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誕生日は自分史の一里塚 (No.542 09/10/31)

 今日は小生の67歳の誕生日である。それはとてもおめでたい日となるべきはずである。だが、一休禅師の言葉を借用させていただけば、誕生日は「地獄の道の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし」の心境である。若い頃なら歳をとるほどだんだん賢くなるし、また社会的にも収入的にも力をつけていく登り調子であったが、今はだんだんじいさんになって、頭は悪くなる、収入はなくなるだけの下り坂人生である。世代交代という意味では仕方がないから、甘んじなければならないが、誕生日を迎える度に少し寂しい気持ちになるのはいかんともしがたい。
 だが、昨年も書いたことの繰り返しになるが、小生の誕生日である10月31日は欧州では昔の聖人たちの霊があの世から戻ってくる「万聖節」であり、日本のお盆のようにかがり火をたいて霊を迎える記念の日である。それで、今日の夜は子供たちが魔女の格好をして町を歩く、ハローウインが各地で繰り広げられるはずでもある。
 さらにはこの10月31日は、宗教改革の発端となったマルティン・ルターがドイツ、ビッテンベルグの教会の扉に「95ヶ条の提題」ドイツ語で Die 95 Thesen 、ラテン語の正式名は Disputatio pro declaratione virtutis indulgentiarum (免罪符の意義と効果に関する意見)を貼り付けてカソリックの本堂、ローマ教皇庁に異議を唱えた日でもある。当時のローマ教皇庁は罪深い人間は、ありがたい御札である「免罪符」を買えば天国に行けると言って、民衆をだまして金を巻き上げていた。そんなローマ教皇庁の堕落ぶりに頭にきたルターが「免罪符で天国に行けるなど嘘っぱちだ」と言って、質問状を貼り付けたのが1517年の今日、10月31日である。キリスト教が盛んな欧州の国々ではこの日を万聖節と共に「宗教改革記念日」としてお休みにしている。
 小生、これまで67回もこんなめでたいことが重なる日を誕生日として迎えてきたわけだが、長い間そんなにすごいことが起こった歴史的な日であるとは知らなかった。しかし、1942年の10月31日、折しも風雲急を告げる準戦時下に小生は生まれ、第二次大戦もやり過ごして生き抜いて来た。
 顧みれば時間の経つのは本当に早い。子供頃からの自分の育った環境を思い起こすと、ものすごい変化の時代を生きてきた気がする。物心がついて周囲のことが分かる歳になったときの記憶は、米軍の爆撃によってできた一面の焼け野原である。そして、小生が小学校にあがったときは、まだ第二次大戦の爆撃で焼かれた跡が残っていて、学校の校舎も半分くらいしかなかった。それなのに生徒の数が多いから、教室が足りなくて、二部授業といって、午前中と午後で生徒を分けて教室を使ったいたのである。
 交通機関も車などほとんどなく、たまに通る車は日本に駐留する米軍のジープで、これが通った後の排気ガスが魅力的なにおいがして、車の音がすると子供たちは家から飛び出して排気ガスのにおいをかいだものである。信じられないのは、小学校一年生の時、同級生のなかには靴を買うことが出来ない裸足の子が何人もいたことである。着ている服にしてもつぎはぎがあるのあるボロ着が普通であった。誰もが同じように貧しく、戦争の悲惨な後始末の中で生き抜くことに必死の時代であったと思う。
 そんな時代を過ぎてきた人間から見ると、今日の繁栄ぶりは驚くほどで、今の若者たちは恵まれすぎていると思ってしまう。戦後日本の発展はとにかく人間を便利に、楽にするようにしてくれた。今の日本は不景気で失業者が多く、精神的に追いつめられた人もいるが、全般的にみれば戦争はないし、戦後あった食糧難もない。多少の文句はあっても、何とか生きていくことは出来るだろう。小生が子供時代を過ごした昭和20年代とは比較にならないほどありがたい時代と言えよう。
 時間の流れはかようにして、社会をどんどん変えていく。よりよき生活、より幸福な生活を求めて人は未来に突き進んでいくのである。政権も交代し、時代は新しい局面に入ろうとしている。鳩山首相はこの時代変化を「平成の維新」と言っていた。状況も局面もがらりと変わっていく。今はそのスピードがさらに加速されている。小生が生きた67年程度の変化は、今では数年もあれば十分起こりかねないほど早いのである。
 切れ目なく連続して起こる変化の早さは恐ろしいほどである。すごい早さで流れるベルトコンベアに乗っている感じは、まるでサーフィンしているようだ。だが、一度でもサーフボードから転げ落ちるともうそれに乗ることができない。ボードはずっと先の方に流れてしまっているからだ。
 こんな目が回るような時代のなかでは、どこかに歴史を区切る目印のような物を付けておかないと、後でどこまで流されたのかも分からなくなるだろう。小生の信念とも言えることは、人は時代に流されるとはいえ、流されつつ流れに逆らえということだ。時代がいくら進み、生活が楽になっても、それで幸福になると考えるのは幻想である。だが、それでも人は時代に流される。流されながらも、それに逆らい、立ち止まって自分の位置をしっかり見つめよと小生は言いたい。そうした立ち止まるエポックが誕生日である。「誕生日は自分史の一里塚」なのだ。めでたくもあり、めでたくもないかもしれないが、歴史は個人の願いなど聞き入れることなく流れていく。誕生日はそうした早い川を流れ下るとき出会う、小さな船着き場なのだ。
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古きアメリカでも昔の人はこんな家で生活をしていたのだろうか。今のアメリカの家とは比べものにならない貧弱な家だが、ここに暮らす人たちの中にもささやかな幸せがあったことだろう。幸せは物質的な豊かさとは違う。どんなに質素で貧しい時代にあっても、それは見いだし得るし、どんなに物質的に満たされた時代になっても、見いだせないものでもあるのだ。かって古きアメリカ人が暮らしていた水車小屋は改造されて化石を売る石のおみやげ屋さんになっていた。アメリカ、ユタ州にて。
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by weltgeist | 2009-10-31 21:41

