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マルティン・ルターその7、キリスト者の自由 (No.327 09/01/31)

Ein Christenmensch ist ein freier Herr über alle Dinge und niemand untertan.
Ein Christenmensch ist ein dienstbarer Knecht aller Dinge und jedermann untertan.
Martin Luther: Von der Freiheit eines Christenmenschen
キリスト者はすべてのものの上に立つ自由な主人であって、だれにも従属していない。
キリスト者はすべてのものに奉仕する僕であって、だれにも従属している。
マルティン・ルター「キリスト者の自由、第1」より。

一昨日から再開したルター論の続きである。( 初めから読む人は、こちらをクリックしてください)

d0151247_21113935.gif 上で引用した「キリスト者の自由」はわずか20数ページの小論文であるが、宗教改革を提唱したルターの思想を端的に示すものとして、多数の人に読まれてきたなじみ深い本である。内容は他のルターの著作と違って穏やかな口調でたいへん読みやすく書かれている。だが、その穏やかさには隠された理由があるのだ。「95ヶ条の提題」で挑戦状を叩きつけたられたローマ教皇庁はルターを破門しようとしていたが、その発布前に秘密裏に妥協点を探るべくルターと交渉していた。そこでルターは「自分の真意は決して教皇の人格を傷つけようとするのではなく、ただ教会の弊害を改善しようとすることだ。そのことを明らかにするための著作を書くつもりだ」とローマ側に言って本書を書いたのである。だから、それまでルターが叫んでいた過激な主張はこの論文では影を潜め、いわば爪を隠した鷹のようなおとなしい内容で書かれている。あまり罪のひどさを強調しすぎれば、ローマの批判となるから手控えているのだ。
 本書でルターは罪の問題より、むしろ信仰の重要さと、それでもたらされる救いを重点的に書いている。まずは昨日書いたように、人間は罪深い肉に生きる者だから、汚れた者がいくら善行をやったところで何らの救いを得るものではないという決まり文句を言いつつ、ここは軽くやり過ごして肉とたましいの違いを明確に分けようとする。彼は次のように言う。人間の肉(体)が「病みつかれ、飢え渇き、悩み苦しんでいるとしても、このことがたましいに何の損失をもたらすであろうか」(前掲書第3)「身体をもって、また身体において行われるような善行をことごとく完うしたところで、すべて無益である。実にたましいに義(神に認められること)をもたらし、自由を与えることのできるものは、およそこれとは全く異なるところのものでなければならない」( 第4 ) からだ。我々は「信仰のみがあらゆる行いなしに義たらしめ自由を与え、救いにいたらしめるということを、はっきりと認識し、真面目に確信することが大切である」( 第8 )と言うのである。救いは肉の行う行為と全く無関係に、ただただ信仰による神の恵みの受領にしかないと明言するのである。
 そして、無条件に神の恵みを信じた人は、その「信仰から神への愛と喜びとが溢れい出て、また愛から価なしに隣人に奉仕する自由な、自発的な、喜びに満ちた生活が出発する」 ( 第27 ) ことだろう。たましいは清められ、罪は払拭されているのである。そうなれば「見よ、これが心をあらゆる罪と律法と誡(いまし)めから自由ならしめるところの、真の霊的なキリスト教的自由であり、あたかも天が高く地を超えているように、高くあらゆる他の自由にまさっている自由なのである」と言い、「神よ、われわれをしてこの自由を正しく理解し、かつ保つことを得させてください。アーメン」 ( 第30 ) という言葉で終える。
 ここにおいて冒頭の引用文をもう一度みると、彼が言う「自由」とは、信仰において神と共にあることを意味することが分かる。「あらゆる事物の上にある自由な主人 ein freier Herr über alle Dinge 」と言う時、それは神の立場と同一になっていることを意味するのだ。人間は肉においては罪人でも、たましいは神と同じ自由を勝ち取ることが出来るのである。だから、それは誰にも従属していないと言えよう。だが、人は神と同じではない。肉体を持つ人間であり、たましいだけでは存在できないのだ。ルターはたましいが肉体から離れて単独で存在することを前提に論を進めている。だから、いくら救いを得たと言っても現実に生きている人間に妥当するとは言い難い。ルターの自由論はエラスムスが指摘した「神の囚人でしかない」と言う批判に反論出来ていないのである。エラスムスは「生身の人間の自由」を問うたのに、ルターはその疑問に答えていないのだ。ルターにとって所詮肉体を持った生の人間は罪人であり、自由は肉体を離れたたましいだけが獲得出来るのである。
 そして、引用文の二行目にある「奉仕する僕(しもべ) ein dienstbarer Knecht」の意味は信仰の喜びに達すれば隣人への奉仕は自然に心底から湧き起こり、喜んで他人の僕になるというものだが、本当だろうか。人は皆愛すべき存在として、隣人愛が生まれてくると言っても、それはルターの個人的な「愛」であろう。全ての人に等しく愛を施すのではなく、あくまでもルターの気に入った人に限られるのである。敵に従属して彼の僕になるなどルターの場合あり得ない。この論文では手控えられているが、他の所では激しい言葉で敵を攻撃するルターを見慣れているからどうしてもそう思ってしまうのだ。「人を打って死なせた者は、必ず殺されなければならない。・・目には目を、歯には歯を」(出エジプト記21:12、24 ) という具合に、容赦のない攻撃を止めない男が他人を愛せるとは思えないのである。
以下明日に続く。
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by weltgeist | 2009-01-31 21:31

