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地球上に人が溢れつつあるぞ (No.1211 11/10/31)

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 本日をもっていよいよ地球の人口が70億人になったらしい。世界中でこの日、つまり10月31日に生まれた赤ちゃんは、全員が地球人の70億人目と国連が認定してくれるようだ。今日はたいへんおめでたい日なのである。とすると同様に小生にとってもめでたいことになるかもしれない。なぜなら、いまから69年前の今日、小生も地球人の一人として生まれてきたからだ。10月31日は小生の69回目の誕生日なのだ。
 しかし、本日新たな誕生日を迎えてどんな感想があるかと聞かれれば、Nothing 、何も無いである。もうこの歳になると未来に希望を抱くこともない。誕生日なんて単なる時間の一通過点でしかないのだ。むしろ一休禅師の言葉を借りれば、誕生日は「地獄の道の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし」の心境にすぎない。
 70億人目として生まれたばかりの赤ちゃんならおめでたいかもしれないが、69年も生きた人間にめでたいもない。憎まれ者世にはばかるのたとえ通り、69年も生き長らえればもう十分だ、早く後輩に道を譲ったらどうかという厳しい意見を言われそうである。小生より上の世代は若い人の年金積み立てを食いつぶす穀潰しとも見られつつあるのだ。
 小生が生まれた1942年頃の地球の総人口は20億人くらいで、まだその頃は地球にも余裕があった。国民総数が1億人に満たない日本は、戦後産めや増やせが合い言葉でせっせと人口増加に励んで1億人超を目指した。それが団塊の世代を産み、急激な人口増を後押ししたのである。そうして70億まで来てしまった。
 だが、ここまでくるとたいへんである。後戻りはできない。現在世界で一番人口が多いのは中国だが、予測によればやがてインドが中国を抜いてトップに躍り出るらしい。インドなどの途上国の人口増加スピードは加速していて、このままのペースでいくと2050年までには世界の人口は最大で105億人に達する。かってはペストのような疫病や戦争が人口増の調整弁を果たしていた。世界は平和になったことで逆に苦しみだすことになるのだ。
 人口が増えることと食料生産のアンバランスで人々に飢餓が襲うという「人口論」をマルサスが唱えたのは1798年である。マルサスの時代の地球人口は約10億人(1804年推定統計)だったというから、まだこの説は笑ってすまされたが、70億、100億となると人々の窮乏化は俄然現実味を帯びてくる。深刻な水不足や食料不足がすでに起こっている。それ以外のあらゆる資源は次第に足りなくなってくるだろう。小生が69歳を迎えたことを喜べないのと同じで、地球人口が70億人になったと浮かれている状況ではないのだ。
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by Weltgeist | 2011-10-31 22:42

ロンドン格安旅行の良し悪し (No.1210 11/10/30)

