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明日から鮎釣りで休みます(No.138 08/06/30)

 明日は7月1日、東北地方の鮎釣りが一斉に解禁になる日です。当然ながら、小生もこの晴れやかなる日を、東北の何処かで迎えるため、これから出かけます。
 釣りをするのは明日と多分、明後日、絶好調なようなら、明明後日まで東北の釣り場で、釣り馬鹿やってます。それゆえ、今日から7月3日、あるいは4日まで書き込みが出来ません。お休みさせてください。帰ってきたらその模様はご報告します。
 「エッ、どこへ行くかって? 」それは内緒。帰ってからのお楽しみです。
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by weltgeist | 2008-06-30 13:48

マルティン・ハイデガー「存在と時間」、死へ向かう不安な人間の叫び声 (No.137 08/06/29)

d0151247_22244983.jpg このブログのライフログ、お気に入り本のトップに、ハイデガーの「存在と時間」( Sein und Zeit / 1927 ) をあげている。小生の人生において決定的な影響を与えたこの本についてそろそろ語らなければならないだろう。しかし、「存在と時間」は、数ある哲学書の中でも最高度に難解なものだから、こうしたブログに軽々しく書くことが適当かどうか、この期に及んで今なお迷いが残っている。だが、書くと決めた以上、ある程度の堅苦しさ、難しさはご勘弁頂きたい。なるべく分かりやすく説明するつもりだが、今までこのブログで書いてきたものと比べて、難しい表現が入ることは避けられそうもないので、こうしたテーマに興味の無い人は、今日の書き込みはスルーしていただきたい。
 さて、マルティン・ハイデガー( Martin Heidegger / 1889-1976 )という哲学者、まず言っておきたいのは小生が「存在と時間」を読んでいた時は、まだ彼は生きていて、サルトルと並ぶ現代を代表する哲学者だったということである。おこがましいが、彼と小生は同時代を生きたことになるのである。彼が死んだとき、世界中がその功績と罪とを並べて報道した。彼はナチに協力し、ユダヤ人迫害に荷担しただけでなく、戦後その罪を問われた時、卑劣な方法で欺瞞的自己弁護をやったと書かれていたのを覚えている。
 彼が生きた20世紀初頭からナチ崩壊までの間は、不安の世紀と言われている。「存在と時間」はそうした人間存在の不安な状況とピッタリとマッチしていたのである。不安な人間の姿は「存在と時間」の第二部「現存在と時間性」の中で書かれている。それによれば、人間は「世界」と呼ばれる場所に投げ出されていて、いつも周囲(世界)に「関心」を持ちつつ生きている。だが、人間の生き方には常に未完ということがついて回る。人間が自分の存在の全てを全うするには、その全生涯が終結されていなければならないからだ。人間である以上、常に「まだ無い Noch-nicht (ノッホ・ニヒト)」という未完な部分がある。すなわち、まだやって来ていない未来があるのだ。だが、その未来の終点は何であるか。それは死であると言う。d0151247_22253754.jpg 「現存在が存在している間は、これから起こりうる何かが、いつになっても済まずにいる。この済まずにいることの中には現存在(筆者注・人間のこと)の終末そのものが含まれている。世界内存在の終末とは死である」( SS.233-234 、ページ数はすべてマックス・ニーマイヤー版 ) 人間は意味も分からず未完のまま世界の中に投げ出されていながら、常にその未完を埋めて行くべく未来に向かって生きていくことになる。そうして人間(現存在)は「死において終末に達し、これで全体として存在する」(S.234)ことを完結する。言い換えれば、現存在は常に死に向かって生きていることになる。「現存在が自分の存在可能へ根源的に臨んでいるあり方は、”死へ向かう存在”( Sein zum Tode ) である」(S.306) ことになるのだ。
 人間が生きるとは、ひたすら死に向かって生きていることに他ならない。だが、その死とはどのようなものだろうか。ハイデガーは次のように死を説明している。死はひとごとではない(自分のことで、他人に代わってもらうことは出来ない)、係累のない(一切のものから切り離されている)、追い越すことのできない(人間存在はそれゆえ有限である。無限に生きることはできない)、確実な(絶対にいつかやって来る)、それでいて無規定な可能性(いつ死ぬかは分からない)」( S.263。括弧内は筆者注釈) として我々に迫ってくるのであると。
