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世代交代の日々 (N0.874 10/10/31)

 本日、10月31日はアメリカではハローウイン、欧州では万聖節が繰り広げられる日である。また以前書いたように500年ほど前にルターがローマ教皇庁に95ヶ条の提題を掲げて、宗教改革が始まった記念すべき日が1517年の10月31日である。
 しかし、この日は小生にとっても特別な日である。実は本日をもって小生は68歳になってしまったのである。なりたくはなかったが、なってしまった。ハッピーバースデーと言われると焦りがある。日本での平均寿命は、男性が79歳、女性が86歳というから、あとせいぜい10年ちょっとしか生きられないことになるからだ。もう人生の半分どころか終末期を迎えつつあり、この後の残り少ない人生をどうやって充実させるか、考えなければいけない歳になっているのである。
 だが、実際、79歳まで生きるといっても、これは単に数字上のことであって、本当の意味で「生きている」といえるのはせいぜい74歳くらいまでなのだそうだ。もしそうならあと6年しか猶予がない。これはかなりヤバイ数字である。74歳を過ぎたら大好きな釣りにも行けなくなるかもしれない。いや、アルツが進んで、自分が何者であるかも分からなくなっているかもしれないのだ。そうなる前にせっせと人生を楽しまなければと思っている。
 世界保健機構、WTOが発表した2010年の世界193ヶ国での平均寿命だと、男性は66歳、女性は70歳であるという。この数字に従えば、小生はすでに世界の平均を超えているわけで、もはや余り物の人生である。おつりの人生、たとえ釣りに行けなくなっても贅沢など言えない。生きていられることだけでも感謝しなければならないかもしれない。
 それでも人間らしくは生きたい。寿命がきたらピンピンコロリのPPKでコロリとおさらばするのが理想だが、現代医学の発達はなかなかそうさせてくれない。小生の父親も母親も90歳を過ぎて亡くなった。いずれも最後の数年間はまったく意識もない植物状態であった。ここまでして人間を生かし続けるべきなのか、疑問に思ったが、まさか人工呼吸器を外すわけにもいかない。無理矢理生かされたあと消えゆくように寿命をまっとうしていったのを見届けるのは辛かった。
 果物などには食べ頃、旬(しゅん)というものがある。小生の人生が一番おいしい時期を通り過ぎているのは間違いない。しかし、その旬の時期に小生は何をやっていたのだろうか。全然覚えていない。旬であることに気づかないうちに、いつの間にか通り過ぎてしまったようで、本当にもったいないことをしたと思っている。しかし、今となっては後の祭りである。小生に続く皆さんは、そんなことがないよう、有意義な人生を送ってもらいたいものだ。
 自分の人生は、じっくりと味わう余裕もなく過ぎていってしまった。しかし、世代は確実に交代していく。今日、シアトルに住んでいるPさんと出会ったら、可愛い赤ん坊を抱いていた。まさか日本に来ていると思わなかったので「エッ、どうしたの」と驚いたら、日本に住んでいる息子夫婦に赤ん坊が生まれたのでアメリカから会いに来たのだという。
 小生はすでに人生の山を越えてまもなく日没を迎える。しかし、ここに次の世代を引き受けてくれる新しい出発が誕生している。人間はこうやって後の時代の人に引き渡していくのだ。生まれたばかりの赤ちゃんに神の祝福とご加護があるよう、心からお祈りした。
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「ハッピーバースデー」、と後ろから声をかけられて、振り向いたらシアトルに住んでいるはずのPさんが赤ん坊を抱いていた。日本にいる息子夫婦に子供が生まれたので太平洋を渡って会いにきたのだという。うれしそうな顔のPさん、お孫さん誕生、おめでとう。この子が大きくなった頃にはいまよりずっといい社会になって欲しいですね。
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by weltgeist | 2010-10-31 22:24

サルトル没後30年で思うこと、最終回、神の死と受難 (No.873 10/10/30)

d0151247_1810144.jpg 実存は本質に先立つ。それゆえに人間は自由である。「人間は最初は何者でもない。人間はあとになってはじめて人間になるのである。人間はみずから造ったものとなるのである。」(実存主義とは何か、P.10 ) だから人間は己の自由に重い責任を持たなければならない。しかし、自由とは人が思うような甘いものではない。呪うべき苦しみを伴うのが自由だというのがサルトルの言い分である。
 実存が本質に先立つことは、人間についてのお手本、設計図のようなものがないことを意味する。もしキリスト教が言うように、人間は神が造ったものだとすれば、神は人間についての設計図、「人間はかくあるべし」という本質的なものがあるはずだが、実存が本質に先立つ以上、神の手による「創造」はないことになる。人間はただこの世に理由も分からず不条理に投げ出されて「ある」にすぎないのだ。ニーチェが言うように神はすでに死んでいるから、われわれはすがるべき支えを失って、この世界のなかに孤独に投げ出されているのである。
 この考えの行き着く先はどうなるだろうか。「存在と無」の最後のところで、サルトルは次のように書いている。