デューラーの「メレンコリア1」と小生の憂鬱について (No.540 09/10/30)

 今日はすこぶる憂鬱(ゆううつ)である。実は今夜から仙台に20人ほどの人と旅行する予定をしていたのだが、まだ足腰の状態が芳しくなく、参加を断念したからだ。一緒に行く人たちの多くは外国人で、話す言葉も英語なので小生の貧弱な英語がどこまで通じるか心配なところはあった。しかし、彼らと共に行動することで多少なりとも英語の会話力がアップするかもしれないと期待していたのだが、残念なことになってしまった。一緒に行く予定をしていた人たちには迷惑をかけてしまったこと、申し訳なく思っている。
 それですっかり気が滅入っているのである。今日のような憂鬱な気分をうまく表現している絵があるとすれば、それは下にあげたアルブレヒト・デューラー(1471-1528年)の「メレンコリア1」が一番であろう。1514年に制作されたこの版画は、エングレーヴィングと言って銅版の上をBurinと呼ばれる彫刻刀で彫ったもので、わずか18.8㎝X24㎝の小さなものであるが、気が遠くなるほど無数の細い線で彫刻されている。この絵の質の高さはいうまでもないが、天使とキューピッドと思われる人物が、考え事をするように座っていることについて、「なぜ彼らはあんな風にしているのか」昔から様々な解釈が言われていた。たった一枚のこの版画について600ページもの本を書いた人もいるくらいである。
 デューラーは人間の性格を「多血質、胆汁質、粘液質、および憂鬱質」の4つに分類されるとし、自分は憂鬱質、すなわちメランコリーな人間と考えていたらしい。有名な古典美術評論家、パノフスキーによればこの絵は憂鬱の3つの形態のなかの一つ、芸術家の憂鬱を描いたものだそうである。とすればそれはデューラー自身の憂鬱である。メレンコリア1が描かれた1514年には彼の母が63歳の誕生日を迎えた後すぐに亡くなっている。天使のスカートの上に鍵束があるのは母親への思いが込められたものでもあると解釈する人もある。
 しかし、小生ごときがこんな謎めいた名画について勝手な解釈を述べる僭越なまねは避けようと思う。ただ、みんなと仙台に行く思いが遂げられなかった小生の無念さをこの絵が慰めてくれるかもしれない。今夜はこの絵をじっくり鑑賞して過ごすつもりでいる。
*デューラーについては、以前彼の自画像について書いたものがあるので興味のある人はこちらも参照してください。
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アルブレヒト・デューラー / メレンコリア1 (部分)/ エングレーヴィング / 1514年 / 18.8㎝X24㎝。小生はこの版画の現物をロンドン、大英図書館で見たが、日本では新潟県立近代美術館に所蔵品があるという。絵の大きさは想像していたものよりずっと小さい。ところが、ものすごく繊細な細い線は一本として迷いがなく、見ていて「ハァ、何だこれは」とため息が出るほど見事に彫られている。デューラーの才能のすごさが感じられる強烈な版画である。
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by weltgeist | 2009-10-30 16:26

コンピュータも腰痛でダウンした (No.539 09/10/29)

 小生のコンピュータが少し前絶不調になり、リカバリしたが、今度は妻のものがおかしくなった。彼女が使っているのは3年ほど前に買ったノートブックで、当時からパフォーマンス的にはそれほど速いものでは無かったが、ネットとメールくらいしか使わないからこれで十分と思って買った中級機である。それが、最近では次第に動作が遅くなり、OSの起動からインターネット・エクスプローラが立ち上がるまで5分以上かかる低速マシーンになってしまっていた。しかし、ネット回線は光ファイバーなので一度立ち上がれば、無線ランでもスループットで20Mbくらいの速さは出ていて、問題なく使えていた。それが、昨晩彼女から「壊れた」と言ってヘルプの声がかかってきたのだ。
 行って見るとコンピュータがフリーズしていて、反応しない。どこをクリックしても全然動かないのだ。ウインドウズの終了も出来ないので、バッテリーを外して強制終了させ、再起動を掛けたら、ウインドウズが立ち上がるまで10分以上かかる。普段の5分からさらに遅くなっていて、明らかに何か変である。これはまずい状況だ。もしかすると新しいコンピュータに買い換えねばならないかもしれないという不安がよぎる。
 今回のトラブルは彼女があるサイトにあった何かのソフトをダウンロードするボタンをクリックしたため起こったらしい。恐らくソフトをダウンロードする前には何らかの警告が出るはずだが、それを良く読まないでダウンロードしたから、前にインストールしてあったソフトと不具合が生じたのだろう。それでインターネットが使えなくなり、あわてて小生を呼んだというのだ。
 こうしたコンピュータのトラブルが起こった場合、いつも小生が呼び出されて修理屋さんをやらされるのである。そんなときは一番簡単なやり方をするようにしている。それは「システムの復元」で変なソフトをインストールする前の段階まで戻してやることだ。だが、そうはいっても実際の作業は簡単ではない。結局、昨晩だけでは解決出来ず、今日の午前中一杯かけて、何とか元の状態まで復元することは出来た。
 意外だったのはシステムの復元といっても、際限なく昔の状態に戻れるのではなく、彼女のノートブックでは9月29日が最も古い復元ポイントとなっていたことだ。とりあえずはその段階までシステムを逆行させ、再起動。その後、連続ファイルなどとても入り込む余地がないほどズタズタに切れたCドライブをディスクデフラグし、ハードディスクの整理と不要なソフトを削除して空き容量を増やしたら何とか3分ほどでOSが起動する状態までは戻ってきた。
 しかし、元に戻ったといっても、起動に3分もかかるのは遅すぎる。それに全体的な動作はまだ遅くて、いらいらするほどである。折しもウインドウズ7が発売されたばかりだから、新しいPCに買い換えるチャンスなのかもしれない。でも、新しいPCを買ったところで、ルーターやメール、スカイプの設定は自分たちでやらなければならない。それを妻がやれるわけではないから、結局小生がやることになるのだ。そんな面倒なことを一からやり直さなければならないなんて御免である。妻も修復した今のPCでまだ十分と言っているから、これは幸いだった。もう少しこの亀のようなマシーンで頑張ってもらうしかない。新しいPCを購入することは当然ながらお預けとなったのである。
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by weltgeist | 2009-10-29 23:47

