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釣った魚の味は (No.480 09/08/31)

 釣りをやっていると、魚屋で売られている魚と実際に自分が釣ってきた魚で味に差があることに気が付く。釣ってきたものの方がおいしいのだ。グルメでない鈍感な小生でも分かるくらいだから、これは間違いない。例えば同じアジや、サバといったいわゆる大衆魚でも一度自分が釣ったものを食べると、魚屋さんのものは食べる気がしなくなるほど違うのである。
 別に魚屋さんを困らせるつもりはない。しかし、なぜそんなに味が違うのだろうか。店頭に並ぶまで時間が掛かるから鮮度が落ちておいしくなくなるというのがまず考えられる。しかし、メジナやマダイなどをサシミで食べるときは、釣った当日ではなく、1日おいてから食べる方がおいしい。釣りたてはただシコシコしているだけで味が単調である。それが1日寝かしておくだけでうまみ成分が出ておいしくなるのだ。そうなら鮮度の差という説は説得力を欠いている気もする。魚も肉と同じで必ずしも新鮮だからおいしいというわけではないのだ。
 それと魚は獲れた場所によっても味が違ってくる。関サバのように生息する環境でうまみが違ってくるのだ。東京湾でも三浦半島観音崎沖で釣れたアジは「金アジ」と言って、関アジ並みの高値で取引されている。ここのアジは相模湾あたりで釣れたものとは別格なほど味がいいのである。ところが、最近の魚屋に並ぶのは日本近海で獲れたものだけでなく、世界中から来ている。大西洋や南米、アフリカなど、とんでもない遠方で獲れたものが多くなっているのだ。釣りの場合はそんな遠方はあり得ない。釣れた場所の特定もはっきりしているから産地による味の違いも予め分かるのである。
 そして、釣り上げてから自宅に持ち帰る間の処理の仕方が、流通魚と釣りの獲物では違う。魚は水から上げた直後のピチピチした状態ですぐに〆て、血抜きすればおいしい状態を長く保つことが出来るのだ。釣り上げても船べりで、いつまでもバタバタ暴れさせているなど最低である。みるみる肉の味が落ちてくるから、釣り上げたら直ちに〆の処理をすることが重要なのだ。
 だが、魚屋さんに並ぶ魚はそんな面倒な作業はしていない。一網打尽で網がちぎれんばかりに獲れた魚を氷水の中に入れるだけである。すごい数を一気に処理するから、どうしても扱いがぞんざいにならざるを得ないのである。それに、網で獲れた魚は傷むのが早い。一本釣りで獲れた元気な魚と網の中で衰弱した魚では価値が全然違うのである。この点で生きた魚を目の前でさばいてくれる活魚料理の魚も、見てくれは良くてもおいしくはない。水槽に長時間入っていたものはそれだけ弱って味が落ちているからだ。むしろ、釣った直後に氷水に入れたものの方がずっとおいしいのである。生きていればいつまでもおいしいと思うのは幻想にすぎない。
 そんなわけで、釣りキチの小生、いつも魚だけは人様よりおいしいものを食べていた。これが釣り師の特権でもあるからだ。ところが、今年は5月の胃潰瘍入院騒ぎ以来、釣りにほとんど行っていない。だからおいしい魚を食べていないのである。
 そんな小生の現状を察した30年来の釣友、K氏が昨日の夕方「ワラサを2本釣ったから一本あげる」と言って、わざわざ我が家まで届けてくれた。
 早速それを下ろしてサシミと煮物を作ったが、魚屋さんの魚とはまったく違う味に感激。抜群の味に、「俺は釣り師だ。やはり自分が食べる魚は自分で獲らなければいけない」と深く思いこんでしまった。
 K氏の話だと、こんなおいしいワラサが今東京湾湾口付近にかなり群れていて、連日大釣りしているのだという。小生、彼の大釣りフィーバーの話と、食べたワラサの味に浮き足だってしまった。これは自分自らも行くしかない。そう思ってしまったのだ。気の早い小生、もしかしたら、今週の何処かでワラサ釣りに飛び出しているのではないかという気がする。
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長らく釣った魚を賞味していない小生のことを気遣って、釣友のK氏が我が家に釣ったばかりのワラサを届けてくれた。砲弾のような姿をしたワラサのプロポーションは素晴らしい。ワラサというのは出世魚ブリの若魚名。関東ではワカシ→イナダ→ワラサ→ブリと大きく成長していくに連れて名前が変わってくる。今回K氏が持ってきてくれたワラサは長さ70㎝、重さは4㎏を少し切るくらいだった。関西ではイナダとワラサの中間くらいの大きさのものからハマチと呼んでいる。最近は関東でもこの呼び名が定着しつつある。しかし、魚屋、寿司屋で出るハマチは養殖魚がほとんどで天然物は少ない。
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by weltgeist | 2009-08-31 23:13

祇園精舎の鐘は鳴り響く (No.479 09/08/30)

祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。
おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。