 今日は恒例のY先生の読書会。久しぶりにマダムパスカルさん、チャトラママさんに会ったら、小生のロンドン行きを二人から質問されてしまった。今年初めの羽田・クアラルンプール片道5000円の旅、一昨年はグアム島4日間18800円の旅という超格安旅行をやってきたことから小生は彼女たちに「格安旅行の帝王」と思われているのだ。旅行が大好きな彼女たちは、小生が他にも何か新しい情報を持っているのではないかと興味津々で聞いてきたのである。
 しかし、今度のロンドン旅行の費用は燃油サーチャージ込み6日間で99800円。以前パリ5日間、エアー、ホテル代などオールインクルードで48800円という超超格安を経験したことのある小生から見れば、飛び抜けて安いわけではない。他にもっと安いものが2月、3月にかけて出るはずだ。これから3月まで旅行会社の決算期には出血覚悟の格安チケットが出る可能性が高いから、新しい売り出し広告を注意して見ることをお勧めしておいた。旅上手で英語が達者な彼女たちのことだからきっといいチケットを見つけて、3月までにはどこかへ旅していることだろう。
 ところで、そんな安いチケットが出ても最近は別な費用が案外高くて馬鹿にならない。燃油サーチャージなる不明朗な代金と、空港税などのタックスが足を引っ張っていて、いざ支払いの段階になると案外安くなっていないのだ。燃料代なんて仕入れの段階で値段が分かっているのだから、最初から価格に提示すべきだ。他の企業、たとえば豆腐の値段に「別途大豆の変動価格を加えます」なんていって商売などしていない。こんな曖昧なことをいつまで続ける気なのだと文句を言いたくなってしまう。
 安いものには乗り継ぎという落とし穴もある。一昨年ウズベキスタンのタシケント空港で、欧州へ行く日本人ツアーの人達と会ったことがある。とんでもない回り道や、乗り継ぎで空港税などが余計かかったり、ホテルが町からえらく遠い田舎であったりすることがあるのだ。
 今回の羽田発着ブリティシュ・エアウェィズにしても、出発は午前6時25分である。国際線だから少なくとも1時間半前にはチェックインしておかなければならない。とすると午前4時半には羽田に着いている必要がある。こんな早朝には電車も動いていない。チェックインに間に合うよう国際線ターミナルに行くにはたいへんなのだ。さらに帰りも羽田到着が午前4時55分である。結局小生は自分の車で羽田まで行き、車を駐車場に預ければ何とかなるが、地方から来た人は前日羽田周辺で一泊するしか方法がないのである。こうした不便さがあるから安いのだ。安さにはそれなりのワケがあるのである。
 しかし、文句を書き連ねたが悪いことばかりではない。出発が早い分、ロンドン到着は現地時間同日の午前10時である。ヒースロー空港からロンドン市内に着いてホテルに荷物を預ければ、その日の午後は半日使える。普通、欧州で6日間というと3日しか自由に使える日がない。それが半日とはいえ加わるのだから悪くはないのである。
 お楽しみはどんなホテルになるかだ。羊が草を食む牧場脇のド田舎ホテルかもしれないし、市内中心部のホテルになるのか、実際に行ってみなければわからない。とにかく玉手箱を開ける心境で久しぶりのロンドン、短い時間を目一杯有効に使って楽しんでくるつもりである。
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写真はテムズ川にかかるロンドンブリッジ。一昨日載せたウエストミンスター寺院、ビッグベンと並んでロンドン観光の目玉スポットである。
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by Weltgeist | 2011-10-30 23:51

Bさんがキッチンのリフォームまでやってしまった (No.1209 11/10/29)

 小生の誕生日は10月31日、妻は26日である。夫婦の誕生日が接近しているのは悪いことではない。誕生日祝いをやるにしても、いっぺんですむからだ。それでいつ二人でお祝いしようかと思っていたら、二人の誕生日を祝するからと、昨晩アメリカ人のBさん夫妻からディナーに招待された。
 場所は小生もBさんも大好きなベーカリーレストラン・サンマルク。ここの良さは焼きたてのパンがお代わり自由であることだ。クルミ入り、ゴマ入り、オレンジ入りなどバラエティに富んだ焼きたてのパンを次々と持ってきてくれる。おいしい料理に焼きたてのパンをたらふく食べて大満足。今日は誕生日を祝っていただきありがとうございますとお礼を言ったら、Bさんが「家に寄ってリフォームの進展具合を見ていかないか」と言われた。
 以前にも紹介したようにBさんはわが家のすぐ近くに中古の家を買って、これを長大な計画でリフォームしているのだ。昨年は床のフローリングと壁のリニューアルに挑戦して、古い家がまるで新築みたいに新しくなってしまったのを見ていたが、今度はキッチンにチャレンジしてほぼ出来上がりつつあるという。それで見せてもらったのが下の写真である。
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 左の写真は購入したときの古いシステムキッチン。ステンレスの古いシンクと上下にある収納タナ、右上には長年使っていたレンジフードがついている。これをそっくり取り替えたのが右側の写真である。日本人サイズであった低いキッチン台を10㎝ほど高く上げてアメリカ人の腰の高さに合わせた人造大理石一枚岩のワークトップを驚くほど上手に設置してある。床は前の住人がカーペットを敷いていたが、これはウッドのフローリングですでに完成ずみのものである。
 断っておくが、これはプロの大工さんがやった物ではない。まったく素人のBさんが、ネットでリフォームのやり方から学んで、ワークトップ、シンク、レンジ、レンジフード、収納戸棚などを全部パーツで買ってきて自分で組み立てて付けたものである。そのためにはキッチンのスペースに合ったサイズの商品を正確に選ばなければならない。Bさんはインターネットを駆使して、日本だけでなくアメリカからも色々なパーツを取り寄せたのだという。
 しかし、新しいシステムキッチンを入れるには、まず古いものを取り払ってから、新しい物を微調整しながら設置していかなければならない。ちょっとでも失敗すれば不格好で使いにくい物になってしまう。それを仕事の合間に十分な時間(ほぼ一年)をかけてここまでやってきたという。ただ、一番右端のガスレンジの設置は素人では危険だからできない。東京ガスのプロがパイプをつなぎに来たとき、すでに設置してあったレンジがあまりにうまくできていることに舌をまいたと言って笑っていた。
 アメリカではこうして住人が自分の家をきれいにリフォームすることは普通らしい。日本では家というものは使っていけば古くなるものだが、Bさんにかかるとどんどん新しくなっていくのである。
 昨晩見た段階ではまだ収納ケースの取っ手が付けられていなかった。Bさんはこれから取っ手を選ぶのが楽しみだと言っていた。そして、それが終わったら、今度は写真に写っている黒いタイルを自分のイメージに合った物に取り替えるつもりのようだ。今ある壁を剥がしてそこに新たに断熱材を足して、新しい壁を作り直す計画らしい。そんな途方もないことをやるのが楽しくて仕方がないようである。不精者の小生にはとてもできないことを、色々考えてはイメージを膨らませて実現していくBさん。彼の手にかかると数年後にはまるっきり違った新築の家に生まれ変わりそうである。
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by Weltgeist | 2011-10-29 23:30