 ハイデガーに言わせれば、死は現存在にとって最も本来的なものである。「死ぬことは、それぞれの現存在がいつかは自分で引き受けなくてはならないことである。死があるとすれば、それは本質上、各自私の死として存在するのである。・・その死は本質上いかなる代理も成り立たない」(S.240) すなわち、誰も私の死を代理で引き受けることはできない。誰もがたった一人で自分の死を受け入れ、一人で死んでいくしかないのだ。
 人間が生きている限り、いつか死はやってくる。しかし、人間である以上、いつもその死は先のことであり、Noch-nicht(ノッホ・ニヒト=まだ無い)、すなわちまだ来ていないのである。それはいつか確実にやって来て、絶対に逃れることは出来ないのだが、とりあえずまだ大丈夫なのだ。人間とはこうした死を内包した不安な無の海に浮かぶ木の葉のようなものにすぎないのである。そして、肝心なことは、人間はこのNoch-nicht に安住していて、死の不安を隠して生きていることである。人は死の不安を気を紛らわすことで、忘れ去ろうとする。「死に向かっていることを隠蔽することで、その確実さを弱め、死の中に投げ込まれていることの負担を軽くしようとする」 (SS.255-256) のである。
 ハイデガーはこれを日常性における頽落( S.254 ) と呼ぶ。こうして何時か確実に自分は死ぬという可能性は、日常性の中で忘れられていく。このことをハイデガーは特に問題にしていて、日常性の中に頽落している現存在は、真の自分自身を失った「故郷喪失」の状態にあると言う。つまり、我々が日常生活で様々なことをワイワイ言いながらやっていることは、死の不安から逃げ出すことであり、人間の真理から離れた退廃的な生活ということになるのである。ハイデガーは、本来あるべき人間から頽落した人間を、特別な意味で「人 ( das Man ダス・マン)」 と呼んでいる。疎外されて、人間性を失った現代人は、実存を生き抜く生身の人間ではなく、das という中性名詞で呼ばれる、曖昧な物のような存在者に落ち込んでいるのである。
 だが、そうした日常性の頽落で死を忘れようとしている「人=das Man 」を時々襲うのが「不安」( S.256 ) である。不安は現存在が死へ向かう存在であることを知らせる警告なのだ。は不安によって死の恐怖を隠蔽していたことを悟る。そして、自分が持っている死の可能性に目をやるとき、から脱した本来の自分が見えてくるのだ。現存在はいつ死ぬか誰も分からない。明日か、1年先か、あるいは20年先か分からないが、それはいつか確実にやってくる。そのことをしっかり自覚し、覚悟しなければならないと、不安が教えてくれるのだ。不安におののく現存在は、そのとき「良心の声を聞き」自己本来へ立ち返るのである。
 現存在は常に自分に先立って、先へ進む性質がある。人間はいつも先の事を心配し、考えつつ行動する。そして、究極の未来である己の死に思いが至る。その時、はどうなるか。明日死ぬかも知れないと悟った人間は、自分の人生の有限性と、残された時間の大切さを思い知らされる。死に向かって刻々と進む自己を見つめるとき、自分は「今この瞬間、確実に実存している」ことを自覚するのである。このように自分の可能性(死)を先に読み取り、それを受け入れることを「先駆的覚悟性」( S.270 先駆けて覚悟を決めること) と呼ぶ。卑近な例で言えば、学生が明日学力試験があったとすれば、いつもと違って一生懸命勉強する必要がある。時間は限られているのだ。それはいままでダラダラと浪費した無機質な時間ではなく、濃密な質の充実を伴う有限な時間として現れてくるだろう。自分が明日死ぬかもしれないとなれば、生きているうちにやらなければならないことが沢山見えてくることに似ている。このように、自分の未完なる可能性を先駆的覚悟で取り戻すことで、現存在は頽落した日常性から脱して、自分らしく生きることができるのである。
 これが存在と時間の簡単な骨子である。ハイデガーは日常性の中で人間の本来を忘れて故郷喪失する人への警告を込めて「存在と時間」を書いたのではないかと思う。彼がナチに荷担し、その後見苦しい真似をしたとはいえ、その主張は小生の上では非常に大きな影響を未だ残し続けているのである。

