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秋葉原の不思議なカメラ屋さん(No.83 08/04/30)

 数日前から恐れていたパソコンがついに駄目になった。作業途中でフリーズして、二進も三進もいかなくなったのだ。マウスも、キーボードも受け付けないため、最後は電源コードを引き抜いてフリーズを中止させた。強制終了だから作成中のファイルは保存出来ず、消えてしまったのは返す返すも悔しい。一昨日の不具合からこうした事態を予想してある程度備えていたので被害は小さいが、今後のこともあるからこの原因を突き止めないと、安心して使っていくことができないだろう。
 そこでふと原因を思いついたのが、ウイルスにやられたのかもしれない、という疑念だ。ウイルスソフトは最新の物で常にチェックしているから安心と思っていた。しかし、これで全てが万全なわけはない。知らない間に小生のPCにウイルスが侵入し、秘密裏に悪さをしていることは十分考えられるのだ。これは別なソフトで再チェックする必要があると考え、昨日、ウイルスソフト購入と、今のマシーンが駄目なら次期候補の品定めを兼ねて、急遽秋葉原に行ってみた。
 休日だけあって秋葉原はすごい人の数である。世の中不景気だというのに、これだけの人が来れば、この町は少しは良くなっているのではないだろうか。しかし、すっかりパソコンの町になってしまった秋葉原に、以前の電気街の面影は無い。わずかに駅の北側にあるガード下の小さなお店が並ぶアーケードが、秋葉原で掘り出し物を見つける猟場として残っているのがうれしい。
 だが、ネット時代になってここも少しずつ変わってきている。変わったと言えば、メードカフェ。相変わらず路上で客寄せしているが、その数はひと頃より少なくなった気がする。その様子をテレビカメラが数台、町の中で取材していた。テレビの狙いは本当はこれではなく、道路でパフォーマンスをする人たちを取り締まるところを狙っているのだ。最近のホコ天パフォーマーは過激になりすぎて、逮捕される人まで出ている。このあたりで取り締まらないと、まずいと警察も判断したのだろう。そのせいか、見た限り刺激的なパフォーマンスをしている人はいなくて、テレビ屋さんも暇そうだった。
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 秋葉原でいつもお目に掛かるのは、ちょっと怪しげな物売りさんたちだ。Photoshopのような高額ソフトの違法コピーを売る人たちから、これまた怪しい時計やバッグなどの(多分偽)ブランド品を道に並べて売る人たちまで沢山いる。丁度香港あたりの裏町を想像する雑然さがここにはある。
 今日見つけた特筆物売りは、路上カメラ屋さんである。ある建物の角にレンズやカメラをずらりと並べて売っているおじさんの顔はどう見ても日本人ではない。多分、インドから中近東にかけての人だろうが、売られているのはいずれも日本製カメラとレンズである。大半はジャンク的なものだが、中にはペンタックス6X7や、マミヤRB67、キッスデジタルなど、今物までゴッチャに置いてある。
 そもそもカメラのような比較的高額な精密機器を路上で売ることからして日常性を逸脱している。望遠から広角、そして最新のデジタル用レンズが地面に敷いた段ボール紙の上に置きっぱなしにしてあるところがすごい。こういう置き方をするとレンズの中にホコリが混入しやすいから、絶対タブーなのだが、それを平気で破ることでいかにも安そうに見えるのである。こうなると掘り出し物があるかもしれないと思って、人も近づいてしまうのだ。それは焼き鳥やウナギの蒲焼きの臭いでお客を呼び込むのと同じで、お客がつられてフラフラっと寄ってくる。人気も上々で売れ行きは良さそうだった。

 そんな事を見学した後、無事にウイルスソフトも購入できたので、家に帰るや早速セーフモードでウインドウズを立ち上げ、少しレジストリを調整した後、買ってきた新しいウイルスソフトをインストールした。ところが期待に反して不具合はほとんど改善されていない。どうやらウイルス犯人説は、えん罪の可能性が高そうだ。しかし、そうなると、OSの問題か、あるいはPCの能力の限界なのか、いずれにしても今回の秋葉原行きは失敗だった。まだまだこの不安定さから当分抜け出せそうもないのである。
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by weltgeist | 2008-04-30 22:15