マルティン・ルターその6、ルターの人間観 (No.326 09/01/30)

自分は真に愚かであると言う者は、真に賢いのである。同様に自分は力あり、姿うるわしく、高貴であると誇る者は、たとえ人の前ではそうであっても、まさにそのことゆえに、神の前では弱く、姿みにくく、賤しき者である。
( マルティン・ルター ローマ書注解1-22 )
昨日から再開したルター論の続きである。( 初めから読む人は、こちらをクリックしてください)

d0151247_1636564.gif ルターはパウロがローマ書で語った「人はどんな善行をしても救われない。ただ神の恵みを受け取る信仰によってのみ救われる」という言葉で、苦しい猜疑の泥沼からはい出すことが出来た。これは我々が考える常識的な倫理観を真っ向から否定するものである。人間は良い行いをしたところで、そんなもので救いは得られないというからだ。だが、それでは人間の善行はどんな場合も駄目なのだろうか。もしそうなら人が良い行いをすること自体が意味がなくなってしまうだろう。いや。そもそも人間が「良い行い」など出来るのだろうか。ルターは人間の善行についてこう書いている。
 「我々がどれほどの善を行っても、あらゆる人が、生後一日の嬰児でさえも、これ(罪)によって汚染されていることは経験によって実証されている」(前掲書4-7)と。ルターによれば生後一日の赤ん坊でもすでに罪に汚染されているのだから、人間が良い行いなど出来るわけがないのである。また、右に写真を載せた「ルターの根本思想とその限界」の著者、高橋三郎氏は次のように書いている。「ルターは人間の心がいつも不純な考えによって汚染されていることばかりでなく、人間は何か良いことをすると、傲慢という新しい悪に陥るということを知っていた。そして、こんな傲慢は宗教的に見れば、神に対する反抗に他ならない。人間についてのルターの深い認識は傲慢に対して防御手段を持たないという、人間の罪の深淵を暴露したのである。人間はこの傲慢から自分自身の力ではなく、ただ、神の恩恵によってのみ解放される事が出来る」( 山本書店、PP.78-80 )のである。
 世間的にはどんなに素晴らしい善意の行為に思えても、それは結果的に罪の行為にしかならないと言うのだ。これがルターの根底にある人間観である。人間は悪い者、罪を犯す者という前提が染みついているのだ。小生がローマ書を読み、その後ルターの塔の体験を知った時、感じた違和感の根源はここにあると思った。パウロは人間は罪深い存在ではあるが、それはキリストの恵みによってすでに許されていると言うのに対し、ルターは人間とはどうしようもない罪人であり、そこから抜け出せないという観点から出発するのである。
 言い換えればルターは神は信じても人は信じていないのだ。そのことは彼の著作を注意深く読めば、分かってくる。人間は神の怒りを買う罪人でしかないのだ。「私たちはむしろ怒りと刑罰と、そして地獄にこそ値するのに、純粋な(神のー筆者加筆)あわれみによって、価値無き私たちに深い恵みを持って授けられたのである」( 1511年、棕櫚の主日の説教 ) と言う。私たち人間は価値のない哀れな罪深い存在にすぎない。ただ、わずかに神に我が身を委ねているときだけ、救いがある存在なのだ。禅宗で言う「即身是仏」や浄土真宗でいう「極楽浄土」のような強固な救済の世界ともかけ離れた、極めて虚弱な立場に置かれた存在でしかあり得ないことになる。
 ルターは1511年の同じ説教の中で、アダムの罪を無くし、罪の体を破壊するためには「自分を憎み、隣人を愛し、自分の利益を求めず、他者の利益を求める」と言って、隣人への愛をも説いている。だが、それが言葉のうえだけのことは前後の文章を読めば、すぐに分かる。彼は人間である自分自身を徹底的に嫌っているのである。自分を憎む人がどうして隣人を愛することが出来ようか。
 ルターが愛する人とは、彼の考えに同調する人に限られ、敵対する人には烈火のごとき激しい敵意と憎悪を発揮し、殺すことも辞さない攻撃を容赦無く行う。それはキリストが説く万人への愛ではないだろう。それゆえ、彼が神を信仰するのは、神への愛ではなく、己の罪の深さを嫌い、それから逃れようとする逃避の結果でしかないと小生は思い始めているのだ。
 「善を行った者はよみがえって命を受け、悪を行った者は、よみがえってさばきを受ける」(ヨハネ福音書 5-29 ) という言葉はルターの中では、悪を行ってさばかれる者だけが受けいれられる。なぜなら人はどんなに善良な行為をしようと、罪深い結果にしか到達しえないからだ。ここには抜き差しならない人間への不信がある。キリスト教で最も大切とされる隣人への愛、思いやりが欠けているのだ。
 このことについての小生の考えは、明日続けて行う予定。
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by weltgeist | 2009-01-30 16:48

