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三浦半島剣崎沖のワラサは坊主 (N0.784 10/07/31)

 昨日予告したように、本日は三浦半島剣崎沖にワラサ(ブリの子供=ハマチ)を釣りに行った。ネットの釣り情報では少し前から「三浦半島でワラサが爆釣している」と書いてあった。どの船宿も連日二桁の釣果で沸き立っているから、本日も最低5~6尾くらいの釣果は間違いないだろう。そう読んでいたのだが、それは甘かった。
 午前3時に家を出て、城ヶ島の付け根にある三崎港に着いたのは5時。急いで釣りの支度をしてE丸に乗り込んだ。毎年ワラサが釣れ始めると、三浦半島にある船宿は、どこも沢山の釣り人であふれかえるのだが、今日のE丸は静か。大型の船に総勢11人しか乗っていないから、むしろ空いていると言っていいだろう。まるで平日のような空き具合で、今日は他の人の仕掛けに絡まる「オマツリ」を心配することなく釣りが出来そうと、密かに喜んだ。
 だが、5時半三崎港を出てポイントに向かうと、現場はやはりすごい状況になっていた。ざっと見渡したところ、少なくとも50艘以上の船がひしめき合っているのだ。空いていたのはE丸だけで、東京湾にあるありとあらゆる港の船が、甘い物に群がるアリのように、この狭い海域に集まって来て押しくらまんじゅうをしているのだ。
 ここまで多数の船が寄りそうというのは、ワラサが釣れ盛っている証拠でもある。これを見て小生、昨晩期待した「5~6尾くらいは間違いない」を「二桁の釣果は間違いない」にレベルアップし、期待感はいっそう高まってきていた。
 だが、現場に着いて目にしたのは異様な静けさだ。普通、朝一番は釣りのベストタイム、お腹を空かせたワラサが警戒心を忘れて餌に食いついてくれるチャンスで、誰もが魚のヒットを経験出来る。それなのに、どの船も沈黙して、全く釣れていないのである。
 このゴールデンタイムにアタリが無いということは、今日の状況は厳しいということである。小生、最初の1時間くらいは真剣になってコマセを詰め替えて、釣りに専念した。しかし、自分だけでなく、周囲の人全員が釣れないことを見て、先日まで賑わしていたワラサの群れがどこか他の所に回遊し、海の中にはワラサの姿はないことを否応なく教えられた。わき起こった二桁への期待感はたちまち冷や水をかけられ、下手をすると1尾も釣れない「坊主」になるかもしれないと思ったのである。
 その予感は見事に的中、結局、小生が釣れたのは、数尾のソウダガツオとカワハギ1尾のみ。ワラサは影も形もなかった。小生が乗っていた船は最後まで沈黙を続け、船の舳先に近いところの数人がかろうじてワラサの魚影を見た程度で終わってしまったのだ。
 要するに、今日の釣りは不運な坊主だったということである。そして、もう一つの肝心なこと、小生の足が再び痛くなるかどうかの実験だが、こちらも思わしくなかった。釣りを開始して3時間ほど経ってから、ジワジワと痛みが出てきたのである。別に船の中を激しく歩き回ったわけではないのに、足が痛くなる。先日は山歩き20㎞でも痛みが出なかったのに、なぜ今日は痛くなったのか、またまた自らの病に「?? }の疑問符が付いた。
 そんなわけで、今日は失意の気持ちで帰宅した。いつもなら釣れた魚を入れるクーラーが重くて仕方がないのに、クーラーに入れたのは、三崎名物マグロの切り身である。観光客相手のお店で冷凍になったマグロの切り身を買って帰る情けない結果に終わってしまったのである。
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本当なら、今日の掲載写真は前日のように大きなワラサを持つ小生のはずだった。しかし、釣れたのはこのカワハギのみ。「餌盗り」の異名を持つすばしっこいカワハギが、ヒラマサ12号という大きなハリに掛かってきた。それも海底から10mも上のタナで釣れたことが驚きでもあった。
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by weltgeist | 2010-07-31 23:01

明日は釣りに行きます (NO.783 10/07/29)

 一昨日山を歩いて足の痛みが出なかったことに気をよくして、明日は急遽釣りにいくことに決めた。喉元過ぎれば熱さを忘れるで、山歩きの結果が良かったから、急に気持ちが大きくなってしまっているのだ。今まで足が痛くなるので、釣りは難しいと消極的に考えていた。それが一昨日のことで急に気が大きくなってしまったのである。
 丁度、宝くじで大金が当たったとか、競馬で大穴を当てて気が大きくなった人と同じ心境である。ご祝儀相場に浮き足立っているのだ。「単純な奴だ」といわれるかもしれないが、少し自信がついてくると、これまで行きたくても行けないで我慢していたことをやってみたくなるのである。しかし、山歩きと違って、釣りは別な意味で足腰に負担が掛かる。川での鮎釣りは足場の悪い水の中で急な流れに抗して立ち込むのはそうとう足腰の筋肉を使うし、海の船釣りにしても波で揺れる船にバランス良く立っているには、意外に足腰をつかう。釣りはある面では山歩き以上かもしれない。
 今回、本当は鮎釣りでばっちり試したいのだが、今週はまだ一昨日の山歩きの疲れが取れきっていないので、とりあえず歩く必要のない船釣りに行くことにした。鮎は来週までお預けするつもりで、行き先は三浦半島剣崎沖の船釣りに決めた。いまここではワラサ(ブリの子供)が釣れている。
 船釣りは甲板に座ってアタリを待つから、案外足腰の負担は少ないと思われる。ところが、実際に釣りを始めると座ってばかりいられない。波に揺られる船の中で常時バランスを保って立っているのは、脊柱管狭窄症患者にはかなりつらい作業である。昨年も久里浜沖でアジとタチウオ釣りをリレーでやったとき、午後から強烈な痛みが出てきてそれを我慢するのがたいへんだった。
 しかし、今回、小生の痛みは多分に精神的なものであることが分かってきている。それが、船の釣りでも足腰に痛みが発生するのか、自分としては是非試して見たい気持ちである。そして、うまく痛みが出なければ、次のステップとして鮎釣りに行きたいと思っているのである。
 そのため、今日のブログは馬鹿な釣り師が急に自信を持ち始めて、船釣りにチャレンジするという宣言だけで、ブログの文章は終えたい。これから明日のための仕掛け作りを始めなければならない。良い釣りが出来て、大漁になるか、それとも足腰の痛みが再発してまともに釣りが出来なかったか、それは明日になってみなければ分からない。結果は神のみぞ知ることであろう。小生は運命の女神の裁定に任せるつもりである。
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このワラサは小生がまだ元気だった頃のもの。明日もこのような魚が釣れるかはわからないが、とにかく頑張ってみるつもりだ。
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by weltgeist | 2010-07-30 21:01