存在と時間の前半に当たる現存在の分析をハイデガーがフッサールの現象学をどのように受け継いでいったかについては No.280 を、彼の後期の思想については No.283 をご覧ください。
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by weltgeist | 2008-06-29 22:26

社長の資格(No.136 08/06/28)

 昨日、自分の悪事を部下の社員に押しつける飛弾牛販売会社社長のお粗末さを書いた。しかし、人間、こんな悪い人ばかりではない。逆に会社の躓きを一身に背負って、社員に災いが及ばないようにした名社長もいる。日本4大証券会社の一つ、山一証券の社長であった野澤正平氏だ。
 山一を牛耳っていながら、膨大な簿外損失を適切に処理することなく破綻に導いた旧経営陣は、大阪支店長であった温厚な野沢氏を社長に置くことで責任を逃れようと画策した。おとなしい野沢氏なら陰から操つることも簡単と思ったのだろう。一方、急に社長に任命された野澤氏は、銀行や大蔵省との折衝を精力的にこなし、なんとか会社が存続するよう努力した。しかし、損失の大きさは彼が想像するより遙かに大きいもので、それを解消することは不可能に近かった。そして、折衝途中で新聞が「山一自主廃業決定」という報道をされてしまったのだ。これで全ての道を断たれた山一証券は、自主廃業、その後倒産に追い込まれる。そして、この経緯を公表する会見の席で、野澤氏は最後に次のように言い、日本中が釘付けになったのである。
 彼は泣きながら「みんな私たちが悪いんであって、社員は悪くありません。 善良で能力のある社員たちに申し訳なく思います。優秀な社員がたくさんいます。ひとりでも再就職できるように応援してください」こう訴えたのだ。
 自分の罪を人に押しつけ、その人を罪人に仕立て上げる昨今の社長と比べて、野澤氏の言葉は際だっている。倒産後、その原因を作った前の会長、社長など旧経営陣は証券取引法違反の容疑で東京地検に逮捕された。一方、職を失った山一の社員の多くは、メリルリンチが作った「メリルリンチ日本証券会社」に移籍することで、失業を免れる。また、野澤氏は後に「日産センチュリー証券」の社長になったという。我々はこのときの出来事から悪は必ず滅び、善は復活の道を見いだすということを実感したのだ。
 だが、ミートホープ、赤福、吉兆、飛弾牛、中国産ウナギ偽装と、悪事は過去の事件から何も教訓を得ることなく起こり続けている。それこそ底なし沼のように次から次へと悪事が露呈され、司直のお縄を頂戴しているのだ。しかし、悪いことをした連中は、必ず何らかの天罰を受けるはずだ。仮に、悪行が明るみに出ないまま、自分だけが良い思いをしてこの世から退出して行ったとしても、逃げ得を許してはならない。地獄の一丁目で嘘つき男の舌は閻魔大王に抜き取られ、三途の川でアップアップ永遠におぼれ続けているはずだと思いたいのだ。そう思えば、腹の立つことも少し収まってくる。
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ヨーロッパの悪魔は天国にいた天使の一人が悪いことをして地上に追放され、堕天使・ルシファーになったと言われている。彼はこのような龍の姿をして様々な悪事を人間にさせるが、天から降りてきた大天使・ミカエルと戦い、打ち負かされる。ヨーロッパでも悪は最後に必ず滅びると信じられているのだ。スイス・バーゼルにて。
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by weltgeist | 2008-06-28 23:56

エゴイストの自己主張(No.135 08/06/27)

 また食品の偽装が明らかになり、今度は飛弾牛販売会社の社長が謝罪会見をやっていた。数日前まで自分は偽装を指示していない、社員が勝手に判断してやったことで、自分は無実だ、と言い張っていたあの社長だ。罪を被せられた社員が怒っているのも無視して、「やったのはお前達だろう」と罪をなすりつけていた。どちらが嘘を言っているか明らかであるにも関わらず、この期に及んでも社長は「自分は潔白だ。悪いのは社員だ」と言い張っていた。その無理な主張が破綻して、昨日、謝罪会見をせざるを得ない所まで追い込まれたのだ。
 自分がなしたことの責任を他人に押しつける卑劣さを、社長は恥ずかしいと思わなかったのだろうか。道理を考えれば、社長の主張に筋が通っていないのははっきりしている。それなのに、どうしてこのようなことをするのか。まじめに生活している人には理解できないことである。恐らく気が動転していて、自分だけが助かればいいと思って人に罪をなすりつけたとでも言い訳する気だろう。
 だが、こうした発想が出てくるのは、彼が、世の中は自分も含めて多数の人の複雑な相関関係で成り立っていることを忘れ、自分のことしか考えていなかったからだ。自分さえ良ければ他人はどうなっても知ったことではないという、身勝手な結果が招いた自業自得のことと言えよう。他の人にも自分と同じように生活があれば、名誉もある。そうした人の存在に心が及ばなかったこの人は、事件が自分という狭い視野を越えて社会的な拡がりをもって報道されて、初めて思い至ったのではないだろうか。
 このように他人のことを少しも顧みない自分勝手な社長の下で働かされた人は気の毒だ。社員は金を稼ぐ道具以外の何者でもないと思われれば、人間扱いされない可能性だってある。少しでも社員のことを考えてくれる上役がいれば、働きがいがある仕事場となれたろうに、結局お金だけを信じるギスギスした職場となってしまった。
 儲けだけを考え、中国産のウナギを国産と偽り、バレたら取引先に「1億円やるからおたくでやったことにしてくれ」と言う会社も摘発された。自分さえ良ければいい、他者(消費者)を食い物にするさもしい発想は、まさに飛弾牛社長やミートホープの社長と同じだ。自分の欲望の充足のためには人を踏み台にしても平気という連中にはいつか必ず天罰が下ると思いたい。正義は弱き者を助けてくれると信じたいのだ。
 人が様々な悪事をする根底には「自分の欲望充足のためには他人はどうなっても構わない」という思いがあるからである。自分の行為が他の人にどのような悪影響を与えるか「そんなこと、俺の知ったことではない」と思うから、こうした悪事をするのだ。他人を尊重し、彼らの事を考えてあげれば、彼らを悪くさせることなどやるわけがない。他の人を大切にする、これが本来あるべき人間の姿ではないだろうか。
 秋葉原のナイフ男が人を殺したのも同じ根から出ている。刺された一人一人がそれぞれ大切な人生を必死に生きていた。それを刺し殺すまで、この男は単なる物としか見ていなかったのだろう。そして、現実に死んだ人のそれぞれ個別な生を、殺した後、しばらくしてようやく認識し、自らの罪の深さを知るのだ。
 人は誰も自分を一番大切だと思う。しかし、自分は一人では支えられない。他者、他人との支え合いがあるから自分も存在し得るのだ。自分は大切だが、それを支える他者もいなければ、自分も存在しえない、ということを肝に銘じて生きたい。
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この鶏の力強い目を見ていると、野生を生きるものの強烈な意志の強さを感じる。人間にもこのような強い意志は必要である。しかし、それは他人を踏み台としない、人との協調のもとで何事かを成し遂げようとするものであって欲しい。
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by weltgeist | 2008-06-27 21:12