 
 ご存じ平家物語の冒頭で語られる言葉は強烈なニヒリズムで貫かれている。この世は諸行無常であり、盛者は必衰する。おごれる者はいつまでも勝者でいられることはない。強い者もいつかは必ず滅びる運命にあると、今から800年も前に宣言しているのである。
 盛者は必ず滅びる、おごれる者が久しく生きながらえることは出来ないのだ。ただ、春の夢のように消え失せていくのみであると言う。まさに今日の総選挙はそんな具合であった。雪崩を打ったように湧き起こる民主党の大躍進で、自民党は完璧なまでに叩きのめされた。かってこの党が政権を担っていたなどと思えないほど悲惨な負け方をして、政権の表舞台から退場しなければならないのだ。まさに祇園精舎の鐘が高らかに鳴り響き始めているといえよう。
 今回の総選挙で自民は敗れ、民主が伸びると言われてきた。しかし、まさかここまで行くとは思わなかった。明日には自公は滅びる者として、席を譲らなければならない。勝者と敗者の入れ替えで、これからの日本はどのようになるだろうか。政権交代はすんなり行くのだろうか。
 これから日本の舵を切って行かなければならない民主党の前に立ちはだかるのは、明治以来、陰で時の政権を支えてきた官僚の存在だ。民主党のマニフェストを読むとおいしそうな公約がばらまかれている。その財源は官僚の無駄遣いを廃して生み出すという。
 確かにここには中東の油田のように、地下深いところに膨大な財源が眠っている。だが、それを掘り起こせば、官僚たちが築き上げてきた強固な城が土台から崩されかねない。それにおいそれと賛成する官僚などいるのだろうか。
 鳩山代表が首相になるのか、まだ分からないが、彼を待ち受けるのは官僚たちの猛烈極まりない抵抗であろう。彼がそれに負けないリーダーシップを発揮しなければたちまち官僚に首根っこを掴まれて、自民党と変わらない状況に追い込まれ、最終的にはまた次の政権に交代せざるをえなくなるだろう。それだからこそ、新しい民主党は官僚の無駄を排して、是非財源を確保してほしいのだ。それがこの新政権に期待することである。
 日本にも変化がやって来た。Change has come to Japan である。これから政権を引き継ぐ人たちのお手並みを拝見してみたい。
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ヘミングウエーの「日はまた昇る」のテーマになった「伝道者の書」も平家物語と似た次のような言葉で始まる。
一つの時代は去り、次の時代が来る。
しかし、地はいつまでも変わらない。
日は上り、日は沈み、またもとの上る所に帰っていく。
・・すべてのことはものうい。・・なんとすべてがむなしいことよ。
伝道者の書1:4-14

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by weltgeist | 2009-08-30 23:40

奥多摩のキベリタテハ (No.478 09/08/29)

 中学から高校にかけて蝶の収集に熱中していた小生が、どうしても採集出来なかった蝶に、キベリタテハという種類がいる。高校2年生の夏には北海道の知床まで蝶の採集に行ったほどだから、キベリタテハくらい簡単に採れたと思うのだが、何故か採集した記憶がないのである。
 採集出来なかった理由の一つは、この蝶が標高の高い高山帯に生息する種で、しかも発生する時期が8月の中旬以降になることが原因ではなかったかと思っている。八ヶ岳や穂高のような高い山に自分が採集に行ったのは夏休みの前半、主に7月下旬からせいぜい8月中旬までであった。キベリタテハはその後に発生するから時期的に出会う機会がなかったからだと思っているのだ。
 そんな子供の頃憧れたキベリタテハが、今奥多摩で沢山見られると聞き、小生にカワセミの撮影の仕方を教えてくれたゴージンさんと本日奥多摩へ行ってきた。ゴージンさんは鳥撮影のベテランで、超望遠レンズを駆使して様々な鳥を撮る他、最近は蝶の撮影にも手を拡げている行動派である。
 ゴージンさんのような鳥を専門に撮影する人たちは500㎜、600㎜といった超望遠レンズを駆使する。だが、蝶の撮影ではそんな長いレンズは必要ない。普通は100㎜、長くても200㎜もあれば十分である。だから、今回自分は105㎜マイクロレンズをメインに出かけたのである。
 だが、いざ現場に着いてキベリタテハを見つけたら、こいつが意外に神経質で105㎜レンズで撮影出来る範囲に近づくとすぐに逃げてしまうではないか。レンズが短いと判断し、300㎜に取り替えるが、これでも短くてうまく撮れないのである。
 ところが、鳥屋のゴージンさんはデジボーグという普段から鳥を撮影にしている望遠鏡のようなレンズを取りだした。これは1200㎜相当の長さになるというから、ものすごく離れた場所からでも平気で撮影出来るのだ。
 小生が撮ったものは画面の中央に小さく蝶が写っているだけなのに、ゴージンさんが撮ったキベリタテハの画像は大きく細部までしっかり撮れている。下の写真は小さく写った蝶の部分だけをトリミング(クロッピング)してみたものである。だが、写真の拡大率が大きくなるため、細部の解像度がイマイチになってしまった。機材選択の時点から自分はゴージンさんと勝負にならなかったのである。 
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 だが、それからしばらくしたら、思いがけない逆転劇が待っていた。撮影している現場にアサギマダラが飛んで来たのだ。蝶の撮影を始めて間もないゴージンさんはこの蝶をいまだ撮ったことがないというので色めき立った。ところが、このアサギマダラが、こともあろうにゴージンさんの超望遠レンズを付けたカメラに止まってしまったのである。(写真下)彼はその写真を撮りたくても撮れなくなってしまったのだ。
 アサギマダラはカメラの死角を狙って、わざとここに止まったのかもしれない。その時の状況を撮ったのが下2枚の写真である。
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これがゴージンさんが鳥を撮影している時のカメラシステム。デジボーグという超望遠レンズは1200㎜相当と言っていた。これがキベリタテハの撮影では威力を発揮したが、アサギマダラが飛んで来たら、レンズの先端に止まってしまい、その撮影が出来なくなってしまった。しかし、この後、彼は55-250㎜のレンズに切り替えて、見事にアサギマダラの撮影も成功させた。
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超望遠レンズの先端に止まったアサギマダラは、口からストローのような物を出して、レンズカバーを吸い出した。
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by weltgeist | 2009-08-29 23:39

