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インド・ラダックへの旅10、再びタガラン峠へ (No.1124 11/07/31)

 5600mのカルドゥングラ峠でのパルナシウス探しは本当に疲れた。氷河が押し出した堆積岩・モレーンの間を稜線近くまで探ってもエパフスしかいない。お目当てのママイエビは姿が見れず、疲労感だけが残ってレーの町に戻った。スーパーマンである巨匠もさすがにそろそろ疲れを感じてきたようで、「天気予報だと明日、明後日は悪そうだから、レーの町で停滞して休養しよう」とありがたいことを言ってくれた。
 巨匠は天候が良ければ馬とポーターを頼んでラルングラ峠(5230m)のトレッキングを目論んでいたようだが、これはえらく急な山道を丸一日歩いて、高所でキャンプしなければならないきついコースである。もしこの計画が履行されたら小生は疲労困憊からくたばってしまうのではないかと密かに心配していたのである。この際の天候悪化=休養は大歓迎で、助かった、という気持ちであった。
 レーは小さな町だから、すでに見学すべきところはほとんど見ている。停滞したこの二日間、何をするでもなくホテルでボーッと過ごした。楽しみといえば食べることしかない。しかし、レーのメイン料理はカレーである。どこへ行ってもカレー、カレーで少々うんざり気味になっていた。だいたいインドのカレーは野菜ばかりで、肉が入っていない。しかし、レストラン(・・というかほとんど町の大衆食堂だが)のメニューにはわずかだが肉が入った料理がある。これを重点的に選んで食べることで栄養、体力快復を務めることにしたのである。
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 写真左上、アルパランタという名前の朝食。大きな皿にいくつものスペースがあり、カレー(ダル)やヨーグルト(ジョー)が入っている。これに焼きたてのナンがついてい30ルピー(1ルピー2円だから60円)と馬鹿安。ナンはジャガイモで作ったもので丸いフライパンのような物で焼くと、一瞬膨らんでから平らになる。これがおいしい。右上、レーでは高級料理店の部類のチベットレストランでアフガン・ケバブというものを頼んだ。ケバブとは要するに焼き肉のことで、大きな肉のかたまりを焼いて、表面の焼けた部分をナイフで削りとって出してくれるものである。肉は羊かと思ったらチキンを独特のたれで焼いたもののようだ。それでも久しぶりに肉を食べたのでとてもおいしかった。(マッシュルームスープ付きで220ルピー)左の白っぽいものはナン。
左下、レー王宮の麓にあるAMDOという汚いチベット料理屋でノンベジのモモを食べた。モモは餃子のことで、ノンベジだから肉入り。日本の餃子に似ていて、中は羊の肉がいっぱい。ただし、肉は固い。たれは辛く、日本のような酢醤油にラー油付きのたれがあれば一級の味になるだろう。残念ながらここではケチャップで食べた。(65ルピー)。右下、チベット料理屋で食べたチャーメン。要するに焼きそばで、卵を入れて熱いフライパンで焼いている。右側にあるタレをほんの少しだけ掛けたら、猛烈に辛くて飛び上がってしまった。
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 7月15、16日悪天候のためレーで停滞したあと。17~18日の二日間で再びタガラン峠を攻略することにした。この日も天候は曇り時々晴れ程度で、パルナシウスが飛ぶにはあまりいい天気ではない。小生の帰国予定日は19日、残された日数はあと二日しかないのだ。レーに到着した翌日の7月8日行ったのと同じくウプシ経由でタガラン峠に向かった。
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 3時間弱で峠に到着。ラダックでも非常に限られた地域にしかいないマハラジャウスバシロチョウを求めて峠からさらに斜面を登っていく。周囲はさすがに5000mを越えているだけに、雪が残っていて、少し雲が出てくると急激に気温が下がりアラレが降ってくる。ここはいわゆる「雪線」より上で夏でも雪が降るのだ。
 峠にはマハラジャの他、アッコ、ストリツカヌス、アクデステス、カルトニウス、エパフスなどのパルナシウスがいるという。そんなに種類が多いなら多少天気が悪くても何とかなるだろうと、甘い期待を込めて可能性のありそうな場所を体力が続く限り歩き回った。しかし、この日蝶はまったく飛ばない。前回に続いて丸坊主である。14日に行ったカルドゥングラもそうだが、どうやら5000mオーバーの場所では当たり外れが大きく、簡単には女神に出会わせてはくれそうもないようだ。
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 17日の夜はタガラン峠から1時間ほどのラトという部落に泊まった。家が数軒しかない集落で、ホテルはない。写真ではちょっと見えにくいが、左の方にある茶色の看板に白い字でホームステイと書いてある。つまり民宿である。正面にあるテントが台所兼食堂で、我々泊まり客だけでなく街道を走るトラックの運転手もここで食事をしていた。
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 今夜の泊まり場所の交渉がまとまると、さっそくこの家のお母さんがチベット名物のバター茶を出してくれた。白い筒に牛乳を入れて棒でかき混ぜると、やがてバターのかたまりができてくる。これを砂糖で甘くしたお茶に溶かしてできあがり。巨匠はかってチベットで飲んだときの経験から「うまくないはずだよ」と言う。しかし、コーヒー牛乳のような色をしたバター茶は小生にはとてもおいしく感じられた。
 左側にあるテントはトレッキングする人達のもので、巨匠が最初に計画していたラルングラ峠のトレッキングはここから出発する。翌朝沢山のトレッカーが馬の隊列を組んでラルングラに向けて出発していくのが見えた。
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 民宿の中はこんな具合。絨毯が重ねて敷かれ、端の方にはクッションのようなものがある。これがベッドで、敷き布団はなし。右側に重ねてある白い布団を掛けてそのまま寝る。巨匠は何と冬用の寝袋を持参していて早々とお休み。多分一度も洗濯したことがないと思われる汚れた布団を掛けるときはちょっと逡巡した。以前、奥秩父の山小屋に泊まったとき、夜中に南京虫の集団に襲われてあちらこちら食われた気味の悪い出来事を思い出したからだ。しかし、ここは高度が高すぎるのか、朝起きて確認したが、南京虫、ノミ、シラミのたぐいの被害はなかった。

d0151247_23213072.jpg しつこいようだが、翌日再びタガラン峠を攻めた。天気は昨日よりましで、30分以上続く晴れ間が何度もあった。太陽の光がガレ場に注がれてしばらくすると白い小さなパルナシウスが飛び立つ。確認できたのはマハラジャ、アッコ、エパフスであったが、エパフス以外は恐ろしく早く飛び回り、とても撮影などできそうもない。この日は頑張ってエベレスト高度計の針が5600mを示す所まで登ったが、ピンぼけのエパフスを数カット撮っただけだった。結局タガラン峠には丸三日間通いながら何の成果もなしに敗退せざるを得なかったのである。明日は帰国の日。ついにマハラジャウスバシロチョウの姿をカメラに収めることはできずにこの旅も終わろうとしている。