「あらゆる人間存在は、彼が存在を根拠づけるために、また同時に、それ自身の根拠であることによって偶然性から脱れ出ているような即自、すなわち宗教では神と名づけられている自己原因者を構成するために、あえて自己を失うことを企てるという点で、一つの受難である。それゆえ、人間の受難はキリストの受難の逆である。なぜなら人間は神を生まれさせるために、人間としてのかぎりで自己を失うからである。けれども、神の観念は矛盾している。われわれはむなしく自己を失う。人間は一つの無益な受難である。( L' homme est une passion inutile.) 」(松浪信三郎訳)
 これもややっこしい表現で分かりづらいが、根無し草のような人間存在は、自分の根拠を見つけるために神を持ち出してくる。不条理に投げ出された孤独な人間は、最後は宗教的なもの、神に頼ろうとするのである。だが、神に頼ることは、サルトルによれば自らの実存を放棄することになる。それは人間の受難、つまり人間存在の死、否定を意味するというのだ。
 キリストは人間の罪を救おうとして十字架に架けられて死んだ。しかし、実存主義者から見れば、人間の受難はキリストの受難の逆である。神を生まれさせようとすること、つまり神を信じようとすれば、人間は自己を失うからだ。神の死を認めてこそ実存は本質に先立つと言えるようになるのである。
 だが、本当に人間は本質に先立っているのだろうか。罪人であると表明した人は、過去を無化(否定)して善人になっているなんてことが実際にあるのだろうか。「俺は貧乏人だ」と言ったら、お金持ちになれるといえるのか。サルトルには人間主体の連続性について重大な誤謬があると言える。意識においては過去を無化して自由に選択できるかもしれないが、人間は生まれたときからその人独特の状況のなかにどっぷりと浸かっていて、そこから完全に抜け出すことは出来ないのだ。「過去はそこに存在する。けれども過去の意味や過去が私に与える命令を選ぶのは私である。」(存在と無)と言っているが、依然として過去に縛られている状況から抜け出すことはできないのだ。俺は貧乏人ではないと、いくらわめいても貧乏人である状況は変わらないのである。
 常識的に考えれば、むしろ人間の本質、設計図はあると思う方が自然だろうし、現実的である。サルトルがいうように、人間はこの世に不条理に投げ出されているかもしれないが、それは何者かが造ったと信じた方がずっと納得できると思うのだ。たとえ何者かが神ではないとしても、何らかの創造主がいるから、人間には「かくあるべし」という本質も成り立つのではないだろうか。実存は本質に先立たない。本質が実存に先立っているのだ。
 われわれはときどき罪の意識に苛まれることがある。過去に自分がしでかした罪深いこと、情けないこと、もう記憶の外に消えて欲しい恥ずかしいことなど、様々な過去の忌まわしいことが思い出されるのはなぜだろうか。それは人間の心のなかに良心があるからだ。良心は自分の一生を通じて生き続けるのである。対自の無化で容易に過去を消し去ることなどできない。それこそ、心のなかに何んらかの形で神のような絶対的なものがあり、それが過去から未来まで一貫して貫いているから、良心の仮借に苛まれるのである。サルトルがいうように過去も未来も無の中に消えていくとすればそうした一貫性もないことになってしまうのだ。
 実存のために神は死んだ道を歩むのか、それとも実存を捨てることで神を生かす道を受け入れて進むのか、最後は信仰の問題に行き着く。サルトルは神の死を選び、呪われた自由を得た。皆さんはどちらを選ぶだろうか? 
サルトル没後30年の項は今回で終わりです。この項を最初から読みたい人はこちらをクリックしてください。

d0151247_18433072.jpgサルトルの写真はタバコを喫っているシーンが多い。ほとんどがパイプで、サルトルといえば例のガチャ目とパイプがトレードマークであるが、ここでは紙巻きタバコをふかしている。だが、強烈な愛煙家であったにもかかわらず、サルトルは74年間も生きた。死因は肺水腫であったという。右にいるのはソ連の作家で、スターリン批判のあと「雪解け」を書いてソ連共産党から批判を受けたイリヤ・エレンブルグ。1955年、パリにて。
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by weltgeist | 2010-10-30 20:17

サルトル没後30年で思うこと、その4、自由に呪われた人間 (No.872 10/10/29)