マルティン・ルターその5、塔の体験 (No.325 09/01/29)

d0151247_19154946.jpg 9月から始めたマルティン・ルターについての小生なりの人物論は、10月31日の万聖節の日に書いた第4回(No.235 08/10/31)を最後に、ずっと中断していた。今日は久しぶりにその続きを書いてみようと思う。( 初めから読みたい人は、こちらをクリックしてください)
 1517年、中世ドイツ、ビッテンベルグの一修道士であったマルティン・ルターが始めた宗教改革は、世界史の中でも特筆すべき大事件となった。中世をひっくり返すほどのことをやらかしたルターとはどんな人物だったのだろうか。彼が教会の扉に貼った95ヶ条からなる質問状は、長く続いたローマ教皇庁のヨーロッパ支配を解く契機ともなった。そんな世界史をも動かしたルターは、きっと途方もなくスケールの大きな人物であるだろうと思って始めたのが小生のルター論である。
 さて、第2回目( No.205 ) で書いたように、ルターはエルフルト大学で一般教養課程を終えて、専門課程に入ろうとしていた頃、シュトッテルンハイムという村のはずれで落雷に遭い、死の恐怖を味わう。厳格なルターの父ハンスは、ルターが大学を卒業し、立派な社会人になることを望んでいた。だが、彼はこの時の恐怖から、父親の反対を無視して1505年にエルフルトでも最も厳格と言われていたアウグスティヌス修道院に入ってしまう。そこで徹底的にキリスト教を学ぼうと思ったのだ。修道士になればそれまで彼が感じていた不安のない平安な日々がやってくると思ったのである。
 修道院での彼の態度は極めて模範的であったという。だが、それにも関わらず彼の不安は取り除かれることがなく、神は自分に微笑みをくれない遠い存在であり続けた。それはなぜだろうか。自分はこれほどまでまじめに神の恵みを受けようと努力しているのに、どうして恵みを得ることが出来ないのか。自分が信じたキリスト教は間違っている宗教なのか。ルターは深く悩み、聖書の研究に没頭していくのである。
 そして、ローマ書に出てくるパウロの一つの言葉に出会う。そこに自分の歩いてきた道が間違っていたことを見いだすのだ。パウロはこう書いていた。「人が義と認められるのは、律法の行いによるのではなく、信仰による」(ローマ書3-28 ) と。ここで語られる「義」という言葉は、神によって罪なき者と認められ、救われたという意味である。それこそルターが求めていたものだが、それは人がどんなに立派な行いをやっても得られるのではない。ただ、信仰によってのみ得られるのだ、とパウロは言っている。とすれば自分がこれまで厳格な修道士の生活守り続けてきても、それで義が得られないのは当然ではないか。
 いくら良い行いをしても、それで人間が救われることはないのだ。重要なことは行いではなく、ただただ神を信じることである。そう思ったとき、ルターは長い不安なトンネルから抜け出せた気がしたのだ。その時の気持をルターは「このようにして、私は全く生まれ変わって、開かれた門を通ってパラダイスそのものの中に入ったように感じた」(ルター選集2、”ルターの説教”岸千年編訳、P.165 ) と述べている。これがルターがキリスト教を開眼した塔の体験である。
 ルターが光を見いだした「塔の体験」は、だが、ローマ書でパウロが言うことの「ルター的解釈」であった。なぜなら、彼は塔の体験で救われたと思った後でも、激しい不安に襲われ、神の義を得たとは言い難たかったことが指摘されているからだ。d0151247_19193415.jpg
 パウロはローマ書の中で、人は良い行いをしても救いはこない。罪人のままであるが、そうした罪はすでに無垢なイエス・キリストが人類の罪を一身に背負い、あがなっている。だから、人はそのことを信じるだけで神の恵みを受ける事ができるのだ、と繰り返し述べている。言い換えれば人は罪人であると同時に、すでにイエス・キリストによって罪が許されている存在でもあるのだ。
 禅宗では「即身是仏」という言葉を使う。これは人はすでに仏の状態にあるのに、それに気づいていない。人間的な煩悩に振り回されて不幸になっているだけだ、という考えと似ている。パウロが言う、神の恵みはすでに与えられている、という主張と極めて近い気がするのだ。「一人の違反(アダムが禁断の木の実を食べたこと)によってすべての人に罪が定められたのと同様に、一人の義の行為(イエスが十字架に架けられてこと)によってすべての人が義と認められ、命を与えられる」(ローマ書6-18)とパウロは言っている。人間はアダムとイブが罪を犯して以来、ずっと罪人だった。しかし、イエス・キリストが無垢なまま十字架に架けられたことで、その罪はすでにあがなわれている。だから、人はイエス・キリストがなした恵みをただ信じて受け取るだけでいいのである。それは人が良い行い、善行をするしないに関係ないことだ、と言うパウロの言葉にルターは目覚めて行くのである。
 だが、それはルターなりの解釈であり、その後様々な物議を醸し出すのである。ルターは、人間は徹底的に罪深い存在であって、救い難いものという独特の解釈に突き進んで行くのだが、この続きについては紙面の関係で明日さらに続けるつもりである。
マルティン・ルターその6へ
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by weltgeist | 2009-01-29 19:19

早すぎる死 ( No.324 09/01/28)

 今日は少しショッキングなことがあってブログを書く気になれない。57歳の知り合いが突然ガンで亡くなったのだ。それまで元気で健康にも問題ないと思われていたのが昨年の春頃、急に体が痩せてきたので病院で調べてもらったら、膵臓ガンですでに手遅れ状態だったという。57歳といえばまだ現役のバリバリ。若くて元気な人が、アッという間に施しようのない状態に落とし込むガンの恐ろしさに言葉を失った。
 人はこの世に生まれたときから死が運命づけられている。だが、それはいつも先送りされ、まだまだ先のことだと思って生きている。しかし、死は誰にも平等に、いつか必ずやって来る。それが運命であり、人はそれを受け入れるしかないのだが、気持ち的には受け容れ難い。今日はまだそのショックから立ち直る事が出来ないでいる。これ以上ブログを続けたくないのだ。。
 亡くなったN氏の冥福を祈りたい。
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by weltgeist | 2009-01-28 21:33

