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ちょっと待ってください (No.630 10/01/31)

 現在現役で仕事をしている方々は、自分の上司をどのように評価しているだろうか。「上がアホだから困る」と思っている人が多いのではないだろうか。実際に無能な上司の下で働かなければならない人は気の毒である。だが、逆に有能な上司だったらどうだろうか。以前、非常に優秀と評判な上司が転属してきて、その下で働いたことがある。彼が優秀というより小生が駄目だったのかもしれないが、そのときは息が詰まるようで非常にくたびれてしまった。
 小生がやりたいと思って行動する前にすべて彼が考えたプランが出来上がっていて、「**君、今度はこうしよう」と命令してくるのだ。小生は彼のロボットであり、体のいい小間使いとなり果てて、自分の考えを出せる場がなくなってしまった。何を提案しても小生の案は却下され、しまいにはやる気を無くしてしまったのである。彼は頭が良すぎて部下がやっていることまで考えていたわけではない。部下のやることが心配で仕方がなかったのだ。部下を信頼して任せる気持ちが欠如していたから、下にいる者は萎縮し、能力を発揮することが出来なくなってしまったのである。
 一方で、そうした「優秀な人」の下にいれば楽だ、と思う人もいる。仕事をやる気のない人には面倒なことは上司に任せて、自分はイエスマン、小間使いのロボットに徹していればいいからだ。
 だが、真に優秀な上司というのは、自分の能力と共に、部下の能力も伸ばすことを考えてくれる人だ。そうした人は人間の能力には限界があることも理解しれくれていて、決して無理なことまで要求しない。会社全体が伸びていくことを考える懐の広い人である。そんな理想的な人がいれば最高であるが、現実的にはそうした人は極めて少ない。「自分は優秀な頭脳と行動力を持っている」と思い込むことで、部下を腐らせる「自称・優秀上司」ばかりが目に付く。
 もっと悪いのは、能力もないくせに、部下に何事も押しつけ、自分の判断ミスから失敗しても責任も部下に押しつける駄目上司だ。それでいて、こうした人に限って妙に自分に自信を持っていて、自分の能力は抜群だと信じている。「俺の考えること、やることはすべて正しく、悪いのは他人だ」と思い込む。他の人は呆れているのに、それに気づくことなく単純に自分を信じているKY。そうした人ってある面でとてもおめでたい人物と言えよう。
 ところで、駄目上司と決め込み、面従腹背しながら、陰で上司の悪口を言っている部下も同罪である。自らの能力の欠如がそうした上司をのさばらせた原因であることを理解出来ていない人は、文句を言う権利もない。
 かくを言う小生の場合、これまで駄目上司もいたが、中には小生の能力を伸ばしてくれるとても素晴らしい上司もいた。リタイアした今、あらためて思い出してみると、そうした尊敬すべき「優秀上司」に出会えた自分は幸運だったと思っている。
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by weltgeist | 2010-01-31 22:07

サリンジャー、「ライ麦畑でつかまえて」と人の死 (No.629 10/01/30)

 「ライ麦畑でつかまえて」の作者、サリンジャーが1953年以来隠遁生活をしていたニューハンプシャーの自宅で亡くなったというニュースを昨日聞いて、「まだ生きていたのか」と驚いた。91歳だったという。それで今日は世界中で驚異的なベストセラーになったこの本を取り上げてみようと思ったが、肝心の本がどこかに紛れてしまってみつからなかった。従って、今日は本の写真は無し。「サリンジャー」についての小生の感想だけにとどめておきたい。
 今の若者がサリンジャーを好んで読んでいるのかどうか知らないが、小生の青年時代は誰もがこの本を読んでいるのが当たり前で、読んでいないと「エッ、読んでないの、遅れてる~・・」と軽蔑されかねないほどの人気小説であった。しかし、ひねくれ者の小生、ベストセラーと言われると、意地でも読むものかと思い、多くの「ベストセラー」はスルーしている。元々、世間一般で受けるものなどろくなものはないと信じているからだ。この傾向は今も続いていて、世間で評判になったベストセラー本はほとんど読んでいない。
 だが、なぜかこの「ライ麦畑でつかまえて」だけは読んでいるのである。理由は思い出せないが、多分、サリンジャーが変わり者で、高い塀に囲まれた家でマスコミを避けていると知ったからではないかと思う。しかし、読んでみてどうだったかと言うと、やはり「面白くない」というのが正直な感想だった。
 たしか、その頃見た「コレクター」という映画で、蝶の標本を集める変質者が「標本用に」誘拐してきた女性にサリンジャーのことを話し掛けられる。女性は「ライ麦畑でつかまえて」を話題にして何とか変質者を懐柔しようと試みるのだが、蝶収集マニアの主人公は「あんなの金持ち息子が自分勝手な文句を言ってるだけだ」という趣旨(昔のことで正確なせりふは覚えていない)を語っていたと思う。小生もあの映画を見たとき、まさに同じように思っていたから覚えているのである。
 小生が82年に始めてニューヨークへ行ったとき、主人公の高校生が妹とマンハッタンで「家出ごっこ」をするシーンを思い出しながら、ニューヨークの町並みをサリンジャーの目で見、セントラルバークを歩いた記憶がある。小生にとってサリンジャーはその程度の作家であった。所詮、ベストセラーになる本の多くはこの程度のものでしかない、という気持ちは今も全く変わっていないのである。