知られざる天才、イマニュエル・カントの生活(No.134 08/06/26)

 カントの純粋理性批判(Kritik der reinen Vernunft/1781・1787)を読んだのは、26歳の時だった。最初日本語の翻訳で読んだが、さっぱり分からず、これはドイツ語の原文で読まないと駄目と思い、最終的には原書で読み切った。しかし、それで何か分かったかというと、「なんとまあ、この人はきまじめで、七面倒くさいことをここまで徹底するのか」と言う印象しかなく、影響も受けなかった。純粋理性批判を読まれた方はご存じの通り、「先験的総合判断は如何にして可能か」という単純な問題を、ものすごく複雑な理論を使って何とか証明しようとしたものである。証明できたかどうか異論はあるが、ともかく一人の人間がこんなことまで考えられるのかというほど、内容は精緻に富んでいる。
 こんなだからカントはきっときまじめな人だったのだろうな、と思う。ところが、このカントというおじさん、純粋理性批判の著者というイメージとはかけ離れた中々興味深い人物だったようだ。最近読んだ中島義道氏の「カントの人間学」(講談社現代新書)という本を読むと、彼がどんな人間だったか分かり、面白かった。
 イマニュエル・カント(Immanuel Kant/1724-1804年)というと、いくつかの伝説が残っている。有名な話で彼は毎日、時計のように正確に決められた日課を守っていたことだ。彼が住んだケーニヒスベルグ(今のロシア、カリーニングラード)の市民は彼の姿をみて時計の時刻を修正したと言う。カントは「私が貧しくなって困るようになったとき、最後に売る物が時計だ」と言ったというほど時間を守っていたのである。
 だが、カントがこのように時計並みの規則正しい生活をしたのは、ケーニヒスベルグの町の中を6回も引っ越した(中島 P.49)あげく、63歳になってようやく終の棲家を見つけてからだったらしい。それ以前は、日常の些事に追われておちおち研究もしていられず、時間通りの規則正しい生活より、その些事を追い払うことに神経を費やしたようだ。この天才は猛烈に神経質で、自分の置いてあったハサミやペンがわずか2インチずれただけでも心がかき乱されたと言う。ところが、彼の住む家はいつも騒音に悩まされる所だったのである。d0151247_1894055.jpg
 カントは静寂を求めて何度も引っ越しして、ようやく静かな家を見つけたと思ったら、朝になると鶏がうるさく鳴きまくるとんでもない家だったりした。うるさくて研究どころでなくなったカントはこの鶏を全部買い取る交渉を隣家とやるが、うまくいかない。これはたまらないと、また新しい家に引っ越して行く。だが、やっと静かな家を手に入れたと思いきや、何と隣は刑務所だった。鶏の鳴き声はなくなったが、今度は囚人達が歌う合唱の声に悩まされ、警視総監に直訴する騒ぎまで起こす。偉大な天才も世間の雑多なモメ事には大いに悩まされたようなのだ。
 しかし、この天才は全てにおいて破格の存在だったようだ。規則正しい生活の中で小生が興味を持ったのは彼の食生活だ。朝5時に起床してから、お昼まで大学の講義や原稿執筆に費やしたあと、毎日午後1時から4時頃まで何人かの人を招いて食事をしたことである。毎日家で会食をする、しかも食事は一日この一回だけであとは食べない。つまり一日一食である。一日三食でも時々腹が減る小生には、朝5時に起きて1時まで何も食べないなんて信じられない。腹が減って我慢出来ない小生は、その意味でも決して天才にはなれないのだ。
 また、カントは「一人で食事をすることは、哲学する学者にとっては不健康である」(中島 P.147 カント”人間学”/1798/ Kants Werke 14, S.257)と言って、毎日数人の人を家に招いて会食を楽しんだのだ。そして、厳密さを重んじるカントは、その席での話題は哲学や学問に関することではなく、もっぱら世間話に厳しく限定していたという。あのきまじめカントが世間話、例えば「**さんがどこそこの奥さんと出来た」と言ったことを楽しく話あったのだろうか。しかし、こうした話題となれば、男性より女性の方が情報量の多さと正確さで圧倒していたはずだが、自宅の会食に女性を呼ぶことをカントは避けていたようだ。カントは生涯独身を貫いたのである。また、食事の時のカントはマナー、品性に欠けた食べ方をしていたと言うから、女性を呼んだらひんしゅくを買ったのかもしれない。
 純粋理性批判の緻密な構成を見ると、この天才の頭の構造はどうなっているのか知りたい気持ちになる。しかし、天才も時の経過には勝てない。年老いた天才は、自分が歳を取り、ケーニヒスベルグで自分より歳をとった人が少なくなる事を喜ぶようになる。そして、最後はアルツとなり、目の前にいる知人が誰かも分からなくなったと言う。天才の生涯は80歳で幕を下ろした。最後の言葉は「それで良い。 Es ist gut」であったと言う。いささかアルツ気味で将来に不安を抱く小生、カントもアルツであったと知り、少し安心した。自分も天に召される時、Es ist gut と言って終わりたいと思っている。
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昔の哲学青年が皆お世話になったフェリックス・マイナー書店発行の「純粋理性批判」(左)。以前紹介したヘーゲルの「精神現象学」と同様、表紙も中身もボロボロになっていた。中島義道氏の「カントの人間学」(右)は読みやすく、また読んでいて楽しい本だ。
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by weltgeist | 2008-06-26 18:11