トリスタンとイゾルデで熟睡 (No.477 09/08/28)

 今日は久しぶりにワーグナーの音楽を聴きたくなった。だが、ワーグナーの音楽はどれも長い。「ニーベルングの指輪」など、全部聴き終えるには10時間以上かかる。ワーグナーを聴くときは予め長期戦に備えた覚悟みたいなものが必要だ。軽い気持ちで始めると、必ず途中で飽きてしまい、最後まで聴けない場合が多いのだ。
 さて、それでは今日は何を聴こうか。「ワルキューレ」もいいし、「さまよえるオランダ人」も聴いてみたいと思った。しかし、何故か小生が本日撰んだのは「トリスタンとイゾルデ」である。全曲を聴くとなると4時間はかかる大長編だが、小生その長さに正面から「挑戦」してみたのである。(その理由は後で述べる)
 演奏は少し古いがカール・ベーム指揮、ビルギット・ニルソン(ソプラノ)のライブ収録盤を撰んだ。実はこのライブ盤は買ってはみたものの、これまで一度も最後まで聴いたことがない。いや聴こうと思ったことはある。しかし、いつも途中で挫折しているいわくつきのものなのだ。
 トリスタンとイゾルデは中世の騎士伝説をもとに作られた楽劇である。ワーグナーがオペラと言わず、楽劇と呼んだことから推測出来るように、劇のストーリー展開においても、音楽の性格にしてもは、普通のオペラとは随分趣を異にしている。イタリアオペラのように、要所要所でアリアがあって、きれいな歌を聴かせて楽しませるなんてことはない。そして、全編に「無限旋律」というワーグナー独特の切れ目無くつながる音楽が流れている。劇のストーリーもなにか混沌としていて、メリハリのない展開である。ドイツ語の分からない我々が字幕なしに初めて聴いたらチンプンカンプンで戸惑いしか感じない音楽なのである。
 しかし、トリスタンの抑揚がない無限旋律はたいへんきれいで、聴く人はうっとりとする。弦楽器を中心にした旋律はワーグナーの世界に有無を言わさず引き込む強い力に満ちていて、聴衆は酔いしれるような精神的高揚感に包まれるのである。トリスタンの魅力はそこにあると「通」は言う。しかし、小生の場合、それは最初だけで、4時間以上の長丁場でずっと似たような旋律を聴き続けることは難しい。短い時間だから忘我の状態でいられるのであって、これが4時間も続くとなると、神経が持たない。懸命に聴いていても、次第に飽きてきて、最後は眠くなってしまうのだ。
 そんなことがあったから、「今日こそ全曲を聴くぞ」と決意してこれに「挑戦」したのだ。だが、やはり結果は同じで途中で寝てしまった。それも熟睡である。どのあたりで眠りだしたのか、まったく覚えがないほど気持ち良く寝てしまったのである。
 バッハのゴールドベルク変奏曲は、不眠症に悩むカイザーリンク伯爵の子守歌として作曲されたと言われるが、小生、ゴールドベルク変奏曲を聴いて眠気を覚えたことなどない。大好きなグールドの演奏を聴くと眠気どころか、気持ちもすっきりしてくる。ところが、トリスタンとイゾルデとなると、何度挑戦しても眠ってしまうのだ。
 これは余談だが、以前、ジュゼッペ・シノポリがサントリーホールで、トリスタン前奏曲を振るのを聴いていながら半分寝ってしまったことがある。子守歌と言う点ではゴールドベルク変奏曲より、トリスタンとイゾルデの方が最適と自分は思っているのである。
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ニュールンベルグ近郊にあるバイロイト祝典劇場。ワーグナーが自分の楽劇を演奏するのに理想的な劇場として設計した木造の建物である。毎年、8月にここでワーグナーの楽劇を演奏するバイロイト音楽祭が開かれるが、そのチケットを手に入れるのはたいへん難しい。今年はクリスティアン・ティーレマンが指揮した「指輪」が良かったと評判になったらしい。
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by weltgeist | 2009-08-28 23:05

健康であることが一番だ (No.476 09/08/27)