病は気から起こる。これは事実だった (N0.782 10/07/29)

 昨日の山歩きで、今朝は体の節々が痛く、かなりの疲労感から朝起きるのが辛かった。本当なら愛用しているカメラのオーバーホールのため、新宿・ニコンサービスセンターに行く予定だったが、雨も降っていることもあって先延ばしした。今日は心底疲れていて何もやる気がおこらないのだ。若い頃なら山から帰った翌日には疲れなど吹っ飛んでいた。情けないけど、歳をとるということはこういうことなのだろう。
 しかし、全身疲労を感じるのは当たり前である。昨日は全部で20㎞くらいは山道を歩いたからだ。ところが、少し前まで脊柱管狭窄症で痛い痛いとわめき、入院までしていた人間が、どうしたことか、それだけ山を歩いても足に痛みが出て来ないのだ。異変に気づいたのは、今月8日に登った北京の東霊山だ。リフトで中腹まで登った後、頂上まで往復4.2㎞の山道を歩いていて、痛みを感じない自分に気づいたのである。
 某医科大学病院のT先生が、「あなたが足が痛いと言っているのは、多分に精神的な面がある。痛いなんて気にしないで生活したら、ある日痛みがなくなるかもしれない」と言って鬱病の薬を処方してくれた。そのときは「おれが鬱病だって・・・」と反発した気持ちがあったが、どうもそれが現実味を帯びてきたようだ。本当の脊柱管狭窄症なら100m歩いただけで痛くて歩けなくなる。4㎞もの山道を歩いて痛くならないということは脊柱管狭窄症とは違う病気が考えられるのだ。これだけ歩いたのに痛みが生じないことに何か、狐につままれたような気がしてきたのである。
 先週、妻を連れて岐阜県飛騨地方にオオイチモンジを採りに行ったのは、そんな足の具合を再確認したい気持ちもあったからである。結果は北京の時と同じで、歩いている時は痛みがない。どうやらT先生が言ったことは本当らしいことが分かってきたのである。そして、昨日、今度はもっと本格的に、全く違うハードな山を選んで登って見た。ここまでやって痛みが出なければ、それはT先生が言う通り「精神的な要因」ということになるだろう。そして、その結果は「全然痛くない」のだった。
 これってどう解釈したらいいのだろうか。T先生が言うのは、「小生が足が痛い痛いと思うから痛くなるのだ。痛みなんかないと思えば痛みはなくなる」ということだった。と言うことは小生の痛みは頭が造り出していることになる。もちろん軽度の脊柱管狭窄症はあるが、その程度で入院騒ぎを起こすほどの痛みは生じない。むしろ無意識で痛みを増幅させていたことになるのである。だから、その痛みを造り出す気持ちを無くしてしまえば回復するということだろうか。しかし、頭の中の痛いと思う気持ちを無くすと言われても、どうやったらそれが無くせるのかよく分からない。「心頭を滅却すれば火もまた涼し」の通り、無心になれば痛いと思うことも無くなるのだろうか。
 T先生は「リラックス」だという。神経質にならずに、とにかく気楽にやって行きなさいというアドバイスをしてくれた。そう言えばT先生は「あなたは痛みを治そうという気持ちが強すぎる。それが病気をさらに悪化させているかもしれない」と言っていた。今年の春から計画していたインドヒマラヤの旅を成功させるには、絶対足の痛みを治しておかなければならないと、小生は強く思い続けていた。それが強いストレスになっていたのだ。だから、インド行きを中止したとたんに痛みが無くなったのである。
 鈍感な人間と信じていた自分が、そんな繊細なことの影響を受けていたとは驚きである。とにかく、精神というものは一筋縄ではいかない不可思議なもののようだ。
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昨日行った山はこんな雪渓が残った場所である。脊柱管狭窄症の人間ならとても歩けそうもない所なのに足が痛くならない。小生の痛みは「健康な体になりたい」という強い願望がストレスとなって生み出されたものに間違いないようだ。ブロック注射や手術よりまず気持ちをリラックスして心頭を滅却すること、そうすれば痛みは消えていくという希望が見えてきた。
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by weltgeist | 2010-07-29 22:17