破滅的趣味人生 (No.323 09/01/27)

 高校生だった頃の小生は山登りに明け暮れる毎日だった。勉強などそっちのけで山ばかり登っていた。それを見かねたある先輩が「趣味というものはほどほどにしないと身を滅ぼすぞ」と、小生に忠告してくれたほどである。自分は高校夏休みのほとんどの期間、穂高涸沢にベースキャンプを設けて、滝谷や奥又白の岩壁でロッククライミングを楽しんでいた。2年生のときはともかく、高校3年生になると大学受験を控えていたが、それでも夏休みは勉強もしないで穂高に入り浸りだったのだ。そうした小生を見かねた先輩が心配して諫めてくれたのである。
 あの頃は日本のロッククライミングが隆盛期を迎える時代で、穂高や谷川岳では新しいクライミングのルートが華々しく開拓され続けていた。若い我々は血気にはやり、学校も行かずに山登りばかりしていたのである。だが、小生より少し上の先輩世代はすでに社会人になっていて、もっと先鋭的なより難しい山へ挑戦し始めていた時代でもあった。駆け出し山屋である小生たちを尻目に、先輩たちはその活動の場を日本から欧州アルプス、さらにはヒマラヤへと拡げていたのである。
 だが、社会人の先輩たちは欧州アルプスやヒマラヤへ行くための休暇や費用の捻出に四苦八苦していた。近場の谷川岳あたりだと土日二日もあれば十分だが、欧州やヒマラヤはそんなわけに行かない。ヒマラヤなら最低でも二ヶ月の休暇が必要だが、そんなに休みをくれる会社などあるわけがない。それでも山に行きたい先輩たちは何をしたかと言うと、小生の知る先輩のほとんどが会社を辞め、さらに親、親戚、知人などから巨額の借金をして長期遠征山行に出かけたのである。
 彼らはいわゆる趣味のために、仕事もなげうつ人生を選択したのだ。将来の安定した生活設計などという小市民的なことは考えない。後先のことを無視して、破滅的人生に踏み出したのである。まだ駆け出しで、そこまでの度胸が無かった小生は、遠征に出発する先輩たちを羨望の目で見つめ、彼らの壮行会や祝勝会を何度も開いてやった記憶がある。
 あの頃はそうした所に行けない自分を嘆き、少々人生を呪いもしたものである。「俺もアイガーを登りたい」と何度も思ったが、実行するまでには至らなかった。自分の能力の限界を見て、アイガー北壁やヒマラヤ高峰を登る実力など無いと諦めていたからだ。「趣味はほどほどに」という先輩の言葉を言い訳にして、自らを慰めてもいたのである。
 一方、欧州やヒマラヤで華々しい活躍をした先輩たちもやがて日本に戻って来た。彼らの話を聞く度に自分も行きたいと思ったが、実はその頃から山登りより釣りの方が面白くなり、幸いと言うか、生活をなげうってまで出かける気持ちが少しずつ萎えてきていたのである。結果的に小生が社会人になった頃には、全てを捨てて山に行くなんてことは思わないようになっていたのは幸いだった。
 しかし、長い人生の一瞬の輝きに賭けた先輩たちは日本に帰ってきて、自分の決断がその後の人生にどれほどの衝撃を与えたかを実感することになる。もはや辞めた会社に戻れるわけでもなく、今で言う派遣に近い生活に追い込まれた人が大半となったのである。人生を燃焼し尽くした彼らの中にはロープ(ザイル)の使い方に習熟していることからと、ビルの窓ふきの仕事で生計を立てる人もいた。8000mの頂きにいるときは天国だったが、下界に降りれば他の人と全く違わない、ごく普通の人に戻るしかないのだ。
 あの時代からすでに50年近く経過している。会社を辞めてまで自分のやりたいことを成し遂げた人たちの人生がその後どうなったか、付き合いが途切れたため分からない。多分、彼らの大部分はもう山登りもやめて、何処かの好好爺になっていることだろう。思うに、日本に戻った直後は仕事も前ほどの安定感もなく苦労しただろう。だが、彼らの心の中ににはきっと好きなことをやり遂げた満足感があるはずだ。どこにでもいそうなごく普通のお爺さんが、かって8000mの山頂で日の丸の付いたピッケルを振っていたかもしれない。それは、他の人には全然分からないけれど、自分自身は心の奥深い誇りとして刻まれているはずである。
 好きなことに全人生を注ぎ込む。ほんの一瞬の快楽の後には長く破滅的な人生が待っているかも知れないが、それでも彼の人生のなかではその短い瞬間がずっと輝き続けていると思うのだ。
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ルーブル美術館、フラ・アンジェリコの「聖母戴冠」にあった小さなプレデッラ。向こう側で横になっている人物が誰か小生には分からない。絵を注意深く見ると王冠を被った女性が目を閉じているので、死んだマリアかもしれない。手前の僧侶が壁に向かって泣いている姿から、その悲しさが伝わってくるようだ。(このプレデッラは非常に小さく、原寸でもこの写真より少し大きい程度) 
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by weltgeist | 2009-01-27 23:54

ボルネオ島の情報収集 (No.322 09/01/26)