ロンドン6日間の旅申し込み (No.1208 11/10/28)

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 歴史的な円高が続いていて海外旅行をするには絶好のチャンスである。とくにこれから2月にかけては航空券が年間で一番安いときでもあり、考えられないほど格安な掘り出し物が出てくる時期だ。欧州のような遠い場所に行くにはこの期間しかないと、前々からお得な企画が出るのを待っていたら、ありました。「羽田発着、ブリティッシュ・エアウェイズ直行便で行くロンドン6日間の旅」という格安ツアーを見つけた。往復の航空券と現地のホテルだけで、あとは自由に動けるフリープランという小生にうってつけのツアーである。
 今年は1月にマレーシア、7月にインドに行っているので、ここでロンドンが加わると年に3回も海外旅行をすることになり、ちょっと行きすぎの感があるが、小生ももう69歳、いつ体が動けなくなるか分からない年齢になってきている。行けるときに行っておかないと、あとで行けなくなって後悔するのはいやと思い、あまり深く考えることなく12月出発のツアーに申し込んでしまったのである。
 小生が最初にロンドンへ行ったのは1983年のことである。このときは添乗員が「名所」を一通り総花的に「観光」させてくれるお手軽なパッケージツアーだった。しかし、それだけに「ロンドンには行きました」というだけの印象の薄い思い出しか残らなかった。こんな旅では物足りないと、その後は90年の初め頃と97年、99年に自分で計画をたてた個人旅行で4回ロンドンを訪ねている。
 しかし、最後の1999年からもう12年もロンドンには行っていない。あのころフィルムで撮ったロンドンの写真は沢山あるが、古くさくていまさらこのブログで使うこともできない。来年はオリンピックもひらかれる。昔のロンドンがどう変わったのか、最新のロンドンを新たにデジタルカメラで撮り直したい気持ちが強くあるのだ。
 たしかナショナルギャラリーは97年の時点で撮影禁止だったから、今回も展示品の撮影はできないはずである。しかし、大好きなヤン・ファン・アイクの「ジョバンニ・アーノルフィーニー夫妻の肖像」やアンドレア・マンテーニャの「ゲッセマネの祈り」、カルロ・クリベリの「受胎告知」などの名画をじっくり見直したいし、撮影OKだった大英博物館のエジプト、メソポタミア、古代ギリシャなどから出土した展示品をデジタルでしっかり撮り直したい気持ちを強く持っている。
 小生買い物は興味はないが、ボンドストリートやリージェントストリートのウインドウショッピング、クリスティーズやサザビーズのオークションを冷やかすのも楽しいだろう。それと99年のときかなえられなかったカール・マルクスのお墓があるハイゲート墓地やハムステッドのフロイト記念館も訪ねたいし、サウスケンジントンのロンドン自然史博物館もいい。さらにはコッツウォルズからオックスフォードまで足を伸ばしてもいいと、行きたいところが目白押しなのだ。
 出発は12月中旬、きっとそのころのロンドンは真冬状態で寒いだろうが、楽しい旅はできるだろうと、いまから指折り数えて出発する日を待っている。
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by Weltgeist | 2011-10-28 23:57