撮るのか、採るのか、釣るのか、どれか一つにしてくれ (No.781 10/07/28)

 数年前から蝶の採集の趣味を再開したため、現在の小生は多忙を極めている。蝶の採集に忙しくて、他のことが出来なくなっているのだ。蝶はのどかに野山の花に蜜を吸って生きているように思えるが、彼らが蝶の姿で飛び回れる時期はとても短い。しかも、それが発生してくる時期は種類によって様々違ってくる。
 こうした蝶を採りたければ、それが飛び回る時期にその産地に出かけなければならない。重要なことはその時と場所を読み違えないことだ。しっかりと発生の時期を調べ、それが一番多く発生するであろう場所を正確に推測し、そこにどんぴしゃりと行かなければならない。わずか一週間時期がずれただけでも姿を拝めないことが蝶の世界では常識となっているのである。今年の4月に友人の田原氏と新潟県にギフチョウを見に行った時は、例年にない大雪でギフチョウなど影も形も無かった。時期と場所の読みは非常に重要なのだ。
 だから、蝶を始めてから何かいつもシーズンに追われている気がしてならない。今日を外せば、もう今年は***チョウには出会えないという思いがあるから、落ち着かないのだ。ギフチョウが終われば次はウスバシロチョウ、さらにクモマツマキチョウ、オオイチモンジと、次々に違う種類の蝶が発生してくる。このように時間に追いまくられるのは鮎釣りも同じである。年魚である鮎は6月にシーズンがスタートするが、8月の終わり頃には産卵期に入る関係で釣りが難しくなる。わずか3ヶ月という短い期間に集中して釣りをしなければならないのだ。早く行かないと鮎がいなくなってしまうという強迫観念があるから、シーズンが始まると釣り師たちは、駆り立てられるように釣り場に向かうのである。
 問題は鮎が解禁になっているこの忙しい時期に、体は一つしかない。それをどちらに向けたらいいのか迷ってしまうことだ。早く鮎釣りに行かないとシーズンが終わってしまう。しかし、蝶も今の時期最盛期を迎えている種がいる。こちらもシーズンを逃すと来年までチャンスがお預けになってしまうのだ。出来れば体が二つあって、一方は鮎釣り、片方は捕虫網を持って蝶を追うというのが理想だが、それは無理な話である。
 それと蝶ではもう一つ困ったことがある。蝶は網で採って標本としてずっと手元においておきたい。しかし、それと同時にカメラで撮影して写真としても残したいのだ。ところが、これが両立しない。本当は珍しい蝶が飛んできてもまずは花に止まらせたところを撮影すればいいと思うのだが、自然の生き物である蝶はこちらの思惑など関係なく、自由に飛び回る。逃げられるのがいやならその前に確実に網で採っておかなければならないのだ。もちろん、そうなると花に止まった写真は撮れないことになる。
 そんなわけで今日は鮎釣りを我慢して、クモマベニヒカゲという高山性の蝶を採りに行ってさきほど帰ってきたばかりである。蝶については素人の小生には、クモマベニヒカゲの発生や場所の知識もない。ただ、50年前の昆虫少年だった頃何頭か採った経験がある。その記憶を頼りに、「ここにはいるのではないだろうか」という場所を想定し、痛い足を引きずって山歩きをしてきた。
 小生の狙いはバッチリ当たって、クモマベニヒカゲは飛んでいた。だから「採る」は何とか成果はあったが、もう一方の「撮る」は全然駄目だった。添付した写真を見れば分かる通り、ピントも構図もまるで駄目のただクモマベニヒカゲが写っているだけの写真しか撮れなかったのである。
 このことについてもう少し言い訳を書きたかったが、苛酷な山登りで疲れてしまったので、本日は駄目写真の掲載だけで終わる。もう睡魔がやってきていて、これ以上文章を書いていられないのだ。
 それではおやすみなさい。
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チャンス到来。一本の花に2頭のクモマベニヒカゲが蜜を吸いに来ているところを見つけた。ここで網を振れば一度に2頭イタダキのおいしい条件だが、まずは撮影とばかり、カメラを出した。だが、ちょっと距離が遠すぎて蝶が大きく写らない。それでジワジワと蝶に接近していったら、大きく撮影する前に感付かれて2頭とも逃げられてしまった。この写真は見つけた直後のもので、かなりトリミングしてあるから実際はひどく小さくしか写っていない。手前の草が邪魔になっていたり、遠すぎてピンが甘いのは仕方がない。やはり撮るならカメラに徹する、採るなら網振りに徹するしかない。虻蜂取らずは駄目のようである。
「エェ、場所はどこかって? 」そんなの教えないよ。自分で見つけてください。でもちょっとだけヒントを言うと、採集禁止の場所ではないです。

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by weltgeist | 2010-07-28 23:56

書くことは打つことなり (No.780 10/07/27)