以下明日に続く。
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by weltgeist | 2011-07-31 23:49

インド・ラダックへに旅9、ラダックの人々 (No.1123 11/07/30)

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d0151247_2026456.jpg ナミカラ、フォツラ、ラマユルへの4泊5日のショート旅行から戻った翌日は、レーの真北にあるカルドゥングラ峠に行った。ここは標高5606m、小生にとっては初めての5600m上の世界である。峠の後ろの山は雪で覆われていて、左の写真のように黄色い看板には、この峠が車が通る道としては世界で最も高い所にあると書かれている。また、これより先はカラコルムとなり、非常に古いシルクロードへと続いているともう一枚の看板には書いてあった。昔あこがれたあのカラコルムへこの峠道は通じているのだ。
 ラダックではチベット独特のタルチョと呼ばれるお経を書いた色とりどりの小旗が、こうした山の頂上やゴンパ(チベット仏教寺院)の屋根にはためいている。カルドゥングラ峠はとくにタルチョの数が多くて、峠の横には山の斜面が見えなくなるくらい沢山ある。ラダックの人々にとってはそれだけ大事な場所なのだろう。
 しかし、我々外国人がここへ来るにはインナー・ライン・パーミット(ILP)という特別な許可証がいる。レーの町でパスポートを提示し、一日有効な許可証で100ルピー、一週間だと200ルピー払う必要がある。お金はともかく手続きは面倒である。そんな場所にわざわざ行ったのは、この峠付近には staudingeri mamaieve ママイエビいう珍しいパルナシウスがいるからだ。しかし、それはまったく不発で、ママイエビは全然姿を見せない。この日は峠観光で終わってしまったのである。
d0151247_2128424.jpg レーの町を歩いていると沢山の外国人観光客に出会う。多くはヨーロッパからやってきたトレッキングを楽しむ人たちで、みな3~5週間くらいじっくり時間をかけてラダックの旅を楽しんでいる。ここは世界有数のリゾート地なのである。ただし、ここにやって来ている人たちはスーツやドレスなど着てはいない。大きなザックを背負ったトレッキングを楽しむ人たちがほとんどである。
 ラダックの観光の目玉はチベット仏教の寺院・ゴンパの見学である。だが、ゴンパのほとんどは険しい山のてっぺんにあり、そこまで自らの足で登っていかなければならない。ケーブルカーもロープウエーもない。酸素の薄い山道をひたすら登らなければならないきつい観光地なのである。日本やヨーロッパのような交通手段が発達した国では、どこかへ行くにしても車や電車を使う。しかし、ラダックでは人間の持つ二本の足が主な交通手段なのである。
 小生たちは車をチャーターして峠を登ったが、驚くのはパリダカラリーのコースにしても少しもおかしくないダートを自転車でツーリングしている人達がいることだ。レーの標高が3500mだから、カルドゥングラ峠までだと2100mもの高度差を登らなければならない。それを自転車で登り切る連中の体力にはたまげてしまう。またデリーでレンタルのバイクを借りてラダックをツーリングしている人たちも非常に多かった。
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 小生にとってラダックはとても興味深い場所だった。とくにここに住むチベット族の人たちの写真をかなり自由に撮れたことが収穫だった。チベット族独特の服装をしたおばあさんやおじいさんが通りかかると、写真を撮りたいという気持ちがムラムラとわき起こる。しかし、正面きって写真を撮りたいといってもなかなか撮らせてくれないのは日本と同じである。ただ、彼らが固辞するのは日本と違って肖像権だプライバシーだといったことではない。たんに恥ずかしいのだ。その気持ちをくみとりながらもなんとか写真を撮らせてもらう。顔に刻まれたしわの深さに人生の深みを感じさせるチベットのおじいさんや子供たちの何気ない表情を撮っていると、無表情な生き物でしかない蝶の写真などどうでもよくなってきていた。

以下明日に続く。
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by weltgeist | 2011-07-30 22:55

インド・ラダックへの旅8、ラマユルのカルトニウス (No.1122 11/07/29)

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 ラダックにやって来た巨匠の目的は、高山性パルナシウスから卵を採取して、それを育てるということである。しかし、海外のパルナシウスの飼育自体が非常に難しく、日本でそれを試みている人はほとんどいない。ところが今年の春に巨匠のお宅へうかがったとき、オオアカボシウスバシロチョウでも赤紋がとくに巨大な nomion koiwayai の飼育を今やっているところだと聞かされ驚いた。中国青海省のごく限られた地域にしかいない koiwayai の幼虫を手に入れることからして日本ではむずかしいのに、それをこともなげにやっているのである。
 そんなとんでもない人が今回どうやって卵を採取するのか。ここはじっくり巨匠の秘技を見せてもらおうと思っていたのである。ところが、足の早い巨匠に追いつくのは至難の業で、今までずっと現場を見せてもらうことができないでいた。その間に巨匠はすでにアクチウスで7個の卵をゲットしているという。その謎を今日こそ明らかにしたいのである。
 朝、巨匠が見せてくれたのはナミカラで採ったカルトニウスの雌雄である。ちょうど交尾しているカップルをつかまえて生かしておき、何とか産卵を試みようとしたが、今朝見たら残念ながら雌雄とも死んでいたという。産卵させるには元気のいいカルトニウスの雌を新たにつかまえる必要がある。そのため今日はカルトニウスの多産地として知られるラマユル周辺を探ってみた。
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 7月13日に入ったのはこの場所。ガレ場にはカルトニウスの食草であるコリダリスが点々と生えている。というより周囲にコリダリス以外の植物はほとんどないという殺風景な場所である。ガレの斜面は緩そうに見えるが、これは写真による錯覚で、実際は相当急である。
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 上の斜面で待つこと10分、さっそくカルトニウスが飛んできてコリダリスの蜜を吸い始めた。今日はナミカラと違ってそれほど強い風は吹いていない。夢中で蜜を吸っているカルトニウスをニコンD300、105㎜/F2.8G マイクロレンズの組み合わせで撮影。
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 ラマユルはカルトニウスが多い場所と聞いていたが、見渡すと斜面のあちらこちらでカルトニウスが舞っている。この日の小生は白い帽子に白いシャツを着ていた。カルトニウスは白い色が好きなようで、小生の着ている白い色を目指して彼らの方から飛んでくるように思えた。帽子やシャツに止まることもあり、彼らが白い色に興味を示すことは間違いなさそうである。昨日のアクチウスは小生の白い姿を見て明確に避けていたのに、カルトニウスは大違いである。このため撮影は楽勝。斜面に止まって両方の翅を拡げたところを近接で簡単に撮ることができた。
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 ラマユルにいるカルトニウスは charltnius deckerti と呼ばれる亜種でキルギスで採った romanovi より赤い斑紋の色が濃い。一昨日ナミカラで強い風に悩まされながら苦戦して撮ったカルトニウスと比べて、今日は何をやってもOKのようで余裕で撮影できた。もちろん蝶に関心のない方には馬鹿みたいな写真だろうが、今回だけは小生も「単に蝶が写っているだけで何の感銘も与えない自己満足」の写真を量産させてもらった。
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 さて、いよいよカルトニウスの人工採卵である。つかまえたカルトニウスの雌を巨匠が考案した採卵ボックスに入れるのだが、これは巨匠のノウハウのため箱はボカシを入れさせていただいた。パルナシウスの人工採卵をやるにしても、他人が試行錯誤の末に考えたアイデアを労せずいただくのはフェアーでない。苦労を重ねて自分なりの産卵ボックスを考えてほしい。しかし、それでは身も蓋もないので、ここでは少しヒントをあげたい。巨匠がどうやって親蝶を産卵させたかは右の写真で考えてほしい。コリダリスの花の中に置いていたボックスを午後にとりだしたら立派に産卵していた。
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 これがカルトニウスの産んだ卵。大きさは2㎜くらい。クローズアップレンズは持ってきていないので105㎜マイクロレンズで目一杯近づいて撮ったもの。巨匠によればカルトニウスは石の裏側、アクチウスは表面側に産卵するという。それぞれ産卵のやり方も違いがあるそうだ。