半信半疑で受けた整体で痛みが激減 (No.538 09/10/28)

 予約で一杯だった人気の有名整体治療院に本日ようやく行けた。腰痛が起こってすぐに診てもらいたかったが空きがなく、2週間も待たされてやっと迎えた本日の初診療である。しかし、時間がたってしまい腰痛の痛みはだいぶ治まってきている。痛みの軽減という意味での緊急的な治療はもはや必要ないが、腰は良くなっても、左足付け根の激痛は日ごとに悪化している。整形外科で治らなかった足腰の痛みを、今回の整体の先生はどう治すか、藁(わら)をも掴む気持ちで今日の日を待ち受けていたのである。
 現代医学は信じても、漢方薬とか整体と言った東洋医学や、各種サプリメントによる民間療法には否定的な考えを持っていた小生は、こうした治療所に来た経験もあまりない。医学的な機器や診察道具など何もない「原始的な」診療所の様子に、どうしても「本当に大丈夫かな」という疑いの念を持ってしまうのだ。それでも今回の腰痛事件では現代医学の限界というものをつくづく感じさせられた。整形外科で診てもらっても最終的には「運動をして腰の周辺の筋肉を鍛える」しか治療法がないことがわかったのである。それなら、筋肉をもみほぐす整体こそ、小生の痛みをとってくれる最後の拠り所かもしれないと思っていたのだ。
 治療院はマンションの5階にあった。ドアを開けると中は8畳くらいの部屋が二間続きであり、病院ならどこにでもある医療用の器具や薬なども見あたらない。いかにも「東洋医学の治療院」という感じで、病院とは全然雰囲気が違う。
 まだ若そうな先生は小生が治療用のベッドに座るとすぐに、「腰と左の足も悪いですね」と言った。腰はともかくこちらが足が痛いなど一言も言ってないのになぜ分かるのか、半信半疑の気持ちがすこし和らぐ。整形外科なら必ず撮る骨のレントゲン写真もなく、先生はパッと外見を見ただけで、小生の左足が痛んでいるのを見抜いたらしい。
 彼は小生の体をしばらく調べた後、「あなたの左の足の骨、大腿骨が股関節にしっかりはまっていなくて、少し外側にずれている。これが痛みの元でしょう。何か骨がずれるような原因に思い当たることはありますか」と言う。そう言われて小生は4年ほど前に、釣りに行く途中、コンビニの駐車場で後から入って来た車に左足の先端、指の部分を牽かれて体をねじったことを思い出した。
 そうか、あのときタイヤの下敷きになった足の指先だけ気にしていたが、ショックで大腿部を強くねじって転倒したのが、今になって痛みとして出てきたのだ。先生は「やはり」という顔をして、その部分のマッサージから始めた。マッサージと言っても、やさしくもみほぐすようなものではなく、時にはゴンゴンとたたいたり、ひねったりして、かなり痛い。そして、しばらくもんだら、一度立ち上がり、まっすぐ歩かせる。
 すると、不思議なことに先ほどまであった痛みが軽くなっている。しかし、外側にずれた大腿骨を10分程度もんだだけで元に戻せるわけがない。先生は10分ほどもんだら歩かせ、またもむということを約1時間繰り返してやってくれた。彼の話によれば、多くの人の脊椎や骨盤がずれているのはごく普通のことで、腰痛は誰にでも起こることである。しかし、それはある程度整体で矯正することで治すことは出来ると説明してくれた。
 だが、何十年もかけてゆがんできた脊椎や骨盤、大腿骨を正常な形に戻すことは短時間では絶対出来ない。患者自身が毎日筋トレをして腰の周辺の筋肉を付けるとともに、整体による骨の矯正を併用していくことしか痛みはなくならないとも言っていた。
 1時間のマッサージが終わって、不思議なくらい痛みが治まっていた。しかし、先生によれば「そんな甘い物ではない」そうで、簡単には治らないだろうという。治すためにはそれぞれの症状に合わせた適切な矯正運動が有効だという。彼は小生の症状に合わせた運動法を教えてくれた。ただし、それはあくまでも小生の症状に合ったものであって、他の人に有効とは限らない。だから、健康本などで書かれた「腰痛運動」を盲目的にやっても効果があるか分からないし、時にはさらに病状を悪化させる恐れもあると注意された。
 本日、先生から4通りの運動方法を教わってきて、早速家で試している。これが本当に有効で痛み解消に効くのかどうかはまだ分からない。人気のある先生の次回の予約は2週間以上先でしか取れない。その間に、自分の足の痛みがどこまで治るか、自宅での矯正運動をやりながら、期待と興味をもって待つつもりである。
 帰りしなに先生に「なぜ、最初に私の左足が悪いと分かったのですか」と聞いたら、「足が痛い人間は座って足を組むとき、悪くない足の上に悪い方をのせて庇(かば)う性質がある」のだそうで、小生足の組み方ですぐにそれが分かったらしい。ちなみに、小生のように大腿骨がずれた人は足を組むと余計ずれが進むと言う。それを指摘し、ずれを戻すような座り方を教えてもらっただけでも本日は大きな収穫であった。
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このベッドにいる人はどんな病気なのだろうか。周囲の人の中には泣いて顔を覆ったり、拝んでいる人もいるから、臨終間際なのかもしれない。でも少なくとも外見で見る限り「寝たきり」ではなさそうである。
フラ・アンジェリコ、聖母戴冠(1434-1435年)の下に描かれたプレデッラ。小さな絵で、この写真とほぼ同じくらいの大きさしかないから注意していないと見落とす可能性がある。ルーブル美術館蔵。

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by weltgeist | 2009-10-28 23:48