 先日、ボケ防止にはものを書くことが一番いい、従ってブログは頭の若さを保つのに最適だ。「作家の宇野千代さんも、毎日少しでも書き続けることが頭の若さを保つ秘訣」と言っているとのコメントをNo.777で友人のマダム・パスカルさんから頂いた。
 しかし、小生は毎日ブログを書いていてもその効果に疑問符を感じるほどボケが進んでいる気がする。書くことの効果などまったく無い感じで、自分のボケ進行具合は、何か急坂を転げ落ちるような早さで低下しているようで恐ろしい。だが、良く考えてみると、小生文章を書いているわけではない。実際の行為はパソコンがやってくれている。本当の意味でものを書いているとは言えないのである。
 このブログを書くにもPCのワープロソフトを使って書いている。だから難しい漢字、例えば「バラ」なんか「薔薇」と簡単に「書けて」しまう。しかし、これって実際は自分が書いているわけではない。ATOK-IMEが勝手に変換してくれているだけだから、頭の体操にはあまり役にたっていないのである。正確に言えば書いているのではなく、「打っている」のだ。それをいかにも書いているかのように錯覚している。先日小生がITに頼りすぎると頭がパーチクリンになるから危険だ、と警告した罠に自分自身が陥っているのである。
 作家の宇野千代さんが、毎日書き続けているものはきっと手書きであろう。お年の彼女がワープロを使っているとは思えない。ワープロなら様々な補助的な機能がついている。いわば電動自転車で坂を上がるようなもので、頭の回転をそれほど必要としない。有能な宇野さんはそんなものは要らないのである。
 物書きを生業(なりわい)としている最近の作家たちは、大半がパソコンで書いていることだろう。しかし、いまだに宇野さんみたいにワープロを使わず手書きで活躍している作家もいる。小生の知り合いの中では二人の作家が今もワープロを使っていない。その一人を仮にAさんと呼ばせてもらうと、彼は今から丁度30年ほど前の1980年初頭に世間に先駆けてワープロを買っている。高田馬場にあった彼の仕事場に行ったとき、小さめのオルガンくらいの機械が置いてあった。作家にしては場違いな機械に「これ、何ですか? 」と聞いたのが、小生が始めて見たワープロとの出会いである。
 昔のことではっきり覚えていないが、多分シャープか東芝の第一号ワープロ機ではなかったかと思う。Aさんは原稿を書くのにこれが強い味方をしてくれると考えて買ったのだろうが、「やり方が難しすぎて駄目だ。結局手で書いた方が早い」と言って、使いこなせないまま放っていた。今と違ってそれはバカでかい「マシーン」のようで値段も確か200万円近いものだった気がする。そんな物に手を出したことがトラウマになっているのか、いまだにAさんはワープロを使わず手書きで原稿を書いている。
 もう一人、これも有名な作家Bさんも、ワープロは使っていない。自分の名前の入った専用の原稿用紙に、とても味のある文字を太い万年筆で書いていた。
 Bさんとは外国まで一緒に旅行したことがある。丁度そのときはある新聞に連載小説を書いていて、毎日原稿を新聞社に送らなければならない忙しい状況下にあった。しかし、彼が辞書など使っているところを見たことがない。それどころか、飛行機の乗り継ぎ時の短い待ち時間の時も、サッと原稿用紙とペンを取り出して書いてはファックスで送信していた。恐らくBさんは薔薇という程度の文字は辞書なしに簡単に書くことが出来るはずである。そういう意味ではまさにBさんこそ「書くことでボケない」というに相応しい人である。
 小生がボケ防止と称していくらブログを書いても、ワープロを駆使しているようでは全然効果がないのだ。しかし、それでは今後はワープロを止めて手書きにするかというと、そんなことは出来ない。薔薇どころか、本当に易しい漢字さえ忘れているから、数行書くだけで国語辞典を何度も引き直さなければならないだろう。もはやITに頼りっきりの小生は、まともでは正しい文字でブログを書くことも出来なくなっているのである。
 小生はブログを「書いている」のではない。「打っている」のだと、訂正しておきたい。それ故にテーマや文章の構成などで多少頭を使うことはあって、ボケの進行を止めるまでの効力はないのだ。
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by weltgeist | 2010-07-27 19:48

ピーター・ドラッカー、「企業とは何か」を読んで失望 (No.779 10/07/26)