 自分の人生を省みると、病院に入院していた時期が異常なくらい多いのに我ながら呆れてしまう。今年だけでも先日の胃潰瘍で23日間、脳梗塞で一週間と連続して入院しているが、こんな入院騒ぎを昔から繰り返していたのである。古くは昭和40年に第一回心臓手術とその療養で1年弱の入院をしているし、その後肝臓障害で約一ヶ月、さらに2003年に行った第二回心臓手術で約2ヶ月、そのときの手術の不都合から足の血管が詰まって2週間の追加入院の他、細かな入院をしばしば繰り返してきた。要するに「俺の人生入院ばかり」と言えるような人生を送ってきているのだ。
 だが、そんな病弱な小生も若い頃は人並みに健康だった。22歳の時やった第一回目の心臓手術以前は自分の体にある程度の自信を持っていたのである。というより、自分は超健康人間だと思いこんでいたと言っていい。だから、自分の体が虚弱であることも知らず、随分無茶な真似をしてきたのである。高校生の頃は夜一睡もせず夜行日帰りで谷川岳一の倉沢の岩壁を登攀したり、穂高の岩場でムチャクチャ体力を消耗する大岩壁のビッグウオールクライミングなど、体を酷使することばかりしていた。健康に留意するような気持ちはまったく無かったのである。
 若い頃はまだ体力があったからそうした無茶も何の問題もなくやり通せた。だが、無理をした責め苦は後で必ずやって来る。それが第一回目の心臓手術であり、その後に続く一連の病気の遠因となったと言えよう。今ガタガタになってしまった体はあの頃の無理がたたった結果である。しかし、そうは思ってももう遅い。若い頃に戻ることは出来ないから、ただただ、このガラスのように壊れやすくなった体を誤魔化しながら生きていくしかないのだ。
 思い出してみれば、若さに乗じて無理なことをやっていたとき先輩から「そんな無茶やってると、後で体が壊れるぞ」と忠告を受けたことが何度かある。だが、健康な自分にはそんなことは起こりそうもないと過信していた。健康に気を付けるなんてことは、元々体が弱い軟弱な青二才がすることであって、自分とは関係ないことと無視し続けたのである。
 あの時の忠告を聞いていればもう少し丈夫な体でいられることができただろうか。しかし、その忠告は絶対受け入れなかったろうと思う。それをまともに受け止めるだけの理性を当時の小生は持ち合わせていなかったからだ。体に悪いから無茶は止めよう、なんてことはこれっぽっちも考えない。むしろかなりの無理でも「やっちゃえ」と強行する無謀な若者だったのだ。その結果が今になって小生を苦しめるのである。
 ドイツでは元気溌剌な人は Ich bin gesund wie ein Fisch in dem Wasser(私は水の中を泳ぐ魚のように健康だ)と言う言い方をする。渓流のヤマメのように水の中を自由に泳ぐ魚の動きは、まさに健康そのものの象徴でもある。かっては自分も水を得たヤマメのように元気に世間を泳ぎまくっていた。それが、いつしか産卵を終えたホッチャレのサケのような情けない体になってしまったのである。
 ドイツ人は分かれしなの挨拶代わりにZur Gesundheit(ツーア・ゲズントハイト、健康に注意しなよ)とも言う。健康こそ生きていく上で最も大切な要件であると今はつくづく感じている。今更そんなこと分かっても全く遅いのであるが・・・。
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ドイツ人は健康であることを水の中を泳ぐ魚のようだと表現する。昔は小生もこのヤマメのように溌剌としていた。だが、今は疲れ果てたホッチャレのサケのような体になっている。
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by weltgeist | 2009-08-27 23:20

日本三景の一つ、松島に行ってきました (No.475 09/08/26)

 昨日まで宮城県の松島周辺に行ってきた。松島の近くにある別荘で夏休み最後の避暑を楽しんでいるBさんを訪ねたのである。
 別荘は深い森の奥にあって、車はずっと手前までしか行けない。途中にある駐車場から歩かなければならないのだ。細いそま道を歩いて行くと、その別荘はまるで森の一部のようにひっそりと建っていた。電気や水道はもちろん通っているが、小生にとって不可欠であるブロードバンドの回線はないからコンピュータによるネットサーフィンも出来ない。ここではそうした都会的なものは車の中に置いてこなければならない場所なのである。
 面白いのはこの別荘は百年ほど前にアメリカ人が作った非常に古い建物であることだ。家は日本建築だが、長い間アメリカ人が手直ししながら住んで来たことで、独特の歴史を感じさせる落ち着いた雰囲気のある建物になっていた。外壁やドアーなどは全て木製、中も昔風の建物になっている。ちょうど小生が子供の頃住んでいた古い木の家と同じような造りで、百年前の息吹を残しつつ古く傷んだ所をアメリカ風にリフォームしながら今も住み続けているのである。
 日本の森の美しさと日本建築の良さをうまく取り入れながら、洋風の生活にマッチさせるように作られていて、外国人が日本家屋の良さを生かして快適に住めるように出来たナイスな別荘であった。
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 ところで別荘生活というと、静かな環境の中で一日中のんびり過ごすことで、都会のストレスですり減らされた体をリラックスさせることが第一であろう。涼しい木陰で本を読むのもいい、昼寝をするのもいい。ここではネットもつながらないから、コンピュータを見ることもない。毎日ブログの更新に追いまくられていた小生も、久々にのんびりしたのである。
 しかし、都会の忙しさにドップリと浸かっていた身は、わずか1日だけでものんびりしていることが出来ない。ジッとしていることが耐え難くなり、何かをやっていないと落ち着かないのだ。Bさんたちは本を読んだりしてゆったりと過ごしているが、小生は折角ここまで来たのだから何処かへ観光に行くか、魚釣り、あるいは蝶の採集に行くことなどを考えてしまう。悪い癖で、何かしていないと落ち着かないのである。
 それを察知したBさん、近くの松島観光に連れていってくれた。ご存じの通り、松島は天橋立、安芸の宮島と並ぶ日本三景の一つ、日本を代表する観光地である。小生、天橋立も宮島も行ったことはある。しかし、しばしば東北には釣りにきているにも関わらず、松島は一度も行ったことがない。人生66年にして初体験である。
 松島はさすがに日本三景だけのことはある。平日だというのに観光客で一杯である。我々は約270あるという松島湾の島々を巡る観光船に乗って噂の島々を見ていく。だが、磯釣りで全国の荒海を歩いている小生から見ると、これがいかにも箱庭的であった。三宅島の三本や、八丈小島、九州の男女群島などの荒磯を小さな磯渡しの船(チャカ)で渡って行くような緊張感もない。根っからの釣りバカである小生にとっては釣り竿も持たずにただ観光船で海を見て回るという経験はあまりしたことがないので、これが何とも物足りないのだ。
 だが、遊覧船による沖の島巡りはたいしたことは無かったが、港の周辺はなかなか良い場所であった。桟橋近くの土産屋さんは、どの観光地にでもある「如何にもお土産品です」といったセンスの悪いものはあまりない。外国人にとっても楽しめそうな竹細工やこけし、日本古来の小物類があって、Bさんたちも興味は尽きないようだった。やはり松島は日本三景の一つであると納得させられた旅であった。
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by weltgeist | 2009-08-26 20:24