システムが壊れた(No.82 08/04/29)

数日前からパソコンの調子が悪かったが、ついに今日、完全に壊れてしまった。
ウインドウズが最初起動したが、すぐにフリーズ。CTRL+ALT+DELキーを押しても全然動かない。
電源を入れ直して再起動させたら、もう起動もしないから、小生のPCでこのブログを書くのは、この状態では無理だ。
困った事態になったようだ。これからリカバリをして、様子をみるが、場合によっては数日お休みさせていただくかもしれない。
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by weltgeist | 2008-04-29 23:27

相模川の稚アユ遡上情報(No.81 08/04/28)

d0151247_23403070.jpg 先週大雨で行けなかった相模川のアユ年鑑札(年券)購入に出かけた。自宅から相模川まで車で2時間は掛かる遠さだから、券は解禁となる6月1日に現場で買ってもいいのだが、前もって購入することで気持ちを高揚させたいのである。これは釣りをしない人にはきっと理解されないだろう。一種のフライイングの気分で、先に鑑札を買うことで、エネルギーがどんどん蓄積され、それがフロイトのリビドーみたいに解禁で爆発するのだ。年券を買っただけで、もう自分は竿を持って川の中で釣りをしている気分になってしまう、この気持ちの高ぶりがたまらないのである。遠足前夜の小学生とそっくり。本当に釣り師というのはいつまでも子供のままの馬鹿者というか、釣りさえ出来れば喜ぶ単純な人間なのだ。
 昼頃着いた漁協の事務所で年券を購入したついでに、遡上する稚アユ観察のベストポイントを聞く。アユは晩秋に河口付近で産卵し、孵化した稚魚はそのまま海に降りて越冬して3~4月に大きな群れで川に入ってくる。川に入ると彼らは鮭のようにどんどん上流を目指して遡上していくが、このとき遡上を妨げる堰堤などが現れると、力強いジャンプで堰を乗り越えようとする。堰の下には無数の稚アユが集まっていて、これが一斉にジャンプをするのだ。昨年、この壮観なシーンを見てカメラを持ってこなかったのを悔やんだ。それで、今年はしっかり撮影しようと思っていたのである。
 だが漁協の人は「今頃来ても遅い。ジャンプシーズンは終わった」と言う。思い出してみれば、確かにそうだ。昨年は3月の末に観察したはずだ。もう数日で5月である。稚アユもとっくに上流に登ってしまっただろう。今時、堰堤下でモタモタしているアユなどいないのだ。だが、ジャンプは駄目でも、川を泳ぐ姿は見れるだろうと、川のポイントも何カ所か見て回った。
 今年相模川の稚アユ遡上量は昨年の30倍だと言う。これが本当ならすごい魚影の濃さで、今年は大漁間違いない。その真偽を自分の目でも是非確認しておく必要があるのだ。そして、ある場所で川を覗くと前評判通り沢山の稚アユがキラキラ魚体を光らせて、川底の石についた藻を食べているのが見えるではないか。30倍かどうかは別として、アユが沢山いるのは間違いない。数十尾のアユが群れているのをしばし見とれてしまった。彼らが身をくねらせて、藻を食べる様子を見ると実に楽しい気分になれる。というのも、これが小生にとっては今年初めて見るアユだからだ。
 泳いでいた稚アユの大きさは5㎝くらいだろうか。これが6月の解禁頃には18㎝から20㎝くらいに育つ。一年で一生を終えるアユは、冬の間海にいた時の体長3~4㎝くらいからほぼ一ヶ月半で15㎝も成長することになる。その急成長の秘密は、彼らが水中の石に付いた珪藻と呼ばれる藻を食べるからだ。クロレラと同じで、栄養価満点の珪藻を腹一杯食べると、一週間で1㎝ずつくらいのペースで大きくなっていけるのである。
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 相模川中流にある高田橋の前後は小生の好きなアユ釣りの好ポイントであるが、今日、ここにはアユならぬコイが無数に泳いでいた。それも水中ではなく、空中を。川に張られたロープに数百尾のコイノボリを付けて、風に揺られていたのだ。まもなく5月5日の子供の日を迎える。昔はどの家庭でもこの日コイノボリを上げたものだが、マンション住まいが多い今は上げる場所を無くした人が、高田橋の上流で数百尾まとめて、川風に乗せて上げているのだろう。
 コイは淡水の王者である。本日の相模川の水量は、平水よりやや多い感じがした。その川面にコイノボリが映る。そして、岸寄りの石には稚アユがせっせと石に付いた藻を食べているのが見えた。解禁まであとひと月、小生は年券の購入と、今日見た稚アユのたくましい姿で次第に気分が高揚していくのだった。
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by weltgeist | 2008-04-28 23:41