d0151247_10491995.jpg 人=対自存在は「それがあるところのものであらず、それがあらぬところのものである存在」とサルトルはいう。対自(人間)存在とはいつもこのように無を分泌し、即自を無化している。「人間存在は自分の全過去から分かつ、この”何ものでもないもの= rien ” として、自分のうちに”無= néant ” をたずさえている」(存在と無、P.66 ) 存在として過去を無化(否定)しているのである。つまり「自己自身の無を分泌することによって自分の過去を場外に出す」(同) 存在だというのだ。
 ちょっと難しい言い回しだが、要するに、いつも自分の過去を無化(否定)することで切り離して存在しているのが人間である。だから、過去のしがらみから自由となる。「私は罪人だ」というとき、言っている自分はすでにそうした過去から離れている。過去に縛られないのである。人間を縛るものは何もない。まったくの自由な存在ということになる。
 サルトルの考える人間存在は、過去だけでなく未来もまた「それがあるところのものであらず」の状態であるから、人間存在にはいつもまだ何者でもないという状態がついて回ることになる。この言葉でわれわれはハイデガーが存在と時間の中で人間存在には常に「まだ無い= Noch-nicht (ノッホ・ニヒト)」という未完な部分がついてまわると規定したことを思い出す。「現存在(人間)が存在している間は、これから起こりうる何かが、いつになっても済まずにいる。この済まずにいることの中には現存在の終末そのものが含まれている。世界内存在の終末とは死である。」( Sein und Zeit、SS.233-234 ) という言葉である。ハイデガーにとって「まだ無い」の究極の終点は現存在、すなわち人間の死であった。人は己の死で全生涯を閉じて「人を完成する」のである。
 だが、サルトルにとって「まだ無い未来」はハイデガーとは全然違うものとしてとらえられている。人間は常に過去を無化し、未来に向かって自己を開示していく存在であるが、それは過去の呪縛からは切り離されていると共に、未来はまったくの白紙で、自分の好きなように選ぶことができる。完全な自由が未来には保証されているというのだ。
 なぜなら、ペーパーナイフのような物=即自存在と違って、人間が生きるべき設計図(本質)はないからだ。設計図ができる前に人間は実存している。「人間的自由が人間の本質に先立って」(存在と無、P.61 ) 存在しているからだ。「われわれ人間はまず未来のなかにみずからを投げるものである。・・主体的にみずからを生きる投企なのである。この投企に先立っては何物も存在しない。人間はなにより先に、みずからかくあろうと投企したところのものになるのである。」( 実存主義とは何か、 P.20 ) だから「人間は自由である。人間は自由そのものである。」(同書、P.31 ) といえるのだ。
 人間は初めからできあがっているものではなく、また向かうべき未来はこうあるべきという設計図も指針もない。まったくの自由の中でみずからが選び、作り出していくものである。だがそのように自分の未来は自分みずからがつくるものとすれば、それに対して自分は全責任を負わなければならない。誰か他の人に責任を押しつけることはできないのだ。「ひとたび世界のなかに投げ出されたからには、人間は自分のなすこと一切について責任がある。」( 同書、P.32 ) 人間はその責任の重さを痛感することになるのである。「人間は何の拠り所もなく、何の助けもなく、刻々に人間(自分の未来)を作り出すという刑罰に処せられている。」( 同書、P.33 ) のである。
 人間は自由である。しかし、サルトルのいう自由には、自由が本来持ちうる明るく希望にみちた雰囲気がない。誰の助けも借りることが出来ず、孤独なままに世界のなかに投げ出された苛酷な人間が見えてくる。しかも、世界のなかに投げ出されている「私」はその絶対的中心であると思っているのに、そこに「他者」の目が入り込むと、私は彼の目のなかに「無化」されていく。対自存在としての私は、他人の目で容赦なく「無」のなかに放り込まれ、否定されかねないのである。
 荒涼とした「私の未来」を前にして救いのない孤独感が人を包む。ここに人間の救いはあるのだろうか。

申し訳ありません。サルトルの項は今日で終わりにしようと思っていましたが、やはりできませんでした。この項をまとめるに当たって、神と自由の問題をどうしても避けることができないので、明日までもう一日この問題を書かせてください。明日は、存在と無の最後にサルトルが結論として言った有名な言葉、「人間は一つの無益な受難である。」を中心に絶対まとめます。

以下明日に続く。

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by weltgeist | 2010-10-29 22:05

サルトル没後30年で思うこと、その3、人間は自由である (No.871 10/10/28) 

*はじめに*
小難しい話を始めてしまいました。退屈でつまらないと思う人は申し訳ないですが、スルーしてください。多分こんな話に興味を持って読んでくれる人は、数えられるくらいしかいないと思いますので、なるべく早くこの項は終えるつもりです。