8月25日まで更新が出来ません (No.474 09/08/23)

 自分のブログは、毎日書き込みし続けることを至上命題としてこれまで運営してきました。ところが、最近、入院騒ぎや海外旅行で、お約束した「毎日更新」が出来ない事態が続いてしまいました。可能な限り、毎日更新にこだわりたいと思っているのですが、物理的にどうしても出来ない場合があります。実は、今日から出かけるため、また25日火曜日まで書き込みが出来なくなりました。申し訳ありませんが、3日間お休みをいただきたくお願いします。

新しい書き込みは翌26日水曜日から行います。
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by weltgeist | 2009-08-23 11:12

釣り師憧れの地アラスカ3、ホーマー (No.473 09/08/22)

●巨大ハリバットフィッシングに挑戦
 前日はスワードでシルバーサーモンを釣った後、午後からキナイ半島の先端に当たるホーマーへ移動した。スワードからホーマーまで約280㎞あるが、このくらいの移動はアラスカでは問題にならない。特に夏は白夜で夜遅くまで明るいから、午後遅く出ても明るいうちにホーマーまで着くことが出来るのだ。
d0151247_23441329.jpg キングサーモンが一番良く釣れる7月始め頃は真夜中でも日本の夕方より明るいほど完全な白夜になる。8月中旬だとそこまでの白夜はないが、暗くなるのは午後9時半頃からである。日本なら真っ暗な時間になる比較的遅い時間にホーマーに着いたにも関わらず、夜遅く行動しているという意識も起こらない。

 さて、これから狙うホーマー沖のハリバットなる魚は、日本ではオヒョウという名で知られるカレイの仲間である。主に北太平洋からベーリング海にかけて生息し、日本では北海道でたまに釣れる程度で、大きさも50㎝あれば大きい方である。とことろがアラスカのハリバットはとてつもない大きさになるのだ。左の写真をご覧頂きたい。たまたま我々がホーマーで見かけた写真をコピーさせてもらったものだが、こんな巨大な魚になるのである。
 小生が最初にホーマーを訪ねた1980年代前半の頃は、人間の身長より少し長い2m、200ポンド(90㎏)くらいの大物はほぼ毎日誰かが釣ってくるのが普通だった。二日続けて同じ船に乗ったことがある。その時も連日同船者が2mくらいのものを目の前で釣り上げていた。そんな巨大ハリバットの取り込みは如何にもアメリカ的な荒っぽい方法でやる。水面に上がってきたところを銃で撃ち殺してしまうのだ。昔はパンパンという銃声が釣り場に集結した船のあちらこちらで聞こえたものである。
 今回ホーマーでハリバットフィッシングをやるのは10年ぶりくらいである。10年前に来たときは仕掛けを降ろしたと同時にすぐにアタリがあり、海底にはそれこそ隙間無くハリバットがひしめいていて、オモリが彼らの背中に落ちるのではないかと思えるほど沢山釣れた。今回もあの頃のいい思いがまた味わえるはずである。銃で撃ち殺すほどの大物が今度こそ自分にも釣れるかもしれないと、勇んでやってきたのである。
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ホーマーは長い砂州の上に出来た港町で、ハリバットを釣らせる船宿やレストラン、お土産屋がこのような小さな小屋状に並んで建っている。
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小生が80年代初頭に来た時は自分の背丈より大きいハリバットを連日誰かが釣ってきていて、釣り人が獲物を前にした記念写真を撮っていた。こんな光景が普通だったのである。