 実はサリンジャーが亡くなった同じ日に小生は、ある知り合いの葬儀に出席していた。葬式はその家の墓があるお寺のお坊さんがお経を読んでいる間に、参列者が後ろでお焼香して死者を弔う。そして、全員が焼香を終えたら、喪主の挨拶があり、火葬場に送られて終わりである。
 葬儀のやり方は寺の宗派や、その土地によって様々あるだろうが、基本的には葬儀屋さんとお坊さんとが式を進行し、我々はただ後ろでお焼香だけすればいい。今回もこのように葬式は進んで行ったのだが、小生は突然何か奇異な感じを受けてしまったのである。
 一つは坊さんが読むお経の意味が全然分からないことだ。むにゃむにゃ言っているがこれでいいのだろうか。いや、むしろ坊さんは我々にわざと分からないような言葉を言っている気がしたのである。そして、難しいお経に合わせて鐘や木魚などを叩き、これまた意味不明な仰々しい動作をしている。こうしたことのすべてが葬儀を厳粛に見せるためのパフォーマンスにすぎないと思ったのだ。
 葬儀に出席している我々は、坊さんがやる訳も分からないことをただ黙って見ているだけでいい。むしろ意味が分かったら厳粛さがなくなると思っているようである。昔の自分はそれが死者を送るための儀式だから、素人は黙って流儀に従えばいいと思っていたが、その意義を考えたら何か馬鹿らしくなってきたのである。
 そもそも、死んだ人の霊とはどこにいるのだろうか。まだ、棺桶の中にある死体と共にあるのだろうか。それとも、すでに霊は抜けて天国なり地獄なりに行ってしまっているのか。いや、無神論者なら死んだところですべて終わりで、霊なんか存在しないと言うだろう。いずれにしても、たいへん曖昧でわかりにくい中で、我々は坊さんのお経を聞き、目の前にある祭壇と棺、戒名が書かれた位牌に向かってお焼香しているのである。
 だが、本当に霊があるとすれば、すでにそれはもう肉体を離れて天国か地獄に行ってしまっているはずである。そんな祭壇や位牌にお焼香するより、心の中で「安らかに天国へ行ってください」と祈る方がずっと死者のためになると思ったのである。お坊さんは芝居じみたパフォーマンスをやめて、我々に分かりやすい言葉で黄泉(よみ)の国のことを教え、共に死者を送るのが葬式の本来の姿ではないかと思うのだ。
 日本人は八百万の神(やおよろずのかみ)を信じていながら、結局は何も信じていない。だから真の宗教は日本には育たないと言われているが、このような仏教の「愚民政策」がその下地を作っているのだ。坊さんの意味不明のパフォーマンスは、一種の目くらましであり、人の死を利用したお金儲けではないかと思うのである。
 ちなみに、たしか「ライ麦畑でつかまえて」の中で、主人公の知り合いが格安の葬儀屋チェーン店を作って大もうけした話が出てきたと思うのだが、小生の記憶違いだろうか。葬儀がお金儲けに利用されるのは洋の東西を問わず同じようだ。また、人嫌いだったサリンジャーが世間の人と最後に顔を合わせる葬儀がどのように行われたのかも興味があり、知りたいと思う。
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by weltgeist | 2010-01-30 23:26

腰痛治療への道・その3、ペインクリニックの神経ブロック注射 (No.628 10/01/29)

 ぎっくり腰を繰り返し、足の付け根まで痛みが拡大してきた小生は、名医と言われる病院や整体、接骨院など、様々な場所での治療に通い、そのつど挫折してきた。だが、いくら治療しても治らない腰痛に業を煮やしていて、今回ようやくペインクリニックという痛み専門に扱う病院に行き着いたのである。ここで、小生のようないわゆる座骨神経痛患者には、ブロック注射が有効だという診察を受けた。クリニックのK先生の言う言葉は今までの病院と違って、何か希望が持てそうな感じを受けた。しかし、その治療には多少の危険度もあり、また痛みがとれないこともありうる。それと、小生は抗血液凝固剤、ワーファリンという血液をサラサラにする薬を常用しているから、出血によって最悪の場合は半身不随になる可能性もあると、マイナス要因の説明も言われた。
 しかし、そうしたことはどんな医療行為でもあることで、あなたの場合は注射によって画期的に良くなる可能性があるから、やってみる価値はあるのではないか、と言う。痛みはブロック注射で取れる可能性が高いのだ。だが、問題は小生のワーファリンだ。これを止めることは脳梗塞の危険度が増すが、それを自分はどう判断するかだ。すこし悩んだ末に、脳梗塞が起こらないことを祈って、治療の4日前からワーファリンの服用を止めて、ブロック注射を受けることにしたのである。
 幸い脳梗塞も起こらず、注射する当日の朝を迎えた。そして、普通に食事をしてペインクリニックに入ると、まず小生の血液の粘度を調べた。PT-INR値と言って、通常は血液のサラサラ度がPT-INR2.5くらいにワーファリンで保っているのだが、これでは出血があった場合は血が止まらず危険である。K先生はPT-INR値が1.5以下に下がっていない場合は今日の注射は止めて、もう一日間を開けてやるということだった。だが、血液検査で1.1と出たので、ゴーの判断になった。いよいよこれでブロック注射を始めることが出来るのだ。
 名前が呼ばれ、ベッドに左側を下にして、背骨が丸くなるようにして待っていると、K先生が来て、注射前の注意事項を言われる。患部は非常に微妙な場所だから、正確にハリを打たなければならない。K先生はこの道では相当の権威だそうで、かなりの数の治療経験があるベテランだから、信じていいのだろうが、それでも「もし失敗して半身不随になったらどうしよう」という心配がよぎる。
 話ではブロック注射はたいへん痛いと聞いていたので、いざそのときになるとものすごい緊張感が走った。小生、少々のことでは動じない強そうな風体に見られるらしいが、実はとても気が弱いのだ。「それでは始めます」という先生の言葉に「神様、どうか注射が失敗しないように私をお守りください」という祈りの言葉が自然に出てきていた。
 背中を丸めているのでどのような作業をしているのかは、一切見えないが、最初に背骨の周辺に麻酔薬の注射をした。これがちくりとした痛みがあったが、その後多分、3回ほど注射をやったようだが、痛みはほとんど感じない。ものすごく痛い注射と言われていたにしては、別に怖がるほどのものではなく、「終わりましたよ。出血もないから大丈夫、成功だ」という先生の言葉に何か呆気ない感じもした。
 注射終了後、痛い左足を下側にして15分、そのままの姿勢で安静にした。こうすると薬が痛い方に下がっていくらしい。そして、15分経過した後はさらに90分、ベッドで横になっている。麻酔だから、すぐは動けないのだ。この間は、持参した本を読もうとしたが、頭がボーッとして読んでも内容が理解出来ないので、結局はそのままじっとしていた。 頭にまで麻酔が効いているのかもしれない。
 看護婦さんが「もういいでしょう」と言われ、ベッドから起きあがるとき少しフラッとした。しかし、先ほどまであった左足の鈍痛はない。どうやら注射が効いてきたようだ。飲み薬も入れて全部で3900円の会計を払って、外に出るとまだ少しふらつく。
 車に乗って自宅に帰る途中でもボーッとした感じは続いていたから、もう少しベッドに寝ていた方が良かったのかも知れない。しかし、無事に家にたどり着くと、妻が「顔色が悪い。真っ青だ」と言う。そんなことを言われると副作用が心配になるが、2時間ほどすると顔色も良くなり、ふらつき感もなくなる。それより画期的だったのは、朝まであった痛みが全然感じなくなったことだ。どうやら小生の場合ブロック注射は効いたようだ。
 だが、注射による麻酔効果は3時間程度で薄れてくるからその後どうなるかが気になる。先生はブロック注射は一度ではなく、効果の程度を見ながら数回は打つ必要があると言っていた。だから、今日の注射ですべて治ったと思うのは早計であるが、それでも効きのすごさにうれしさがこみ上げてくる。
 注射当日はどんなことが起こるか分からないので、おとなしくしていたが、翌日は早速前の山に散歩に出た。足腰がこれにどう反応するか、自分でも調べたかったから、処方された痛み止めも飲まず、山に向かう。すると、やや左足が重いながらも、普段だったら痛くて休まなければならない地点を通り過ぎても、痛くならない。いや、普段の3倍近く歩いたのに、痛みがないのだ。
 しかし、そうだからと言って、このまま痛みが引っ込むとは思えない。とにかくしぶとい痛みだったから、簡単にはいかないはずだ。油断は出来ないのである。
 今日は第一回ブロック注射を打って丁度4日目である。現在のところ以前のような痛みはない。しかし、依然として左足には鈍いしびれ感が残っている。やはり一度で治すことはできないのだろう。このためにも来週にはもう一度、追加のブロック注射を打たなければならないと思っている。
 これまで腰痛治療は試行錯誤の連続だった。どれもうまくいかず、苦しむだけだったから、今回のブロック注射でも完全に治ると期待することは止めようと思う。もしかしたら、いまはいいかもしれないが、しばらくするとまた元の木阿弥に戻るのではないかという不安を払拭しきれないのだ。
 いずれにしても、来週の第二回目のブロック注射、さらにそれ以降の治療経過についても逐一報告だけは続けていこうと思っている。もし、自分の治療がうまくいったなら、他の腰痛難民への福音になると思うからだ。