以下明日に続く。

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by weltgeist | 2011-07-29 23:51

インド・ラダックへの旅7、フォツラのアクチウス? (No.1121 11/07/28)

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 一昨日訪れたフォツラ峠に7月12日、再度行ってみた。ご覧のようになだらかなスロープの上に岩山があるちょっとすごみのある景色で、こういう風景はまず日本ではお目にかかれないであろう。常識的にみれば蝶は緑がわずかにあるゆるいスロープの付近にいるものだが、パルナシウスは何故かこうした所は好まない。あろうことか、険しい岩山の所に好んで生息しているのだ。パルナシウスと出会いたければ、この岩山まで登らなければならないのである。しかし、ラダックにきて酸素の薄い高山の登りがいかに厳しいか、すでに散々教えられている小生は、この岩山を見て果たしてそこまで登れるのか、自信喪失気味になっていた。
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 それでも登り始めて1時間でようやく岩山の下までやって来た。トーメン製エベレスト高度計の針は4400mを指している。ガレの傾斜は昨日のナミカラより急で、50度はありそうだ。見上げると恐ろしいばかりの岩山が覆い被さるようにそびえていて、威圧感を受ける。パルナシウスはこうした急なガレ場が大好きなので、とにかく上に登るしかないのだ。しかし、それにしてもなんで彼らはこんな厳しい場所を好むのだろうか。
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 パルナシウスが標高の高い岩山を好む理由はこれ。彼らが幼虫時代に餌として食べているラディオラ(ロディオラ)という植物である。乾燥した急なガレ場にポツンポツンと単独に生えている。こんな植物は日本で見たことないが、イワベンケイに近い種類らしい。この赤い花の咲くラディオラはパルナシウスの一種であるアクチウスの食草で、アクチウスの卵を採って飼育したい巨匠は、日本でこれに似た草を持っているらしい。
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 ガレ場を登って行ったら最初に飛んできたのがこの蝶。日本に帰って調べたらベニヒカゲの仲間で、Paralasa mani マニベニヒカゲというらしい。これも高山蝶の一種である。
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 4400mを越えるとアクチウスウスバシロチョウが飛び始めてきた。一昨年キルギスへ行ったときは個体数の少ない蝶だったが、ここではかなりの数が飛んでいる。しかし、そうだからといって撮影が楽なわけではない。数m上の斜面に止まったのを確認しても、そこまで登るのがたいへんだからなかなか撮ろうという気にならない。息切れを覚悟で登って行くと、たいていはカメラを構える前に感付かれて飛び立ってしまうのだ。だから近づきやすい場所に止まったのを重点的に狙うのだが、それでもうまくいかない。止まった場所を覚えておき、静かに行って見ると、止まったはずの場所にいない。いくら目を透かせて見ても見つからないのだ。アクチウスの翅はガレ場では保護色になっていて目をそらさないように近づいても、いる場所が分からなくなってしまうのだ。そうして「どこへ行ったんだろうか」と探していると、足もとから突然飛び出して逃げていく。
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 それでもアクチウスの撮影は昨日のカルトニウスにくらべれば楽だった。とくに朝の気温が低いときにはしばしば岩に止まって動かないので撮影しやすい。彼らは飛んでいるとき人間の存在が分かるようで、小生の近くまでくるとUターンする。しかし、この個体は1mくらいまで接近することができ、気づいて逃げる間の数カット連続で撮ることができた。なお、ラダックにはアクチウスとよく似たエパフスというパルナシウスがいる。一見するとそっくりだが、アクチウスは後翅表面の付け根に赤い紋がないことで区別できると巨匠が教えてくれた。また、アクチウスの方が標高の高いところに生息しているらしい。

*訂正とお詫び
フォツラ峠のパルは「アクチウス」と書きましたが、日本に戻って再確認したところ、すべて「エパフス」であることが判明しました。両種はたいへん似ていて、種の違いを判別するのが難しいのですが、専門家の鑑定で今回のインドの旅で登場する「アクチウス」はすべて「エパフス」であったと分かりました。本文の記載まで訂正はしませんが、ここに書かれた「アクチウス」はすべて「エパフス」とご了解ください。判定を間違えたことお詫びもうしあげます。( 11/08/13 記 )


以下明日に続く。
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by weltgeist | 2011-07-28 23:58

インド・ラダックへの旅6、ナミカラ峠のカルトニウス (No.1120 11/07/27)