 午前7時、キャプテンビーズ・アラスカンチャーターの船は、巨大ハリバットが潜むな釣り場を目指してフルスロットルで走り出す。この時ホーマー港から同じような釣り船が同時に何艘か出たが、我々の船のスピードはめざましく、他の船がどんどん後ろに置いて行かれるほどの高速である。こうした釣り船の高速化は、ポイントが少ない日本ではどこでも見られるようになってきたが、アラスカでも同じなのかもしれない。出来るだけいいポイントに誰よりも早く着くことが大釣りの大前提であるのは万国共通のようだ。
 港を出て約1時間、ようやくポイントに着いた。船はその付近でイカリを降ろし、潮に流されない準備を始めた。アラスカの海は水面の波立ちは少ないが、潮の流れは猛烈に早い。以前はその早い流れのままに船を流して海底を探って行ったのだが、今回は船をイカリで止めて釣るらしい。
 渡されたタックルを見ると、50号くらいの太さのラインに1㎏ほどの重たいオモリがついている。ハリスは50㎝ほどで、マグロでも釣れそうな大きなハリにサーモンの頭と塩漬けにしたニシンがエサとして付けられている。だが、そんなに重たいオモリでも潮が速いから、仕掛けを沈めるとたちまち潮下に流されてしまう。
 多分水深は30mくらいの浅場と思うが、早い潮に流されてラインは50m以上出たところでようやく底に着いた。ハリバットはカレイの仲間だから海底にへばりつくようにしている。だから日本のカレイ釣りと同じように仕掛けは必ず底に着いていなければならない。早い潮で仕掛けが浮き上がりがちになっても仕掛けが底に着くまでラインを繰り出す必要があるのだ。
 だが、日本のカレイ釣りと違うのはアタリの大きさだ。東京湾のカレイなんかすごく微細なアタリをする。それを見逃さないよう神経を集中させて竿先のわずかな信号からアタリを読み取るのだが、ハリバットにそんな繊細さはない。エサが底に着くと「ゴツゴツ、ゴツーン」という強烈なアタリが伝わってくる。モノが大きいだけにアタリも明確である。
d0151247_2347358.jpg ホーマーのハリバットは一人1日2尾までがリミットである。小生、仕掛けを降ろしてすぐにアタリがあり、釣り上げたら40㎝ほどのベビーハリバットが釣れて来た。以前来たときは60㎝以下はリリースだったが、今年の釣り規則を見るとサイズの制限は無くなっている。クルーがベビーを見て「キープするか」と聞いてきたので、こんなのは要らない。すぐに逃がしてくれと頼む。そうでないとたちまち2尾の制限尾数になり、その後の釣りが出来なくなるからだ。
 次にきたのは80㎝くらいのサイズである。だが、それでも自分には不満である。以前来たときはこのサイズもリリースしていたからだ。折角ホーマーにきたのだから畳みくらいの大きさがある2m級を狙いたかったのだ。ところが、船のクルーは小生の意志を聞くことなく、棍棒を取りだしていきなり頭を叩いてキープさせてしまった。一昨日のスワードでベビーサーモンの頭を叩かれてキープされたのと同じ状態である。かくして、ものの1時間ほどで制限の2尾を確保させられて、釣り終了となってしまったのである。
 アラスカの海は昔と同じようにハリバットが一杯いた。しかし、釣れてくる魚のサイズは明らかに小さくなっている。前日のシルバーサーモンと同様、釣りの桃源郷も次第にその姿を変えつつあるようだ。
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最初に釣れてきたのは、本当に小さいベビーハリバット。こんな小物をキープしたら昔は犯罪者になるところだったが、最近はサイズ制限がなくなり、クルーが「キープするか」と聞いてきた。時代はアラスカでも確実に様変わりし始めているようだ。
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当日小生が釣り上げたのはこのサイズ。本当は畳みくらいある馬鹿デカイ奴を釣りあげたかったのだが、それは今回も夢で終わってしまった。

*アラスカではこの後、川で銀色に輝くきれいなシルバーサーモンを釣ったのだが、それはいずれ時間が経ったときもう一度発表するかもしれない。とりあえず、アラスカシリーズは今回を持って終了したい
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by weltgeist | 2009-08-22 23:49

釣り師憧れの地アラスカへ2、スワード (No.472 09/08/21)

●スワードの氷河クルーズ
 アラスカに到着した日はアンカレッジから南に2時間半(約200㎞)ほど走ったところにある港町スワードに宿泊。この町の売りは「氷河とサーモンフィッシング」である。翌13日、まずは釣りはお預けして、観光のハイライトである氷河クルーズに出かけた。一昨年妻も乗ったことがあるキナイ・フィヨルド・ツアーという会社の船で海に落ちこむ氷河を見学に行く。
 スワードの港を出てしばらくすると前方にシャチが泳いでいると船内のアナウンスがある。3頭のシャチが背びれを出して泳いでいて、最後は見事なジャンプをしたところを何とかカメラに納めた。(写真下)続いて鯨やアザラシ、ラッコの他、アラスカの代表的な海鳥であるパフィン(和名はエトピリカ、左上のくちばしの赤い鳥)など、野生動物が次々に出てきて飽きない。
 この氷河観光船はランチ付きで、観光客を喜ばせるような工夫を沢山してあるから、乗っている方も楽しい。特に動物写真を撮る人には魅力的なクルーズであろう。そして散々野生動物を見終えた最後に、お目当ての氷河に行き着く。狭いフィヨルドを奥の方に入って行くと、次第に海の中に小さな氷の破片が浮いてくるようになり、その先に白い氷の壁が立ちはだかって来る。静まりかえった海の中に、大きな氷の塊が崩れ落ちる音が響き渡る。数万年前に堆積した氷が自らの長い歴史を終えて、最後に海に帰って行く壮大なドラマを見るようで迫力があった。
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氷河クルーズが終わった後、スワードから10㎞ほど離れた所にあるイグジット氷河を見学に行った。車を降りて森の中を歩いて行くと、道の所々に1917とか1926といった数字が書いてある。最初はこの数字の意味が分からなかったが、氷河の末端まで行って昔の氷河末端があった年号を記録したものであることが分かった。その変わりぶりを見ると急速に氷河が後退していることが分かる。