この項「腰痛治療への道」は、次の新しい治療が行われたら、また報告します。
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ブロック注射の後、いつも散歩している山に行ったらあまり痛みを感じることなく歩くことが出来た。注射が効いているのだろう。山では長い望遠レンズで野鳥の写真を撮っている人たちと出会った。重いカメラ機材を担ぎ上げて、冬の鳥を撮影している皆さんの足腰はきっと丈夫なのだろう。小生も早くこの人たちと同じくらい安心して歩けるようになりたいと思った。
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by weltgeist | 2010-01-29 23:13

腰痛治療への道・その2、ワーファリンの恐怖とペインクリニック (No.627 10/01/28)

 腰痛難民に特徴的なのは、どこへ行っても治らない自分の病気への絶望感と現代医学、とりわけ、整形外科病院に対する不信である。ぎっくり腰で整形外科病院に行けば、どこでも電気による温熱療法や湿布、痛み止め薬を出す程度で、後はストレッチなどの体操で腹筋を鍛えろと曖昧なことしか言ってくれない。
 実際、ぎっくり腰はしばらく安静にしていれば痛みが治まってくるから、軽い人はこの程度の「治療」で十分なのだが、小生のように慢性的な重傷者にはこんな治療は何の助けにもならない。当たり障りのない治療しか出来ない病院に失望し、「どこか他にいい病院はないか」と探し始めるしかないのだ。これが腰痛難民の始まりである。
  そんな青い鳥を求める人たちに魅力的に映るのは「腰痛は斬らずに治る」などと宣伝文句を掲げる様々な民間療法だ。小生もそれを信じて整体の治療院に通った。整体師は何か新興宗教の教祖然とした人で、「あなたの背骨、骨盤はゆがんでいる。これが諸悪の根源だ」と言って、怪しげなゴムのバンドを取り出すと「こいつを腰のまわりにキュッと締め付けて、腰を振っていればいい。あとは私の骨盤矯正で3ヶ月もすれば治りますよ」と言って、小生の足と腰をバキバキと動かした。
 多くの人は不思議なことに整体師の言葉通り、3ヶ月もすると痛みがすっきりとれてしまう。だが、冷静になって考えてみると、それが整体の治療で治ったのか、それとも自然治癒したのかは分からないのだ。腰の痛みはある程度の軽傷なら安静で治ることが大半である。たまたま整体を受けた時自然治癒して治ったのが、「先生のおかげ」と勘違いしただけかもしれないのである。
 小生の場合は、整体を信じたことが大失敗になってしまった。骨盤のゆがみ矯正と称してグキグキとやられたことで、痛みが一気に増してしまい、それまで多少歩くことが出来たのが、身動きとれないほどの痛さになってしまったのである。
 そうした試行錯誤を繰り返して行き着いたのがペインクリニックだ。ペイン、すなわち「痛み」を専門に取り扱う病院である。わが家から車で10分という近さにあるそのクリニックに行くと、待合室には歩くのもやっという様子の痛々しい患者さんが沢山いた。話を聞くといずれも小生と同じく、体のどこかが猛烈に痛くて、様々な病院を遍歴した末にここに来た人ばかりのようだ。
 そこには一般病院で治らなくて苦難の道をさ迷って来た難民たちの最終避難場所のような雰囲気があった。だが、小生、なぜか彼らを見て明るい気持ちになってきた。というのも、いままで「なぜ俺だけがこんな痛い思いをしなければならないのか」と自分一人で悩み、悶々としていたのが、同病相憐れむで、他にも同じような人が沢山いるのを見たからである。世の中には自分と同じように体の痛みがどうしてもとれなくて苦しんでいる人が沢山いることを実感したのである。
 クリニックのK先生は、レントゲンなど、諸々の検査をしたあと、小生だけで約1時間たっぷりと時間をかけて診てくれた。いままで受診してきた他の整形外科では、数時間待って、わずか5分程度の診察しかしないのが普通である。それが、小生の体を色々動かしたりしながら、徹底的に診る態度に少し感動した。医者はこうでなければ患者との間に信頼関係はむすばれないだろうと思ったのだ。
 K先生の診断結果はやはり脊柱管狭窄症であり、今の痛みを取るなら硬膜外ブロック注射が効果的だろうという。ただし、それは簡単ではない。痛みを取るには向いているが、高度に熟練したテクニックを要する危険度の高い注射なのだ。とくに、小生は心臓手術以後、血液に血栓が出来ないよう抗血液凝固剤のワーファリンという薬を常用している。これを飲んでいると、ちょっとした出血でも血が止まりにくくなる。ブロック注射は背骨と背骨の間から硬膜と言われる所の手前に局所麻酔薬を注射で注入し、痛いと感じている神経を麻痺させてしまう治療法であるが、注射針を刺す時毛細血管を刺して出血することがある。出血が脊髄神経に入ると最悪の場合半身不随になる可能性があるから、簡単には出来ないと言うのである。
 この危険を避けるには、注射をする3~4日前からワーファリンの服用を止めなければならない。出血しても大事に至らないですぐに止血できるよう血液を通常の粘度に戻しておく必要があるのだ。
 だが、ワーファリンを止めることは、体内の血管に血栓が出来やすくなることでもある。小生、昨年の7月にちょっとワーファリンの服用を止めたら、たちまち血栓が脳に飛んで、軽い脳梗塞を起こして、一週間入院している。今回も止めればその危険性があるのだ。しかし、それを止めなければブロック注射も出来ない。痛みもどんどん強くなるだけである。
 迷った末に、K先生にブロック注射を打ってもらう決心をした。しかし、そのためには注射の4日前からワーファリンの服用を止めなければならない。前回の脳梗塞がトラウマとなっているが、いまやそんなことを言ってられない状態なのだ。待ったなしのところまで追い込まれ、ついにワーファリン服用を中止した。そして血栓が出来ないように、脳梗塞が再発しないようにと、祈るような気持ちで4日間を過ごした後、いよいよブロック注射を打つことになったのである。
以下明日に続く