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 昨日までまだ何の成果もない小生、今日こそはなんとしてでもパルナシウスとのご対面を果たしたい。今日の目的地は昨日行ったフォツラ峠よりもっと西にあるナミカラ峠を目指して午前7時にラマユルを出発。昨日攻めたフォツラ峠を越えると、ブートカルブという町に出る。ここは巨匠が1970年代に初めてラダックへ来たとき、カルトニウスウスバシロチョウを沢山採った場所だという。
 しかし、あまりに時間が経ちすぎているせいか、巨匠の記憶は定かではなく、町を見ても沢山採った場所を思い出せないという。彼が訪れた後にブートカルブは大きな軍隊の基地ができていて、周囲の景観がかなり代わってしまったと言っていた。道路にはご覧のとおり羊の群れがのどかに歩いていた。
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 午前8時にナミカラ峠に到着した。ここの標高は3810m、高山性のパルナシウスの場所としてはちょっと低すぎる。ストリツカヌスウスバシロチョウがいると聞いていたが、彼らがいるのは4500mより上の地帯である。ということは峠からさらに700m上まで歩かなければならない。
 あの高い岩の頂上まで登らなければならないのか。ちょっとしんどいなな、と思っていたら、巨匠は反対側の斜面を登り始めた。こちらも頂上はずっと先の方に見えている。とにかくパルナシウスという蝶は、車から降りた目の前で飛んでいるなんてことはまずない。酸素の薄い高山を歩いて歩いてようやく行く着いた場所でしか出会えないのだ。ここはきつくても歩くしかないと小生も覚悟を決めて巨匠の後を歩いて行くと、するとしばらくして「ここは駄目だ。戻ろう」と巨匠が急に言いだした。
 峠の付近は蝶がいる雰囲気ではなく、4500mの高度まで登るには山歩きの距離が長すぎる。このまま歩いてもポイントまで行き着くのは相当難しそうだ。もっと低い高度にもいるカルトニウスウスバシロチョウを狙った方が効率がいいと言うのだ。この言葉を聞いて少し安心した。遙か先に見える山を見て、鬼のように歩かなければいけないと思っていた小生は助かったという心境になっていたのである。
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 代わって巨匠が目を付けたのはこの山である。初心者の小生には分からないが、巨匠の直感では、この山にはカルトニウスウスバシロチョウがいると言う。頂上付近で多分4000mちょっと。この山の斜面を登っていくと、カルトニウスの食草であるコリダリスが出てきた。ということはカルトニウスがいる可能性があるということである。やはりこうした場所を見つける巨匠の目はただ者ではない。
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 これがコリダリス(黄色い花の草)の咲く斜面。写真では分かりにくいが傾斜は40度くらいはあり、足を滑らせると数mは滑落するくらい急である。この斜面にへばりつくようにして待っていると、上の方から白い大きな蝶が飛んで来た。カルトニウスである。巨匠の読みは見事に的中したのである。だが、相手は飛んでいるだけでなかなか止まってはくれないから写真が撮れない。たまに止まった所を見つけても、斜面が急すぎてなかなか近づくことができないのだ。そしてようやくカメラにとらえられる距離まで接近すると、人の気配を感じるのか飛び立ってしまう。
 しかし、この斜面にはかなり沢山のカルトニウスが飛んでいて、一度や二度失敗してもすぐに次の後釜がやってくる。そのつど、カメラを構えてようやく撮れたのが下のカット。本当はコリダリスに止まっているとところを撮りたかったのだが、とにかくこのカットを撮るのがやっとだった。
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 小生はただ蝶が写っているだけの写真はあまり好きではない。蝶に興味のない人に見せても、単にきれいな虫が写っているだけで、「それであなたはこの写真で何を訴えたいのか」と言われることだろう。小生は生態写真もあまり興味がない。誰が見ても感銘を与えられるような写真を撮りたいといつも心掛けているのだが、心掛けるだけで撮れるなら誰もがプロになれる。思いと技術は別物である。
 この日は残念ながらカルトニウスの美しさも表現できていないピンぼけの「生態写真」を量産し、自分の写真技術のなさをはからずもさらけ出してしまった。今日の所はあの急斜面に負けて、ただカルトニウスが写っているだけの情けないカットで終わってしまったのだ。この日の撮影条件は極めて厳しかった。ガレ場の急斜面で滑り落ちそうになりながら強風で激しく揺れる花に止まった蝶をピンとぴったり、構図もバッチリに撮るのは至難のことである。十分蝶に接近して時間をかけようにも、相手はすぐに飛んでいってしまう。高山のパルナシウスを撮影するに、今の自分にはこの程度がやっとだったのである。
 もちろん、あこがれのカルトニウスを何頭も目の前で見れたのはうれしい。しかし、それならもっと良いカットが撮れてしかるべきだろう。小生、明日こそもっときれいなパルナシウスを撮るぞとリベンジを誓いつつラマユルの宿に戻ったのである。
 ちなみに、この日、巨匠は採卵用カルトニウスの雌をつかまえたそうで、明日から採卵を試みるという。果たしてどんな方法でカルトニウスから卵を取り出すのか興味津々である。

以下明日に続く。

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by weltgeist | 2011-07-27 23:43

インド・ラダックへの旅5、4泊5日のラマユル小旅行 (No.1119 11/07/26)