 サルトルを読んでいて感じるのは彼の頭の良さだ。主著、存在と無を読むと、読んだ直後はすべて理屈が通っていて「フムフム、まさにその通りだ」と納得する。しかし、読み終えてしばらくすると何か納得できないものを感じてしまう。確かに理屈はサルトルの言うとおりだが、現実は違うのではないかと思うのだ。しかし、納得できないことがあっても20世紀の巨人と言われた哲学者である。彼の言うことにもう少し耳を傾けてみよう。
 昨日、サルトルにとって「存在」とは、「ただある」という以上のものではなかったと書いた。それに対し私という人間はいつまでも「ただあるだけ」の固定した状態にとどまっているわけではない。私は自分がいまだ自分が「あるべきものになっていない」ものとして、常に自分を否定してそれに向かっていく存在である。サルトルの言葉を借りれば「それがあるところのものであらず、それがあらぬところのものである存在」として自分と向き合っているのである。だから人間は単なる「存在=即自存在」ではなく、自分に向き合って変化していく対自存在なのだ。
 そうした人間=対自存在には、しかし、いつも「あらず」とか「あらぬ」と言った否定がついて回っている。なぜなら人間に「い」のは存在の安定性だからだ。対自存在とは言い換えれば存在を欠いていること、「存在の」なのである。対自存在は常に「無」を分泌しながら存在しているという点で即自存在と根本的に違う。即自と対自の間には無限な空虚、無が広がっていて、対自はいつも「無を分泌」しているのである。
 対自は即自に無を分泌し、即自を「無化」していく。自らの「存在」そのものをも無化(否定)するから、即自存在の持つ安定性を得ることはできない。常に自己を否定することでしか存在することができないのだ。例えば、人が自分はどのような人間であるか、その本質を語るとき、その人が「私は罪人です」と言ったとすると、罪人であった私を評価している私はすでに罪人を飛び越えたところで評価している。すなわち、罪人という「私」を意識の対象としてとらえるとき、すでに無化(否定)して罪人では「無い=あらざる私」から評価しているのである。存在化された意識の内容と、それを評価している「私」との間に無が入り込んでいて、この溝は最後まで解消されないのである。
 だが、そうした絶えざる自己否定と超越は、人間がいつも自由であるということをも意味する。強固で粘着性の強い存在の呪縛を否定する自由な存在、それが対自存在であり、人間なのだ。罪人と評価するとき、評価する人はすでに罪人を超越していて自由なのである。
 一昨日 No.869 で書いたように、ペーパーナイフのような物=存在は、職人が設計図を引いて作り出した物で、一度出来上がってしまえばそれに何らかの外部からの影響がない限り永遠にナイフであり続ける。またナイフの存在は職人の設計図があって初めて登場することができたといえる。ところが、人間にはそうした設計図(本質)がないのだ。
 人間はそうした設計図、本質なしに、それより先にまずこの世に存在しているのである。「人間的自由は人間の本質に先立つものであり、本質を可能ならしめるものである。・・人間はまず存在し、しかるのちに自由であるのではない。人間の存在と人間が自由であることの間には差異がない。」(存在と無、P.61 ) のである。だから人間は「かくあるべし」という設計図も無いから、それに縛られることもない。人間であることは自由そのものなのだ。これが「実存は本質に先立つ」ということの意味である。
 
本日でこの項は終えるつもりだったが、またまた長くなりそうなので、今日はこのくらいにしておく。
以下は明日に続く。明日は最終回であってほしい・・
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by weltgeist | 2010-10-28 22:20

サルトル没後30年で思うこと、その2、吐き気と即自存在 (No.870 10/10/27)

 サルトルの代表的小説「嘔吐」の主人公、アントワーヌ・ロカンタンは、街路樹として植えられていたマロニエを見て、吐き気をもよおす。マロニエの根から出たゴツゴツしたコブを見て、そこに「存在」の真の姿を見たからである。それは無定形で、汚くて、ねばねばした粘着質のいかにも吐き気を催すような嫌悪感を感じるものだった。その時の様子を次のように書いている。
存在するとはたんにそこにあることだ。・・いたるところに無限にあり、余計なものであり、・・それは嫌悪すべきものだった。・・私は叫んだ、”なんて汚いんだ。なんて汚いんだ”。私はこのべとついた汚物をふりおとすために体をゆすった。けれども汚物はしっかりしていた。何トンもの存在が無限にそこにあった。私はこのはかりしれぬ倦怠の底で息のつまる思いだった。」(嘔吐、白井浩司訳)と言って吐き気を催すのである。
d0151247_2226179.jpg だが、どうしてロカンタンはマロニエを見て吐き気を催したのだろうか。実はそこにサルトル独特の「存在」についての考え方が語られているのである。かって、哲学において「存在」とは真理と同じ意味を持つ重要なキーワードとして語られてきた。それは絶対的な真理と同じ意味を持って、過去の哲学者たちが研究してきた崇高なものであった。例えば、サルトルが大きな影響を受けたハイデガーの「存在と時間」もメインテーマは「存在」の意味を問うことであった。科学が発達した現代においては人間の体の構造とか細胞の働きといった内部原理まで徹底的に解明されつつある。しかし、それでは人が「あること、つまり”存在する”とはどのようなことなのか」となると、それはこれまで問われて来なかった。ハイデガーはこのこと、すなわち「存在」の意味を問うことこそが哲学の重要な課題として、存在と時間を書いたのである。
 ところが、サルトルはそうした哲学の伝統であった存在の崇高性をひっくり返してしまう。「存在とはある。存在はそれ自体においてある。存在はそれがあるところのものである。」(存在と無、松浪信三郎訳、 P.34 ) それ以上のものではないというのだ。存在とはただ、「ある」だけであって、他の何か「あらぬもの」、例えば神秘的な真理とか、神、絶対者といったものとは無関係にそのまま「自己自身とぴったり粘着し」(P.32) た強固なかたまりのようなもので完結している。それは周囲に無数に「存在している」のである。
 私の周囲を見渡せばすべて存在に取り囲まれている。それは恐ろしいばかりに圧倒的で私を押しつぶしそうに感じる。しかし、それではこの私を顧みるとどうだろうか。存在は「それがあるところのものであり、あらぬところのものであらぬ存在」であった。絶対に変わらない不動で強固なものであったはずである。ところが「私という存在」はどうかと見ると「それがあるところのものであらず、それがあらぬところのものである存在」であると、いつも変わってつかみどころのないものであることが明らかになってくるのだ。
 言葉の遊びのようで、ややっこしいが、落ち着いて考えるとその意味の違いが分かってくる。つまり私は「たんにある」という存在では「あらぬ」存在、つまり自分を超越した「実存」をしていることに気がつくのである。私はただあるだけの存在では「」い。「」を分泌しつつ、現在「ある状態」を否定し、それを超越しているの存在なのだ。絶えず今ある存在を無化しつつ未来に向かって自己を切り開いている、そういう「実存している存在」、対自存在なのである。
 だから、いつまでも同一の状態のまま強固なかたまりでとどまっている「存在」(即自存在)は、ロカンタンにとって耐え難きものと映るのである。