●シルバーサーモンフィッシング
 14日はいよいよスワードのサーモンフィッシング。午前7時少し前に港に行くと、すでに沢山の釣り人がいる。今日乗る船については船宿名しか聞いていないので、どんな船か分からない。この人数だと10名以上乗せる大きな乗り合い船かなと思ったら、フロレットC号という名前の仕立て船(写真下)だった。とても立派な船で、釣り人は我々だけの貸し切り、快適に釣りが楽しめそうである。
 意外なのは、船長がダイアナさんという女性で、船の舵を操作したり、若いクルーにテキパキと指示を与える頼もしいおばさんであったことだ。日本では遊漁船の船長が女性というのはまず考えられないが、その後ホーマーで乗ったハリバットの船でも夫婦で操舵していたからアメリカでは当たり前のことなのかもしれない。また、今回はダイアナさん以外にクルーと思われた中に若いアンナという女の子がいた。
 この子が、我々が船に乗り込む時「おはようございます」ときれいな日本語で話しかけてくるではないか。異国で外国人がいきなり日本語を使ってくるとビックリするが、彼女はアラスカの大学で日本語を勉強し、慶応大学に1年ちょっと留学したことがあるのだという。今日、日本人のお客がフロレットC号に乗ると聞いて、久しぶりに日本語が話せるとダイアナさんに頼んで特別に乗せてもらったらしい。
 狭いフィヨルドからレゾレクション湾に出ると、ダイアナさんはクルーに命じて仕掛けを海に降ろす。釣り方は潜行板の先に黄色いビニール製タコベイトが着いたトローリングで、トモの部分に4本の竿を出し、アタリがあったところでリールを巻くだけの単純な釣り方である。しかし、潜行板はアウトリガーにセットされた大きなオモリで半強制的に沈めてある。これが我々にはちょっと馴染みのない釣り方で、戸惑いを感じた。
 普通、アタリがあると竿先が下に引かれて下がるのだが、ここではヒットするとアウトリガーのオモリから自動的に外れるため、竿先が上に上がるのだ。つまりラインがゆるんだときがアタリだが、このタイミングが分かりにくい。小生、ボーッとしていたら自分の前の竿が上に上がっていて、「アタリだ」と注意された。
 だが、リールを巻いても深く沈んだ潜行板の抵抗でなかなか巻けない。その重たい抵抗感から相当の大物のようだと、気合いを入れて巻くと水面に魚がいきなり浮いてきた。見ると40㎝くらいのサーモンの赤ちゃんである。「ありゃーッ。これは小さい。リリースだ」と小生が言っている間もなくクルーが、金属製の棍棒でサーモンの頭をぶったたいて、無理矢理キープしてしまった。
 この後、作家先生たちもシルバーサーモンを続々と釣ったのだが、昨日も書いたように、この後のことは取材内容と重なるためお話出来ないのが残念である。どんなサーモンだったかは一昨日、No.470で紹介したアンナが手にしたサーモンを参照して欲しい。
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これがフロレットC号。日本の釣り船とは全然趣が違って、ちょっとしたクルーザーのようである。5人くらいがゆったりと釣りが出来、中はとても快適である。
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フロレットC号の船長は女性のダイアナさん(左)。GPSと魚探を見ながらサーモンのポイントを探って行く。右は日本留学の経験があるアンナ。日本語が堪能で、我々が持ってきた漫画を楽しそうに読んでいた。ただし、まだ漢字を読むのは難しいらしい。
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ポイントに着くとダイアナさんがトローリングの準備をクルーと始めた。右側にある滑車とアウトリガーで大きなオモリを潜行板の前につけてルアーを沈ませる釣り方である。
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アタリは竿先が下に下がるのではなく、一瞬上に上がる。これを見逃すとハリ外れの原因になるので、竿先の動きに注意していなければならない。
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by weltgeist | 2009-08-21 17:40

釣り師憧れの地アラスカへ1、アンカレッジ (No.471 09/08/20)