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 タガラン峠から戻った翌日は、朝から天気が悪かった。こんな日に山に行ってもパルナシウスは飛ばないので、またレーの町で高度順応兼停滞かと思っていたら、巨匠が素晴らしい案を考えてくれた。レーから130㎞西にあるラマユルという部落まで天気の悪い今日中に移動し、その周辺を4泊5日かけて探って歩こうというのだ。
 ラマユルは有名なゴンパ(チベット仏教の寺院)があり、ラダック観光の目玉となっている所であるが、この近くにはカルトニウスウスバシロチョウの好ポイントがある。そのラマユルに滞在して、周辺にあるフォツラ、ナミカラなどの場所を調べようという作戦である。
 さっそく四輪駆動の車が呼ばれ、インダス川に沿った道沿いに西に向かって行く。初めて見るインダス川(写真左側)はまだ川幅が50mほどしかない「小川」だが、セメントを流し込んだような色の激しい濁流となって深く切れ込んだ谷を流れ下っていく様はすでに大河を彷彿させるものがあった。これがやがては世界有数の大河となってインド洋に流れ込むのだろう。
 ラマユルへ向かう道は、さらにカーギル、スリナガルというイスラム教徒が多く住むカシミール地方へとつながっている。昨日、タガランからの帰りに車に乗せたインド軍の将校は「ラダックは平和でセキュリティも問題ない。しかし、カシミールのカーギル、スリナガルはテロリストエリアだから気をつけろ」と言われた。軍事的に緊張した地域なのだろう。インド軍の軍用トラックがこの道を長い軍団となってひっきりなしに通っていた。
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 ラマユルの少し手前で警察によるパスポートチェックがあった。左下にポリス・チェックポストと書いてある。また上の標識にはラマユルまで29㎞、昨日「テロリストエリア」と言われたカーギルまで132㎞とある。インドは我々のような外国人を厳しく管理したいのだろう。しかし、実際にはパスポートを見せるだけで通行にはなんの支障もない。
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 レーから途中、アルチのゴンパを見学して、ラマユルには午後2時頃着いた。何でこんな急斜面に家を建てるのか不思議なほど険しい場所に家が建っている。山の上にはタルチョーというお経を記した旗がたなびいている。ラマユルのゴンパは非常に興味深い場所であったが、ゴンパのことまで触れると話の焦点がずれるので、これについてはいつか別な機会に述べたい。
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 ラマユルのホテルでくつろぐ我が巨匠。御年72歳。小生より4歳も年上なのに、まったく年齢を感じさせないスーパーマンである。英語と中国語を話し、パルナシウスが生息する北半球のメインな場所はほぼ制覇。あの難攻不落と言われたアウトクラトールもパミールで採集しているつわものである。パルの発生期である5月~8月は大忙しで、まず日本にはいない。今年もここラダックに来る前に中国とタジキスタンに行っていて、帰国したら直ちにスイスに飛ぶというすごさである。
 ラダックに最初に来たのも外国人に解放された直後の1970年代であったという。巨匠はどこへ旅するにも人に頼らず自分で計画し、自分だけで実行する。従って、他人に頼られてもそれに答えてはくれない。「甘えるな。自分で判断し、行動しろ」という考えのようだ。
 最初はこのことが分からず戸惑ったが、分かってくると本当にすごい人だと思うようになってきた。小生が出会った人の中で、巨匠ほど筋の通った厳しい人はいない。武士道を忠実に守るサムライのような人で、恐らく昔の剣豪はきっとこんな人だったのだろうと思う。小生の戸惑いは、この時点で驚嘆、尊敬に変わりつつあった。
 余談だが、巨匠は日本に住んでいても風呂には滅多にはいることがなく、夏で週一回、冬は一月に一回しか入らないという。しかも石鹸は使わず、からだの表面の汚れをお湯で洗い流すだけだという。石鹸を使うと、人間の皮膚にある脂が落ちて健康に悪いからというのが理由である。さらに驚くのは巨匠はこの3年ほどの間、頭は一度も洗ったことがないそうだ。そんなでよく体が臭くならないのか不思議だが、一緒の車に乗っていても体臭を感じたことはなかった。
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 翌日はラマユルから20㎞ほど西に行ったフォツラ峠(標高4000m)へ行った。ラダック地方は極度に乾燥した地域で、山肌は砂漠のように乾ききっていて、草木もほとんどない。一昨年行ったキルギスとは趣が全然違う荒涼とした世界である。こんな荒れた場所に蝶が生息するのも不思議だが、パルナシウスはわずかに生えた草を餌にしているのだろう。
 こうした場所ではパルナシウスの食草がある場所を見つけるのが彼らと出会う原則だが、ここフォツラについては小生はある人から前情報を聞いていた。ポイントはとにかく峠から上に登るほどいいと聞いていたので、今日は巨匠のポイントに頼ることはない。例によって巨匠は峠に着くとさっさと歩き出したが、「フッフッフ、今回だけはこちらも大丈夫だぜ」と自分に言い聞かせて、巨匠とは違った教えられた方に歩き出す。実はこれが大間違いだったのだが、まだこの時点では気がつきようもなかった。
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 小生が教えてもらったポイントと思われる場所には放牧された羊の群れが草を食べていた。風景としてはちょっとグリーンが欠けたスイスの山並みのような気持ちのいい場所である。この付近で待っていると、突然白い蝶が飛んできた。大きさからいってカルトニウスのようだが、10m以上ある強風に乗ってサーッと飛んでいってしまい、風と共に去りぬで終わりである。
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 この日、パルナシウスが飛んでくるのを全部で6回目撃した。しかし、いずれも地面に止まることなく強い風に乗って飛翔していったので手も足も出ない。自分のいる場所はパルナシウスが止まるには向かない所ではないか。彼らが蜜を吸える花のある所で待ち伏せする方が可能性が高いと考え、高山植物の花が咲いている場所に移動する。すると写真のようなシジミチョウが撮れた。しかし、パルナシウスは待てど暮らせどやってこない。
 終了の午後3時に成果もなく峠に戻ると、巨匠はなんとカルトニウスとアクチウスをつかまえていた。しかし、どうも雄だったようで、卵をとるのは難しいと言っていた。巨匠は今日の小生に一言「パルナシウスは花が咲いている所には少ない。食草があるガレ場を狙え」と言った。結局小生が得ていた前情報はガセネタだったようで、今日も巨匠にやられてしまったのである。

以下明日に続く。
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by weltgeist | 2011-07-26 23:21

インド・ラダックへの旅4、5000mオーバーの世界、タガラン峠へ (No.1118 11/07/25)