d0151247_19591259.jpg ビジネス界に最も影響力のある思想家として知られるピーター・ドラッカーについて、少し前まで小生はどんな人物なのかまったく知らなかった。それが、彼の思想に心酔している友人から勧められて、初めて「私の履歴書」という本を読んだ。この本は日経に27回に渡って書いた彼の連載をまとめたもので、ドラッカーの入門書としては最適と、友人が勧めたからだ。
 しかし、この本を読んでいくうちに自分は何故か次第に不機嫌になっていった。本はオーストリア生まれのドラッカー青年がいかにして有名になっていったかが数々のアイデアのもとに紹介されている。だが、この本を読んでいて感じたのは「これは単なるドラッカーの自慢話ではないか」という不満だったからだ。そうして最後の方にきてデミングとTQCの話となり、小生の不満は怒りに変わった。
 TQC(Total Quality Control=全社的品質管理)、80年代の日本の企業がどこもこぞって取り上げた品質管理運動である。この馬鹿げたお題目の下に、日本の会社の多くの社員たちが「いかにしたら高品質なものを生み出せるか」について延々と会議を続け、散々無駄な時間を浪費させられたものである。しかし、今もそれを続けている会社は恐らく皆無だろう。小生はTQCという言葉を聞いただけで、忌々しい気持ちがしてきて、不愉快になるのだ。
 ドラッカーはTQCなんてことを評価していたのかと思い、この「私の履歴書」なる本は読むに価しないと判断した。そして、本を薦めた友人には「がっかりしたよ」と正直な感想を言った。これに対して次ぎに友人が勧めてきたのが、今回取り上げた「企業とは何か」である。彼は小生がドラッカーの考え方をが理解出来ていないと思ったのだろう。わざわざこの「企業とは何か」を自ら買って来て、「こちらを読んでぜひドラッカーを分かって欲しい」と言ったのである。
 そこまで言うならこれは最後まで真剣に読まなければならない。そして、是非とも友人が言うようにドラッカーのすばらしさを引き出したいと思ったのである。だが、結果は同じだった。この本の扉には「本書は企業と産業社会についての世界最初の分析である。第二次大戦末期のドラッカーはGMの経営を内部から調べ、企業経営成功の秘密を探った」本であると書いてある。ドラッカーは世界最大の自動車メーカーGMを取り上げ、その改良すべき点を的確に指摘することで、優れた企業とはどうあるべきかを指摘していくのである。
 しかし、不幸なことは、小生が「マネージメント」「会社経営」なるものにまったく興味がなかったことである。1960年代の反米、反安保条約という雰囲気の中で育った小生には、アメリカは米帝国主義であり、GMのような会社は労働者を搾取する帝国主義者、資本家の巣窟というイメージが焼き付いている。だから、企業を効率良くマネージメントするとしても、資本家(この本では経営側)を都合良く太らせるだけ、という想いから離れられなかったのである。
 ドラッカーの頭にあるGMで働く人にしても、それはトップクラスの経営者のことであり、彼がいかにして下で働く一般労働者を効率良く企業の元に結集するかのやり方を上手に示しているだけなのだ。もし、この本でいうようなGMに自分が勤めていたとすれば、どのくらいの地位に立てるだろうかを想像してみた。すると、経営能力のない小生は決して管理職まで行けそうもない。GMの例で言えば、最下層の「工員」が妥当であり、いくら企業が良くなっても、所詮は利益の外に置かれた労働者以上にはなれないだろうという感じを持ってしまうのである。
 だが、ドラッカーは経営者をマルクスが指摘したような「搾取する資本家」とは見ていない。だから会社が稼いだ利益は経営者が独占することは出来ない。「利益は未来の賭けに伴うリスクに対する保険であり、生産拡大に必要な資本設備の原資である」(P213)と言って、資本家の儲け独占を戒めている。
 しかし、現実的には経営者は多額の報酬をもらうのに、工員はいつまでも工員であり、利潤の恩恵を受けるというより、経営者の恩恵を助ける役でしかない。一般的なアメリカ人にしても、せいぜい良くてGMで言うところの職長、日本で言えば課長程度でお茶を濁すことで会社を効率よくマネージメントしていくとしか小生には思えなかったのである。
 実際ドラッカーが提案したいくつかのことは小生が勤めていた会社でもなされ、分権化などもやった。しかし、そのつど全体の動きが分からない将棋の駒である「歩兵社員」はただオロオロするだけであった。経営に携われない社員にとってはそれは迷惑千万な話なのである。
 会社がいくら効率良くなろうと、人間の幸福はそれからは得られないというのが、小生の感想である。それをドラッカーは全然違う観点から論じていた。彼は企業が理想的に発展すれば、人も幸福になると考えたのである。実際、資本主義の本質は競争であり、相手をたたきつぶして勝ち残ることだから、効率良くなっても、必ず敗者が出来る。すべてを効率だけで管理しようとしてもそれから落ちこぼれる人を無くすことは出来ないのである。
 本の主題が企業論だから、これは致し方がないだろうが、人は企業や社会だけでなく、非常に個人的な「実存」の中で生きている。ドラッカーの今回の本には「私」という個人と社会(世界)がどのようにしたらより良く結びつくことができるのかの記述が少なかった。彼は、「一人の人が市民としての権利を行使し、社会の一員として認められるのも組織における仕事を通じてである」と最後(P294)に記してある。人は組織、企業の中でしか生きられないというのだ。だから、人が幸福になるには、彼が言うように会社全体のマネージメントを考えながら企業に身を尽くして働く姿勢が工員に要求されるのである。しかし、残念ながら、日本の企業を見る限り、自分の会社の仕事に喜びを感じて働ける職場は非常に少なく、所詮は「金のためだけの仕事」になってしまっている。
 ドラッカーの提言は企業を理想的に運営していきたい経営者には素晴らしいかもしれない。しかし、雇われている一般社員からみれば、「迷惑な提案」があまりに多すぎる。いかにもプラグマティズム的で、効率優先的に人間が見られるところに小生はドラッカーの限界を感じてしまうのである。
 ドラッカーはアメリカ社会の特徴は中流社会であると言う。「中流階級社会こそアメリカ社会の信条であり、かつ現実である。・・アメリカ人にとっては、中流階級社会とは、誰もが意味ある充実した人生を送ることの出来る社会のことである。・・かくてアメリカン・ドリームにおける中流階級社会とは、無階級社会である。それはマルクスのユートピアにおける報酬の平等ではなく、正義の平等にもとづく無階級社会である」PP125-126
 だが、ドラッカーはGMとアメリカの中流階級社会社会について述べていても、GMはつぶれ、アメリカの中流家庭は崩壊した。代わって出現してきたのは途方もない高額所得を得る一部の経営者と、無数の低所得者層だ。無階級どころか、新たな階級社会を産みだしたのである。これがドラッカーの目指したものの結果だった。彼の提言の先には破綻が見え隠れしているように小生は思えるのだ。 
 人の間をうまくすり抜けて調子よく人の上前をはねる。そんなことをドラッカーが目指しているように見えてしまう。こんな考え方は経営者の考え方であろう。こうした考えに凝り固まった経営者の下に働く労働者はかわいそうだな、と思ってしまう。
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by weltgeist | 2010-07-26 21:08