カルロ・クリヴェッリのマリア・マグダレーナ(No.80 08/04/27)

d0151247_20442397.gif アムステルダム国立美術館の至宝と言えば、これはもうレンブラントの「夜警」で決まりである。この集団肖像画の見事さは多くの美術評論家が一致して言うところだ。しかし、小生にはイマイチ納得し難いところがある。光と陰を巧みに使ったレンブラントの絵は深みがあるからもちろん好きだけれど、不思議とこの「夜警」はただデカイだけの絵という印象しかない。評判ほど感動するものを感じないのだ。レンブラントですごいと思うのは、晩年の自画像とか、エルミタージュにある「放蕩息子の帰還」のように、輪郭もはっきりしない、それでいて幻想的な雰囲気が漂う絵のたぐいだ。こちらの方が自分には合っている気がして好きである。特に晩年の自画像で描かれたレンブラントの顔を見ると、「何故この人はこんなに悲しい顔をしているのだろうか」と聞いてみたい気持ちになる。驚くほどの才能に恵まれながら、つらい晩年を過ごさなければならなかったレンブラントの心情が画面ににじみ出ている絵が多いのだ。
 それでもアムステルダム国立美術館での一番人気は、やはり夜警である。日本から行くオランダのツアーで、この夜警鑑賞がツアーコースに組み込まれていなければ、文句が出るほどの名画だ。しかし、この美術館での小生の好みは皆さんとちょっと違う。夜警の前に群がる観光客がほとんど来ない最上階の展示室にあるカルロ・クリヴェッリ(Carlo Crivelli/1430-1495)の「マグダラのマリア」(1475年頃、152X45㎝)という絵が小生がたいへんお気に入りなのだ。
 右の写真をご覧いただきたい。非常に細長い絵で、実際に美術館の中にある長方形をした他の絵と比べると、ちょっと異様なサイズである。だが、異様さは絵のサイズだけでなく、絵の中に登場する女性の全体像からも感じる。怪しげな顔、右手に香油の壺を持ち、左手は赤いドレスをこれまた怪しげな手つきでつまみ上げているが、よく見るとこの赤いドレスの上にさらに青いドレスを着ているから、二重に着ているのか、それともリバーシブルなのかどちらかであろう。
 そして、額の少し上の髪とネックレスについている宝石、左側の髪の毛にある数珠玉のような飾りは、実は描かれた物ではなく、実際の宝石がはめ込んである。また、左腕の付け根の所に松葉のような形をした飾りもこの絵が描かれた板の上に小さな彫刻がはめ込まれているのである。絵と宝石、彫刻をうまく組み合わせ、それが少し離れた所から見ると全然分からないように描かれているのだ。その細密さは驚くほどで、どこからが彫刻なのか、近づいて良く見ない限り全然分からない。
 クリヴェリは、ベネチア、ムラーノ島に生まれるが、1457年、船乗りの妻を誘拐した姦通罪で6ヶ月の刑を宣告され、ムラーノ島からパドゥーバに移り住む。その頃、初期ルネサンス最大の画家と言われたパドゥーバ派のアンドレア・マンテーニャ(Andrea Mantegna/1431-1506)の強い影響を受けたと言われている。