 巨匠によれば高度順応は二日くらいかけてじっくりやった方が安心だという。ホテルで調べたネットの天気予報によれば二日目もあまりいい天気ではないようだ。これを理由にあらかじめ頼んでおいた車を断って今日もレーで高度順応をする予定をしていた。ところが、午前7時半を過ぎる頃から青空が拡がり、太陽も姿を見せてきたのである。
 巨匠は急遽高度順応を中止して、レーの南東110㎞にあるタガラン峠に行くと言い出した。この峠は有名なマハラジャウスバシロチョウが生息する場所だが、今回巨匠が狙うのはストリツカヌスウスバシロチョウという小さなパルナシウスである。これの雌から何とか卵を取り出したいという。短い滞在期間を有効に使うには高度順応など一日もあれば十分ではないかと密かに思っていた小生は、この予定変更を大いに喜んだ。
 8時20分、急遽車を呼び寄せ、一路タガラン峠に向かう。峠は標高5360mあり、かっては車が通れる峠道としては世界第二の標高を誇った場所である。峠まで3時間かかるので蝶の飛翔時間としては少し遅くなる嫌いがあるが、レーの町をブラブラしていることに飽き始めてきた小生にとって、この予定変更はたいへんうれしかった。
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 レーを出て1時間半で丁度中間点であるウプシに到着。ここは写真でも分かるように警察のパスポートチェック場所と右下に書いてある。だが、運転手は我々のパスポートを持たずに降りると、小さな食堂で自分だけお茶を注文して飲み始めた。できるだけ急いでタガラン峠まで行き着きたいのに職務を忘れた奴だなと思っていると、そのあと朝食を注文して食べ始めるではないか。いつものインド式がここでも顔を出したのである。
 イライラした巨匠はしばらく我慢していたが、あまりに奴がのんびり構えているので、車のクラクションを押して、早くしろ、と催促した。これには運転手も驚いたようで大急ぎで戻ってくる。しかし、我々に対する謝罪の言葉はない。俺は朝飯を食べていないのだ、そのくらいの時間はとってもいいだろうという態度である。
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 ウプシから5360mのタガラン峠まで1500mの高度差を登り切らなければならない。道は非常に狭く、至る所で石が転がったダートで、しばしばこのような崖崩れの応急処置現場に遭遇する。しかも、ウプシで運転手が休んでいる間にインド軍のトラック20台ほどに追い越されてしまった。先を急ぐ我々はすぐに彼らに追いついたが、時速30㎞くらいでエンジンを吹かせながらあえぎあえぎ登っていく軍用トラックの軍団を全部追い越すのは容易ではない。もうもうたる砂塵を浴びながら、20台の軍用トラック軍団を追い越すのに1時間はかかった。
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 タガラン峠に近づくにつれて高度計の針が5000mを越えてさらに高くなっていく。小生にとっては初めての5000m越えの世界である。標高3500mのレーでも息が荒くなっていたが、5000mを越えるとそんなものとは次元が違うほど厳しくなってきた。頭痛はするし、ほんの数歩歩いただけで苦しくて胸が痛くなる。心臓に金属の人工弁が装着してある小生には空気の薄いこの環境はとくにこたえた。
 ラダックへ来る前に心臓の担当医の先生にそれとなく高所に行ったときの注意事項を聞いていたが、「私は主治医として賛成できない。自己責任でやるにしても、とにかく心臓に負担をかけないようにしなさい」と忠告されたことを思い出した。
 だが、周囲の反対を押し切ってまでラダックに来たのだ。とにかく行くしかないと思い、車を降りると、何と巨匠はもうとっくに歩き出している。後で分かったことだが、この人はグズグズした小生に合わせて待つことなどしない。人に頼るな。全ては自分の判断で決めて、自分の思うとおりに行動せよという人で、気が付けばすでにかなり遠くを一人で歩いているではないか。しかも、その足取りたるや昨日のアリが歩くスピードとは全然違う。72歳とは思えない軽快な足取りでポイントとおぼしき場所に歩いて行く。
 巨匠はどこがポイントなのかも教えてくれなかったので小生には何処を狙ったらいいのか、皆目見当がつかない。名工と言われるような職人は弟子に技術を教えるようなことはしない。必要な技術は盗めというのと同じ態度である。ここはとにかく巨匠の後を追いかけるしかない。だが、巨匠の姿はみるみる遠ざかっていく。昨日までのスローモーな巨匠の動きは仮の姿だったのだ。昨日は「歩きの遅い人だな」と思いつつ、早足で歩いていた小生はすでにこの時点で戦いに負けていたのだ。
 仕方がない。ここでは自分なりに判断してポイントを探すしかない。しかし、すでに午前11時を過ぎている。高山のパルナシウスが飛ぶ時間はお昼くらいまでで、午後はほとんど飛ばなくなるから、残された時間は1時間くらいしかない。残念なことに今日は天気が悪く、太陽は雲から時々しか顔を出さない。こんな悪条件ではパルナシウスの姿を見るのは難しいだろうと思っていたら、案の定、蝶はまったく飛ばない。
 そしてお昼頃巨匠が戻って来た。かなり遠くまで歩いたが、全然姿を見ないという。もう時間的には難しいが、車に戻ってタガラン峠で一番稀少なパルナシウス、マハラジャウスバシロチョウのポイントを偵察に行こうという。5000mの低酸素でメロメロになっている小生に対して、巨匠は全然平気な顔をしていてまだ元気そのものである。
 だが、峠に行くにはまず車まで歩かなければならない。その距離は約500mくらいであるが、ゆるい上り坂を越えて行く必要がある。その坂が登れないのだ。5~6歩歩いては休み、また5~6歩息を切らして歩いては休むことを繰り返し、ヘトヘトになってやっと車に到着。
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 ここが自動車道では世界第二の高所にある峠、5360mのタガラン峠である。峠の標識には You have reached Tanglang La.(あなたはタガラン峠に到達した)と書いてある。この reach という表現はオーバーではなく、まさに到達したという気になるような、遠く遙かな天上の世界にようやく行き着いたという感じであった。
 マハラジャウスバシロチョウのポイントはこの峠から歩いて行くのだが、写真でもおわかりのとおり、空は雲に覆われていてパルナシウスが飛ぶ条件ではない。巨匠は相変わらず素早く歩き回ったが、それでも今度は足の遅い小生に気を使って待ってくれていた。そうしてマハラジャのポイントに着くと、ガレの斜面のどのあたりにいるのか、詳しく教えてくれた。どうやらこのサムライのような気性の師匠は、小生のことを「弟子」と認めてくれたようである。小生もこのものすごいばかりの克己の精神に満ちた巨匠の姿が、まぶしく、尊敬の念が生まれてきているのを感じていた。
 だが残念ながら、この日はまったく蝶の姿を見ることはできなかった。小生、ラダックにおけるパルナシウスがいかに厳しい環境の下に生息しているかを思い知らされて、手ぶらのまま夕方遅くレーに戻ったのである。

以下明日に続く。
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by weltgeist | 2011-07-25 21:43

インド・ラダックへの旅3、レー市内観光と高度順応 (No.1117 11/07/24)

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 標高3500mのレー到着初日。何度もラダックを訪れてレーの町を知り尽くしている巨匠のアドバイスで、この日は高山病対策としておとなしくレーの町を散策するだけにした。ホテルの庭でしばらくくつろいだあと、小生と市内に繰り出すが、この日の巨匠の動きはまるでアリのようにスローモーである。高所でいきなり過激な運動をするのは危険なことを熟知している巨匠の足取りはどんなことが起ころうと決して乱れることなく、ゆっくりと一定の速さで歩いていく。
 一方の高所初心者の小生、高山病の予防薬ダイヤモックスを飲み、水をガブガブと飲んで体をひたすら高地に順応させることに務めた。高山病予防にはとにかく水を沢山のむことがいいからだ。だが巨匠はダイヤモックスのような薬物に頼ることはしない。薬を飲まないどころか、水も普通の量しか飲んでいない。あくまでもスローな予備運動だけで体を順応させようとしているのである。
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 レーの町には沢山のレストランがあるが、きれいなところも汚いところも小生の感覚では五十歩百歩である。つまり全般的にあまりきれいなレストランはないということである。しかし、それでも一般ツーリストは一応、世間並みの清潔さがあるところを選ぶ。ところがレーに詳しい巨匠は外見より味と値段である。以前来たとき良かった地元料理屋があるというので、そこに向かう。店の前にはDogra Dhaba ドグラ・ダーバと大きな文字が書いてある。ダーバというのはインドでいうレストランのことである。写真ではきれいそうに見えるが、中はちょっと逡巡したい雰囲気のあるところで、もちろんツーリストは全然いない。巨匠によればこうしたお店こそ、安くておいしい地元料理が食べられるのだという。
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 英語で書かれた店のメニューを見てもさっぱりイメージがわかないので、注文はすべて巨匠にお任せ。なんだかよく分からないが、写真のように二種類のカレーとナンが出てきた。カレーの中に肉類は一切入っていない。普通インドのカレーは野菜を煮込んだだけの「ベジカレー」で、日本のように肉は入っていない。どうしても肉入りカレーを食べたい人は「ノンベジカレー」というのを注文すればいいのだそうだ。ただし牛肉、豚肉入りはない。チキンかマトン(羊)肉である。
 今回のベジカレーは、小生にはたいへんおいしく、ナンも食べやすいと思った。小食の小生には量的に食べきれないほどで大満足。値段は一人80ルピー(160円)という安さにこちらもビックリ。何の不満もない内容であった。しかし、巨匠によればこれでも高いらしい。お店を出たあと「ぼられた」と納得いかない風だった。ウーン、160円でも高いと言う巨匠の言葉に、小生はまだまだラダックに適用できるだけの経済感覚を持ち合わせていないことを痛感した。
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 レーの町は小さなおみやげ屋さんが沢山並んでいて、我々が通ると店の人が「コンニチワー」と怪しげな日本語で話しかけてくる。町を歩く人々は様々で、興味深いのはやはりチベット族だ。とくに女性はトルコ石のようなネックレスを沢山重ねている人が多く、こうした人を何とか写真に撮りたいと思うのだが、恥ずかしがり屋の女性はなかなか撮らせてもらえない。
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 ようやく見つけたチベット族(多分? )のおばさんに頼み込んで写真を撮らせてもらった。英語が通じないので手振り身振りでお願いしたら「しょうがない、それじゃ一枚だけだよ」という(もちろん言葉はわからないから多分? )ような言葉をなにか言ってOKしてくれた。独特の帽子とチベット風の服装、それに顔に刻まれたしわが人生の深みを表しているこのおばさんの雰囲気は抜群で、こうした人のポートレートを撮っていると自分が写真をやっていて本当に良かったと思う。
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 もう一つ、インドとくれば町中を悠然と歩く牛さんたちだ。インドでは牛は神聖な生き物として食べないので、町の中を沢山歩いている。しかし、どうもこの説は分からない。後日、町の外に出たら、案外牛を放牧しているところがあり、餌も与えているから明らかに育てて食べているように思える。食べないのならここまで手間暇かけて育てないと思うのだが、ことの真偽は分からない。