6月25日、相模川の鮎釣り(No.133 08/06/25)

 昨日、アゲハの蛹を壊して、憂鬱な気分的になったため、吹っ切るつもりで今朝中津川へ鮎釣りに行った。残りの蛹の羽化が近いようなら、今日も自宅待機だが、朝見た感じで変化はない。ネットで調べたところによれば、アゲハの羽化は早朝に行われるというから、今朝の感じでも羽化は無いと判断し、釣りの方を選ぶことにしたのだ。(この判断は結果的に正しく、夕方になっても蛹に変化は無かった)
 お馴染みになった田代のYオトリ店で小ぶりのオトリ2尾を買い、前回と全く同じ最下流の大進館前のポイントに入った。しかし、今日は水が多い。数日前に降った大雨の影響でダムが水を放流しているのだ。前回水面に出ていた石がほとんど水没しているから、40㎝くらいは水位が高そうだ。
 幸いなことに濁りはないが、水圧が強く釣りにくい。この前は浅くて流れのゆるかった場所でも、流れが強すぎてオトリがうまく沈まないのだ。小生は胴締め仕掛けだから少々の高水は平気だが、ノーマル仕掛けの人は、皆さん苦戦していた。しかし、胴締めといえども駄目なときは駄目で、小生の2尾のオトリはグロッキーになってしまった。ところが、そろそろヤバイかなと思った頃、12㎝くらいのチビがきたのだ。もう駄目かな、と思う頃救いの神様が突然現れて助けてくれる。そしてオトリが元気なものに代わると、以前の不調など全く関係ない好調さに激変させてくれる、この鮮やかな変わり目があるからこそ我々は鮎釣りにのめり込むのだ。
 何とか首の皮一枚でつながった感じで、この小さな鮎を丁寧に泳がせると、2尾目がきて、ようやく気持ちに少しゆとりが出来てきた。ここから怒濤の入れ掛かりと行きたいところだ。だが、今日は条件が悪すぎるのか、後が続かない。1時間に1尾から2尾というスローペースで、入れ掛かりなどとんでもない。ということはこのまま行けば、夕方までやっても7~8尾しか釣れないことになる。ツ抜けも難しいのだ。
 12時少し前、あまりに釣れないことに我慢出来なくなり、隣の相模川に移動した。高田橋下流の瀬に狙いをつけて行くと、こちらは中津川よりはるかに水量が多く、大増水と言ってもいい状態である。川の水も薄く濁っていて、鮎釣りが出来きるギリギリくらいの悪い条件だから、移動したのは失敗かなと思った。
 ところが、物事はやってみなければ分からないものだ。誰もが竿を出していないと思われる竿抜け地点にオトリを入れると、10分に1尾くらいの割合で18㎝サイズが釣れてくるではないか。一昨日、漁協のホームページを見たら、津久井ダムの放水が150トン、昨日が70トンとあったから、釣り人は最初から諦めて来なかったのだろう。150トンの水量ではほとんど釣りはできない。それが、急に水が減ってきたため、人が攻めていなかった場所が出てきて釣れたのだ。午後2時頃には濁りもほとんどなくなり、絶好調となった。
 午前中の中津川は何んだったのか、と問いたいほど良いペースで釣れてくる。これなら朝から相模川に来ていれば70~80尾はいったかもしれない。だが、そんなことは結果論であって、実際は分からない。昼間見た相模川の濁り具合からすれば、午前中は駄目だったのが午後、急に良くなっただけかもしれないのだ。中津川だって、午後は良くなっている可能性はあるのである。
 いずれにしても、今日は釣れたのだから文句の言いようがない。中津川で倒産寸前まで行った赤字会社が、ちょっと視点を変えたら、急に景気が良くなり、黒字会社によみがえったようなものだ。鮎釣りは、ほんのちょっとしたことで状況が一変する。今日は、まさにそんな人生の縮図を見るような一日であった。
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今日の釣果・41尾。使用タックル、竿・グランドスリムⅡ2-90、水中糸・メタコンポ005号、ハリ・エアーマルチ6.5号4本イカリ。