 だが、クリベリのタッチはマンテーニャどころか、この時代の他のどの画家とも似ていない。彼独特の世界を描いているのだ。マリアの顔の表情や仕草を見ればその特異性が分かるだろう。これが今から550年も前に描かれているのである。日本で言えば室町から戦国時代にかけての頃、すでにこんな絵を描いていたのだからすごい。
 しなやかな手つき、魅惑的な姿をしながら、強い意志を示すマリアの顔は、このまま現代でも通用する斬新さがある。このような絵は、20世紀初頭、パリで活躍したポーランド生まれの女性画家、タマラ・ド・レンピッカ(Tamara de Lempicka/1898-1980)が登場するまで出なかったのではないだろうか。浅学の小生にはそれ以外の画家は思い浮かばないのだ。
 マグダラのマリアはマルタの妹で、キリストの母である聖母マリアとは別人である。彼女は新約聖書にしばしば登場し、キリストの足に香油を塗ったり、十字架に架けられたキリストの磔刑に立ち会う聖女の一人である。多くの謎がある女性で、一部では娼婦だったとか、キリストの昇天以後、悔い改めてマルセーユで伝道活動をしたとの伝説もある。ダビンチコードの作者、ダン・ブラウンは、シオン修道会という秘密結社と結びつけて、マリアをキリストの妻と描いている。こうした謎めいたところがまたこの絵の魅力を高めてもいるのだ。
 ところで、アムステルダム国立美術館に飾られているこの絵には悲しい話が残っている。この絵の所有者でドイツ生まれのユダヤ人銀行家、フリッツ・マンハイマーは、ナチスを嫌ってオランダに移住し、そこで銀行を経営していたが、かねてから彼の膨大な美術コレクションを狙っていたヒットラーは裏から手を回して彼の銀行を倒産させる。彼はその直後に急死(自殺とも言われている)。美術品はヘルマン・ゲーリング(Hermann Göring/1893‐1946年)らの手でタダ同然の値段で強奪されたのである。
 ナチ秘密警察(ゲシュタポ)創設者であるゲーリングは、その残忍な性格とは裏腹に美術についての造詣が深く、彼が強奪美術品の管理をしていた。その多くはオーストリア、ザルツカンマーグートの岩塩鉱山坑道に隠されていたという。クリヴェリの絵がここにあったかどうか、小生には分からないが、大戦が終わった後、絵は連合軍の手でマンハイマー未亡人に返却され、その後アムステルダム国立美術館に入った。数奇な運命を辿ったこの絵は、今もアムステルダム国立美術館の最上階で、夜警の喧噪からも、また人間の醜い争いからも隔絶されて、静かに展示されているはずだ。d0151247_20481044.jpg  
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by weltgeist | 2008-04-27 23:57