以下明日に続く。

d0151247_2127527.jpg「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」( On ne naît pas femme:on le devient. )という名言を言い、サルトルの生涯の伴侶となったシモーヌ・ド・ボーボワール(1908-1986年)とスエーデンで撮ったツーショット。1954年。
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by weltgeist | 2010-10-27 22:34

サルトル没後30年で思うこと、その1 (No.869 10/10/26)

 エッ、今日はもう10月26日。つい先日10月に入ったばかりと思ったのに月日の経つのが早すぎる。実は10月26日は我が妻の誕生日なのだが、何のお祝いも準備していなかった。そして、6日後の31日は小生の誕生日と、目まぐるしく年月が過ぎて、アッというまに歳をとっていく。若い頃の誕生日は目出たいが、この歳になってだとかえって迷惑である。願うことなら時間の流れが青年時代のまま止まってほしいくらいだ。
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 と思っていたら今年はサルトルが死んで30年の記念の年なのだという。こちらの時間経過も早すぎる。彼が死んだのは1980年の4月である。晩年は元気がなくなったが、60年代のサルトルの人気はすごかった。こ生意気な知識人と称する連中は「サルトルを知らずばインテリにあらず」というような雰囲気が漂っていて、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いであった。しかし、それから30年、すっかり彼のことは忘れ去られたというか、過去の人になってしまって、没後30年を迎えたのである。
 それで、今日は思いつくがままにサルトルのことを書いてみたい。
 しかし、その前に現代哲学の状況を見ると、その衰退ぶりは目を覆うものがある。現代では優れた科学者は何人もいるというのに、傑出した哲学者は一人として思い浮かばない。哲学は実はサルトルを頂点にして、ギリシャ以来の歩みを止めてしまっているのだ。
d0151247_21415246.jpg サルトルがハイデガーと並んで20世紀を代表する哲学者であることは疑いもないが、サルトルを最後に現代哲学は迷走状態となり、いまや死にかかった学問にまでなりつつある。それはサルトルが哲学の塔をあまりに高いところまで仕上げてしまったたからではないかと思う。現代哲学にはまだまだ巨星がいるという方もいるだろうが、ギリシャ以来の「哲学の伝統」、すなわち「形而上学(けいじじょうがく)」を引き継いだのはサルトルが最後であると思っている。彼の主著「存在と無」を小生は形而上学とみなしているからだ。
 サルトルは哲学者であると同時に文学者でもあった。彼は哲学論文を発表する前に多くの小説や戯曲を出している。1938年には小説「嘔吐」を出版して名声を博し、それらの功績から1964年にノーベル文学賞に選ばれたが、自分が神格化されることを嫌って受賞を拒否している。ノーベル賞が欲しくてたまらない人たちからみれば信じられないことをしでかす人物だったのである。
 彼のとんでもなさは、主著「存在と無」を読むと分かる。論理の進め方が極めて明晰で、ピシッとしているのに驚く。他の哲学者、例えば悪文で有名なカントや、次々と自分なりの造語を繰り出すハイデガーの論文など、めまいがするほど難解なひどい文章である。それがサルトルの文章では読んでいてすんなりと納得できてしまう。それは彼が文学者であったからだろうが、それ以上に彼の頭脳が極めて明晰判明であるからだ。読んでいて、「この人の頭の構造はどうなっているのか知りたい」と思うほど切れ味のある文章は、分かりやすくて気持ちがいい。
 だが、今日はサルトルのことは「さわり」程度にとどめておき、彼が言った有名な言葉、「実存は本質に先立つ」について、少しだけ書いておこう。彼は次のように書いている。
「人間はまず先に実存し、世界内で出会われ、世界内に不意に姿をあらわし、そのあとで定義されるものである。実存主義が考える人間が定義不可能であるのは、人間は最初は何者でもないからである。人間は後になってはじめて人間になるのであり、人間はみずから造ったところのものになるのである。」(人文書院、サルトル全集、実存主義とは何か、伊吹武彦訳)  
 要するに人間とは何かという本質は実存の前には存在しない。人間以外の物、たとえばペーパーナイフは、職人が頭の中に設計図をひき、職人の考えたもの(本質)の通りに造り出されるのだが、人間だけはそうした本質には縛られていない。まったく白紙の中にみずからが選び造り出した道を歩んでいく自由な存在だ、というのである。
 これについては明日以降、書いてみたい。なお、「実存は本質に先立つ」については以前No.282で書いているのでこちらも参照して欲しい。