*2008年鮎釣り第6日目、釣果41尾、累計総釣果274尾、日アベレージ45.7尾。 
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by weltgeist | 2008-06-25 23:29

アゲハ幼虫の死(No.132 08/06/24)

 今朝起きたら、ボールペンに止まっていたアゲハチョウの幼虫が蛹になっていた。多分夜の間に幼虫時代の皮を脱ぎ、蛹に脱皮したのだろう。だが、今度の蛹は前のと違って緑色をしている。同じアゲハチョウでなぜ色が違うのか。ネットで蝶のことを扱うサイトにアクセスして調べたら、周囲の色に合わせて茶色か緑の目立たない保護色になると書いてあった。前の蛹はバケツの中だから茶色、今回はオモトの葉の近くだから緑になったのだろう。
 ところが、昼過ぎにとんでもないことをしでかしてしまった。緑色の蛹も記録しておかねばと、カメラで何枚か写真を撮った後、鉢を少し動かしたら、鉢に刺してあったボールペンが突然抜けて床に落ちてしまったのだ。一昨日は、オモトの葉に幼虫を誘導するブリッジの役目しか考えていなかったから、鉢にしっかり刺しておかなかったことを忘れていたのだ。
 慌ててボールペンを拾い上げると、落下のショックで蛹の尻がペンから外れ、ブラブラしている。そして、蛹の中央付近に傷が付き、そこから体液が飛び出しているではないか。鮎釣りなら背掛かりで少々ハリ傷が付いた程度は平気だが、蝶の蛹はちょっとした傷でも致命傷になるだろう。これはたいへんなことをしでかしたと思ったが、もう後の祭り。蛹は微動だにしない。恐らくこの事故で死んでしまったのではないかと思う。
 幼虫が我が家に来た直後は、嫌な臭いを出す虫で、馴染めないところがあった。ところが、山椒の葉を食べさせるうちに、何故か愛着が湧くようになり、この虫が蝶になるところを見てみたいと本気で思い始めていたのだ。それが、小生の不注意から彼を傷つけ、殺してしまったかもしれないのである。
 たかが虫けら、一匹、二匹死んだところでどうってことない。今まではそう思っていた。だが、自分はほんの数日の間だけだが、彼のために餌を与え、いつ蝶になるかを彼と共に待ちわびていた。それが死んで、もう実現不可能となってしまったかもしれないのである。不注意から彼の未来を失わせた自分はなんと罪深いことをしたのだろうか。虫けらとて命はある。小生は、昨年死んだ我が家の飼い猫・ケーちゃんの時と同じくらいショックを感じ、今日の午後は気持ちがひどく落ち込んでしまったのだ。
 もう少しで蝶になって自由に空を飛び回れると思っていた幼虫にとって、その死はさぞかし無念なことだったろう。虫が死のうが生きようがどうでもいいことと考えていた自分は、自然の営みの中で同じように必死に生き抜いている無数の生き物がいることを彼の死で気付かされた。例え小さな虫でもそれぞれが大切な命を持っている。その命が失われたことで、生命の尊厳さを改めて教えられたのである。
 可哀想なことをした幼虫の望みは叶えられなかった。大空を飛翔する楽しい生の最終段階に行き着くことなく、この世から退出して行かざるを得なかった彼に、「申し訳ないことをした」と、深いお詫びの言葉を捧げたい。今はそんな悲しい気持ちでいっぱいである。
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この写真はボールペンが落ちて蛹が傷つくほんの数分前の蛹の状態である。この後の傷ついた蛹の写真も撮ったが、それは可哀想でとても公表する気にはなれない。
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by weltgeist | 2008-06-24 22:25

劇的変身の前段階(No.131 08/06/23)