ロコモティブシンドロームについて (No.537 09/10/27)

 さきほどNHKのクローズアップ現代で「ロコモティブシンドローム」という聞き慣れない病気の特集をやっていた。日本語に訳せば「運動器機能低下症候群」というものだそうで、骨や筋肉、関節など運動器の働きが衰えて体に激痛が走り、最終的には車いすの生活にならざるを得ない怖い病気と言っていた。放送によればこの病気に罹っている人は全国に4700万人、実に国民の3人に一人がそうだという。年代別の統計では70~80歳代の人はほぼ100%、40歳代で40%、50歳代で50%以上の人がなっているというからまさに国民病と言ってもいいほどの病気なのだ。と言っても40代、50代はまだ病気は静かに発症しているだけで、強い痛みはたまにしかない。それが年齢が増すにつれて急に現れ、最後は歩けなくなるほど強まってくるというからやっかいな病気なのである。
 ロコモティブというのは、骨や筋肉、関節などの運動器のことで、これらが悪化して様々な運動障害が起こってくる。たとえば、膝の関節の間にはショックアブソーバーの役目をしている軟骨がある。これが長年の歩行運動で次第にすり減って、ショックを吸収出来なくなり痛みを起こすようになる。若い頃は関節の周囲に筋肉があったから、関節を保護していて痛みを感じることはなかった。それが加齢と運動不足で筋肉が弱まり、肥満による体重加算などで関節への圧迫も強まり痛みが襲ってくるのである。
 テレビで放送していた患者さんは、最初少し足が弱くなったかなという程度の自覚症状しかなかったのが、その後病状が悪化していったという。ロコモティブシンドロームの結果歩くと膝が痛くなったり、腰が痛くなったりして、それが次第に激しくなり最後は車いすでしか動けなくなるというのだ。こうしたことは人間が直立歩行をするようになったために起こることで脊椎や腰、足の関節などに上体の重さがのしかかるから避けられない宿命のようなものらしい。次第に上体の重さに耐えられなくなり、脊椎がずれたり、狭くなって神経が悲鳴をあげるのである。
 この放送を見て、「あっ、これってまさに小生の腰痛と同じだ」と思ってしまった。この番組を見ると、小生が悩まされている腰痛はすでにずっと若いうちから発症していたことになる。最初は痛みが出るほどではないから気が付かないだけだったのだ。知らないあいだにジワジワと病気は進行していたのに気づかなかったのである。
 「まだ私は若いから膝や腰の痛みなどない。健康そのものだ」などと思って安心している40代の諸氏には、次のような警告をしていた。今何の症状もなくとも、すでに40代の40%以上の人が運動器の不調に罹っているということをまず認識しておく必要がある。そして、ロコモの最初の症状は「少し足腰が弱くなったかな」と言った程度のシグナルでしかないのだという。わずかな体の機能低下があったら、それを無視しないで、足腰の筋肉を付けるような運動をすることが、こうした病気を悪化させないためには効果的だと言っていた。この病気を治すのは薬や手術ではない。ひたすら運動をして関節や腰周りの筋肉を付けるのが最良の治療法であるのだ。
 番組で紹介していた膝の筋肉強化の簡単な運動として、片足だけで立っている動作を毎日続けるだけで抜群の効果があると言っていた。「片脚立ちは両脚立ちに比べ2.75倍の負荷がかかり、一日3回、左右1分間の片脚立ちは、約53分間の歩行に相当する」ほどの運動効果があるとあるブログに書いてあった。この程度の運動でロコモが治るなら、小生は毎日やるつもりである。そういえば親父もお袋も晩年、膝が痛いと言っていて、最後は歩けないまでになってしまった。小生はそんなに目に遭うのはごめんである。早速今夜から片足立ち運動を始めることにした。
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by weltgeist | 2009-10-27 23:54

キノコ狩りの季節に思うこと (No.536 09/10/26)