許されざる者との抱擁 (No.778 10/07/25)

 大韓航空機爆破事件の実行犯である金賢姫(キム・ヒョンヒ)元死刑囚が来日し、その処遇を巡って「何故テロリストに国賓並の待遇をさせるのか」とか「いや、今回の来日で、世間の関心が薄れつつあった拉致問題が再びクローズアップされたから良かった」など、かまびすしい意見が飛び交っている。どちらの意見もそれぞれ納得できるものがあり、物事はそれを受け取る個人の立場によってまったく違った評価がされるのだなあと思う。
 しかし、小生は来日時に単独インタビューに成功したNHKと日本テレビの放送を見て、そうした政治的な意見とは違った、キム・ヒョンヒの心の内に潜むものから、人間の存在理由の意味を見る思いがしてきた。もし自分がキム・ヒョンヒの立場だったらどのように感じただろうか。人間として自分はどのようにこの事件をとらえるべきかを考えてしまったのである。
 キム・ヒョンヒ元死刑囚は大韓航空機爆破事件で115人もの人の命を奪ったとんでもない犯罪者である。罰せられて当然だし、それは死刑に相当するのもうなづける。放送を見たとき、国家犯罪の恐ろしさと、それに翻弄される個人の運命の苛酷さを感じた。
 子供の頃から「将軍様の忠実な家臣として、正しいことは南の連中をやっつけることだ」と徹底的に洗脳されてきた人間に、正確な善悪の判断が出来るだろうか。一方的な価値判断を徹底的に植え付ける体制下では、敵の航空機を爆破することは正義であり、疑問の余地は無かったろう。70年前の太平洋戦争時に「鬼畜米英をやっつけろ」と日本国民も同じようなことを言っているのだ。そうした社会体制が産んだ犯罪を個人の罪だけに押しつけるのは問題の本質を見誤ることになる。問題にしなければならないのはその恐るべき悪辣な社会が今も厳然として存在し、拉致被害者たちは未だに解放されていないという事実だ。
 彼女の任務は成功し、飛行機は爆破墜落した。しかし、彼女はバーレーンで逮捕された直後に青酸カリを飲もうとして失敗し、3日後に息を吹き返す。イスラム過激派自爆テロリストのように殉教出来ぬまま生き残り、この後、自分が如何に間違った考え方を教え込まれていたかを思い知らされるのである。
 そして、百名以上の人間を殺した罪の重さにその後一生苦しめられることになるのだ。彼女の犯した罪は絶対に消えない。それに気づいたときの彼女の絶望さは想像に難くない。この問題について彼女が単独インタビューで語った言葉は非常に印象的だった。「私が(爆破事件後の自殺未遂で)死ねないで生き返ったのは、彼ら(拉致被害者)が帰ってくるよう私が助ける仕事をやりなさいと、使命を与えられたのではないかと思う」と生き返った意味をとらえていたことだ。
 彼女は本当の意味で自分の過ちを自覚し、心底反省しているからこうした言葉が出たのだろう。「使命」という言葉は非常に重いものである。自分の生きる方向を決定づけるこのような言葉は真実な心を持たない限り出ることはないのだ。
 彼女は自分の犯した罪の重さと、その後死なないで生きたことの意味を、何か超越者(恐らくは神)のような者が命じた使命と受け止めたのである。自分は罪を償うために生かされている、それを償うためには何をしたらいいのかを、運命的に考え、償いに真剣に取り組まない限り彼女の生は意味を失うという思いが言葉の端々からにじみ出ていた。彼女はこのことで自分が生きていることの意味を見つけたのだ。
 彼女が爆破事件の被害者への謝罪が不十分で、怒りをいまだに持っている人たちもいるし、そのような恐ろしいテロリストを日本が超法規的処置で入国させたことの危うさを指摘する人も沢山いる。また、日本に来ても何ら目新しい情報をもたらしたわけでもないから、日本政府は多くの間違いを犯したという人もいるだろう。
 しかし、今回は彼女が日本に来たことで、十分その使命を果たしたと小生は評価している。我々は彼女を間近に見て、狭量な独裁者の恐ろしさを痛感し、その非道なやり方に本当に腹を立てた。キム・ヒョンヒ元死刑囚の来日で、最近、やや影が薄くなりつつある拉致問題が、再び世間の関心を呼び覚まさせたのである。それだけで、十分な価値があった。日本はテロリストに甘いと外国から評価されると言うのは間違いである。今回の件でむしろ日本はテロは許さないという揺るぎない考えを世界に発信出来た、小生はそう考えている。
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                     (画像はNHKテレビよりキャプチャーしました)
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by weltgeist | 2010-07-25 23:57

人を痴呆化させるIT社会 (No.777 10/07/24)