紅葉見物で谷川岳に行ってきました (No.1207 11/10/27)

 関東地方の紅葉は今が盛りと聞いて、群馬県の谷川岳に行って来た。まだ小生が10代の青年だったころ、シーズンになるとほぼ毎週のように通い詰めた懐かしい山である。体力がなくなった今となってはとても登れる場所ではないが、若き日のことを思い出しながら、頂上付近は雪、中間は紅葉、下はまだ緑が残る三段の紅葉を楽しんでくることができた。
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 かってJR土合駅から湯桧曽川を渡って清水峠に至る道を歩いて谷川岳に登った「旧道」は今は国道291号線となっている。時代の変化はすごいもので、一の倉沢までは舗装されていて、車で行くことができる。関越道水上インターを出て30分、JR土合駅、天神平へ上るケーブルカー駅を過ぎると、昔の旧道の面影を残した「国道」に入る。そして西黒尾根の出っ張りを回り込むと、マチガ沢が見えてきた。沢の上部右側にある谷川岳頂上のオキの耳(標高1,977m)とトマの耳(1,963m)双耳峰が、数日前に降ったと思われる新雪を被って白く輝いていた。
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 さらに「国道」を進むと、魔の沢と恐れられた一の倉沢に到着。車で来れるのはここまで。もっと先にある幽の沢や芝倉沢へはここから徒歩となる。写真は一の倉駐車場から眺めたもので、右からコップ状岩壁、衝立岩、烏帽子沢奥壁、第三ルンゼ、第四ルンゼ、滝沢スラブと、有名な岩登りのルートが目の前に迫ってくるように見える。
 小生が最初に一の倉沢のルートを登ったのは、烏帽子沢奥壁と第三ルンゼの間にある南稜と呼ばれるルートで、高校二年生、16歳のときである。南稜は一の倉としては比較的容易な登攀ルートだったが、それでも岩場の登攀を終えて衝立岩の頭から谷川岳の稜線まで草と泥がミックスした足場の悪い急斜面の登りでヘトヘトにバテてしまった。このときの第一印象から谷川岳は「怖い山だ」という思いが焼き付いていて、それは今でも変わらない。
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 当時一の倉沢でも登るのが一番難しいと言われたのがこの付近。右側の暗く陰になったところがコップ状岩壁。丁度コップを縦半分に割ったような形をしているからこの名前が付いた。正面の三角形の岩が衝立岩正面岩壁。ほぼ垂直で、途中には大きなオーバーハングがあり、昔はここを登攀するには壁の途中で一泊ビバークする必要があったが、今のクライマーは数時間で登ってしまうらしい。山仲間で何度もザイルを結び合った友人のK君はこの正面壁から墜落して亡くなっている。衝立岩の左にあるのが烏帽子沢奥壁だ。この奥壁にある凹状岩壁と呼ばれるルートで小生は危うく死にそうになったことがある。
 そんなことを思い出しながら今日、あらためて一の倉沢を見て感慨深いものがあった。かっては自分があの岩壁に取りついて頂上まで攀じ登ったということが信じられなかった。若かったとはいえこんなところを登っていた自分があったのだと思うと、何となく自分が誇らしくも見えたのである。
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by Weltgeist | 2011-10-27 23:07

ソクラテスの言葉・汝自らを知れ、 (No.1206 11/10/26)