 秋が深まるこの季節、キノコ狩りが楽しい。小生、先週キノコ採りに行く予定をしていたのだが想定外の腰痛でおじゃんになってしまった。腰の状態は多少良くなったとはいえ、まだ山を歩ける状態ではないから今週も難しそうだ。たぶん来週には歩けるようになるだろうが、そのころには予定していた場所のキノコは終わっているのではないかと思う。お目当てのキノコはカラマツ林に生えるヌメリイグチだ。長野県でジゴボウとかカラマツダケと言われ、八ヶ岳の清里付近から原村、蓼科にかけてのカラマツ林ならどこでもたいてい見つけられる。みそ汁に入れるとナメコに似た味がしてたいへんおいしい。小生のお気に入りのキノコであるが、今期は諦めのようだ。
 しかし、森の中に入ると、イグチだけでなく、たくさんの野生のキノコが生えている。これらがいかにもおいしそうな姿をしていて、食べてみたい誘惑に駆られるが、知らないキノコを食べるのは危険である。シイタケに似たツキヨダケとか、タマゴテングタケ、ドクツルタケと言った毒キノコがあるからだ。どんなにおいしそうに見えても知らないキノコは絶対に食べてはいけない。キノコを良く知っている人について、食べられるものかどうかを教えてもらいながら採るのが原則である。
 よく食べられるキノコは縦に裂けるとか、茄子と煮れば大丈夫、といった判定法が言われるが、いずれも全然当てにならない。こうした迷信を信じて毎年秋になると各地で中毒騒ぎが起こるから素人判断はしないことだ。
 それでなくてもキノコは微妙な食べ物である。小生の好きなヌメリイグチにしても、食べ過ぎると消化不良を起こすことがあるらしい。これは傘の下にある黄色い管孔の部分が消化に悪いからだ。料理するときここを取り去れば問題ない。しかし、昔から食べられるキノコとされていたスギヒラタケでも数年前に東北で中毒事件を起こしている。キノコにはまだ謎めいたものがあるのだ。
 さて、カラマツ林のイグチが終わると、これからの季節、新潟ではマイタケに続いてアマンダレと呼ぶナラタケ採りが楽しくなる。マイタケはちょっと素人には見つけるのが難しいが、アマンダレは、小さな沢の奥に行くと、一カ所でそれこそ採りきれないほど生えていることがある。
 また、イージー、かつ楽しみ深いキノコ狩りの場所として、小生が長年秘密の穴場としていた尾瀬のナメコのことをこのブログを読んでいる人だけに紹介しておこう。これは11月始め頃が良く、尾瀬の湿原に置かれた材木の木道からナメコが出てくるのだ。普通のハイカーはそんなこと気が付かないで歩いているが、木道の下をのぞきながら湿原ハイキングをお勧めする。紅葉の尾瀬ハイキングとナメコの採取が一石二鳥で楽しめるのである。
 そんなキノコ狩りのことを書いていたら、面白いニュースを朝日新聞から見つけた。岩手大学工学部電子工学科の高木准教授らのグループが、雷と同じような高圧電流をかけるとキノコの生育が促進され、2倍以上の収穫が実証されたというのだ。きっかけは「雷が落ちたところにはキノコがよく生える」という昔からの言い伝えである。この説にしたがってシイタケ菌を植えたホダ木に、キノコ発生の少し前から5~10万ボルトの電圧を1万分の1秒ほどかけると、シイタケの発生量が増えたという。
 このやりかたでナメコやクリタケなど他のキノコでも効果が確認されただけでなく、カイワレ大根やグラジオラスの球根でも発生量が増えたという。うまく応用すれば食料自給率のアップに貢献するかもしれない、と面白いことを言っていた。なぜこのような増量が起こるのか、メカニズムはまだ分かっていないが、朝日新聞によれば「高電圧をかけるとガン細胞が自殺を始めることが他の研究機関で知られており、適度な電流の刺激を受けて危機感を抱いたキノコの菌糸が子孫を残す生存本能で一生懸命生育している」かもしれないと言っていた。
 高圧電流を流すとガン細胞が自殺を始めるという話は興味深い。子供のころ読んだ漫画で、ロボットに高圧電流を流して生命を吹き込むという話があった。鉄腕アトムか、鉄人28号か、それともフランケンシュタインか覚えていないが、こうしたこうした話が作り話でなく、実際に起こってくるというのが面白い。
 でも、そうした研究もいいが、出来たらマツタケの人工栽培を早く成功させてもらいたいものだ。今年のマツタケはお話にならないほどの不作だったという。あまりの高値にこの数年、マツタケなど食べたこともない。人工的にマツタケを栽培して、我々が安い値段で腹一杯食べられるようにしてくれるとハッピーなのだが・・。
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新潟の山の中でこんなキノコを見つけた。見るからにおいしそうだが、食べられるキノコかどうか全然分からない。君子危うきに近寄らず。残念、おいしそうだがあきらめるしかないだろう。どなたかこのキノコの名前が分かる人がいたら、コメントしてください。
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上のキノコを引き抜いたのがこの写真である。キノコに詳しい人なら、これで種類、食べられるかどうか分かるのではないだろうか。
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by weltgeist | 2009-10-26 23:53

涙と怒り (No.535 09/10/25)

d0151247_2334720.jpg 人は悲しいときなぜ涙を流すのだろうか。最近涙腺がゆるくなってきて、ちょっとしたことでも目から涙が流れ出るようになってしまった。仕事をしていた頃は人の感情の襞(ひだ)までふれるような細かいことを考える余裕もなく、涙とは無縁な粗雑な生活をしてきた。それが、リタイアして暇になったらとたんに泣き虫になってしまったのである。男は滅多に涙なんか流すものではないと、かたくなに信じていたくせに、それを止めることができない。感情の起伏が激しくなっているのか、本当に些細なことでもすぐに涙が流れ出てくるのである。
 先日小学生の頃は泣き虫だったと書いた。しかし、いじめっ子と対決して相手を負かして以来、泣くことはほとんどなくなった。むしろ20代から30代にかけての小生は鼻っ柱が強くて、人の声を聞くというより、自分の声を相手の耳の穴にぶち込んででも自分を押し通す強引な人間であった。競争馬が全力疾走するように鼻から息を吹き出して、がむしゃらに人を押しのけて行く生活をしていたと言っていい。涙のような感傷的なものが入り込む余地などない無味乾燥な人生を送っていた人間だったのである。
 しかし、いまはそれがすっかり変わってしまっている。歳をとると考え方も変わるのだろうか、昔ほど強い自己主張をしなくなったのだ。むしろ、逆に相手の言葉を聞いて、その人の気持ちを理解してあげようとする心が多少出来たと思っている。昔の小生を知っている友人たちは、今の小生を見てあまりの変わりように皆が驚いている。そんなおとなしい人間に変わったのである。人は考え方一つでここまで変われるものなのだということを自分自身でも実感しているのだ。
 そんな性格になったためか、たまに見る映画や、小説を読んだりするとすぐに相手の気持ちに感情移入してしまい、たちまち涙ぐんでしまう。先日見た忠犬ハチ公のアメリカ版映画「Hachi 約束の犬」のときも涙が出て少し恥ずかしい気がした。本を読んでいてもそうだ。スタインベックの「怒りの葡萄」の中で、貧しい農民ジョード一家が銀行にトウモロコシ畑を取り上げられ、ほとんど着の身着のままで「乳と密が流れる楽園」と教えられたカリフォルニアを目指す。苦難に満ちた大陸横断道路、ルート66での悲惨な旅、そして楽園と思ったカリフォルニアで待ち受けていた過酷な運命。読んでいるうちに涙が出てきて止まらなかった。
 それにしても、なぜ世の中にはこんなに悲しいことがたくさんあるのだろうか。生きていくことを難しくする数々の障害が、とくに弱い人に集中的に襲ってくる気がする。神は人に乗り越えられない試練は与えないという。悲しいこと、つらいことも耐えて乗り越えれば、後になってそれが人間の深みを与えてくれる契機となると賢者は言う。確かにその通りであると思う。しかし、それにしても試練と呼ぶには悲しすぎることが世の中には多すぎるのではないだろうか。そんなことは出来れば味わいたくない。楽しいことだけで人生を終わりたいと思うが、それはきっと人間である限り許されないことなのだろう。
 スタインベックの「怒りの葡萄」の原題は「The Grapes of Wrath 」である。この「 Wrath 」という言葉について小生に英語を教えてくれているアメリカ人のBさんが、「この言葉は普通の怒りではない。とっても強く、たいへん怒(おこ)っている怒(いか)りだ」と言っていた。魂の根底からわき起こるような怒りに直面する人たちは、いまも世界中にたくさんいて、もがき苦しんでいるのだ。