 暑いところにある南の国はどこも嫌いな小生だが、今日は南国の一つであるマレーシアの政府観光局を訪ねた。実は2月の末にボルネオ島に行くつもりで、すでにエアーチケットも確保してあるのだ。目的は蝶の撮影である。暑いところは嫌だが、全く蝶の姿を見ることが出来ない冬の日本と違って、常夏のマレーシアはこの時期が蝶の楽園状態であると言うから重い腰を上げたのである。だが、蝶が目的だからマレーシアと言ってもクアラルンプールのようないわゆる「一般的な観光地」に行く気は毛頭ない。オランウータンや巨大なコブラが生息するジャングルの島、ボルネオが狙い場なのである。
 僻地ほど蝶は残っているので、蝶狙いだと必然的に観光地から遠ざかった場所を目指さざるを得ない。そんな場所の情報は普通のガイドブックでは分からない。マイナーな情報は、都心にあるこうした各国政府観光局を訪れるのが一番なのである。マレーシア政府観光局は有楽町の日比谷側にあり、同じビルにはシンガポール政府観光局もあるから、ついでにここも寄って、細かな生の資料をバッチリ集めた。
 そして、そのついでにさらに隣の三井ビルにある韓国観光公社東京支社まで足を伸ばして、韓国の細かな地方地図やガイドブックも頂いてしまった。韓国行きは、まだ完全に決まったわけではないが、昨年の2月に韓国の渓流でいい釣りをしたので、今年は渓流に加えて、東海岸のアユ釣りもやってみたいと思っているのだ。
 地下鉄日比谷駅から徒歩10分圏内で得た3カ国の情報は、小生にとっては掘り出し物のように貴重で、さすがに東京都心まで来ると、こうした物まで入手できるのだと、その便利さを実感した。小生が住む郊外の町ではネットは使えても、こんな生の情報は手に入らない。我が家の回りは森があり、狸やオオタカが住んでいる自然が多少残った場所だが、文化的な情報を得るという点ではイマイチだ。やはり便利に住むなら都心なのかな、とも思ってしまった。
 そして、折角そんな便利な都心に出てきたのだからと、午後は地下鉄日比谷線広尾にある都立中央図書を目指した。公立の図書館は普通月曜日が休みだが、中央図書館は月曜日も開館していて休みなし。短い時間をやりくりする人には優しい有り難い所だ。ここへ行くには広尾駅からドイツ大使館方向に曲がると、ちょっとパリの裏町のような雰囲気のある町並みを過ぎ、有栖川公園の中を通って行く。
 そして、この有栖川公園が都心とは思えないほど雰囲気があり、小生のお好みの場所でもあるのだ。とりわけ、入り口近くにある大きな池にはいつも釣り人が沢山いて、フナやコイ、クチボソなどを釣っている。多分、ここに来ている釣り人は小生と同じくリタイアして昼間の時間が暇な人なのだと思う。使っている竿や仕掛けが何となく素人っぽいが、それでも、こちらも足を止めて、ウキの動きに思わず目が行ってしまう。釣れているのかどうか自分も釣り人だから気になるのだ。
 だが、彼らの釣りをじっくり見ていたいが、田舎まで帰らねばならぬ小生には時間的な余裕はない。彼らの釣り姿を少し見ただけで、急いで中央図書館に駆け込んだ。まずお目当ての資料を読んだ後から彼らの写真を撮ったり釣果について聞こうと思っていたのである。しかし、閲覧が終わって外に出たら、すでに夕方になっていて釣り人の姿は一人もいない。静かな夕暮れに竿を振る釣り人の姿を入れた写真を撮ろうと構図まで決めていたのに、池のカモがのんびりと泳いでいるところしか撮れずに終わってしまった。
 だが、マレーシア、シンガポール、韓国の情報に続いて、今取り組んでいるマルティン・ルターのことも今日は沢山仕入れることが出来た。今夜はそれらをじっくり拡げて、またまた空想の世界を逍遙するつもりである。
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麻布から広尾、六本木にかけては外国大使館が多く、周辺を歩く人も外国人が目立つ。そんな都心の一等地にあるこの有栖川公園は、とても雰囲気が良い公園で、日本に来た外国人もきっと日本についての良い印象を持つことだろう。
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by weltgeist | 2009-01-26 22:48

デジタルファイルの保存ミス (No.321 09/01/25)

 昨日は当ブログの記念すべき一周年と書いたが、実はその前日に小生はたいへんな失敗をしていて、様々な取り繕いをしていたのである。23日の金曜日は東京にあるキリスト教系アメリカンスクール生徒によるタイの貧しい人たちを支援するチャリティコンサートが開かれた。これのチケットを手に入れていたので、夕方から出かけて、帰って来た段階でブログをアップするつもりでいたのだ。そのためには、昼間、だいたいの原稿は作っておかないと間に合わないからと、下書きと写真を準備しておきながら、それを消去してしまったのである。
 昨年は5月31日に同じ学校の卒業生たちが開いた「卒業記念コンサート」を聞いて、その質の高さに驚いたことを書いた( No.113 ) が、今回も大人顔負けのエンターテイナーぶりを発揮した素晴らしいコンサートだった。この学校ではタイの貧しい人たちに対するボランティア活動を積極的にやっていて、今回のコンサートはその慈善事業の資金集めを兼ねたものである。
 学生の大半はアメリカ人なので、この学校を卒業した後は米国の大学に進学する人がほとんどである。このため、日本のような受験勉強をする必要がないのかもしれないが、とにかく彼らは余裕があって、皆伸び伸びと育っているところがいい。勉強と同時に音楽活動の練習時間も十分とれるのだろう。彼らの音楽や踊りは玄人はだしである。彼らの腕前の確かさとともに、社会に貢献したいと言う心掛けに関心し、家に戻ったのが夜の22時頃だった。すでにブログの下書きは出来ているから、あとは写真を撰び、多少文章のおかしいところを直せば、問題ないはずだった。それで、家に着いてもお茶を飲んだり、しばらく休んでからPCを開いたのである。当然、書きかけの下書きが出てくると思ったのだが・・・