以下明日に続く。

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by weltgeist | 2010-10-26 21:36

今日は心臓の定期検診 (No.868 10/10/25)

d0151247_215016.jpg 心臓に持病を持つ小生は二ヶ月に一度病院で担当の先生に診てもらわなければならない体になっている。今日はその定期検診の日。午後3時に病院に入り、ただちに血液検査と心電図をとってもらった。場合によってはレントゲンやエコーの検査もあるが今日の検査は二つだけ。診察は完全予約制になっているので、待ち時間もなく血液検査の結果が出るとすぐに*先生の検診が始まる。
 心臓には4つの弁がある。そのうちのひとつ、大動脈弁を2003年の心臓手術で金属製の人工弁に取り替えた。以来鉄の心臓となったわけだが、人工弁は丈夫でも血液が固まって血栓ができやすい欠点がある。血栓ができにくい抗血液凝固剤 ・ワーファリンという薬を毎日欠かさず飲んで血液のサラサラ度を普通の人より柔らかめにしておかないとまずいのだ。
 そしていつも適正なサラサラ度になっているか調べるのに「トロンボ検査」というものを行う。ちょっと専門的になるが PT-INR 値という数字が 1.5 から 2.0 の範囲になるように血液の粘度をワーファリンで調整するのである。この数値は人によって異なり、小生の場合は1.5 より下がれば粘度が増して血栓ができる可能性が高くなるし、2.0 を越えると今度は簡単に出血しやすく、血が止まりにくくなる。人によってそれぞれ微妙な調整が必要なのだ。
 写真の右側にある「ワーファリン手帳」には毎回の PT-INR 検査値を病院が書いてくれていて、自分のサラサラ度がどのくらいなのかがこれで分かる。だから、他の病気、例えば歯の治療で出血しやすい抜歯などする時は歯科医にワーファリン手帳を見せて、出血と止血のコントロールをしてもらっている。
 しかし、ワーファリンの量的調整は難しいらしく、*先生はいつも悩みながら小生の処方量を調整している。昨年、腰痛のため鎮痛剤の「ボルタレン」を飲んだら胃から出血して胃潰瘍になり一ヶ月入院騒ぎを起こしてしまった。これに懲りて、退院直後から一時的にワーファリンの服用を減らした。すると今度は血栓が発生して軽い脳梗塞を起こしてしまった。多ければ出血、少なければ血栓と踏んだり蹴ったりの状況に昨年は悩まされ続けた。それは今も同じで、どちらに転んでもいいことはない微妙なバランスの上に小生は生きているのである。
 そして、さらに悪いことには、時折心臓を囲む冠動脈が痙攣する 冠攣縮(かんれんしゅく)という、狭心症にも襲われる。左の手帳は狭心症が起こった時の発作の詳細を自分で書いて担当医に提出する「狭心症手帳」というものである。こんなものがあるなんて普通の人は絶対知らないだろう。
 狭心症というのは心臓が締め付けられるような強烈な痛みがくるもので、これは経験した人でないと分からないと思う。ジャッキで胸を押しつぶされるような猛烈な痛みが胸の周囲に突然起こるのだ。そして、不思議なことに小生の場合、その痛みが心臓というよりは主に左腕から肩にかけて起こり、しかも少しずつ痛いところが心臓の方に移動していくことだ。発作の出方は人によって違うようで、歯や頭が痛くなる人もあるという。
 狭心症の痛みは猛烈で辛い。だが、不安なのはそれが心筋梗塞につながって、そのまま死に至る可能性があることだ。発作が起こる度に「ああ、俺はこれで死ぬかもしれない」と思う気持ちを想像してみていただきたい。死が目前に迫っていると思う不安は、耐え難いものがあるのだ。
 狭心症の発作が起こったらすぐにニトログリセリンを舌の下側に入れる。ニトロはスプレー式のものと、錠剤状のものがある。これを痛みで七転八倒しているとき、舌の下に入れると、あれほど痛かった発作が不思議なまでに消えていく。それも痛み100%だった状態が数秒後には痛みゼロ%になるという劇的な効き方をするのである。
 ダイナマイトを発明したノーベルは、ニトログリセリンが戦争で人殺しの道具として使われることに悩み、ノーベル賞ができた。だが、一方で心臓病患者には福音を与えたことにもなるのだ。
 今日のような病院通いは、小生がこれからも生き続けるなら避けて通れないことである。それを死ぬまで一生続けるのはかなりしんどいし、負担でもある。しかし、このような体になってしまった以上受け入れざるを得ない。本来ならとっくに死んで当たり前の人間がこうしてまだ生を享受できるのだ。それに感謝しなければいけないのだろう。
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by weltgeist | 2010-10-25 22:28