*写真はフィレンツェのサンタ・マリア・カルミネ教会ブランカッチ礼拝堂にあるマザッチオのフレスコ壁画「楽園追放」(1425-1427年)。禁断の木の実を食べてエデンの園から追放され、絶望の涙を流すアダムとイブ。彼らが知恵の木の実を食べた罪のために、今も我々人間が悲しい思いをさせられているのである。
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by weltgeist | 2009-10-25 23:36

こたつでまどろむ午睡を破った不愉快な電話 (No.534 09/10/24)

 アメリカ、ネブラスカ州から来たクリスティーンさんは、今日は妻と秩父の方へ観光に出かけた。何で秩父なのか、外国人が日本のいい場所を見るなら他に行くところはたくさんあると思うのだが、良くは分からない。昨日は江戸博物館と浅草を楽しんできたので、今日は山がいいのかもしれない。
 腰の痛い小生は家で留守番である。そして、そろそろ寒さが感じる季節になってきたので、こたつの準備をした。しかし、こたつをセットするには今机代わりに使っているこたつフレームの上に置かれた重たいデスクトップのパソコンやディスプレー、プリンターなどをまずどかしてから、改めてこたつ布団を掛けなければならない。
 これは今の小生にとっては大事業である。痛い腰をかばいつつ重たいパソコンを動かすことはたいへんつらいのだ。それでも何とかこたつフレームの上に置かれたすべての物を一旦他の場所に移す。すると、その下は小さなゴミやほこりがいっぱい堆積しているのが見えた。いかに小生が不精者と言っても、半年の間にたまりにたまったゴミをそのままにしておくのは気分的にもよろしくない。まずは掃除機で汚れをきれいにしなければならないのだ。やれやれ、小生は大嫌いな掃除もやらなければならないのである。渋々それをやり、2時間ほどでこたつ布団を掛け、再びパソコンやプリンターを乗せ直す作業は終了した。
 そして早速こたつのスイッチを入れると、ぬくぬくとした暖かみが伝わり快適な気分になる。だが、こたつは暖かくて快適だが、一度入ると出るのが嫌になってしまう。腰が重くなって、運動不足の怠け者になってしまうのである。家の中とはいえ、少しでも動き回るならこたつはよろしくない。エアコンかストーブによる暖房の方がいいだろう。
 しかし、腰痛に悩む小生にこたつはありがたい。あまり動き回らないこたつは腰に優しいのである。こたつ布団の下に足を突っ込むと実に気持ちがいい。この格好でじっとしていれば腰痛もきっと治ることだろう。そう思っていたらあまりに気持ちが良すぎてついうとうとしてしまった。
 30分くらい眠っていたろうか、いつもの得意技であるキーボードの上に涎をたらして気持ち良く昼寝をしていたら、いきなり電話がなった。ちょうど耳元に子機を置いていたので、すごい音がして飛び起きてしまったのである。今時分電話だと、さては妻が何か困った事態になったのかな、と思っていたら、声が違う。女性だが、「私、株式会社***の**と申します。たいへん失礼ですが、△●¥□%△?■$⊿#?&○×●¥・・・・」と何かむにゃむにゃ言っているだけで、一向に用件を言わない。「すみません、忙しいので、早く用件を言ってください」と尋ねると「失礼しました。実は今度当社でたいへんお得な資金運用の商品を開発いたしまして、そのご案内のお電話を・・・」という売り込みの電話であった。
 彼女がどのような人か知らないが、全く関係のない個人宅にいきなり電話をしてくる無礼さをどう考えているのだろうか。たまたま小生はうたた寝をしていただけだから、気分を害しただけだが、中には重要な仕事を中断された人もいるだろう。下手な鉄砲も数打ちゃ当たるで、相手の迷惑も考えずに電話をしまくる仕事のやり方に腹が立ってしまった。
 おかげで気持ちの良い午睡はすっかり台無しである。小生の電話を切った後も彼女は延々と誰か他の人の家に電話をかけ続けるのだろう。机の前に座って電話を掛けるだけのイージーなやり方で仕事を得ようという根性が間違っていると思った。仕事というものは自分が汗水流して成果を得るものである。電話を掛けまくるだけの仕事なんてやっていて空しいと思わないのだろうか。生活のため、お金のためと思ってそうしたことをやっているとすれば、たとえお金を手にしても幸せな気持ちを得ることはきっと出来ないだろう。何故なら、彼女の得た収入は多くの人を不愉快にさせて得たものだからだ。
 そんなことを考えていたら、こちらが彼女に問いかけるとき「すいません、忙しいので早く・・」と言ってしまったことを思い出してしまった。向こうから勝手に掛けてきた電話に何でこちらが「すいません」なんて謝らなければならないのか。うっかり口が滑ったとはいえ、自分自身にも腹が立ち、不愉快な気分はしばらく消えなかった。
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秋の花、コスモスの上にキアゲハが飛んでいた。すで羽根はぼろぼろで、彼女もそろそろ冬支度に取りかかっているようだった。コスモスの花が枯れる頃には蝶も姿を隠す寒い季節になるのである。
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by weltgeist | 2009-10-24 23:07

ヤフーオークションはナイスなゴミ処分場 (No.533 09/10/23)