以下明日に続く。
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by weltgeist | 2011-07-24 23:13

インド・ラダックへの旅2、レーに到着 (No.1116 11/07/23)

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 デリー到着後、タクシーの運ちゃんに多少回り道をされたが、何とか無事にネットで予約していたホテルに着いた。ここは空港から3㎞ほどの距離にある所で、周囲に沢山のホテルが並んでいる。空港からニューデリーまで20㎞近く離れているので、デリー空港周辺で乗り継ぎ便を使う人たちが利用するのに便利な近場のホテル街のようだ。こんな所を知らないと言った運ちゃんはとんでもない食わせ者である。何かラブホテル街のような裏道を入った右側がこれから一夜を過ごす「ユーロスターホテル」である。ホテルの設備はまあまあで、トイレも水洗。トイレットペーパーはないのが普通という噂と違って、ちゃんと完備していた。
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 荷物を置いて外に出るとものすごい数の車と、人の波。インド独特の黄色い幌のついた三輪車タクシー、オートリクシャが我先にと疾走していく。ここには交通法規なるものは存在していないようで、とにかく人より先にかき分けてでも出るのが原則のようだ。
 ホテルのボーイが写真の左端にある Bikaner というお店がお勧めのおいしいレストランというので、夕食はここでカレーを食べた。さずがに本場だけあってカレーは安くて(ナンがついて全部で100ルピー、200円)おいしかった。ただし、慌てて食べてしまったため、インド最初の食事の写真カットはなし。
 参ったのは無数のハエが飛んでいて、蒸し暑さで汗ばむ腕や顔にハエが容赦なくとまってくることだ。周囲のインド人たちは慣れているのか、一向に気にも掛けない風である。インドでは虫は殺してはいけない。だから蝶採りも許されないのだが、こんなところにも生命の尊厳を重んじる宗教的慈愛の精神が行き渡っているのだろう。それともあまりに多すぎて、いちいち追い払ってもきりがないから最初から諦めているのだろうか。
 そんな状況に慣れない小生はあまりのうるささに手でバシッとやってハエをたたき落としてしまった。オーッ、たちまちにして小生はインドのタブー、虫を殺してはいけない罪を犯すという罰当たりなことをしてしまったのだ。
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 翌朝、ラダックの州都レーまでのフライトは午前4時45分発。日本では考えられない早朝便に間に合わせるためには午前2時半起床、3時にはホテルから空港に向かう必要がある。ホテルに2時半にモーニングコールを頼んでおいたが、翌朝は何のコールもかからない。**さんがロビーに降りていったら、けしからんことにフロントのオヤジは大いびきをかいて寝ていたという。こうしたインド的いい加減さはこの後もずっと悩まされることになるのだが、まずは怒りを抑えてオヤジを起こし、車を呼んでもらう。
 昨日も書いたように空港まで3㎞の道のりはあっという間で、5分で到着。チケットを持っていない人はここから先、空港の中には入れない。マシンガンを持った兵隊がEチケットとパスポートをチェック。何度もテロ攻撃にあっている空港の警備は厳重で、3回ほど厳しい荷物検査をしてようやく飛行機に搭乗することができた。
 デリーからレーまでは格安航空会社(LCC)のキングフィッシャー航空が飛んでいる。**さん(**だと失礼なので、今後は彼のことを巨匠と呼びたい)によれば、以前はレーまでのチケットをとるのが難しく、長距離バスで3日くらいかけて行ったのだという。しかし、今は1時間強でひとっ飛びである。
 まだ暗いなか離陸してまもなく夜が明けてきた。眼下には雪を頂く鋭い峰峰が朝日に輝いていて、ラダックが紛れもなく大ヒマラヤ山脈の一角を担っていることが分かる。この山のどこかに小生があこがれるパルナシウスが生息しているのだ。しかし、実はこの険しさが問題で、レー空港はインダス川の深い谷底にあって、飛行機は山までわずか数百mくらいの狭い谷間を、ぶっつからないように降りていく。ちょっとでも操縦を間違えたらたちまち山に激突しかねない怖い空港だから、霧が発生するとすぐに欠航になることも、また霧が出る前の早朝に飛ぶのもこれを見て納得した。
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 今回泊まったレーのホテルはここ。西洋風の作りで、宿泊客は長期滞在している欧米系の人が大半で、外観を見た限りはきれいである。だが、中はやはりインド風でシャワー、お風呂はなし。あえてシャワーを浴びたい人はフロントに頼むと、熱いお湯をバケツに入れて持って来てくれる。これを水道水で温めに調整して体にかける。トイレは水洗が一箇所だけで、外にはボッタン式の穴ぼこトイレがある。インドでは事後お尻を水で洗う習慣があるようで、トイレの脇には水洗用のバケツが用意してあって、水を手に付けて洗うようだ。当然ながらトイレットペーパーはない。小生は手動式携帯ウオッシュレットを持参したが、日本から行くならこれはお勧め品である。
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 ホテルの窓からは雪を被ったこんな山が見えた。おそらく6000mくらいの高さだろうか。レーの標高は3500m。富士山より少し低い高さで、周囲はこうした高い山に囲まれた盆地になっている。3500mでは酸素の量はさほど減少してはいないが、それでも急激な動作をすると息が切れる。ここで無理をすると高山病になるので、着いた直後は体を高地に順応させるためにも、一日くらいはゆっくりレーの町を見学することが望ましいようだ。
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 これがレーの町のメインストリート。町には噂に聞いていたとおり牛が悠然と歩き回っていた。牛は日本のものと比べるとかなり小型で、毛並みも良くないからかりに食べてもおいしくはないだろう。
 この日と明日一日は、高度順応のためレーの町でのんびり過ごして、体を低酸素に対応できるようにする予定であったが、72歳の巨匠は急な坂道の多いレーの町中を驚くほどゆっくりと歩いてくる。4歳若い小生はどうしても早足になってしまい、しばしば巨匠が追いついてくるまで待つ形になってしまう。こんな足の遅い老人が5000mを越える山を登ることができるのか、不安になるほどの遅さである。だが、それはとんでもない小生の誤解であった。まるでアリが歩くほどの遅さだが、巨匠の足並みは決して乱れることなく、つねに一定の速度を保っている。その歩行法が後日驚くべき結果となって現れることをこの時点で小生は知る由もなかった。