 一昨日我が家にやってきたアゲハチョウの幼虫が、昨晩突然行方不明になった。それまで山椒の葉っぱを沢山食べて、ウンコもどっさり出していたから、収容先のバケツの中でおとなしくしていると思ったら、バケツを出て何処かへ行ってしまったのだ。といっても、狭い家の中、少し探したら、室内にいれてあるオモトの鉢にへばりついていた。どうやら、幼虫の時代を卒業し、蛹になる場所を探していたようだ。
 オモトの葉っぱにうまく乗れるよう、鉢の縁にボールペンを刺してから部屋を暗くして寝たら、今朝このボールペンの先端にぶら下がっていた。どうやらここで蛹になる決心をしたらしい。ペンを刺したのはもっと快適な、オモトの葉っぱの先端に行けるよう鉢のヘリからブリッジの役割で置いたのが、そのままボールペンをよじ登り、先端で蛹になる準備をしている。すでに糸を出して体を吊っているので、今更場所を変えろと誘導することもできない。結局、彼の誕生の地は、オモト鉢に刺さったボールペンということになりそうだ。
 それにしても、この幼虫、なかなかユーモアのある顔をしている。姿はまだ幼虫のままだが、丁度いい長さに糸で吊っていて、時々、体を痙攣させるように動かしている。まだ、自分の位置に落ち着かないのかもしれない。しかし、そのうちに幼虫の姿は大きく変わって、内側に蛹が出来上がってくるだろう。そうなると、今までの幼虫の姿は必要なくなる。幼虫時代の緑色の着物を脱皮で脱ぎ捨てて、蛹の状態に変態するのだ。
 一方、もう一匹のすでに蛹に先行している方は、今日も相変わらず変化がない。蝶を飼育していたのは50年も前のことだから、アゲハチョウの蛹の期間が何日くらいあるのか、覚えていない。だが、少なくとも外見から見た限り今日の羽化はなさそうである。しかし、明日もし羽化したとすると、非常にまずい状況となる。明日こそ鮎釣りに行きたいと思っているからだ。鮎釣りか、羽化を見るか、ハムレット的選択の悩みは明日も続きそうだ。
 多分、明日は最初の蛹が、そしてそれから数日後には二匹目も成虫である蝶になって空に舞っていくだろう。山椒の枝を歩き回るときは、超スローな動きしか出来なかったのろまの幼虫が、蝶になれば空を気の向くままに飛ぶことができるのだ。羨ましいばかりの劇的変身である。人間もこのように自分の閉塞的状況が激変出来たら、羨ましいと思う人がきっと沢山いることだろう。
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by weltgeist | 2008-06-23 20:47

新渡戸稲造の武士道を読む会(No.130 08/06/22)

 今日は月一回ずつ開かれるH先生主催「新渡戸稲造の武士道を読む会」に参加した。某有名医科大学教授であるH先生の「武士道の解説」は、臨床医という立場から見た人間の姿を話してくれるので、他の人とは違う鋭い切れ味があってたいへん面白い。職業がら末期癌で自らの死を認識している患者と接すると、虚飾を取り外した裸の人間性がもろに出てきて、色々教えられることが多いと言う。そんな自分の経験を入れながら新渡戸の武士道精神を解説してくれるのがとても新鮮で、この会に出るのが楽しみとなっている。
 今日先生が話してくれた中で興味深かったのは、大学入試の面接試験で、最近は尊敬する人物を聞いてはいけないのだと聞かされたことだ。昔は就職するとき、会社の面接官が「あなたが尊敬する人物は誰か」という質問は必ず聞かれる事柄であった。だから、学生達も心得ていて、「両親です」とか「アルバート・シュバイツアー博士です」と模範的解答を用意しておくのが普通だった。
 ところが、今はそういうことを聞いてはいけないのだという。理由はそれが差別につながるかららしい。先生が言うには、もしそう聞いて、答えが「オウムの麻原彰晃です」と言われたらどうするかと言われた。今の学生の中にはそのように答える人間が皆無でないらしい。もし、そう答えた生徒が、成績優秀なら面接の答えを理由に落とすことが出来なくなるだろう。だから、尊敬する人物を問う質問は最近タブーになっていると言う。
 昔の学生は誰か特定の偉人を尊敬し、その人と同じ、あるいはそれを越える人間になりたいと思ったものである。ところが、現代はそうした人に対する尊敬の気持ちが薄くなっていると言う。そこから何が生じるかと言えば、人間誰もがドングリの背比べ状態になり、突出した人が出なくなるということだ。そして、確信を持たない根無し草のような存在ばかりが増えてくる可能性がある。人間を信じるよりバーチャルな世界に信を置く人間が増えている。ネットや、アニメ、その他人間以外の様々な事物に執着する思いが強くなる代わりに、生身の人間への興味が希薄になって行くのだ。
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武士道の原著は英語だが、いくつかの日本語訳が出ている。読む会で使っているのは右の岩波文庫・矢内原忠雄訳だが、口調が古く現代人には少し読みにくいかもしれない。左の岬龍一郎訳は読みやすい。しかし、H先生に言わせれば、本当にかみしめて理解するには少し難しい矢内原訳の方がいいと言われる。

