジタルカメラはその市場を奪う物として、コダックはさらに開発することを止めてしまい、これが命取りになったのである。
 コダックの倒産について1月14日づけの The Economist 電子版はレーニンが言った「資本家は彼を縛り首にするためのロープを売るようになる」という皮肉を交えながら、なぜ古いライバルである富士フイルムが繁栄を極めているのにコダックが倒産したのか、その原因を Technological change、"The last Kodak moment? " のなかで指摘している。それはまさにレーニンが言うように「資本家はしばしば自分自身のビジネスを破壊する技術を発明する」という話そのものであった。コダックは自らが開発したデジタルカメラで倒れたのだ。
 コダックと富士は似たような会社である。だが、両社が決定的に違うのは富士はデジタル時代が1980年代には来ると見越していたことだ。デジタルはフィルム販売事業にとっては好ましい物ではなかったが、富士はそれが時代の趨勢と読み、多角的経営を展開することで素早く対応した。これに対してコダックは無頓着で、対応に遅れたのである。コダックがうろたえている間に富士は1984年のロサンゼルスオリンピックでスポンサーになり、コダックの独占に風穴を開けもした。そうして富士は多角化にも成功したのに、コダックは沈む一方だったのである。
 “You press the button, we do the rest,”(あなたはシャッターを押すだけでいい。あとは我々がやる)のキャッチフレーズでジョージ・イーストマンがコダックを起業したのは1888年である。まだ西部劇が現実的な時代に先進的な写真技術で会社を立ち上げ、1990年代まで世界の最も重要な5つのブランドの1つであると評価され続けていた会社である。それが自らが開発した技術で首を絞められたのだ。
 今回のことを見るとどんな優良企業も安泰ではないことを痛感させられる。ちょっとした油断、判断ミスが自らの首を絞めるロープを生み出すことを示したと言える。大企業とて安心できない。そして弱小の無名企業とて悲観することはないことをここから学べるのである。
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*イラストは The Economist、Technological change の記事からDLしました。
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by Weltgeist | 2012-01-24 22:50

個の自覚 (No.1291 12/01/23)

d0151247_23183828.jpg 昨日は個性と社会との関係を書いた。今日はもう少し視点を変えて、人間にとって個とは何かについて書いてみたい。個とは何かという問いは「私とは何か」と問うのと同じである。「私の上に着せられているあらゆるものを取り払った」あとに残ってくる「私」である。例えば「私の名前は**である、年齢は30歳、男性である、日本人である、結婚している、持ち家に住んでいる、妻帯者で子供が一人いる、血糖値が高く糖尿病予備軍と言われている等々、」そうした様々な属性で私は在るが、これらをすべて取り払ってもなお残る「私」が個である。
 個とは自分の根幹をなすものであって、他の人には代理できないものである。だからすごいお金持ちで、幸福の絶頂にあると思われる誰かと自分が成り代わることができたとしても、自分の内にある「私」そのものを手放すことはできない。「私は私」なのだ。この「私」は決して譲り渡すことができないものなのである。
 だが、「私の根幹をなすもの」である「個」をじっくり見ると、それが他の誰からも切り離されたあまりに孤独の世界の内に投げ出されていることに気がつく。私は私だが、誰ともつながっていない闇夜に放り出された状況に在るのだ。そのような孤独な個を見つめるとたまらないほどの不安感に襲われる。
 個の自覚は不気味な不安をもたらすとともに、自らの有限性を痛感させられる。ニーチェが「ツアラトストラ」で語ったのはそうした孤独である。そこでは自分を誰も助けてはくれない。自分は自分の力だけでこの暗闇の世界を生きていかなければならないのである。ツアラトストラはここで力強く生きる意志を固めて、無意味な世界を生きていく決心をした。ニヒリズムよもう一度と引き受け、永遠に続く虚無を私は意志すると言ったのである。
 だが、ニーチェはその重みに耐えられなかった。梅毒菌に冒された脳はニヒリズムを支えることができなかったのである。何故ならニーチェには彼を支える者(神)がいなかったからだ。孤立無援の内で自分自身を叱咤激励する力への意志を呼び込もうとして倒れたのである。、
 個の徹底的な自覚は、自らの有限性の自覚に他ならない。その外には無限なものが拡がっている。無限、すなわち絶対的なものである。個の自覚は絶対的なものの存在と否応なく出会うことになるのだ。だが、それでは絶対者とは何かと問うても、有限な人間の認識、言葉ではとらえられない。モーゼは絶対者(主)はどのようなものかと問うた。すると絶対者は姿を隠したまま「私は”私はある”というものである」(出エジプト記3:14)と謎のような言葉で答えている。
 有限な人間の言葉で絶対者を具体的に表現することなどできないのだ。しかし、それにも関わらず個を徹底的に自覚していけば、自分を隔絶する絶対者が見えてくる。有限な存在を突き詰めていけば絶対者に対峙するしかなくなるのである。ヤスパースは人がそうした極限までいった限界状況において絶対者が贈る「暗号」を受け取り解読し、それで絶対者を了解すると言っている。
 ニーチェはそのとき個を捨てなかった。しかし、ヤスパースは個を放棄し、絶対者に帰依する道を選んだ。個を捨てること。それは不安をすべて絶対者に託すことに他ならない。こうして不安は消え、人は安らぎを得るのである。すべての宗教の基本はここにある。
 禅では徹底的に個を追求する参禅によって、最後は個の放棄に至る。煩悩でがんじがらめになった「私」を捨てて無心になることで悟りの世界にいたる。まさに絶対者への全的な帰依である。
 人は絶対者(神)を信じることで救いを得た。パウロが言うように罪の奴隷から解放されるのである。だが、実はそれは神(絶対者)の奴隷になることである。パウロは次のように言っている。
あなたたちは「今は罪から解放されて神の奴隷となり、清潔に至る実を得たのです。その行き着く所は永遠のいのちです」(ローマ書、6:22)
 救いとか平安、自由とはこうしたパラドックスのうちに成立するのである。
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by Weltgeist | 2012-01-23 23:42