いつまで持ち続けるのか現役時代の幻想 (No.867 10/10/24)

d0151247_21314981.jpg 日曜日の午後は昔の名刺を整理して過ごした。長い間整理していなかったので、その数は千枚を越えていた。ほぼ99%が仕事関係でもらった古い名刺なので、部署も役職も変わっているだろうから残しておく必要性はまったくない。それでも一括してゴミ箱へ、というわけにはいかない。一枚ずつ確認しては廃棄するものと、いまも関係のある人は Access で作った住所録に入力していく作業を始めている。
 千枚もある名刺の山を見ていると、代表取締役社長、専務、常務、本部長、部長、課長、係長といった肩書きの人がゾロゾロ出てくる。ところが、それらの大半の人をほとんど思い出すことなができない。渡された日時などが書かれていれば思い出すかもしれないが、何もないとどこでもらったのかも全然記憶に残っていない。そんなすっかり忘れ去られた人がいっぱい出てきたのだ。
 自分の記憶力の無さには呆れるが、千人以上の人を全部覚えているだけのオツムがないのだから致し方がない。名刺に書かれた会社名まで忘れることはないが、その会社の人物は覚えていないということは、結局その人は会社というバックボーンを離れればすぐに忘れられるただの人だということになる。個人の実力なんてそんなものなのだ。
 だが、忘れられた当人はそんなことは思っていないだろう。「会社は俺が作った。俺がいなければ会社は窮地に陥るだろう」と思い、胸を張っていると思う。うぬぼれと勘違い、これが定年で会社を離れるとはっきりと思い知らされるようになる。かわいそうだが、どんなに会社で偉い人でも、辞めればただの人でしかない。
 普通はリタイアして1年もすると、現役時代の肩書きなど何の意味も持たないことを悟って、すっかり諦めの境地に入るのだが、なかにはしぶとい人がいる。昔の地位を忘れられず、それを背後霊のように持ち歩く人がいるのだ。こうした人が周囲にいると、回りはとても不愉快になる。とっくに力が無くなっているのに、人を役職の上下で見る身分主義者の権化。そして自分より身分が低いと見るや、たちまち命令口調になる横柄さには辟易とする。
 とくに過去に偉い人だったほど出しゃばりたがる。ひどい迷惑なのに、本人だけが気が付かない。おとなしくじっとしているのが一番、ごたごた動いても若い連中の邪魔になるだけである。過去の亡霊に取り憑かれて出しゃばってくる老人は見苦しいばかりだ。老兵は静かに前線から引き下がって「若造」に任せるしかないのだ。そうやって世代交代が成立していくのである。
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by weltgeist | 2010-10-24 23:11

魚は丸ごと一尾買ってくるに限る (No.866 10/10/23)

 友達の一人に肉屋さんがいて、彼からステーキを楽しむにはTボーンステーキがいいと教えられた。TボーンというのはT字型をした骨を境にして左右で種類の違う肉がついている。片方はサーロイン、もう片方にテンダーロイン(ヒレ肉)とステーキの王道を行く豪華な肉がついているのである。だからTボーンステーキを頼めば一つでサーロインとテンダーロインの二通りの肉が楽しめるというのだ。
 サーロインもテンダーロインも知ってはいたが、それが牛のどの部分であるかまではまったく知らなかった。我々一般の人間はその程度の知識しかないのが普通である。だが、そうした無知をいいことに、焼き肉屋で腿(もも)やランプなどの赤身肉をロースと称して客に提供していることが明らかになった。本物のロースは背骨の両側から最も頭に近い部分の肉であって、それ以外はロースとは言わないと、消費者庁が全国焼肉協会などに見直しを求めている。
 焼肉店でロースを頼むと、普通のロースの他に「上ロース」というランクがある。本物のロースはこの上ロースなのだそうだ。いままでは並ロースを頼むと違ったものを食べさせられていたことになる。我々が肉を頼むとき、それが牛や豚のどの部分かまで考えないし、考えたところで知識がないから分からない。屠殺(とさつ)処理は専門家に委ねられ、解体された肉でしか接する機会がないからだ。だから出されたものが本物のロースであるかどうかは全然分からないのである。
 しかし、こと魚に関してはある程度分かる。マグロのような大きな魚でも解体ショーなどを見て、どこがトロで、どこがカマか程度の見分けは誰でもできる。ところが魚も最近はスーパーで買うのが一般的で、サンマやイワシ、アジのような小型魚を別にすれば、最初から切り身にして販売しているので、肉と似た販売形式になりつつある。魚をおろした経験のない若い奥さんが増えて、切り身になる前の魚がどんな姿をしていたのか分からない。極端な場合切り身の姿で泳いでいると思っている人がいるかもしれない。
 小生のような釣り好きはいつも活きのいいピチピチした魚の姿を見ているから、魚を見れば種類も鮮度も読めるし、得体の知れない魚を切り身にして変な名前で誤魔化していることも分かる。ウマズラをカワハギと呼ぶくらいは可愛いが、シイラを「沖ブリ」などと称して切り身で売っていると、ちょっとまずいんじゃないのと思ってしまう。
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 小生料理を作ることは苦手だし、好きではないが釣ってきた魚の下処理だけは自分でやる。「男は女房が作った料理を黙って食えばいい」が信条だが、魚を釣ってきたら刺身のさくや、煮付けがすぐ出来る切り身の段階までの下作業は小生の役割と思っているのだ。もうこれを30年以上続けているから、魚のおろし方については自信もあるし、魚の種類によってどういう風に包丁を入れたらいいのかもだいたい分かる。
 だから魚を買う場合も、巨大なものを別にすれば一尾まるまる買ってきて、自分で調理する。せっかく人間のために殺された命である。なるべく無駄のないよう全部食べてあげるべきだと思っているから、アラや頭も工夫して食べるようにしているのだ。
 今日は友人が釣ってきたマダイをおろして煮付けで食べた。マダイのようにウロコの硬い魚は、ウロコを完全にとることがコツである。上にあるウロコ引きで、おおざっぱにウロコを剥ぎとったあと、ヒレの付け根や頭の周囲の細かいウロコも出刃包丁の刃先で完全にとる。これさえやっておけば、煮付けたときマダイの皮までウロコに当たることなくおいしく食べられるのだ。
 魚のおろし方まで解説するのは、小生の守備範囲ではないからこの程度でやめておくが、もう一つだけ言っておきたいのは、包丁はおろす前に研いでおき、よく切れるようにしておくことだ。切れない包丁で切った刺身など、身がぐさぐさで食べていても気分がよろしくない。
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by weltgeist | 2010-10-23 23:06