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 ソクラテスは「汝自らを知れ」と言った。賢そうに見える人が、少し突っこんでみると実は何も知っていないことが分かる。「俺は何でも物事を知っている知恵者だ」と威張っていても、そんなものはすべてまやかしであることを、その人と議論することで証明して見せたのである。そして、人は誰も無知な存在であるという現実に目覚めろと忠告する。
 人間の実質なんてそんなところにあるのかもしれない。自分がどうしたら世の中をうまく渡り歩くことができるかの知識はあっても、知恵はない。損得勘定だけは上手で、自分は絶対に損をしないやり方には長けているが、真理と言われることについてはまるで分かっていないのだ。だから、ソクラテスに議論をふっかけられるとすぐに詰まってしまう。
 しかし、実際にこんなオヤジに議論をふっかけられてやり込められた相手は気分が悪くなるだろう。「そら見たことか。お前はアホだ」と勝利の雄叫びをあげるソクラテスに「それじゃ、あんたはどうなんだよぅ」と切り返すしかない。
 すると、「ワシはな、自分自身が何も知らないことを知っておる。だからその点であんたらより賢いのだよ」と答える。ソクラテスは自分が無知であることを自覚しているという点で他の人よりアドバンテージがあると思っているのだ。実に嫌みなジイさんであるが、こういう人って現代でもいるんじゃないだろうか。
 だが、自分が無知であることを自覚している点において他の人よりマシだといっても、その存在価値は他人との「比較」の中でしかない。アホな人がいるからこそソクラテスも賢いと言えるのだ。これって昨日書いた「自分を捨てきれない人」と同じレベルにあるんじゃないだろうか。「俺だけが本物だ」とうぬぼれている姿を垣間見るのである。
 もし自分が本物だったら、他の人のことなんかどうでもいいじゃないかと思い、気にしない。それなのに「奴は何も知らないアホだ」と比較し、ほくそ笑んむところに価値観を見い出している。つまりはソクラテスはアホな他人がいるから自分の存在理由があるにすぎず、結局は五十歩百歩、同列な人間ではないかと小生には思えてしまうのだ。
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by Weltgeist | 2011-10-26 23:15

嘆きのTちゃんの思い出 (No.1205 11/10/25)

 小生の勤めていた会社に出入りする営業マンに「嘆きのTちゃん」と呼ばれる人がいた。顔を合わせると不平、不満の嘆きばかりブツブツと言って、聞かされるこちらまで暗い気持ちになってしまう。不満は仕事がきついとか、給料が安すぎる、といった誰にでもある問題で、小生に言ったところで解決することではない。Tちゃんは愚痴を言うことでお互いに慰めあおうと考えて小生に愚痴ったのだろう。しかし、小生があまり同調しなかったので、そのうちに彼から相手にされなくなってしまった。
 Tちゃんは不満な気持ちが鬱積していて、誰かにそれを聞いてもらいたくて仕方がないのだ。こういう不満屋さんって性格的なものだろうか。まだいまほど不景気で無かった時代だったので、仕事がきつい、給料が安いならもっと有利で楽な仕事に転職すればいいだろうと当時は思ったが、それを言えば彼との関係は決定的な亀裂が生じる。小生は聞き役に徹しながらも、この人は自らの道を切り開く気概(きがい)がないのかと心の中で思って少し情けない気持ちがしていた。そうしたTちゃんは、不満を言いながらも結局は会社を辞めることなく定年まで勤め上げていったのである。
 不満を言うことで、たまったストレスを発散するのは健康法の一つかもしれない。仕事を終えたサラリーマンが、飲み屋で酔っ払いながら同僚と上役の悪口を言うのは良き息抜きとなるだろう。だが、悪口もあまり大げさにしない方が処世術としては必要だ。ずっと昔あるプロ野球の選手が、「ベンチがアホやから野球がでけへん」と監督を批判して大騒ぎになったことがある。彼はこの発言で現役を引退せざるをえなくなり、その後政治家に転身している。不満を言うならここまで徹するべきだ。