 ドイツの哲学者、アルトゥール・ショーペンハウアーに言わせれば、読書というものは他人に物を考えてもらう行為であって、これを続けていると頭がどんどん悪くなると書いている。頭のいい人は自分で物事を考え、解決していく。本に頼るのは無能な人間のやることだから、そんなものに頼っていると「馬鹿になるぞ」というのだ。普通なら本を読めば頭が良くなると教えられてきたのに、さすがに天才ともなるととらえ方も違って面白い。
 これを現代に当てはめれば、ネットであろうか。最近は何でもネットで情報が簡単に仕入れられる。以前なら本を読んで頭の中にしっかり記憶しておかなければならなかったが、今はそんな面倒なことは必要ない。キーワードを入力して検索すれば、驚くほど豊富な情報がアッという間に手に入る。ネットを持つことで、膨大な情報、知識を得ることが出来るようになったのである。
 しかし、それだけに頼っていくとすれば、自らが考えていくことの放棄にもなる。昔は分からないことがあれば、まず書物を読んでその答えを見つけ出していった。先人の知恵が詰まった本を読み、それを自らの頭でかみ砕いてい理解していった。だが、いまやそんなかみ砕きなど必要ない。ただ、キーワードを打ち込み検索するだけで、すぐにものすごい知識を得ることが出来るようになったのである。
 ある大学で哲学を教えている友人が「”ソクラテスの弁明”についてレポートを出せといったら、ほとんどの学生が同じ文章、同じ内容のものを提出してきた」と言って苦笑いしていた。学生たちはネットで得た情報をコピペしただけなのだ。考え抜いて得た「知恵」ではない。たんなる「情報」をかき集めただけなのである。
 人間は訓練をつんで初めて成長していく。何もしないで人が書いたものをそのままつまみ食いして行くことは、成長でも何でもない。もちろん、考える素材としての知識、情報は多くあった方がいいに決まっている。しかし、それはあくまでも自らが考えていく出発点としての素材にすぎない。
 人が成長するには様々な試行錯誤と失敗を繰り返すことが必要なのだ。だが、現代ではこうした失敗も少なくなっている。事前の情報収集が容易で、多くの情報が簡単に仕入れられるため失敗がないのだ。短い人生を有効に過ごすのにそれは必要なことかもしれないが、そのことが人間の基盤そのものを弱くしていくことに気づかない。人間が便利になればなるほど自分の存在基盤を弱めることになるのである。
 世の中は「便利」がまかり通っている。不便なもの、面倒なものは捨てられていく世の中で、人はますます快適に暮らせるようになってきている。しかし、そのことで、人間はどんどん退化している。知識の飽和とその限界。知識はあっても知恵はない。自分で考えることを止めた人の未来は暗い。

 ところで、今日のブログは7が3つ並んだNo.777、ラッキーセブンである。777回もブログを書いてきた自らに驚きを感じている。しかし、正直なところそろそろ、このブログを書くことに飽きが来ている。多分一人の人間が700回も物を書いていたら、どうしたってある種、似た傾向が出来てしまう。それを何度も繰り返すと、読んでいただいている人だけでなく、書いている本人にも「こんなこと確か前にも書いたよな」という思いにとらわれ、それ以上先を書くのが嫌になってしまうのだ。
 自分としてはこのブログはとりあえず、1000回までは頑張ろうと思っている。しかし、それに近づくにつれてマンネリズムの可能性が強まっている。いつも違うテーマで、違う切り口でブログを書いて行きたいと思っても、井戸の水が枯れるように、能力の枯渇は如何ともし難い。それでも1000回までは何とか頑張りたい。しかし、それは可能だろうか。少し自信喪失気味である。
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by weltgeist | 2010-07-24 23:01

今日は大暑、熱中症にご注意を (No.776 10/07/23)

 涼しい日本アルプスから戻ってきて、東京の暑さがあまりにひどいのに参っている。本日は暦の上では二十四節気の1つ、大暑だということで、文字通りたいへんな暑い一日だった。気象庁によると全国6つの地点で7月として観測史上最高を記録したという猛烈に暑い日だったらしい。昨日に続いて岐阜県の多治見では38.9℃というから、外はまさに灼熱地獄状態である。
 わが家の前は森になっているから木々の緑で多少暑さは和らぐ気もするのだが、小生が持つデジタル温度計で庭の気温を測ったら40℃あった。ここまでくると森も緑の木々も関係ない。多治見よりうちの方が暑いのだ。これでは家の外に出る気にならないのは当然である。しかし、家にいても、ここまで暑いと危険な熱中症を引き起こす可能性もある。クーラーを効かせ、水を多めに摂らないと家の中でも熱中症になる人が続出しているとテレビニュースが言っていた。とくに小さな子供やお年寄りは、家の中だから大丈夫と油断して熱中症になってしまうらしい。
 こんな暑い日はどこにも出かけたくない。しかし、日々の雑用はついて回るもので、午後からちょっとした買い物に出かけざるを得なくなった。めまいがするほどの暑さだが、買い物をしないと生活が出来なくなるから渋々外に出て、ときどき利用する某私鉄駅前に行った。すると、6月5日に駅前の噴水池で見たカルガモの赤ちゃんがまだ泳いでいるのを見つけた。最後に見たのは確か6月19日で、この日の様子もNo.748で書いた。しかし、その後のことはすっかり忘れていた。あのときは確か6羽のヒナが残っていたが、これが元気に育っていたのである。
 昨年この池で生まれたカルガモは7月10日頃巣立っていった。このときは最初10羽生まれたものが、最終的には3羽だけ生き残ったという。だから、今年も6羽全部が巣立つことは出来ないだろうと思っていたら、何と全員が無事に生き残っている。それもすっかり大きくなって、もうヒナのかわいらしい面影などない。まるっきり大人のカモと同じような大きさで池にとどまって大暑の日の暑さを避けるように「避暑」をしていたのである。
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 最後に見たヒナの状態から比べると、すっかり大きくなって、もう親ガモとあまり変わらない大きさになっている。しかし、それでもまだ子供らしさは残っているようで、石垣の後ろに出来た影の部分にみんなで集まって押しくらまんじゅうをする恰好で「避暑」をやっている仕草はかわいらしい。大きさから見て巣立ちはまもなくだろう
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 上の写真を望遠レンズで大きく撮影したのがこの写真。彼らも暑い場所と涼しい場所の区別は知っていて、石垣の裏側の日陰から陽の当たる場所には出てこない。カモでさえこうなのだから、人間が涼しいところに行きたがるのは当たり前だ。しかし、先月は生まれたばかりのかわいらしいヒナだったから、通りかかりの人たちも足を止めて見ていたが、ここまで大きくなると、もはや誰も興味を示さない。本日のカモ見学をしていたのは小生だけだった。
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by weltgeist | 2010-07-23 23:40