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by weltgeist | 2010-01-28 23:57

腰痛治療への道・その1、腰痛難民は希望無き道をさ迷う (No.626 10/01/27)

 2007年6月、小生は韓国南部、ソムジンガンという川でアユ釣りをしていた。韓国の川は釣り人が少なくアユの魚影は抜群に濃い。連日信じられないほど沢山のアユが釣れて「ここは天国のような夢の釣り場だ、アユがいくらでも釣れるぞ」と喜んでいたのである。ところが、釣りを始めて3日目の午後、突然腰から足の付け根付近に強烈な痛みが来て、立っていられなくなったのだ。
 それまでなんの問題もなく川に立ち込んで釣っていたのが、竿を持っていることもできないほどの痛みが突然襲ってきたのである。こうなると釣りどころではない。陸に上がって釣友が釣るのを見ているだけの病人状態になってしまった。しかし、まだこのときはそれが長い苦難の旅の始まりとは思いもしなかった。最終日は釣りができなかったとはいえ、帰国してしばらくすると痛みは消えたからあのときのことはすぐに忘れてしまったのである。ところが、それからしばらくした頃、釣りに行ってまた同じ痛みが出てくるようになった。原因は分からないが、ぎっくり腰とは少し違う痛みが腰と左足に出てくるようになったのである。
 だが、それも最初は釣りに行って長く立っているときだけで、普段は何の症状も出ない。だから痛みがでたときだけ、近くの整形外科に行って電気治療をやる程度で済ませていたのである。病気がどれほどひどいものになるか、全然気づかず、ピントはずれな治療を行っていたのだ。それでも昨年の前半はまだ我慢出来るくらいのものだったから、ちょっと程度の悪いぎっくり腰で、しばらくすれば自然に治ると思っていたのである。
 ただ、それでも小生には腰痛があるならそれをしっかり治しておかなければならない理由があった。7月にパミール高原に行く予定をしていたのだ。4000mの山を登るには足腰は万全でなければならない。そのためには足腰の鍛錬としてトレーニングをしておく必要がある。しかし、腰が痛いとそれが出来ないから近くの整形外科病院で強烈な痛み止め、「ボルタレン」を処方してもらい、これを飲んでトレーニングを開始したのである。それが悪夢の第二段階の始まりであった。
 ボルタレンは鎮痛効果の高い薬だが、胃を荒らす副作用が強い。小生は心臓手術以後、血液に血栓が出来ないように、抗血液凝固剤のワーファリンという薬を常用している。これを飲んでいると、ちょっとした出血でも血が止まりにくくなるのだが、この病院はそんなことを考慮せずにボルタレンを処方し、それを何の疑問もなしに飲んだ小生は、たちまち胃内出血性の胃潰瘍を起こしてしまったのである。あとでこの病院が「藪医者」で評判と分かったのだが、すでに手遅れ。別な病院に即入院で一ヶ月近くを病院ベッドで過ごす騒ぎになってしまったのである。
 胃潰瘍が治って退院したのが5月末、パミール出発は7月1日である。それまでに腰痛は直しておかないとパミールにも行けなくなる。長年あこがれていた神秘の秘境・パミールにはどうしても行きたい。たとえはいつくばっても行くぞと思っていた小生は、胃潰瘍から退院したその足で、ある医大の整形外科を訪ねた。腰痛では一流と評判なその病院でMRIによる検査を受けたところ、軽度の脊柱管狭窄症であるとの診断を受けた。これは、加齢によって脊柱の骨の間隔が狭くなり、そこから神経が飛び出して痛みを感じるのだという診断であった。
 激痛の原因は、どうやら長年酷使してきた脊椎骨の圧迫による脊柱管狭窄症という病名であるということは分かった。だが、医大整形外科の医師が言うには「あなたの病気は年齢的なものだが、程度としてはまだ軽い。本格的な治療をするなら、脊椎に痛み止めを打つブロック注射、さらに悪化したら手術という道はあるが、まだそこまでやる必要はないだろう。まずは鎮痛剤と運動療法によって直したらどうだ」と言われ、パミール高原用に特別な痛み止めの処方箋を出してくれた。
 パミールではその薬を飲んでしのいだのだが、薬が効いたのか、山を登っているときはさして痛みは感じなかった。ところが、やはり、体には無理な力が掛かっていたのだろう。帰国して痛み止めを止めたとたんに、前とはレベルが違う猛烈な痛みが再発したのである。だが、頼みの医大病院は相変わらず薬で対処するだけである。薬がすでに効かないまでになっているのに、先生は、「たいしたことはないだろう」と判断してそれ以上の治療をやってくれないのだ。
 昨年の10月頃から小生の体は信じられないほどの早さで悪くなっていった。痛みは連日起こるようになり、我慢できないほどにまで悪化してきたのだ。たまらなくなった小生は、新たに評判の高い整形外科の病院を探して訪ねる「病院行脚」を開始することになる。3軒の有名病院を訪ね、その間に整体の治療にも通った。しかし、何をやっても痛みは減るどころか強くなるばかりで、腰から左足の先までしびれがくるまでになってきたのである。
 小生のようにどんな病院に行っても治らない人を「腰痛難民」というのだそうだ。もはや現代医学から見放された難民は、痛さに悲痛な叫びをあげつつ、新たな救い主を求めて新病院を探し歩く。いままで受けたどの病院の処方も全く効果がなかった。しかし、「きっとどこかに治してくれるところがある」と信じて、あてどもない荒野をさ迷い歩くのである。だが、そんな所があるのだろうか。なんとか治してくれる所を見つけなければ、大好きな釣りにも、また蝶の採集にも行けなくなる。いやそれどころか、ちょっとした散歩さえ出来なくなるかもしれないのだ。
 今の痛みが軽減されるならなんでもいい。小生そう思いながら先日ある友人から教えてもらったペインクリニックなる痛み専門の病院のことを思い出したのである。早速ネットで検索すると、家から車で10分くらいのところに、結構有名なペインクリニックがあるのを見つけた。そのときは藁をも掴む気持ちでそのクリニックに行ったのである。そして・・・・。
以下明日に続く
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本日、痛みがとれた足で近くの公園を久しぶりに散歩したら、もう梅の花が咲いていた。梅が終われば次は桜が咲く。そして、川にはヤマメが泳ぎ、空には蝶が飛び始める。そのときまでに今の足の痛みはどうなっているのだろうか。
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by weltgeist | 2010-01-27 23:59