個性派と凡人たち (No.1290 12/01/22)

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 以前もこのブログのどこかで、個性的な人間が現代日本社会とどう接していくかについて書いたことがある。しかし、あちらこちらであまりに色々なテーマで書きすぎてどこで書いたか思い出せなくなった。もしかしたら前のことと重複するかもしれないが、今日はこの問題、すなわち個性と社会性との微妙な関係についてもう一度書いて見たい。昨日書いた芥川賞作家、田中さんの個性的な発言で触発されたからである。
 小生は誰もが個性的であることが望ましいと思っている。だが、日本の社会では個性的過ぎると排除されやすい。人と変わったことをすると、学校ではいじめのターゲットにされやすい。だから、個性的な子供も次第にもまれて学校を卒業するころにはすっかり「世間並み」になっている。どこを切っても同じ金太郎飴になる。個性は普遍性に飲み込まれてしまうのである。
 そうした金太郎飴的没個性は波風のない平凡で安泰した生き方を保証してくれるように思える。しかし、そこからは次の新しい世界を創造する原動力は生まれない。誰もが同じなら凡庸で停滞した社会となり、次第に活気を失って最後は消えていくかもしれない。
 個性的であるとは、社会一般の常識から逸脱していることでもある。社会的スタンダードにはまらない、洋服でいえばMサイズではなく、3L、あるいはキングサイズの人間である。全員がMサイズならスタンダードの世界しか分からない。3Lの人間にはMサイズの人間には気がつかなかった思いもしない世界が見えるかもしれないのである。
 だが、世間一般が「Mが正しい」といっているとき「おれは3Lだ」と言い張っても、Mしか見えていない人には奇異に思われ、ひどくなるとつまはじきにされる。これが今の日本の社会である。
 個性の強い人は穏便な社会生活を続けることは難しい。芥川賞作家の田中さんは学校を卒業してから一度も仕事らしいことに就かなかったという。仮についてもみんなと協調していくことは難しいし、彼自身も苦痛を感じることだろう。だから、芥川賞をもらって作家としての地位を確立できたことは彼にとってとても良かったことである。
 社会には様々なしきたりがある。それを無視すると袋だたきにあうが、才能のある人ならしきたり、常識を無視して超えていく。そこには我々凡人には分からない、もっと深淵な世界が拡がっているかもしれないのだ。天才・ゴッホも、ニーチェも彼らが死んだあとようやく理解されたほど先の世界を感じ取っていた。
 だが、個性的であることをありたがる風潮も小生には賛同できない。天才の個性と凡人のワガママは同じではない。世の中には「おれより偉い者はいない」といい、周囲はみな愚か者の集団と勝手に思い込む独りよがりな人がいる。個性的と自分の愚かさを混同しているのだ。この見分け方が難しい。天才と狂気は紙一重といわれる。そしてその判断が凡人には分かりにくいから困るのだ。
 
*この問題は長くなりそうなので明日、もう一度少し視点を変えて考えてみるつもりだ。
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by Weltgeist | 2012-01-22 23:49