 無い。無いのだ。書きかけの下書きが何処かへ消えてしまっているのである。

 時間を見たらすでに午後23時を少し回っている。このままでは記念すべき日の前日が更新が出来ない事態になるかもしれないまずい状況になっていたのである。どうやら、出かける時、下書きを保存しないまま消去したようなのだ。
 以前にもこうしたミスは何度かやったことがある。長い時間をかけて作ったファイルを最後に「保存しますか」と聞いてきたとき「いいえ」のボタンを間違えてクリックして、すべてを台無しにしたことが一度や二度ではない。そうした経験は恐らくこれを読んでいる方の中にも沢山いると思うが、ショックはたいへんなものである。ファイルを復元するにはもう一度同じ作業をしなければならないからだ。
 小生、目の前が真っ暗になるとともに、もう一度同じ作業をする気になるまで、さらに5分くらいの時間を要した。時計を見るともう45分ほどで翌日になってしまう。こんな短い時間で更新が出来るのか。失望感から「本日は休んで、一周年記念日もしらばっくれるか」とも思ったが、翌日は自分にとって大切な記念日である。それを更新しなければ、読んでいる方は、小生が意味もなくすっぽかしたと思うだろう。
 気が付くと猛烈な勢いで、再び午前中に作った文章を書き始めていた。幸い、下書きのおおよそは頭に残っていたので、思い出しながら書きつづったのだが、それでも最初に下書きしたものとはだいぶ違う内容になり、自分的には全然満足出来ないまま時間切れになりそうだった。だが、もうあれこれ手直ししている時間などない。23時58分、何とか文章としての体をなしたと判断し、見切り発車的にそれをアップした。
 その結果は歴然としている。一昨日のブログ掲載時間をご覧になれば分かるが、記載した時間が23:59となっているのだ。まさに1分前のギリギリで掲載だけは出来たのである。だが、このアップは自分のブログの方針と違うものだった。毎日更新することも重要だが、内容的に納得できるものをアップしたいと思っていたのが、この日は毎日更新という決まり事だけを守ることで突っ走らざるを得なかったのである。
 しかし、ブログの良さは一度アップした後でも手直しが出来ることだ。これはインチキかもしれないが、最終的には後から自分でも納得出来る内容にまで書き直すことができるのだ。今回のものは最初にアップしたベースが良くなかったから、手直しにも限界があったが、それでも最終的には色々取り繕うことで、内容と更新の両者を何とか保つことは出来た、いわば苦肉の作なのである。
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このバグパイプを演奏する高校生の腕前は日本でナンバーワンの実力だという。我々は彼以外にも、とても高校生とは思えない素晴らしい演奏の数々を堪能出来、満足した気分で帰宅したのだった。そして、その後・・・。
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by weltgeist | 2009-01-25 22:34

ブログ開設一年目の感想 (No.320 09/01/24)

 ブログを始めて今日で丁度一年になる。昨年の1月24日に第一回目を書いて以来、丸一年が過ぎた。しかし、本日で320回ということは、一年間で45日ほど更新しなかった日があることになる。昨年はフランスやアメリカ、韓国などに旅行したほか、釣りで家を空けた日なども加えると約45日間もあったことは、かなりの日数をさぼったことになるのだ。根性のある人なら旅先までPCを持ち込んで、歯を食いしばってでも毎日更新を貫徹できたかもしれないが、小生の根性はこの程度だったのかと、少し失望してもいる。
 とにかく毎日更新、これだけは絶対死守するぞ、と思っても45日ものブランクが出たことは、このくらいのブランクは次年度も十分出ることが考えられる。それでも自分の能力からみれば目一杯の結果であろう。正直に言えば毎日書き続けることが辛い時もあった。とくに始めたばかりの頃は画像アップがうまく出来なかった(今もJPGの写真ファイルだけは妻のPCからアップしている)り、レイアウトなどデザイン的なことで時間を割かれて相当苦しかった。それまで気まま使えた自由な時間が無くなるようで「今日は休みたいな」と思うことがあったのも事実なのである。
 でも、始めたのだから、少なくとも一年は頑張ってみよう、辛かったらその後は自由にすればいいだろう、と自分に言い聞かせてここまで続けてきたのである。それが本日ついに一年目になってしまった。最初に密かに自分で決めていた「一年間は頑張ろう」と言う期間も過ぎたので、これからは毎日更新に頑張る必要はないのかもしれない。
 もちろんまだ毎日更新を続ける気持ちはあるが、少し気楽に休む時間も作ろうと思っている。今までのところ、ブログのネタが切れて困った経験はないが、そのうちきっとマンネリ化して、自分でも行き詰まってくるかもしれない。そんな時まで無理矢理書く意味などないだろう。そうしたときは、自分が書きたいことが頭の中に浮かんでくるまで、更新をしないで休む方がいいと思っているのだ。
 ネタの話が出たところで言わせてもらいたいのは、自分のとりとめもない性格によるテーマの不統一性だ。釣り、カメラ、旅行、古典絵画、文学、哲学、宗教、蝶などの話題から、最近は生意気にも政治や経済の話まで書きたい放題をやっている。このブログを読んでいる人は、一体 Weltgeist なる人物はどんな奴だ、何に興味がある人間なのだ、と掴みきれずに困惑していることだろう。
 読まれる方も、一昨日は釣り、昨日は政治、今日は蝶の話と飛び飛びになれば、戸惑ってしまうのも当たり前である。だが、こうした分裂傾向こそ小生を特徴づけることだということが、ブログを一年続けて自分でも分かってきた。自分が書きたいことを書くと、どうしてもテーマが飛び跳ねてしまうのである。こうした落ち着きの無さこそ小生そのものなのだ。自分はこういう形でしか文章を書けない不器用な人間なのだと、つくづく思うようになってきているのである。だから、今後もこうしたテーマが一貫しないものを書き続けるしかないと思っている。そして、書けなくなった時は自由に休筆させていただきたいと思っているのである。
 それと、このブログを始める目的の一つにボケ防止もあったのだが、こちらは相変わらず進行しているから、最近はブログがボケ防止につながるという意見に、少々疑問符を感じている。確かにブログを書くには頭は使うが、それ以上にボケの進行速度は速いようで、追いつかない状態なのだ。頭を使う程度でボケが止められるなら喜んで使わせてもらうが、世の中それほど甘いものではないようだ。いくら毎日頭を使っても土台のオツムが悪い小生のボケは容赦なく進んでいるようである。
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このブログをスタートは我が家で19年も生きた猫、ケイオス(左)が死んだ寂しい話題からだった。右にいるヘレンもその2年前に死んでいて、今や我が家に猫はいない。愛猫家を自認する小生の手元には、馬鹿チョンカメラで撮ったピントの甘い彼らのプリント写真しかない。カメラ愛好家の方には申し訳ないが、一周年の記念なのでこれを掲載することをお許し願いたい。
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by weltgeist | 2009-01-24 22:46