パソコンが暴走した(No.79 08/04/26)

 3年前にリタイアするとき、当分新しいパソコンは買えないからと、当時最強のスペックを持つバイオのデスクトップパソコンを無理して買った。CPUはクロック速度が3.6GHzのP4-560、これにHDDを3個増設して1TBにし、メモリーも目一杯積んで補強した。あの当時としては破格のパワーを持つマシーンにしたから、少なくともこれで5年は使えると思っていたのだ。それが、3年で危うくなってきた。システムが不安定になり、先日、このブログを下書きを作っている途中で、突然再起動し、それまで書いていたファイルが消えてしまったのだ。
 もうすぐ原稿が完成してアップできる段階だったが、ファイルの保存(バックアップ)をしていなかったため跡形もない。時間は夜の11時過ぎていて、当日のアップまで後1時間弱しか残っていない。タイムリミット(小生、毎日更新ということにこだわっていて、余程の事がない限り毎日、当日の時間内に書き込もうと思っているのだ)の午前零時が迫ってくる中、30分で慌てて書き直した。こうしたときのダメージは堪える。前の内容を思い出そうとしたが、よく覚えていないのだ。それでも「当日更新」にこだわった自分としてはたいへん不満足な出来のままゴーした。22日分の「明日ギフチョウ探索に・・」がそれだ。今読み直しても、短い時間でやっつけ仕事というのが歴然と分かる内容で恥ずかしい。
 そして、昨日はブログ用にリサイズしたタケノコの写真をアップしようとしたら、これも消えている。それどころか、他にも沢山撮った写真がフォルダごと無いのだ。その上、カードリーダーのランプが連続点灯し、PCがガタガタ大きな音を立てて、カードも初期化され始めた。まだ未整理のため、コンパクトフラッシュの中に入れたままだった写真もこれで無くなってしまった。
 こうしたことを使い手の指示ではなく、PCが勝手にやってしまったのである。PCが暴走したのだ。これ以外にIMEのATOK17が勝手にMS-IMEに変わってしまったり、変なことが連続して起こるようになった。不具合は、PhotoshopCS3で画像処理した後に起こりやすい。原因は大メモリー食いのPhotoshopを起動させるとメインメモリーのキャパ不足と、1TBもの巨大HDDを用意したにも関わらずHDDの空き容量不足が起こり、これをガタガタになったOSシステムが処理しようとするからだ。また、Photoshopのような高性能ソフトでは昔のCPU、P4では力不足なのだろう。5年くらい持たせたいと思っていたのが、時代の進歩が早すぎて追いついて行けなくなっているのだ。
 インテルの創業者、ゴードン・ムーアが言った「PCの処理能力は18ヶ月ごとに倍になる」と言う、いわゆるムーアの法則は、彼が発言した時から30年も過ぎた今でも生きているのだ。3年前に輝いていた我がPCは、もう誰にも相手にされないほど性能の低い物に成り下がってしまったのである。と言ってもまだ使えない訳ではないから、小生、当分はこの「駄目バイオ」を騙し騙し使っていくしかない。新しいPCを買い直す余力はないから、我慢して使う以外に道はないのだ。
 だが、問題はPCだけではない。今日の新聞によると、3年後にいよいよテレビがデジタル化されアナログテレビは映らなくなるという。PCは能力が低くても何とか使えるが、テレビはそうはいかなくなる。我が家のテレビは全てアナログ、ブラウン管で、はやりの薄型でもない。これが使えなくなると買い換えなければならないのだ。
 有無を言わさずデジタルテレビを買えということだろうか。テレビは成熟しきっていて、とっくにムーアの法則が妥当しなくなったから買い換えの必要もないと思っていた。それが3年後には降って湧いた難題に直面にせざるを得ないのだ。丁度、耐用年数が過ぎた古いマンションの建て替えに自分だけが反対している年寄りの心境に似ている。
 次々に世に送り出されてくる新製品の氾濫によって、我々の生活は益々便利になってくる。10年前には考えられなかった物が、どの家庭にも入り込み、生活は一変した。古い物、旧式な物は新しい物に駆逐され、姿を消していく。それでたいへん便利にはなった。しかし、便利になったからといって、人は前より幸せになったのだろうか。この問に対する答えは小生の中では未だ見つけられないでいる。以前も書いた(No.44 3月16日)あるデザイナーの「コンピュータは人を不幸にする」と言う言葉が忘れられないのだ。
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ルーブル美術館の古代エジプト展示物の中に、食器の一種と思われるものがあった。だが、食器としては形が少し変である。とっくの昔により便利な新製品に駆逐され、今では何のための物か使用法も分からなくなっている。しかし、銀を使った豪華な飾り彫りがあることから当時は第一級の品物であった物だろうことはうかがえる。魚はナイルにいるテラピアで、3千年以上昔の物とは思えないほど正確に作られている。

*どうした風の吹き回しか、先日消えて無くなったタケノコの写真が今朝、突然復帰したので、昨日の「タケノコがおいしい」に写真を一枚追加した。ファイルはあったが、何らかの不具合からPC上で読めなくなっていたようだ。これが何故急に復元して、読めるようになったのか理由は全く分からない。とにかくこのバイオ、もう滅茶苦茶だ。(4月28日AM8:20記)
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by weltgeist | 2008-04-26 22:32

タケノコがおいしい(No.78 08/04/25)