居眠り運転の常習者 (No.775 10/07/22)

 昨日無理して山道を歩いたツケが今朝になって出てきた。疲れがひどくて朝全然起きられなかったのである。いつもなら遅くても8時頃には目が覚めるのに、まだこの時間は熟睡していて、妻に起こされても15分ほど夢見心地の寝ぼけ状態だった。本当なら今朝は高原川で鮎釣りをしているはずである。平湯付近の温泉宿に泊まれば疲れも癒されて、翌日は釣りが出来ると考えていたのだが、こういうことは体力のある若い人のやることであって、小生の年代になると無理は効かないのだ。昨日戻って良かったと思っている。
 昨晩も家に帰ってから、急いで当日分のブログを書いたが、書いている途中から疲労と眠気が出てきて集中できない。まともな文章にしようと頑張っても、睡魔が迫って、意味もなく文字を連ねただけのものしか書けないのだ。一応短い文章が出来上がったところで、読み返すこともなしにアップしてしまった。とにかく「毎日更新」の義務だけは果たしたから、読み返すこともせずにそのまま布団に入ってしまったのである。そして今朝になって読みなおしたら、テニオハからして間違いだらけのひどい文章で、あわてて手直しさせてもらった。
 ところで、昨日、飛騨から戻る途中でも睡魔は何度も襲ってきた。車を運転しているので、眠ってしまえば即事故につながる危険な状態である。ただ、今回は妻を運転交代要員として連れていったので、彼女に運転を交代してもらって事なきを得た。だが、一人で行けば交代要員はいない。全部自分で運転しなければならないのである。
 小生、不思議なことに、ハンドルを握ると短くて30分、長くて1時間半ほどで、突然眠気が襲ってくる。それが十分睡眠が足りているときでも起こるから困ってしまう。そんなとき「眠っては駄目だ。目をしっかり開けて運転せよ」と自らに命じるのだが、命じれば命じるほど眠くなってくるのである。これって、どうも精神的なことが影響しているのではないかという気がする。
 小生の足が痛いのも、整形外科の先生に言わせると、「痛くならないように」と強く思い込むことが、逆に痛みを作っていくと言われた。同じように、「眠ってはいかん」という気持ちが逆に睡魔を呼び込むのではないかと思う。そんなことがあるから、小生は長時間運転するのがとても苦手なのである。
 とくに何人かの人と一緒に行く場合、2時間くらいで運転を交代する。これが小生にはネックである。同行する仲間は全然苦にならないのか、平気な顔をして運転している。その間助手席に座る小生も眠気はない。それが、交代してハンドルを握ったとたんに眠くなってくるのである。ひどいときは運転を代わって20分くらいで眠気が出てくることがある。まさか20分でまた交代してくれとも言えないから、残りの1時間40分、ありとあらゆる努力をして眠らないよう心がける。それでも眠気は容赦なく襲ってくる。いままで事故を起こさなかったのは単に運が良かっただけなのではないかと思うほど、何度も危険な状態を経験しているのである。
 居眠り運転は小生の悪しき癖なのだ。そんなだから、長距離運転するときは気楽に運転交代を頼める妻を同行させるか、一人の場合は眠気が出てきたら、車を留めてすぐに仮眠出来るよう後部シートを倒して横になって眠れるスペースを作ってある。この効果は絶大で、ほんのちょっとでも仮眠すると、あれほど眠いと感じていた睡魔が不思議なほどなくなって、その後しばらくは眠くならない。この仮眠が「居眠りしないよう頑張ろう」という自分へのプレッシャーを霧消するのではないだろうか。
 高速を走っていると沢山のトラックがいる。いわゆるプロの方々が運転しているのだろう。彼らは運転していて眠くならないのだろうか。居眠り常習者の小生にはとても勤まりそうもない職業で、彼らの能力には尊敬の念を感じてしまう。とにかく、眠くなったら、「眠らないよう頑張る」のではなく、すぐ仮眠を取るように心がける。これが居眠り運転事故から身を守る小生の唯一の道である信じている。
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高山方面から上高地へ抜ける安房峠は、沢山の観光バスが行き交う交通の要衝だった。それが、安房トンネルが出来、しかも半月ほど前から高速無料化の恩恵でただになり、だれも急坂の狭い峠道を通らなくなった。昨日は松本に抜けるのにトンネルを通らず、わざわざ安房峠を通ってみた。以前はすごい車が行き交っていた峠道はひっそりと静まりかえっていて、昔の喧噪は全くない。何度も休んでお茶を飲んだ峠の茶屋(写真手前)もすでに閉まっていた。しかし、山の向こうには昔と変わらない穂高・岳沢の素晴らしい景色が見えていた。通る人が少ないと言っても、この景色は代え難い。どうか廃道にはしてほしくないものだ。
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by weltgeist | 2010-07-22 22:58