ラルフ・ヴィーナー編、「笑うショーペンハウアー」 (No.625 10/01/26)

d0151247_1957879.jpg 昨日ライプニッツのことを書いた。彼は世界を見て分割出来ないまで細分化したモナド(単子)に行き着き、モナドはお互いに影響を及ぼさないように調和した状態であると考えた。ちょうど量子力学の素粒子みたいに、細分化されたモナドが世界にひしめいているが、それぞれは互いに影響し合わないよう、調和がとれた状態であるとした。だから、世界は神が創造した最善の良きものと考えたのである。
 これと似たような考えながら、まったく別な、世界は混乱に満ちた地獄のような場所としたのが、アルトゥール・ショーペンハウアー( Arthur Schopenhauer / 1788-1860年 )である。彼の主著「意志と表象としての世界」( Die Welt als Wille und Vorstellung / 1819年 )によれば、世界の根源は意志であり、世界は根源意志が細かく砕けた無数の個体意志で敷き詰められている。丁度ライプニッツのモナドと似たように、世界にある一切の物は根源意志から生まれた現象であるとショーペンハウアーは考えている。だが、ここにはライプニッツが考えたような神の調和はない。根源意志から派生した個体的意志は、それぞれ自分の意志を押し通そうとするからだ。それらはどれも自分の意志が絶対正しいと盲信しているので、徹底的に自己主張を繰り返し、お互いの意志が妥協無くぶっつかりあうことになる。これが表象としての世界の姿であり、世界はどこまで行ってもどうしようもない衝突がわき出る苦しみの場でしかない。この世の中は生きるにあたいしない、厭世主義に陥らざるを得ないと言うのである。
 こんな風変わりな哲学者だが、実際彼の著作を読むと、我々はショーペンハウアーの哲学理論より、自分に対する過度の自信とライバルに対する過激なまでの対抗心に満ちた言葉の連射に興味をひかれ、思わず吹き出したくなるのである。彼は「俺は天才だ」といいながら、自分以外はすべて間抜けで詐欺師ばかりだと言いまくる。そうした言葉はちょっとした小説よりはるかに面白く、有意義でもある、
 そんなショーペンハウアーの言葉の悪態ぶりを集めたものが本書の「笑うショーペンハウアー」(白水社発行、酒田健一訳)である。今日はその中からほんの一部だけでも取り上げてショーペンハウアーがどんなことを言っていたかを皆さんに紹介してみたい。

 ショーペンハウアーは自分の哲学には絶対の自信を持っているが、世の中は彼のことを認めない。偉大なカントは仕方がないにしても、そのあとに続く、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルというドイツ観念論が評判になっているのに自分は蚊帳の外である。それが我慢出来ないのだ。彼はおもむろに批判の言葉をぶち始める。「カントと私の間の時期にはいかなる哲学も存在せず、あるのはただ、大学のいかさま興行だけである。あの雑文の数々を読む者は、それに費やした時間を無駄使いしたことになる」 ( P.1001 ) と言って、当時人気を博していたフィヒテ、シェリング、ヘーゲルをめった斬りするのである。「私はフィヒテとシェリングをほら吹きと呼んだ。自分の学説を拙劣な帰納、誤った推論、正しくない仮説で発表する者は・・・ほら吹きと呼ばれる」p.189 「過去40年間、ドイツで哲学の名のもとに興行されてきたこの芝居の実体に、ようやく一般大衆も気づき始めた。決算の時がきたのだ。そもそもカント以降の際限のない執筆や論争によってなんらかの真理が明らかにされたろうか。その答えがおっつけわかるのだ」PP.174-175 と自分の哲学が認められないことにいらだちを感じていることをあからさまな言葉で言うのである。
 カントの哲学を引き継ぐのはこの私、ショーペンハウアーしかいない、と彼は思い込んでいる。「いつの日かカントが断念した謎を解いたのはこの私であると言ってもらえるなら、私にとってこれに過ぐる名誉はない」P.109 とカントを賞賛(と言いつつ、彼はカントが純粋理性批判の初版を書き直した第二版をぼろくそにこき下ろしている)し、「もしカントが再び現れてかかる狼藉沙汰を見たら、憤激のあまり(モーゼが)十戒を刻んだ石版を打ち砕いたときのような(激怒した)気分を味わうだろう」P.178と言っている。
 そしてとりわけ彼が敵意を燃やすのは同じ大学で人気の高い教授であったヘーゲルに対してだ。彼に対する攻撃は執拗で、言葉の毒気は最高潮に高まる。「私は炯眼(けいがん)なる同国人たちに忠告しておきたいが、もしある凡庸な男を30年もの長きにわたって偉大な精神などと吹聴したくなったとしても、あのヘーゲルのような酒場のおやじ然たる面相の男だけは選んでもらいたくない。・・・
古今の文学史全体を見ても、ヘーゲルの哲学と肩を並べるほど虚名をはせた例はまずあるまい。すべてあれほど劣悪で、明々白々な嘘っぱちとでまかせ、いや粉うかたなきたわごとはどこを探しても見あたるまい。加うるにあの論述ときては、反吐(へど)が出そうなとびきりの不快さが見るも腹立たしい破廉恥や鉄面皮と連れだっている
」P.194 と、あらゆる罵詈雑言を駆使して延々とこき下ろし続けるのである。
 そして「こんな手合いが恥知らずないかさま師であることくらい簡単に見抜けるはずだと思う。この男は世のお人好しどもを誑(たぶら)かそうと思い立ち、19世紀のドイツ人にその恰好のだまされ役を見いだしたのだ」P.199 とドイツ人たちがヘーゲルの詐欺師ぶりを分かり、いつか自分を評価してくれると期待しているのである。
 彼は大学で人気教授ヘーゲルとわざと同じ時間帯に講義を開設する。ヘーゲルに正面から戦いを挑み、どちらが優れた哲学者か決めようとするのだ。だが、ヘーゲルの人気ぶりとは裏腹に誰も彼の講義を聞きに来る学生はなく、相手にされない。これに頭にきた彼は憤然として「自分はドイツ国民をその汲めども尽きぬ愚鈍さゆえに軽蔑し、この国に属したことを恥じるものである」(遺稿)と言って、ついには自分を受け入れなかったドイツをも馬鹿者ばかり集まったどうしようもない国と言いだすのである。
 