 人が不満を言うのは自分の良さを世間が認めてくれないからだ。俺はこんなに優秀なのに世間は分かってくれないと思うから不満が出るのである。だが、人間の優劣など無いと信じる小生には、不満とは自分自身への理由無き過信から生じるものだと考えている。
 誰が偉くて、誰が偉くないなんて評価することは間違っている。「人は誰も同じように偉い」と思えば不満も出てこない。自分が一番偉い、自分の利益がすべてに先行すると思うところに不満の原因が潜んでいるのである。
 良寛和尚のように自分を無にすれば、不満も文句も出てこない。自分を捨てることができていないから不満も出るのである。「私心」を捨てて空虚になることである。そして、不思議なことに「私を捨てること」によって、逆に「私は何者であるのか」もはっきり見えてくるのである。
 禅僧は座禅で悟りの境地に達したとき、素晴らしい真理に満ちた無心の世界が見えてくるという。しかし、我々はそんな座禅などしなくても、無心の境地に立つことはできる。「自分が一番」と思う気持ちを捨てるだけでいい。謙虚に自分を反省し、自己に固執することをやめれば「他者」が見えてくるだろう。「他者が一番」と思えばそこに不満など入り込む余地がない、あるものがあるがままに見える真理の世界が拡がってくるのである。
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by Weltgeist | 2011-10-25 23:29

苦節10数年で初めてウオシュレットの恩恵を受けた (No.1204 11/10/24)

 先週の金曜日に浜松の叔母の家にメダカをもらいに行ったとき、トイレに入ったら便器の蓋が自動的に持ち上がったのにたまげてしまった。「いらっしゃいませ。どうぞやってください」とばかりにトイレの蓋が開き、事後にお尻を自動的に水洗してくれる。そこまでやってくれる最新のトイレに驚くとともに、それを80歳を過ぎた叔母が使っていることにも感心した。時代はここまで来ているのに、小生は新製品を使いこなせない旧石器人の段階にとどまっているのではないかと感じてしまったのである。
 ウオシュレットが登場したのは1980年代だそうだ。わが家は1986年に新築したときからウオッシュレットが付いていたから、きっと当時としては最新のトイレ機器を住宅メーカーが付けて、付加価値を高めていたのだろう。ところが新しい物が使えない小生は長い間ずっとそれを使うことを拒否していた。今まで見たこともないトイレに奇異な感じを受け、何でくすぐったい思いをしてまでお尻を水で洗うのか。こんな気持ちの悪い物は要らないと思い込んで、宝の持ち腐れをやっていたのだ。
 妻も同様で、夫婦そろってウオシュレットでお尻を洗うことはしなかった。ところが、しばらくして妻が使い始め、意外に快適なことに気がついた。そして小生にも「使ってみたら」と勧めてきたが、古典的な紙による手ふきの習慣から抜けきれない小生はそれでも使う気になれず、ずっと無視していたのである。
 転機となったのは持病の痔が悪化してからだ。トイレで気張る毎に猛烈な痛みが起こるのに耐えかねて、仕方なくウオッシュレットを使うようになったと言っていい。最初はくすぐったいのを我慢して恐る恐る使い、しばらくしてようやくその快適さが分かったのである。実に最初の使用に至るまでに10数年もの年月を要したのだ。

 ウオシュレットが日本の発明であることは知っていたが、これを考えた人はどんな人たちだろうかと思っていたら、今日の夕刊にそれを研究したTOTO社員の柴田信次さんという方の苦労話が出ていた。柴田さんは入社以来「どうすれば少ない水でうんちをきれいに流せるか」という汚いテーマをずっと考えてきたのだそうだ。こんなバッチイことを仕事で考えろと言われたら、小生ならきっと「辞めさせてもらいます」と言ったろうが、彼は様々な試作機を使って、これまでに96000回もトイレの水を流して頑張ったという。まさに柴田さんの人生はトイレの水と共に流れてきたといっていい。
 初期の洋式水洗トイレは便器の縁に30カ所もの水出し穴で水を勢いよく流していた。柴田さんたちが、これを一カ所の穴にまとめ、竜巻のように横にグルグルと流すことで、うんちがこびりつくことなく流れるやり方を考えたのだそうだ。その結果、一回に13㍑の水が必要だったものが、まず8㍑に減らす事に成功し、最新式では4.8㍑までなったという。これだと、13㍑型より、東京都の水道料金の場合で年間14000円も節約できるというから馬鹿にならない。もちろんお金だけでなく資源の無駄遣い防止にもなるのだ。
 新聞記事ではその開発に至る過程で生々しい実験のことが書かれていたが、食事中の方もいるだろうから、これは割愛する。
 しかし、日本のトイレは急速にウオシュレット化が進んでいるが、先進国アメリカでの普及はほんのわずかしかない。使ってみればとても快適な製品なのに、小生が使うに至るまで10数年かかった。同じように古典式が染みついている外国にまで拡がるにはまだまだかなりの年月がかかることだろう。
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インドのトイレはトイレットペーパーもなく、バケツに入れた水を左手に付けて、手で洗い流すと聞いていたが、インド入国初日に泊まったデリーのホテルはご覧のとおり、水洗でペーパーもある。しかし、ラダックに入るとまさに数百年來続く古典的なトイレで、日本から持参した手動式携帯ウオッシュレットが大活躍した。
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by Weltgeist | 2011-10-24 23:52