以下明日に続く。
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by weltgeist | 2011-07-23 23:47

インド・ラダックへの旅1、いざデリーへ (No.1115 11/07/22)

d0151247_21564261.jpg インド・ラダック地方は左の地図で分かるように、インドでも一番北側に位置し、パキスタン、中国、ネパールの三国に囲まれた地域である。ヒマラヤからカラコルム、パミール高原へと続く、世界の屋根と言える厳しい場所で、国境線も定かではない。以前から中国、パキスタンとの間でしばしば国境紛争が起こっている政治的に不安定な場所である。また、この地は古来チベットとの交流が盛んで、現在も多くのチベット族が住み、中国から亡命してきた難民たちも沢山いる。
 日本からラダックの中心都市レーに行くには、デリーまで飛んでここから陸路を2~4日かけて行くのが一般的であったが、今は空路で入ることが出来る。インドというと暑い熱帯の国と思いがちだが、レーは意外に北に位置し、緯度は北緯34度である。これは岡山、大阪とほぼ同じ緯度であることは意外に知られていない。しかし、まったく違うのはここが大ヒマラヤ山脈の西の端に当たり、平均標高が4000mほどあることだ。レーの標高は3500m、周囲には7000m峰が控え、高山性の厳しい気候環境にある。
 そんな場所になぜ行ったのかといえば、ここには小生が大好きなパルナシウスと呼ばれるウスバシロチョウの仲間が沢山いるからだ。ただし、問題はインドは宗教上の理由から虫を殺すことが許されていない。従って、蝶の採集はできない。それでもあえて行ったのはうまい手を見つけたからだ。
 今回、同行した**さんは実は世界中のパルナシウスの飼育を手がける人で、これまで海外のパルナシウスを色々育てている。その**さんが今年はラダックにいるパルナシウスの卵を採って飼育する計画をたてていると聞いて、半ば強引に頼み込んで同行させてもらったのである。成虫の蝶はいけなくても卵や幼虫はOKではないか。これなら問題にされることもないだろう。小生たちはそんな勝手な解釈をして出かけたのである。さらに小生は**さんの邪魔にならないようついていきつつ、パルナシウスの産卵などの生態写真を撮ることもできるのだ。
 しかし、その前に**さんのことについて少し前知識を与えておいた方がいいかもしれない。**さんおん歳72歳、小生より4つ年上である。世間一般からいえばもうおじいさんの部類に入る人間であるが、実はこれがとんでもない人で、いずれその全貌を明らかにしていくつもりだが、今回のインドに行く直前まで中国と、タジキスタンに一人で旅してきていて、さらにインドから戻ったら数日後にはスイスに飛び立つという、すさまじいばかりの行動爺さんなのである。
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 さて、7月6日、インド・デリーまで飛ぶ飛行機はエアインディアAI 307便。これに乗るべく成田空港で**さんと合流したとたんにまず度肝を抜かれてしまった。小生の荷物は制限の20㎏ギリギリに収めたスーツケース一個と、カメラ、交換レンズなどが入った7㎏のデイパック一個なのに対し、**さんは中型のバッグと小さなサブザック一個という軽装である。実は小生は16日後には日本に戻るのだが、**さんはその後一週間以上現地で一人で残るから、必要な荷物はもっと多くて当然なのに、驚くほどの軽装である。チェックインのとき荷物を計ったら、小生のスーツケースが19.5㎏、彼のバッグを入れて二つで計っても24㎏にしかならない。つまり彼の荷物は5㎏弱しかないのだ。しかし、こんな**さんのことはまだ序の口だった。あとあともっとすごいことになるのである。
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 エアインディア、デリー行きの出発時間は午前11時半。機内のエコノミーシートはご覧のとおり前のシートとの間に余裕があり、足が当たることはない。しかし、これはあくまでも小生の短い足を基準としたもので、足の長い人にとっても快適かどうかは保証の限りではない。
 インド・デリーまでの飛行時間は約7時間半であるが、3時間半という中途半端な時差を入れて現地到着は同日の午後5時頃である。レー行きの便は翌朝午前4時45分発だから、この日はデリー泊まりとなる。しかし、どうしてそんな常識はずれの時間に出発となるかというと、山岳地帯のレーは霧が発生しやすいため、朝早く、霧が発生する前に着陸してしまうということらしい。
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 そんなわけで7時間ちょっとでデリーに到着。空港ターミナルから外に出ると、ムッとした熱気と湿度が感じられる。いかにも「これがインドだ」というような蒸し暑さだが、それだけに「いよいよ来たぞ」という気持ちは高ぶってくる。しかし、外に出て今夜のホテルまで行くタクシーの写真を撮ろうと思ったら、何かボヤッとした曇った感じの写真しか撮れない。いままで機内のクーラーで冷えていたカメラのレンズがいきなり高温多湿なインドの熱気にふれて結露を起こしてしまったのだ。
 ホテルはあらかじめネットで予約した空港から3㎞ほどの近場にある。しかし、ここでまず最初のトラブルが発生。**さんがホテル名と住所を書いた紙を渡すが、運転手は英語がまったく話せず、どうも場所も分からない風である。**さんが「OKか。分かったか」と何度も念を押しても曖昧なまま車を発車させ始めた。しかし、数m行ったところで「ストップ」という**さんの声が響く。「この男は場所も分からずどこかへ行くつもりだ」と怒って、元の場所に戻れと命令しているのだ。剣幕に押された運転手はタクシー乗り場までバックすると、そこにいた係員とホテル名を書いた紙を見ながら、数分間やりとりしている。最初の曖昧なまま走り出せば、ちょうど東京駅から銀座まで行くのに、上野、池袋、新宿、渋谷と山手線を一周するような回り道をして行き着く格好のカモになるところだった。これを**さんが機転で防いだのだ。係員が運転手に何事か注意を与え「場所は教えた。どんなに高くなっても300ルピー(1ルピーは2円なので600円)を越えることはないと我々に説明する。これに**さんもやっと納得して発車した。
 しかし、空港から3㎞といえば、10分も走れば十分着くはずなのに、タクシーは30分近く高速道路のような場所を走ったあとようやくホテルに着いた。料金は270ルピー。小生の感じでは、どうも奴は回り道をして、距離を明らかに稼いでいると思えたのだが、ここで何かを言ったところで仕方がない。翌朝、ホテルから空港までわずか5分で行けたことを思えば明らかに回り道をされたのである。しかし、これが「インド式」であることはこのあとじっくり教えられていくのであった。我々はインドという底なし沼にズブズブとはまりつつあったのである。

以下明日に続く。
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by weltgeist | 2011-07-22 23:37