 今日皆で読んだのは、武士道の第6章、礼についてである。新渡戸はその出だしで、こう書いている。
「日本人の美しき礼儀の良さは、外国人旅行者の誰もが認めるところである。だが、もし礼が”品性の良さ”を損なう恐れがあるがために行われるのであれば、それは貧弱な徳と言わねばならない。なぜなら、礼は他を思いやる心が外へ表れたものでなければならないからだ」と。(岬龍一郎訳、PHP文庫、P.63)
 昔の日本人は礼儀正しかった。だが、ともすれば自分の品性を疑われるから礼儀正しく振る舞う人もいる。そういうのは本当の意味での礼でない。そのような形式的な礼に徹すれば、それは偽物になるだろう。本当の礼とは相手の気持ちを思いやる心を込めたものであって、形、表面的なことだけが重要視された礼は本末転倒な、慇懃無礼(いんぎんぶれい)なものになり下がるだろう。だが、それでも昔は礼儀だけはわきまえていることが当たり前だった。その伝統は今では形骸化し、形、作法は残っていても、その内容、「他を思いやる心」が欠けたものになりつつあるのは残念である。
 5千円札の肖像画でしか知らなかった、新渡戸稲造。彼が英語の口述筆記で書いたというこの「武士道」を読むと、この人物が途方もなく芯の通った人間であることが良く分かる。第一章から突き進んで読んで行くに連れ、毎回新たな発見があり、益々面白くなってきている。来月の「読む会」が待ち遠しい。
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by weltgeist | 2008-06-22 22:21

蝶オタク少年の復活(No.129 08/06/21)

 今日、思いがけないお客様が我が家に来た。小生が空を飛ぶ蝶の写真を撮っていることを知っている近所のSさんが、アゲハチョウの蛹と幼虫を持ってきてくれたのだ。自宅の山椒の木にいた緑色の芋虫が蛹になった後、黄色い蝶に羽化して飛んでいくのを見て、この幼虫が最終的にアゲハになることを知ったらしい。そして、新たな幼虫を見つけ、これは小生の所へ持って行くしかないと思ったようだ。
 生物の時間に習った通り、蝶は「完全変態」と言って、卵から幼虫、蛹を経て成虫の蝶に姿を変えていく。それぞれの段階は成虫である蝶とは似ても似つかぬ姿形をしているから、よほどの蝶オタクでない限り、葉っぱを食べている幼虫は気味の悪い「害虫」にしか見えないだろう。Sさんも少し気持ち悪そうだった。しかし、小生にはそれがとてもかわいらしく見えたのである。蝶の蒐集に熱中していた子供の頃、様々な蝶の幼虫を自宅で飼育し、羽化させた経験があるからだ。
 蝶の幼虫は種類によって違った植物を食べる。アゲハチョウはミカンなどの柑橘類から、今回の山椒など、ギフチョウはカンアオイ、ミドリシジミは湿地帯に生えるハンノキ、オオムラサキは榎の葉を食べ、それ以外のものは食べない。蓼食う虫も好き好きの譬え通り、他の蝶が食べないものをそれぞれが好むことで、お互いが同じ物を取り合わないようにうまく食べ分けている。人間のように少ない食料を奪い合うことはしないのだ。
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 Sさんが今回見つけたのはすでに蛹になったもの一匹と、まだ幼虫の芋虫状態のもの一匹で、これを頂いた。写真のように、蛹は食草である山椒の近くに置いてあったバケツの中でまるでエジプトのミイラみたいな格好で体を固定し、微動だにしない。蛹の中でひたすら体が蝶の形になるのを待っているのだ。一方の幼虫はこれとは全然違う緑色の芋虫で、山椒の葉をしきりに食べている。彼はこの後、蛹から蝶に変態するエネルギーを蓄えるためにもせっせと食べなければならないのである。
 昔、蝶の幼虫を飼っていた時、彼らが食べる餌の食草集めに苦労したことがある。アゲハチョウの食草は比較的簡単に採れたが、ギフチョウ用のカンアオイなどはたいへんだった。遠く高尾山まで採りに行かなければならなかったからだ。そして、それを家で飼育していると、ときどき虫かごから逃げ出してお袋に怒られたものである。
 アゲハチョウの幼虫は、鳥などの外敵に食べられないために、体から嫌な臭いを発生させる。ブヨブヨした体を触ると、橙色の角を出し、これから臭いが出てくる。こうしたことで鳥に食べられないようにしているのだろうが、この臭いをお袋はひどく嫌っていて、「外で飼いなさい」と散々言われたものである。
 だが、もう小生に説教するお袋はいない。堂々と家の中に入れて鳥から守ると同時に、自分でも頻繁に観察を始めた。蛹はまだ全く動きはない。これに対して幼虫はすごい食欲で山椒の葉っぱを食べている。こうして我が家の急な客となった二人、いや二匹はバケツの中で美しき蝶に変身する準備を着々と進行させているのだ。
 気がかりなのは忙しい小生が、羽化の瞬間をうまくカメラに納められるかだ。来週早々にはまた鮎釣りに行く予定をしている。しかし、場合によっては鮎を諦めて蝶誕生の方を選ぶかもしれない。50年ぶりに蝶に熱中していた少年時代に戻ったようで、今の小生、まるで中学生のような興奮状態にあるのだ。
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by weltgeist | 2008-06-21 23:29