カダフィ大佐の死について (No.1203 11/10/23)

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 ついにカダフィが捕まって、あっという間に殺されてしまった。トリポリが陥落したときカダフィの邸宅はもぬけの殻で、彼はうまく逃げおおせたと思われていた。あれだけの厳重な包囲網をくぐり抜けたので、相当の支持体勢があったと想像できる。とすれば、どんなに追い詰められても、最後はどこか隣国に逃げて亡命政権でも作りそうだ。カダフィの性格からすればそこから再び傭兵を雇って攻撃をしかけてくるかもしれないと、リビア国民は恐れていたのだ。
 もしうまい具合に国外に逃げられたなら、独裁者は半分裸の王様状態とはいえ、まだ隠し財産があるだろうから、リビアへにらみをきかせながら生きながらえるくらいの余生は得られたはずだ。しかし、そうはさせてくれなかった。散々人々の富を収奪し、自分だけが良い思いをした罰は、正当に下された。歴史は繰り返すの例え通り、ルーマニアのチャウシェスクやフセインと同じで、国民に悪いことをやった独裁者の末路は哀れである。幸せな余生をおくったらリビア国民は神の正義など信じないことになるだろう。 
 ただ、今回のように一旦捕虜になれば、その生命、安全は人道的には守られなければならない。それが人々のリンチにあって殺されたとすれば国際法の違反である。発表された映像だけでは分からないが、殺さないでイラクのフセインのようにきちんと裁判にかけて彼の悪行を明らかにすべきだった。殺されてしまえば死人に口なしで、その後の捜査はむずかしくなるだろう。
 クーデターで政権を奪取したころの映像を見ると、昔のカダフィは理想に燃えた精気ある有能な軍人のように見えた。しかし、権力は腐敗するの定石通り、彼は長い間政権を独占することで国民を食い物にしてリビアを私物化した。そしてデモが起こればその人達に容赦なく銃を発砲して自分の権力を守ろうとした卑劣な人間にまでなり下がってしまったのである。
 人間とはそうしたものなのかもしれない。誰でも権力を握れば同じように心が腐敗していく可能性があることを歴史が示してくれたのだ。国のため、人民のためと思う理想はすぐに臭気を漂わせ、腐っていくのである。人の心の中にはこうした悪の芽生えが潜んでいる気がしてならない。
 こんな悪辣な人間がこの世から消えたことは、リビア国民にとっては喜ばしきことだろう。そして、その波が次の目標としてシリアのアサド大統領やイエメンのサレハ大統領、そして、極東における悪の枢軸・金正日へと波及する可能性は高い。彼らはカダフィの死から明日はわが身との思いを感じていることだろう。
 それを避けるには独裁政権を放棄し、民主的な選挙で選ばれた後継者に道を譲るしかない。しかし、後継者とて同じ人間である以上、同じ間違いを犯す可能性は十分にある。第二第三のカダフィ、金正日が現れる可能性はいつまでも残るのである。
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カダフィ死亡のニュースを聞いてリビア国内には「自由の到来」を喜ぶ人が町中に溢れた。この人達の喜んだ顔を見ると、カダフィが人民の敵だったことがよく分かる。写真は The Washington Post のConflict and chaos in Libya からDLしました。
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by Weltgeist | 2011-10-23 23:00