 毎年この時期になると義姉から「タケノコが出たから取りに来るよう」にとお呼びが掛かる。多摩川の近くに住む義姉のタケノコは孟宗竹だが、スーパーなどで売られているものとはだいぶ違う。普通は地下の芽がほんの少し地面に顔を出したところを掘った小さなものである。ところが、義姉のものはどれも地面から30㎝以上伸びた大きいものだ。中には長さが1m以上ある伸び伸びの物さえある。だから、売られているタケノコと種類が違うと思っていたこともある。しかし、同じ孟宗竹の物で、早い時期に採らなかったから伸びすぎていているだけ、味はこれでも十分おいしいのである。
 北陸地方にヤマメ釣りに行った帰りに、金沢郊外でタケノコ専門の料理を食べたことがある。ここにはタケノコが出る季節だけ料理屋を開く専門のお店があり、タケノコご飯から煮物、刺身までコースになったものがたいへんおいしかった。金沢のタケノコはテレビで時々紹介しているほど有名である。肥料をあげてしっかり管理した竹林の地面からほんのちょっとだけ顔を出したものを素早く掘って料理していた。タケノコはこのタイミングで掘り出すのが一番おいしいらしい。
 義姉のところで採れるものはそんな面倒なことをしない。竹藪のあちらこちらからニョキニョキと伸びてきたタケノコの根本にナイフを入れて豪快に切るだけである。こんなだから取ったタケノコの外皮は茶色く、固そうに見えるし、1本が数㎏はある巨大なものばかりだ。だが、これでも全然固くないし、タケノコ独特の苦みもない。味音痴の小生には金沢で食べた高級タケノコとそれほど変わらないと感じるのだ。
 それよりも、タケノコは鮮度が大切でなるべく採ったら早く食べる方がいいらしい。お店で売られる物も朝採りといって、その日に採れた新鮮なものが望ましい。時間がたつほどアクが強く、味が落ちるのだ。以前、北海道にいる友人を訪ねた時、彼のお母さんが「取れたてのタケノコが食べたい」と聞き、朝採りのタケノコを持って行った記憶がある。孟宗竹がない北海道では新鮮なタケノコが手に入らないのだ。鮮度で味がそれだけ違ってくるのである。採れたその日に食べることができる我々は幸せだ。
 タケノコの季節はこれからである。4月の孟宗竹、5月に入ると破竹や真竹が加わる。6月にアユ釣りで行く那珂川や鬼怒川の土手には、破竹の竹藪が沢山あり、ここでは7月の初め頃まで採ることができる。しかも、釣り人たちは破竹のタケノコは知らないのか、誰も採らないから河原の竹藪ならどこでも簡単に採れるのだ。
 だが、春の幸はタケノコだけではない。春は山菜の季節でもあり、山にはウド、コゴミ、ウルイなどおいしい山菜がいっぱい出ている。しかし、最近はどこへ行っても「山菜採り禁止」の立て看板ができて、こちらは自由に採取出来なくなっている。以前は渓流釣りの帰りにウドやワラビを少しくらい採っても大目に見てもらえたのが、今はこれも出来ない。
 原因は昨今の山菜ブームで採る人が急増したからだ。渓流釣りに行くと、時々軽トラックでごっそり山菜を採っていく人を見かけたりする。どこかに卸す商売人であろう。こうした光景を見れば、地元の人が禁止とする気持ちも分からないではない。
 そのとばっちりを受けたのが、我々釣り人や登山者である。採取禁止ですっかり駄目になってしまった。ま、その原因を作った責任の一端は我々にもあるから仕方がないかもしれない。というのも、我々自身が都会に居て、時々「山菜が食べたい」などと言ってスーパーで売られている山菜を買っているからだ。需要があるから山菜採りはどんどん激しくなっていくのである。
 町のスーパーに行けば今や欲しい物は何でも手に入る。天然ウド、コゴミ、タラの芽は最早どこでも定番商品化している。食文化の多様化で、地元や小生のような渓流釣り師、一部アウトドアーマンしか知らなかった山菜が、自然と無縁な都会人にも知られてしまったのである。
 これは世界中の海からマグロをかき集めてくるのと同じ発想から出た必然的帰結である。東京にいながら全国の山海珍味を賞味出来る有り難い世の中が出来上がっているのだ。昔は珍しい山菜料理を食べたければ山に行くしか方法がなかった。今は金さえ出せば地球の果てにある物でも食べることができるのである。
 小生の気持ちとしては、そうしたものを食べたければ、その産地に自分が直接行って食べるべきだと考える。しかし、そんなことは今更言ったところでどうにもならない。時の流れは変えられないのだ。
 だが、しかし、ずっと長い間、春の山菜を楽しんできた人間の一人として、ささやかな程度の山菜採りくらいは許可して欲しいと思っている。釣りの入漁料のように代金を払って山菜採取許可証を発行し、採らせてくれたら幸せだと思うのだ。
 できれば山菜をスーパーで売らないで欲しい。うまい天然ウドやコゴミが食べたければ、新潟や山形へ行って食べるべきだ。自分の足を使って食べに行く。金に物を言わせてなんでもかき集める発想は、マグロだけで沢山である。
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by weltgeist | 2008-04-25 23:14