 デジタルカメラを使い出して、フィルムカメラの出番がほとんど無くなってきた。もう仕事は辞めたのでフィルムカメラも必要がない。古い撮影機材はまだ家の中に転がっているが、それは捨てるわけにもいかないから半ばゴミ状態である。姪が写真学校に入ったお祝いにまだ使えそうな35㎜フィルムカメラのフルセットを2組プレゼントしたが、それでもまだたくさん残っていて、実は処分に困っていたのである。
 一昨年、ニコンのデジタルカメラD300が発売になったとき、そのいくつかをカメラ屋に持っていって下取りにならないかと聞いたら、店員さんが気の毒そうな顔をして「お客さん、申し訳ないですが、これは下取り出来ません。こんなに使い込んで傷だらけのものは売れないし、こちらのレンズはカビが生えてますよ」と言われて断られてしまったのである。
 もともとが無精な人間である小生、物を片づけることが嫌いで、カメラバッグに入れたまま放っておいたら、湿気でレンズにカビが生えてしまったようだ。昔からカメラを扱ってきた小生に言わせれば、少々のカビなど撮影にはあまり影響しないのだが、買う方はそうはいかない。細かな傷まで気になってしまうから、こうしたレンズやカメラは売れないのだ。
 仕方がない。それなら捨てるしかないかなと思いながら、何気なくヤフーのオークションを見たら、小生が持っているのと同じ物がまだ中古としてオークションに出ているではないか。古い物でも売れるのだ。それも結構いい値段である。もしかしたら、小生の持つカビ付き超古レンズも売れるかもしれない。
 そう思って、一応、カビが生えていますという注意書きを付けて、古いレンズを2本、ヤフーのオークションに出品した。昔買った時は10万円以上した大口径の明るいレンズだが、傷だらけだし、カビもある。まあ、こんな物だからと弱気で1000円という値段を付けてスタートしたら、一本は19000円、もう一本も12000円で売れたのである。物好きが3000円くらいで買ってくるれるかもしれないと思っていたら、思わぬ高値に当の本人がびっくりしてしまった。
 自分にとっては要らない物だからゴミだが、他の人にとっては欲しい物となりうるのである。今後は捨てないで、どんどん出品して我が家のがらくたを減らしたいと思っている。オークションは良いゴミの処分場であることに気が付いたのである。

 ところで、オークションと言えばイギリス。本家のサザビーズとクリスティーズがロンドンにオークションハウスを構えている。サザビーズやクリスティーズはニューヨークやアムステルダム、香港などにもオークションハウスがあるから、小生はこれらの都市に旅行に行くときは、観光を兼ねてそのとき開催されているオークションを冷やかしに行くことにしている。
 ここで競りに掛けられる物は、時には数百億円もの値段で落札されることもある。ヤフーのオークションとは格が違うのである。世界中に散らばっている芸術作品や宝石、時計、家具、書籍、その他猛烈に価値のある高価な様々な物が競売される所である。ゴミの集積場どころか、世界のお宝が集まる場所なのだ。しかし、そんな所に我々観光客が物見遊山で行けるのか、と疑問に思う人もいるだろう。ところが、これがOKなのだ。ただし、いかにも冷やかしという態度はまずい。あくまでもお客という顔をして行けばいいのだ。すると、相手も「この人は買ってくれるかもしれない」と思って対応してくれる。決して卑屈にならずに大きな顔をして行くのがコツである。
 オークションの前にはプレビューと言って、下見が出来る。この下見がすごく面白い。たとえばレンブラントのような超一級品でも、それが出品予定の物なら、実際に手で触って見ることが出来るのである。美術館のレンブラントを触ることは出来ないが、入札する気のある人は真剣に作品を見て自分なりの評価を決めておく必要がある。偽物をつかまされないためにも手で触って確かめるのは当然の権利なのである。
 もっと面白いのは、ときどき古い油彩画の表面に唾を付けた指を押しつけて絵の具の具合を見ている人がいることだ。油彩の表面のニスは長い年月の間に変色していて、元の絵の具の色がわかりにくくなっている。それを唾で濡らすことで瞬間的に下の絵の具の具合を見るのだ。このやり方は昔のオークションハウでは結構普通にやられていたらしい。現在では絵を傷めるから禁止しているようだが、それでもやる人がいる。オークションハウスはそれを見て見ぬふりをしているのである。
 そしてオークション当日、もし気に入った作品があり競りに参加したいなら登録してパドルと呼ばれる番号札をもらって、前もって買ったオークションカタログを見て、お目当ての物が出てくるのを待てばいい。競りに参加する気がなく、見学だけならパドル登録しないでそのまま会場で見ているだけでも文句は言われない。そして、競りが始まると想像以上の早さで進む。数千万円程度の物なら一点1分から長くても5分以内で落札者が決まる。競りを取り仕切るオークショナーの言葉は速すぎて分かりにくいが、そのときの金額が電光掲示板に出るので言葉による誤解の心配はない。電光掲示板に出るイギリス・ポンド、ユーロ、米ドルと並んで出る円の金額を見ながら入札することが出来るのである。
 小生がロンドンなどでオークションを見に行くのは、外国人が築地のマグロの競りを見にいくのと同じ感覚である。もし、ロンドン、またはニューヨークに行かれる予定のある人は、会場に紛れ込んでみるのもいいだろう。きっと興味深い経験が出来ると思う。しかし、ここは真剣勝負の場である。オークションの邪魔になる行為はしないこと。また、落札希望者はパドルを上げないで、手を上げたり、ときにはウインクでシグナルを送ったりすることがある。間違っても誤解されるような動作はしないで欲しい。変な動作で、数億円の物を落札したなんてことになったら、たいへんなことになるからだ。
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ロンドンの中心街、ニューボンドストリートにあるサザビーズ・ロンドン。写真を撮ったこの日、オノレ・ドーミエの10号くらいの小さな絵が、5億円で落札されるのを目撃して驚いてしまった。
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サザビーズの競りの会場。左上の電光掲示板にオークショナーの競りに合わせた金額がポンド、ユーロ、ドルと並んで円で出るから、今いくらで競っているかは分かる。落札した場合の支払いは地元通貨、ロンドンなら英国ポンドに手数料(落札価格で異なるが15000ユーロ以下だとハンマープライスの23.8%)と税金を加算して払う。クレジットカードでサインすれば、その場で品物はもらえる。また、絵や家具など手持ちできない大きな物は専用の運送システムがオフィスの裏にあり、面倒なインボイスなどの通関手続きも含めて日本までの発送もやってくれる。
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クリスティーズ・サウスケンジントンのオークション風景。クリスティーズ・ロンドン本店はキングストリートにあるが、サウスケンジントンはその支店のようなオークションハウスで、比較的安い品を扱っている。ちょっとした骨董品や食器類、古い時計など、安い物では数千円程度からあるので、小生のような貧乏人には入りやすい所である。
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by weltgeist | 2009-10-23 23:59