偉い人たちの口喧嘩 (No.1289 12/01/21)

d0151247_21544835.jpg 芥川賞受賞会見で今回受賞した田中慎弥さんの「もらってやる発言」はたいへん面白く、楽しませてもらった。今まで何度も候補にあがっていながら受賞できなかったので今回の受賞は「私がもらって当然だ」と言ったことに、マスコミ連中が面白おかしく突っ込みを入れていた。
 芥川賞選考委員の石原慎太郎東京都知事が「自分の人生を反映したリアリティーがないね。ばかみたいな作品ばかりだよ」と言ったことをどう思うかと聞かれ、田中さんは「これだけ落とされて、断ってしまいたいところですが、断りを入れて気の小さい選考委員が倒れてしまうと都政が混乱しますので、もらっといてやる」と、ちょっと酔っ払いの喧嘩のような口調で言っていた。
 これを聞いた当の石原知事は、「ハッハッ、いいじゃない皮肉っぽくて。作家はそのくらい個性的でなければ駄目だ」と笑いながら受け流していた。しかし、一矢を打ち込まれたことは間違いないようだ。石原知事は、平静を装いながらもこのあと芥川賞選考委員をやめている。あの傲岸不遜な知事も多少は感じるところがあったのかもしれない。
 だが、二人のやり合いを一般人の立場で言わせてもらえば、どっちもどっちである。作家が個性的であることは必須かもしれなが、一応社会の一員である以上、それなりの態度をしないと単なる無頼漢同士の口喧嘩にしか見られない。田中さんの挑戦的な態度も、石原知事の相変わらず「おれより偉い者はいない」的な態度も同様、低レベルのくだらないもめ事以上のものにはなりえない。
 しかし、それでもこの言い合いを見ている小生などは、「面白い、もっとやれ、やれーっ」と言って高みの見物をしたい心境である。
 人の表情は常に変わっていくが、表情の原動力は心である。顔は心の表れである。ふてぶてしい態度を取ることは気持ちにふてぶてしさがあるからそういう顔になるのである。タヌキオヤジの石原知事はニヤリと笑っただけだったが、田中さんはストレートに顔にそれが出てしまった。まだ若いからかもしれない。
 人間には不愉快なことがあっても顔に出さず、それをコントロールする力も合わせ持っている。人に心のうちを読まれない余裕だ。田中さんは記者会見の席で平然とした顔で石原発言に反論すればよかったのに、感情が先走ってしまった。ま、石原知事に面と向かって反論するにはああいう照れ隠しの態度で言うしかなかったのかもしれない。
 客観的に勝負を見れば一枚上手のタヌキ役者には負けている。そのうえ記者会見で我々一般人に「変な人」という印象を与えてしまった。しかし、作家としてはそれでいいのかもしれない。今回の件で田中さんの作品「共食い」が余計注目されて本は売れるだろうから。だが、会見を見て読むのを止めた読者(小生はその一人)もいるはずだから、どちらがいいのかは分からない。そして、もし彼が大人に成長して「したり顔」ができるようになったとすれば、そのとき彼の才能は枯渇するかもしれない。ああいう態度だから小説も書ける。作家とは気の毒な職業の人なのだと思う。
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by Weltgeist | 2012-01-21 22:02

雪は降って欲しくない (No.1288 12/01/20)

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 予報通り朝起きたら雪が降っていた。普段雪を見たことのないシンガポールから来ている友人たちはさぞ喜んでいることだろう。しかし、小生の頭にすぐ過ぎったのは「雪かき&腰痛」だ。
 雪かきは鉱山で石炭を掘り出すような重労働になって、間違いなく小生の腰を痛める。昨年も一昨年も、その前の年も、いや毎冬、必ずといっていいほどこれで腰を痛めている。今朝の雪を見たとたんにこのことが思い浮かび、憂鬱になってしまった。雪は全然うれしくないのだ。
 今朝起きたときはまだ3㎝程度しか積もっていなかった。しかし、今の小生にとってはわずか3㎝といえども非常事態発令直前の状態である。とくに重たいボタン雪が午前中は激しく降っていて、今後どのくらい積もるか分からない不安があった。幸い、午後には止み、雪かきすることなく消えてくれたのでホッとしている。しかし、天気予報では明日も雨ないし雪といっている。これから3月の末ころまで雪の恐怖は続くのである。
 すでに雪国では3m以上積もっているところもあるという。3㎝の百倍である。想像もつかない豪雪と付き合っている方々には頭が下がる。屁でもない積雪に騒ぐ小生の混乱ぶりは彼らにはきっと馬鹿馬鹿しく見えることだろう。しかし、雪イコール腰痛という「因果律」に縛られている小生は、雪に対して異常なまでの恐怖感をもっているのだ。
 雪が降るとわが家の前の山が白一色になって、まるでスキー場にいるような景色に変身する。普段は汚い物がすべて雪の下に隠れ、素晴らしい銀世界になる。そんな景色を見ながら優雅にコーヒーを飲み、本でも読んでいられるなら、こんないいことはない。だが、現実は厳しい。否が応でも雪かきに引っ張り出され、そのあと強烈な腰の痛みになやまされるのだ。
 最近はマッケンジー体操の効果で腰痛は一応おさまっている。しかし、それは休火山が噴火活動を再開しないよう欺し欺し注意しているからだ。もし雪かきで腰痛が再開して、再び腰痛難民になったりすると、春からの釣りと蝶の採集行ができなくなることもありうる。そのためにも雪は絶対降って欲しくないのだ。
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by Weltgeist | 2012-01-20 23:47