通信速度は万全ですか? (No.865 10/10/22) 

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 皆さんのパソコンはどのくらいの速度でネットとつながっているか測定したことがあるだろうか。パソコンの通信速度はいつも決められた速度を実行しているのではなく、パソコンの能力や、回線の状況によって変動する。従って、いつも最高の速度が出ているように注意を払っていなければならない。そのため、小生はネットサーフィンが遅く感じるような時は、通信速度を測るようにしている。通信速度をどうやって調べるかは簡単である。ネット上にいくつもある通信速度測定サイトにアクセスすれば簡単に調べられる。
 上の画面は、いつも使っているサイト、BNRスピードテストで本日調べた小生の通信速度測定の結果である。通信速度は一番下の赤い色の文字で書かれた数値で、小生のパソコンは測定時で 75.199Mbps (メガ・ビット・パー・セカンド)出ていることになる。現在わが家はNTTのBフレッツ光だから最高速度は100メガ出ることになっている。だが、これは理論値であって、100メガといっても実際にはスピードを阻害する諸々の抵抗があるから100%出ることはない。75メガも出ていれば上等の部類かもしれない。
 インターネット回線の通信速度は日進月歩でスピードアップされていて、現在ではBフレッツも最早時代遅れで、フレッツ光ネクスト・ハイスピードタイプでは最大200メガまで出ている。しかし、ここまで速くなってくると 1Gbps (ギガ)の通信速度に対応したパソコン、LANケーブル、ルータなどを揃える必要があるなど、理想的な速度を出すにはそれなりの条件を満たさなければならない。

 もう20年以上前、小生はニフティ・サーブ(現在の nifty.com )で「パソコン通信」を電話回線を使ったダイアルアップでやっていた。このときの通信速度は1200Kbps、メガではなく、キロバイトである。その後2400Kbps に通信速度は増えていったが、簡単なモノクロの文字データを送るにも、1分近くかかった。電話回線にモデムをつないだダイアルアップでは少しでもデータ容量が大きいとすぐにコンピュータがフリーズして使い物にならなくなってしまったが、それでも九州から北海道まで、遠く離れた人たちが瞬時に情報交換できることに感動したものである。
 その後、ダイアルアップからADSLへ、さらに光ファイバーへと移り、一秒間に送れるデータの容量も100メガから200、さらには1ギガへと増えていっている。だが、回線の能力が高くなったら、それに対応した高速な通信環境が必要である。速度を阻害する古いルータとかパソコンの通信設定など、抵抗となりそうな部分は変えていかなければならない。ただ早い回線を選べばいいというものではなくなっているのだ。
 自分のところは100メガの光ファイバーだからといって、実行速度が100メガ出ていることなどまずあり得ない。回線は100メガでも、それに接続する機器が追いついていなかったり、設定が間違っていると、ひどい場合は1メガ以下、ダイアルアップ時代に戻ったようなキロバイト単位の速度しか出ていないこともある。皆さんも一度どのくらいの速度が出ているか、上のサイトにアクセスして測定してみてはどうだろうか。
 小生、新しいものにすぐに飛びつくことは嫌いだが、ネットサーフィンしていて、サイトの切り替わりが遅くて、次ぎがなかなか出て来ないとさすがにイライラする。パソコンの画面をじーっと見つめて画面が変わるのを待つのは、ダイアルアップの時代だけで沢山である。イライラしないためにも通信環境だけは最善のものを常に整備しながら使うようにしている。時々速度を確認してあまりに遅いときは、その原因を取り除くことは精神衛生上もよろしいと思う。
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by weltgeist | 2010-10-22 21:59