今日の話題は郵政の新社長人事と、アメリカからのお客さんのこと (No.532 09/10/22)

 民営化された日本郵政の新しい社長に斎藤次郎元大蔵次官が内定したとの昨日の報道に「やはり」と思ってしまった。民主党との連立政権に国民新党が加わり、亀井静香金融相が郵政担当大臣兼務になった時点で懸念していたことが起こってしまった感じである。国民新党は元々自民党で小泉郵政民営化に反対して離党したグループだから、民営化にブレーキをかけるのは当然である。亀井大臣は民間人出身の西川社長を首にして、彼の強い要望で元官僚の斉藤氏を抜擢したらしい。しかし、郵政民営化に反対していた民主党も、今回の亀井大臣の考えには少し戸惑ったようだ。
 国民が民主党に期待したのはこれまでの官僚による日本の政治コントロールの打破である。だから、民営化反対と言っても、官僚のもとに返すことではない。それが亀井大臣のペースにすっかりはめられてしまい、官僚支配の打破が根幹から崩れそうな雰囲気になってきているのである。なぜなら今回の郵政社長人事こそ官僚支配を終える象徴的なことがらであったからだ。
 前回、自民党の鳩山元総務大臣が西川前社長を首にして官僚から天下ってきた団宏明副社長を社長に、郵政をもう一度役人の手に引き戻そうと目論んだ。その鳩山元総務大臣の野望は失敗した。そして、民主党は自民党とは少し違うアプローチを考えていたと思うのだが、これが斉藤氏が社長になれば、代表権を持つ団宏明氏、高木祥吉氏の3人が全部官僚の天下りということになる。官僚にとっては万々歳の人事で、もはや官から民への移行は絶望的になったと言えよう。
 斉藤元次官はすでに役人を退職しているのだから、官僚には当たらないと述べているが、これは詭弁にすぎない。いままで問題になっていたのは、官僚を辞めた後も天下りでその支配が続くことであった。竹中元総務大臣が「これは渡りだ」と言って怒るのは当然である。
 民主党の個々の政策にはたいへん期待出来るものがある。しかし、最大の主張は官僚支配の終焉であったはずである。それが政策の柱とも言えるところでこのような逆行では、「いったい何を考えているのか」と問いたくなる。一方で羽田空港のハブ化とかダム建設の見直しなど、素晴らしい政策を打ち出していながら、他方で官僚の支配力を復活させるような動きをしている。なにかチグハグで、この政権がかっての細川内閣のように短命で終わるのではないかと危惧している。
 ここで笑うのは、一度追い出されようとした官僚たちである。利権のかたまりと化したこの集団は、面従腹背で反攻攻勢の機会をいつも狙っているのだ。そんな手練手管に長けた人たちを相手にするのだから、ちょっとでもスキを見せれば簡単にやられてしまうのである。この官の反攻をしばらく注視する必要があるだろう。

 午後はアメリカからお客さんが我が家に訪ねてきた。ネブラスカ州から来たクリスティーンさんで、日本が大好きだからやってきたという。話をしてみると、たいへん楽しい人で、アメリカから外に出るのは今回が二回目であるらしい。一回目に行ったのはメキシコだが、これはあまり好きな国では無かったようだ。日本に興味を持ったのは3年ほど前に見た映画「ラスト・サムライ」で、この映画で日本に行ってみたいと思ったらしい。
 それで、実際来てみて日本はどうでした、と聞いたら、「ワンダフル」と言う答えをいただいた。それを聞いてこちらもうれしくなってしまった。食事もアメリカ人が苦手な魚料理が大好きだから、日本料理は何でもおいしいと言う。しかし、彼女が食べているのは日本料理と言っても高級な料亭ではない。近くの「満州餃子」のような大衆食堂である。満州餃子は厳密な意味では純粋な日本料理とは言い難い。中華を日本式にアレンジした食堂と言った方が正確である。面白いのは満州餃子で箸の使い方がまだうまく出来なかったため、フォークを頼んだら、プラスチックの小さな子供用フォークを出してきた。こんな大衆食堂でフォークを使う人など、箸を使えない子供しかいないのだ。しかし、何も高級料亭だけが日本ではない。こうした大衆食堂を面白がって行くクリスティーンさんには好感が持てた。
 彼女は玄関に置いてあった釣り竿のケースを見て「おお、すごい。刀だ」と言って感動していた。釣り竿ケースから日本刀を連想するほど日本の古来文化が好きなようだ。だから、明日は日本の伝統文化を展示している江戸博物館や浅草を妻が案内する予定である。
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右がアメリカからやって来た日本大好きなクリスティーンさんと我が家の近くに住む日本人のYさん(左)。クリスティーンさんは日本の文化に何でも興味があるらしく、日本の家の中がどのようになっているのか興味津々な感じで我が家をじっくり観察していた。
記念撮影の写真を撮ったとき、Yさんは緊張して少し硬い顔をしていたが、この人、現在70歳なのにすごい行動力である。50歳の時アメリカへ行って言葉の伝わらないもどかしさから一念奮起して英語を勉強したという。かなり上手にクリスティーンさんと英語で話すのを聞いて小生ももう少し英語の勉強を頑張らねばと思ってしまった。

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by weltgeist | 2009-10-22 23:13