メダカの学校にまた新入生がやって来た (No.1202 11/10/22)

 昨晩の帰宅は結局25時半、つまり21日を1時間半ほど過ぎて帰り着いた。こうなると毎日更新しようと努めても、締め切り時間が過ぎているからどうにもならない。昨日の更新は心配した通り穴を開けたわけで、いまさらジタバタしても時間が戻るわけではない。昨夜はコンピュータを立ち上げることもなく、今朝9時すぎまでぐっすり眠ってしまった。
 しかし、毎日更新と偉そうに言っていて約束を破ったのだから、昨日の小生の行動について報告しておく義務はあるだろう。昨日家を空けて締め切りまでに帰れなかった理由は、浜松に住んでいる叔母さんの所へメダカをもらいに行って遅くなったのである。夏に叔母の家でもらったメダカを先月17日に消毒された水道水に入れ替えたとき全部死なせてしまった。それで新しいメダカが欲しいと、叔母が飼っているものをもう一度もらいに行ってきたのである。
 死んだメダカたちは本当に可愛かった。朝、我々が火鉢で代用した水槽に顔を近づけると、餌がもらえるものと思うのか、ススッと水面近くに出てくる。それが可愛くて、小生と妻は「餌やり係り」の役を取り合いしていた。しかし、メダカの餌やりは一日一回、ときにはやらなくてもいいくらいの頻度でいいらしい。可愛いからと沢山餌をやりすぎるのはタブーなのだ。それだから「餌やり係り」を妻にやられてしまった日は小生の出番がなくなる。
 以前、仕事していて家には夜帰るだけの小生は、飼い猫のケイとヘレンから「この邪魔の人誰なの? 」と無視された忌々しい経緯がある。連中は餌をくれる妻には親愛の情を示しても、夜だけ帰ってきて餌もくれない小生は、自分たちとは何の関係もない居候くらいにしか思っていないのだ。「ふざけるな。お前たちの飯はワシが稼いでくるから食えるのだ。ワシがいなければお前らも路頭に迷うんだぞ」と言ったところで連中に通じるわけではない。
 しかし、今は小生とて毎日家にいる。猫は死んでしまったが、今度のメダカの餌やりは、妻とイーブンでなければならない。そんなわけで昨晩、鮎のオトリ缶に入れて運んできたメダカを、庭の火鉢水槽に移す作業終えたあとの餌やりは自分がやるつもりでいた。
 数日前から水道水のカルキは抜けるように準備をしてある。そこへオトリ缶の中から小さな網ですくいあげたメダカを次々と移していく。そして、ほぼ移し終えたところで、小生は下の写真を撮る準備をしていた。そこへ妻が突然現れて来た。見れば手にメダカの餌の袋を持っているではないか。嫌な予感がする。小生は撮影の方に神経がいっているから妻の行動を阻止できないのだ。
 「待て待て、俺が餌をやるから」と言う言葉に妻は「あなたはオトリ缶にいたときあげたでしょう。こんどは私よ」といって、サッと餌をまいてしまった。昨日からの長旅でさぞ腹を空かせていると思い、運んできたオトリ缶を開けたとき少し餌をやっていたところを彼女がしっかり見ていたのだ。
 火鉢水槽を快適そうに泳ぐメダカとは別に、陸では早くも妻と餌やり権利争奪戦が始まっているのだ。明日はなんとしてでも餌は小生がやるつもりだ。それには妻より先に早起きしなければならないのである。
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火鉢の水槽に移す前に、小さなアクリルの水槽に一時的に入れて、メダカの写真を撮ってみた。ご覧のようにメダカの学校というイメージがぴったりするほどみんなで揃って泳いでいるのがとても可愛い。しかし、可愛いからと言って、近くの川や池に勝手に放すのは御法度である。このメダカは遠州地方に生息する日本古来のニホンメダカで、地域の遺伝子を交雑させることになる。といってもすでに東京周辺のメダカはとっくに交雑が進んでいるのではあるが・・・。 
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by Weltgeist | 2011-10-22 23:48