 だが、これほどまでに強烈に自分の才能を信じ、他人を無能視するショーペンハウアーが、ペシミスト(厭世主義者)と言われるのは妥当なことだろうか。このわずかな引用文を見ただけでも、ショーペンハウアーが旺盛な生への意志を持つ皮肉屋さんであることが分かる。本書の編者、ヴィーナーは、ショーペンハウアーはペシミストではなくオプティミスト(楽天家)ではないか、むしろペシミストは、あの読む人の誰をもひどい絶望に追い込む「純粋理性批判」の悪文を書いたカントではないかと、前書きで言っている。上で添付したショーペンハウアーとカントのカリカチュアは1937年にグルブランソンという人が書いたものだが、人生に意欲的なショーペンハウアー(左)と妙に暗いペシミスト的なカント(右)をうまく書き表している。
 世界の惨状の救い難さに「太陽がいっそこの地球上にいかなる生命現象も生ぜしめず、地表を月面と同様に氷結させてくれていたら良かった」P.330と厭世的なことを言いつつ、彼は72年間に渡って強靱、かつ精力的に自分の人生を生き抜いたのである。
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*「笑うショーペンハウアー」の表(上)裏(左)の表紙で彼が犬とたわむれているイラストが描かれているが、恐らくこの犬の名前は小生のハンドルネームにもなった Weltgeist (ヴェルトガイスト=世界精神)であろう。言うまでもなく、ショーペンハウアーの宿敵、ヘーゲルが「精神現象学」で使った言葉から、自分の愛犬にこの名前を付け、犬をヘーゲルに見立てて毎日悪態をついていたと伝えられている。だが、もし犬がドイツ語を理解出来たら、その言葉の汚さに「世界精神」君も怒り出したことだろう。幸いなことに偏屈哲学者は言葉の分からない犬にだけには愛されていたようだ。
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by weltgeist | 2010-01-26 23:03

ビュリダンのロバ (No.624 10/01/25)

 NHK出版から出た、「ライプニッツ」(山内志郎著)という本を読んでいたら、「ビュリダンのロバ」という面白い話を紹介( P.42 )していた。ビュリダンというのは14世紀、フランスで活躍した哲学、論理学者で彼の著作の中で、次のようなことを書いているらしい。
 
 あるところにとても賢いロバがいた。彼は自分が正しいと思うことだけを忠実に実行し、間違ったことはやらない厳格なロバである。その彼がいつもの通り、牧場を歩いていると、前方においしそうな干し草があるのを見つける。さっそく食べに行こうとしたとき、それとは反対の方向にまったく同じような干し草があるのを発見する。両方の干し草はまったく同じ量で、同じ距離にあったからロバは、どちらに行くべきか迷ってしまう。
 干し草はいくら詳細に見ても、違いがなく、ロバからの距離も変わらない。頭のいいロバはどちらか良い方を選びたいのだが、見れば見るほどその区別は出来ず、どちらへ行くべきか判断できない。そして判断出来ないまま立ち往生し、結局は餓死してしまう。
 
 このビュリダンのロバの話をどう解釈するか。人間が善悪をどのようにして判断するのかが、このロバのたとえ話から見えてくるのである。人間はこうした状況に置かれても決して餓死などしないのは当たり前である。というのも人間はピュリダンのロバほど厳密に正しいことを守ろうとしないからだ。人間はいい加減なので、餓死するくらいならその前にどちらかを選んでいるはずである。
 ここで干し草を、たとえば現金百万円が置かれたと変えてみよう。普通なら、先に目に付いた方の百万円を手にしたら、すばやく次も取って涼しい顔をするのが人間である。現実的にはロバも同じようにどちらかの草を食べ、それが終わったらもう一方の草に取りかかることだろう。要するにこの世の中に存在しているものは人間もロバも、いざ追いつめられればどちらが正しいか、なんて考えない。たいへんいい加減な存在になるということである。正しいことを守り通して孤高の中で死んでいったロバこそ尊敬すべき存在なのである。
 しかし、人間はいい加減という結論は我々にとっては好ましいものではない。正しいこと、真理を追究し、それに忠実でなければならない人間がいい加減なものでは困るからだ。
 これに対してライプニッツはビュリダンは「全く同じ物」が世界には存在していると前提しているが、これが間違いだと言う。ライプニッツは「自然の中に二つの物がまったく同じように存在するにしても、そこには内的差異、ないし内的規程に基づく差異を見つけることが出来ないことは決してない」(モナドロジー、第9節)と言っている。つまり、似たようなものがあるようでも、詳しく見ればどれも差異、違いがあって、同じ物は世の中に二つと無いというのである。干し草は同量、同距離でも、その質、つまり草のおいしさは違うから、ロバは経験的に知っているおいしい方を選び、決して餓死はしないのである。ビュリダンのロバは、単に量と距離という単位だけで判断を迫っているところに、間違いがあると言うのだ。
 ライプニッツに言わせれば世の中にあるものはどれも独創的なもので、同じ物はないことになる。ここから彼は自分の哲学であるモナド(単子)論を展開していくのである。だが、そうなると問題になってくるのは、個々にあるモナド=単子相互の関係だ。それぞれのモナドが自分の個性を主張し、自分勝手に行動すれば、世の中はたちまち混乱することになるだろう。
 少し前に小生は社会に流されず、自分を確立した個性的人間になれと言った。しかし、全員が自分の個性を極端に主張すれば、各人が勝手に振る舞う混乱した社会が出現することになるだろう。個性化と社会の調和は難しい問題である。ライプニッツはこの問題を、個々のモナドはそれぞれ勝手に行動しているようでいて、実は神の手の下にある「予定調和」があるから秩序は保たれるということで、解決しようとした。だが、それを逆に極限化した人がいる。ショーペンハウアーだ。彼については明日書くつもりである。
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by weltgeist | 2010-01-25 23:28