海の釣りではライフジャケットを忘れずに (No.319 09/01/23)

 釣りをしていると普通では考えられない危険に遭遇することがある。防波堤から足を滑らせて海に落ちたり、磯釣りで岩場から海に流されたり、時には船が暗礁に乗り上げて転覆するといった事故が釣りの世界ではかなりの頻度で起こっている。ところがこのことを世間の人はあまり知らない。死者が出るほど大きな事故なら報道もされる。しかし、防波堤から落ちて危篤状態になった程度の事故はまったく報道されないからである。
 事情を知らない人は釣りは安全な楽しいレジャーと思われやすい。休日の防波堤などで無邪気に釣りを楽しむ人たちたが沢山いるが、彼らの多くは釣りが実はとても危険な遊びであることを理解せず、救命胴衣も付けずに釣りをしている。もし過って海に落ちたら垂直な護岸はアリ地獄のようになって人をおぼれさせることを分かっていないのだ。海の釣りに行くときは、例え安全と思われる場合でも、ライフジャケット(救命胴衣)だけは必ず着用すべきである。
 昔の救命胴衣は厚手の浮力材を入れたベスト状の物が主流だったが、最近は飛行機でスチュワーデスが使い方を説明してくれることでお馴染みになったボンベ式が多くなってきている。普段は薄い風船状の物がたたまれて収納されていて、いざという時ガスボンベのレバーを引けばガスが風船をふくらませて、浮き袋のような浮力をもたらしてくれる物である。
 現在小生が使っている物は、ガスボンベのバルブピンが水に濡れると自動的に作動して開いてくれる物である。小さくて頼もしいが、問題は実際に海に転落して本当にバルブピンが開くかどうかを試すことが出来ないことだ。一度バルブを濡らしたらその部分は新しい物と交換しなければならないから試すのが難しいのである。これは車のエアーバッグと同じで、簡単に試すことが出来ないのである。ただメーカーを信用するしか無いのだ。
 しかし、生命の安全がかかっていることを前もって試せないのはいささか不安である。本当に海に落ちて、いざ必要だという時これが作動しなかったらたいへんな事になるだろう。事実、交通事故でエアーバッグが開かなくて怪我をした人が裁判を起こした例もあるのだ。
 小生磯釣りを覚えたばかりの初心者の時代に、先輩から救命胴衣を着たまま海に飛び込まされたことがある。もちろん、波の静かな港の内側の比較的安全な場所を選んでの訓練である。救命胴衣を着たまま海に落ちればどうなるか、身をもって体験させることで、いざ本番になっても慌てないようにするためのものである。この時の訓練は最新のガスボンベ式のものではなく、古典的な浮力材入りの救命胴衣をシャツの上から着用したものであったが、十分体は浮いていられることが体験できた。だが、その格好で泳ぐとなるととてもたいへんであることも同時に分かった。浮いていることは出来ても、手足を動かして、目標地点まで泳ぐことは難しいことが実際に体験して分かったのである。
 防災の日などに災害時の避難訓練をしているが、こういう訓練は大切である。自分の場合も救命胴衣を着たままの訓練を一度体験した後と前では気持ちが全然違ってきたからだ。いざ、本番となっても旧式の救命胴衣なら、慌てずに対処出来る自信をこれで持てたのである。だが、今のガスボンベ式ライフジャケットはまったく試したことがないから、着用していても多少の不安感がある。小生、もう少し暖かくなったら、一度ガスボンベ式ライフジャケットでの飛び込み訓練をやっておきたいと思っている。
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小生が愛用しているガスボンベ式ライフジャケット。海に落ちると自動的に安全ピンが外れてガスが充満するようになっているが、もしピンが作動しない場合は右下の黒いヒモを引けばピンが外れる。二重の安全対策がなされているが、それでも実際に事故が起こったとき正確に作動してくれるか、試したことがないから不安を持ちつつ使用しているのが現状である。
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by weltgeist | 2009-01-23 23:59