 先月の末に脳梗塞で突然入院した病人が、病院から出たとたんに「アラスカに行く」と言い出したので皆さんは「何て馬鹿な奴だ」と思われたことだろう。だが、今回は少々の病気でも断れない事情があったのだ。実はある出版社が高名な作家二人(いずれも釣りが大好き)を連れてアラスカで釣りするところを取材したいが、ついてはアラスカに強い小生に一緒に行ってくれないかと、前から頼まれていたのである。だから、もし小生が行けなくなれば作家先生たちにも迷惑がかかる。それ故に多少の体調不良であっても、自分は行かざるを得なかったのだ。
 だが、突然の脳梗塞で入院し、一週間という異例の速さで回復したとはいえ、退院してまだ13日しか経っていない体である。その前のキルギスの疲れも残っている状態で、アラスカなど行けるのだろうか。妻はもう一度脳梗塞を起こすのではないかと心配している。もしアラスカでそんなことになればたいへんである。それは自分自身とて同じ気持ちである。「アラスカに行けてうれしいなぁ」なんて思っている反面、心の中には不安も一杯なのである。だが、以前から頼まれていたことを断るわけにはいかないのだ。
 もう一つ問題なのは、今回は取材ということなので、自分が撮影した写真を自由に使えないことだ。取材した記事が出る前に小生のブログでそのおいしいところを紹介するわけにはいかないのである。従って写真は当たり障りのないものにならざるを得ないし、もちろん同行した作家たちの名前はおろか、姿もお見せ出来ない。こんな制約下でうまく旅行記がまとめられるかあまり自信はない。だが、多少出来の悪い旅行記として読んでいただきたいと思っている。

 さて、小生が最初にアラスカに行ったのは1983年である。この頃は欧州へ行くにも米国へ行くにもアンカレッジで給油しないと飛行機が飛べなかった。だからアラスカへ行く飛行機はいくらでもあり、簡単だった。それが、給油無しで飛べる最新機の登場で日本から直接アンカレッジまで行く飛行機が無くなってしまったのだ。
 現在日本からアラスカへ行くには、一度アラスカ上空を通過し、シアトルかバンクーバーまで通り過ぎて行った後、ここから再びアラスカまで戻らなければならない。アンカレッジへダイレクトに飛べば6時間強で行けるところを14時間も掛かる「遠隔地」になってしまったのである。
 しかし、アラスカはアメリカでも「最後の秘境」と呼ばれる雄大な自然が残っているところで、誰もが一度は訪れてみたい場所である。特に釣り人にとっては巨大なサーモンが釣れる夢の釣り場である。だから、一部の熱烈な釣り師はシアトル乗り換えの面倒さも我慢して毎年のようにアラスカに通い続けているのである。
 そんな魅力的な場所だから、季節のいい時期に日本の航空会社が旅行代理店と組んで特別直行便を飛ばす企画を行っている。今回の取材はその直行便を使って行くという計画である。これならダイレクトにアンカレッジまで飛べる魅力がある。しかし、小生にはもう一つ期待していることがあった。それは高名な作家を出版社がご招待するのだから、当然ビジネスシートを用意しているはずだ。そのおこぼれで小生もビジネスシートに座れるかもしれないと淡い期待を持っていたことである。
 ところが、意外なことに全員がエコノミーだったのである。最近は出版社も景気が悪いから、そこまでお金を出し切れないのかもしれない。しかし、小生が感心したのは二人の作家たちだ。彼らが個人的に旅行するときは恐らくファーストクラスに乗っているはずである。それをこんな狭い席に座らせるのは申し訳ないと思っていたら、不平一つ言わない。さすがに人間が出来ていると思った。
 以前、あるテレビ番組の制作に関わってタレントの卵と大阪まで行ったことがある。この時の彼は「俺は面が割れている男だ。グリーン車を手配しろ」と偉そうに言っていた。それに比べると両作家は文句も言わず本当に尊敬出来る人たちだと思った。
 さて、成田を出た特別便は6時間強という楽々フライトでアンカレッジに着いた。到着したのは時差の関係もあって現地時間の午前7時半である。ちょうど朝の閑散とした時間で、アメリカ人は誰もいない。そこに特別便から3百数十人もの日本人が一斉に降り立った様子はちょっと異様であった。空港には日本の旅行会社の旗まで立っていて、日本語が飛び交い外国に来たという感じがしない。
 だが、しばらくするとその人たちも皆大型バスに乗ってどこかに行ってしまった。おそらく短い滞在日数をフル活用して、有名観光地を見学して回るのだろう。一方の我々はまず、大型レンタカーを借りると、釣り道具やフィッシングライセンスを購入したあと、いよいよ最初の目的地、キナイ半島のスワードという町に向かって走り出した。
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アンカレッジ空港到着ロビーはジャンボから降り立った日本人観光客でたちまち一杯になる。一見すると日本の空港のようだが、ここはアラスカなのだ。
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アンカレッジで狂暴な顔をして我々を出迎えてくれたのは、この熊たちだ。左は北極海の氷が溶けて絶滅が心配されているポーラーベア(北極熊)、右はこれまたしばしば人間を襲うクリズリーである。こんな奴がアラスカには一杯いるのだ。
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まずはアウトドアーショップで、釣り具とフィッシングライセンス(入漁券)を購入。代金は7日間用で一人55ドルだった。
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アンカレッジから30分も走った所で出会った川を見たら、ピンクサーモンが入れ食い。最初は川の中に立ち込んでいる水色のシャツの人がヒットし、それを取り込んでいる間に右の黒いジャケットを着た女性も掛けた。橋の上からのぞいたら川の中にサーモンがうようよ泳いでいるのが見える。さすがはアラスカである。
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この日の夕食はキングクラブ(タババガニ)とハリバット(オヒョウ)。カニはやや大味だったが、ハリバットのフィッシュ&チップスはおいしかった。それと下戸の小生には無縁なことだが、地元の地ビールがたいへんおいしいと皆さん絶賛していた。
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by weltgeist | 2009-08-20 22:50