いただきます、の前に (No.623 10/01/24)

 皆さんは食事はどのようにして始めるだろうか。「そんなもの、どのようにもないよ。支度が出来たら”いただきます”と言ってすぐに食べ出すだけだ」というのが普通だろう。以前の小生もそうしていた。いや若い頃は「いただきます」も言わずにテーブルに置かれるやいなや、無言で即食べ始めていたものである。子供の頃は母親が、今は妻が作ってくれるものを当然のように食べるだけだった。しかし、最近の小生は食事の前に軽い感謝の気持ちを表現し、その後「いただきます」を言っておもむろに食べ始めることにしている。食事が出来ること、今日も自分が生きながらえられたことに感謝し、頭(こうべ)を下げるのである。
 外のレストランで注文した食事を食べる時など、自分のお金で注文したんだから、感謝もないだろう。さっさと食べないと料理が冷めてまずくなるだけだ、と昔の小生は思っていた。それがある人から「今日我々が食事が出来るということを考えたことがあるか。実はこれってたいへんなことなのだ。それにささやかでも感謝の気持ちを表したらどうか」と言われ、やってみたら、自分の気持ちそのものが何か根本的に変わってくるような新鮮さを覚えたのである。
 毎日食事をすることは当たり前のことであると思っていた。しかし、今回のハイチの地震で分かったように当たり前に食事が出来ない人たちは世界中にまだ7億人以上いるのだ。そうした人から比べたら、自分はなんと幸せなことだろうかと感じ、自然に感謝の気持ちが深まるのである。
 そうした感謝で食べ始める食事は、普段まずいと思っていたものでも、不思議なことにおいしく感じられるようになる。というか、もともと小生は粗食人間であったが、粗食であっても何の不満も感じず、かえって満足感を得るようになったのだ。
 皆さんに無理矢理強制するわけではないが、一度、自分が食べている食事のことについて思いを馳せてみてはどうだろうか。茶碗に盛られたご飯を前に、農家の人がどれだけ苦労して稲を育て、収穫した結果であるかを考える。野菜も肉も魚も、食卓に並ぶまでに沢山の人たちの丹誠の結果であることを思い浮かべることは、今食べているものの大切さをきっと実感させてくれることだろう。
 いただきますという言葉は、まさに日本人が食事に対する感謝の気持ちを表したものであったが、いまその意味はほとんど顧みられていない。形骸化した「いただきます」ではなく、その前にほんの数秒でいいから、自分なりの感謝の気持ちを表してみたら、世界が違った面で見えてくると小生は確信している。外食でお金を払って、当然のように食べているときでも、それは人の汗の結晶であることが分かる。人はこうして社会全体がお互いに支え合っていることが見えてくるのだ。他の人に聞こえないような小さな声でいい。しかし、自分の心の芯には確実に聞こえるつぶやきで、一度試しに感謝の気持ちを表してみることをお勧めしたい。
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by weltgeist | 2010-01-24 21:52

ヒエロニモス・ボッシュ、「聖アントニウスの誘惑」 (No.622 10/01/23)

 一昨日と昨日、ボッシュの「聖アントニウスの誘惑」の左右パネルを添付写真として使用したので、今日はこの絵について書いて見たい。しかし、この絵を描いた画家・ボッシュのことを書く前に、まず聖アントニウスという人物について説明しておく必要があるだろう。彼は3世紀、エジプトのアレキサンドリアで生まれた敬虔なクリスチャンの青年で、20歳の時両親と死別する。そして、莫大な親の遺産を譲り受けるのだが、それをすべて貧しい人に寄付すると、自らは砂漠に入ってしまう。罪深い人間の悪い面を少しでもそぎ落とし、完全な人間になりたいと、砂漠の中で禁欲生活を始めるのである。今の我々でも難しいお金、財産、名誉などへの欲望をすべて捨て去ろうと決心するたいへんな人物だったのである。
 まして彼はまだ20歳という若さである。人間的な欲望を断ち切ることなど出来っこないと悪魔は思い、修行中の彼に様々な誘惑を仕掛けて邪魔をしてくるのである。すべてを捨てて神に近づきたいと願うアントニウスは誘惑多い都会生活を捨てて、砂漠に入って修行を始めるのだが、悪魔は人間が欲しがるあらゆる欲望をちらつかせる誘惑を仕掛けてくる。悪魔は若い男が一番弱い女の姿で誘惑するが、それでも彼は動じない。業を煮やした悪魔は最後は恐ろしい妖怪たちに命じて彼を襲わせるが、彼は挫けないのである。
 彼は長い砂漠での修行の後、さらに20年間もの間、地下の墓地に一人で閉じこもってさらなる禁欲生活を続けるという、極めて超人的な意志の強い人であったのである。ここまで徹底したアントニウスの評判を聞きつけた人が彼のもとに集まり、共同生活を営むようになる。これがキリスト教の修道院の始まりであると言われている。彼は100歳を越えるまで長生きしたと伝えられているが、その生涯はずっと禁欲的な修行の連続であった。キリスト教の修道院の原型を作った模範的人物として、アントニウスは後に「聖人」とされ、今では「聖アントニウス」と呼ばれるようになったのである。
 「聖アントニウスの誘惑」は、こうした誘惑をはねつけるアントニウスの姿を描いたもので、西洋美術の重要なテーマとして沢山の画家によって描かれている。その中でも一番有名なのが、このボッシュの「聖アントニウスの誘惑」なのである。
 今日ここに紹介するのは、3枚の絵からなる中央の部分で、昨日まで紹介した2枚はそれぞれ、蝶番で蓋をする構造になった、いわゆる三連祭壇画外側ウイングの絵である。今日取り上げるセンターパネルでは絵の中央でやや前屈みになった黒い服を着た人物がアントニウスである。そして、彼の回りにはきれいな女性から、怪しげな修道女、人間とも動物ともつかない奇怪な人物、さらに魚や鳥、豚などへんちくりんなものが取り巻いている。これらはいずれもアントニウスを何とか誘惑しようとする悪魔の働きかけなのだが、その表現法がたいへんユニークである。
 中世では悪魔は現実的に存在するものと人々は信じて疑わなかった。だが、実際に悪魔を見た人はいないのだから、想像して描くしかない。それは恐ろしい存在と思われていたことは間違いないだろう。ところが、ボッシュは悪魔をそうした怖い存在ではなく、何かユーモアが漂う不思議な生き物として描いているのである。この絵に登場する奇怪な生き物のどれもが絶対現実にはいないものでありながら、不思議なリアリティに満ちていて、我々が住む常識的な世界の片隅にこのようなものがいてもおかしくはないという気持ちにさせられてしまうのである。
 ボッシュの絵はどれもこうした幻想的な作風で描かれている。彼の代表作「悦楽の園」(1505-16年、マドリッド、プラド美術館)には同じような奇怪な人間から動物、妖怪まで沢山登場してくるが、いずれもどこかユーモラスで「怖くない悪魔」として描かれている。しかし、「悦楽の園」では人間は快楽におぼれていく愚かさから最後は地獄に転落していく人がいることを描いているのに対し、「聖アントニウスの誘惑」では、そうした誘惑に対抗しようとする「聖なる人」としてのアントニウスを描いている。
 ボッシュが描いたどの絵もまず感じるのは人間のだらしのなさである。人間は欲望の欲するがままに行動していく。欲望は果てしなく続き、人間の醜さを表しながら、最後はそのその責め苦として、地獄に堕ちて行かざるを得ない。ユーモラスでありながら、怖く、かつ教訓的な画風を描いているのである。その基本思想は「聖アントニウスの誘惑」でも同じである。このような独創的な絵が今から500年も前に描かれたとは信じられないほどである。、
 同じ聖アントニウスの誘惑を描いたマティアス・グリューネバルトの作品も下に添付したので今回はこの絵と比べて両者の違いを見ていただきたいと思う。
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下の絵は同じ聖アントニウスの誘惑を描いたマティアス・グリューネバルトの作品。コルマール、ウンターリンデン美術館にある「イーゼンハイム祭壇画」の外パネル。(イーゼンハイム祭壇画については2008年3月8日、N0.36でウンターリンデン美術館に行った時の印象を参照してください)