生物分類法の新しい波、DNAバーコーディング (No.318 09/01/22)

 50年ぶりに蝶の世界に戻ってきたら、今浦島太郎状態で、あまりに変化の多いことに戸惑いを感じている。一番驚いたのは50年前にはどこにでもいた普通の蝶のいくつかが激減して、稀少種になっていたことだ。日本中至る所でいっぱい飛んでいたある種のシジミチョウやヒョウモンチョウなどが、ものすごく狭い地域だけでわずかに生き残っていて、絶滅寸前になっていると言う。佐渡のトキなどは中国から移入された種で保護活動がなされているが、蝶では危機に瀕している種類が多すぎて、手がさしのべられていないのが現状のようだ。開発による生息環境の破壊で彼らがエサとする食草が無くなったり、殺虫剤による死滅など、人為的な影響が大きな原因らしい。
 しかし、それ以上に驚いたのは、50年前に比べて、新しい種や亜種が増えたことだ。蝶の収集を再開するに当たって、蝶類図鑑を何冊か買い求めたが、ものすごく細分化した生物分類が行われていた。小生が趣味でやっていたイワナ釣りでは、イワナの種類は単純化して行こうという傾向があるのに、蝶では翅の模様が少し違っただけでもすぐに「亜種」だ「新種」だとされて、昔では考えられないほど種類が増えているのである。
 生物の分類ではリンネが確立した世界標準の分類法で、ラテン語による学名の最後に、それを記載した人の名前が書かれる。ここに名前が入ればそれは永久、かつ世界的な記録として認定されるから、蝶を研究している人たちも重箱の隅を突っつくようにして違いを掘り起こしているようだ。しかし、ほんの少し模様が違っただけで、すぐ「亜種だ」と騒ぎ出すのは、まだ「蝶に関して部外者的意識」しか持ち合わせていない小生から見れば、異常としか思えない。そんなに細かな分類をしてどうするのだ。ロシアのイワナなんかものすごく地域変化があるにもかかわらず、それを細分化するより一つの種に大雑把にひっくるめて統一する傾向があるのに、昆虫の世界は全くそのスタンスが異なるようだ。
 そんな漠然とした不満を持っていた先日、若いYさんという研究者のDNAを使った生物の新しい分類法の講演を聞いてきた。それは今はやりの「DNAバーコーディング」という方法である。
 犯罪捜査で犯人を特定するツールとして活躍しつつあるDNAを、種の分類に使おうという試みはかなり昔からあった。昔、小生がすこし足を突っ込んでいた魚類学の世界では、アイソザイムによる酵素の電気泳動法から遺伝子頻度を計算して、種間の違いを読み取る方法が行われていた。それが、今やDNA分析に移ってきている。しかし、昔からこうした遺伝子の分析法は巨大、かつ高価な専門的装置が必要で、とても我々一般人が利用することなど不可能であった。だが、今やDNA分析はものすごく進歩していて、比較的簡単で安価な方法が出来つつあるらしい。
 YさんによればDNAバーコーディングというのは、ミトコンドリアDNAの決められた塩基配列をバーコード状にデータベース化して、世界中の生物の分類、検索のツールとしようという試みである。一つの遺伝子領域の配列を読むことですべての生物の種を同定できるようにしようという国際プロジェクトだ。これが完成すれば地球上の全ての生物を、遺伝子の「バーコード」で識別することが出来るようになると言う。
 しかし、もしそうなれば、生物分類に遺伝学が導入された直後から言われたように、蝶を採って翅の模様から種類を判断していた方法が「時代遅れ」としてお蔵入りされるかもしれない。捕まえたアゲハチョウを見て、「これはギフチョウかな、それともヒメギフチョウか」と判断に迷っているとき、「DNAのバーコードは******だから、●●●●だ」という判定され方になる。だが、蝶の美しい姿に魅せられた小生から見れば、それは無味乾燥した面白くも何ともない世界である。バーコードの違いで正確な種の判別は可能としても、学者でない自分にとってはそんなことで蝶の違いを区別しようとは思わない。
 しかし、YさんによればDNAバーコーディングも万能ではないという。例えば、ある近似種の雄と雌が交尾して交雑種が生じたとする。DNAバーコーディングはミトコンドリアのDNAを読み取るが、ミトコンドリアは母親のものしか遺伝されない。従って、交雑種は雄雌の中間ではなく、親であった雌と同じDNAを持つことになり、中間種は読み取れないことになるのだ。このほか、Yさんは様々な場合を想定して、DNAバーコーディングの限界も指摘されていた。
 いずれにしても、科学の進歩は自分の想像以上のスピードで進化していて、ボンヤリしているとたちまち置いてけぼりを食らう。時代の変化について行けない老兵は、DNAなど関係なく、美しい翅の模様の違いに目を細めて魅入っているしかないのである。しかし、自分はそれで十分至福の時を過ごすことが出来るのだ。
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ある方から分けてもらった日本国の国蝶・オオムラサキの雄(左)と雌(右)の標本。これは日本でも最も南の地方にいるオオムラサキで、小生が住む関東地方の物とは詳しく見ると違いがあるのだという。素人の小生にはそんな違いは分からないが、これがDNAバーコーディングならすぐさま差異が数値で表されるのかもしれない。
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by weltgeist | 2009-01-22 23:05