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by weltgeist | 2010-01-23 23:57

ちょっと立ち止まって見よう (No.621 10/01/22)

d0151247_21545714.jpg 世間には暗黙のうちに了解されている「コンセンサス」のようなものがある。学校を卒業したら必ず就職すべしとか、女は30歳までに結婚すべし、といったしきたりだ。こうしたことは法律で守らなければいけなものではないが、守らないと世間から白い目で見られる。たとえば、世間の人がフリーターに厳しいのは、彼らが「卒業したらきちんと就職する」という暗黙の了解を守っていないと思われるからだ。他にも似たようなことは無数にあるだろう。社会は法律で規制されるとともに、こうしたしきたりで補完され安定性を保っていると言えよう。
 しかし、法律はともかく、しきたりの根拠はかなり希薄なもので成り立っている。学校を出る人の大部分が即就職するのは事実であるが、就職出来ない人、しない人だっている。自分の一生の仕事として気に入ったものがないからと、あえて就職をしないでフリーターを続ける人がいてどこが悪いのだろうか。将来お金のないホームレス予備軍になるから忠告しているのだ、とでも言いたいのだろうか。とすれば、彼は「お金が人生を左右する」という前提を「正しいもの」として言っているにすぎない。
 しきたりは確かに大多数の人がお互いに軋轢なしに生活するための知恵かもしれないが、ひとたび社会の「規格」から外れた人には重圧の震源地となる。社会全体がしきたりを守っているからと言って、必ずしもそれが正しいとは限らない。世間のしきたりは長い間に築きあげられた安全弁のようなものかもしれないが、そうだからと言って、それに従う理由にはならない。それは個人の主体性への干渉である。無批判的にしきたりを受け入れている人たちこそ一度冷静になって、その根拠が正しいのか検証すべきではないだろうか。
 日本では異端は受け入れられない傾向が強い。人と違う個性的な子供はいじめのターゲットになる。多様であった人の個性は世間でもまれて当たり障りのない「まろやかな没個性」に変えられてしまうのである。しかも、そのことに誰もが気が付いていないのだ。皆と一緒に歩くことは一番楽で、安全である。しかし、あえて皆と違う道を歩くこと、人と違うことで自己の個性を伸ばそうとする試みは、しきたりの名の下では否定されてしまうのである。時代の求めに迎合する人間などどうでもいい。若者には時代を超えた人間を目指して欲しいのだ。
 社会に迎合することだけを考えている人は、結局流されるだけの無批判的人間にしかなれない。時には時代に反抗する、時代を批判する人であってほしいのだ。
 そのためにもまず常識を疑ってみる。世の中が正しいと言っていることの前提から問い直してみる。本当にそうなのか、必ずしも正しいとは限らないのではと疑ってみることからスタートしたらどうだろうか。
 たとえば、今日のニュースでデパートの売り上げが前年比10.1%減、スーパーが4.3%減で、それぞれ過去最大の下落率だったと報じていた。デパートは24年前の1985年の段階まで落ち込んだというが、この報道は、経済が常に上向きでなければならないという前提に立っている。その前提を放棄して視点を変えれば、我々はまだ1985年の段階をキープしていることに目が行き着くであろう。1985年を思い出しても、小生にとってそれほど辛い時代ではなかったと思う。少し視点を変えるだけで世の中、別な様相で見えてくるのである。
 今の社会、すべてマイナス思考である。どこを見回してもいい話が出てこない。こんな時は無批判的に社会の大勢を受け入れるのではなく、思い切って逆の発想を持ち込むくらいの反逆精神があってもいいのではないだろうか。一番恐れるのは、しきたりの圧力に負けて「自分」を失うことだ。自分は自分だと強く信じることこそ重要ではないだろうか。

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写真は昨日に続いて、ヒエロニモス・ボッシュの「聖アントニウスの誘惑」の右パネル。左のスケート靴を履いた鳥は昨日の左パネルの部分。
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by weltgeist | 2010-01-22 23:54