ギフチョウの代わりにイワナが釣れた(No.77 08/04/24)

d0151247_2352161.jpg 昨日は午前4時に起きて、50年来の友人であるT君と、新潟県にギフチョウを見に行った。このブログの第60回目、4月3日の「ギフチョウが飛んだ谷」で書いたようにT君と懐かしい話しをしているうちに「それでは50年ぶりにギフチョウを見に行こうよ」と約束したのを実行したのだ。
 家を出たのは午前5時。T君、いやここではもうイニシャルは止めよう。T君とは21日に書いたマダイ釣りに誘ってくれた舳会のリーダー、船釣りの大御所・田原泰文氏のことだ。彼が調べたところでは、4月20日前後なら新潟県の名立、能生周辺が良さそうだという情報がネットに載っていたと言う。能生川なら小生も以前釣りに行ったことがある。この川の上流で発見された「ヒライワナ」と呼ばれる特別なイワナを確認しに、最源流まで遡行したことがあるのだ。だから多少の土地勘はある。しかし、その時はここにギフチョウがいるとは思いもしなかったから、蝶が能生のどの付近に多くいるかは全然分からない。ただ全く知らない所よりいいだろうという理由だけで、能生に行くことにしたのである。
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 北陸道、能生インターに着いたのは9時少し前。東京から300㎞もあるのに、意外に早く着いた。周囲は丁度桜の花が咲き終えた頃で、ギフチョウにピッタリのシーズンと思えた。だが、妙高山に続く上流の山は雪を被った真冬の感じで、能生川には濁った雪解け水が勢いよく流れていた。ギフチョウに出会えなくとも、能生川で渓流釣りをすればいいや、とヤマメ釣りの準備もしてきたが、この濁流では望み薄である。
 ギフチョウが沢山いる場所は知らないので、とりあえず能生川左岸に最初に入る小さな沢沿いに上流に登って見ることにした。民家が切れた所で畑仕事をしていた人にギフチョウ情報を聞くが、蝶については皆目分からないと言う。それはそうだ。蝶に関心があるのは余程の暇人か変人しかいないだろう。情報より自分の勘を頼りに行くしかないと、もっと奥に進んで行くと道が途絶えた所が広場になっていて、いかにも蝶が飛んできそうな場所が出てきた。d0151247_2355546.jpg
 ここでカメラを出してギフチョウが飛んでくるのを待つことにする。だが、1時間くらい周囲を散策したにもかかわらず、ルリシジミが集団で吸水しているところを発見しただけで、他の蝶は何も飛んでこない。シーズンが早すぎるのか、それとも蝶がいないのか分からないが、何の情報もない我々は他へ行くこともできず、もう少しこの場所で粘ることにした。
 山の中で大の男二人が所在なげに突っ立っているのはあまり格好いいものではない。まして、捕虫網でも持っていれば様になるが、ただいるだけでは山菜泥棒か死体でも隠しにきた犯罪者としか見られないだろう。しかし、それでもあの清楚なギフチョウが飛翔するところを一目見ることが出来れば満足と、ひたすら待ち続けたのである。我々には夢があるからそれができたのだ。
 広場の右下には小さな沢の窪みがあり、そちらの方へ降りて行くと、下流でほとんど無かった沢の水が、結構流れていた。水があるということは魚がいる可能性もあるのだ。小生、渓流釣りは大得意の釣りである。その沢を見ているうちに、何となくピーンとくるものが感じられたのだ。この程度の水量なら絶対イワナがいるはず、という直感がしたのである。早速、ギフチョウ探しはカメラを持つ小生が専念し、田原氏に小継ぎ渓流竿を持たせ、エンテイ下の深みなどを釣らせることにした。渓流釣りは始めてと言う田原氏を後ろからコーチしながらついて行く。沢の釣りは周囲に木が生い茂り、仕掛けがからみやすい。彼は船釣りとは勝手が違うのか何度も仕掛けをからませて悪戦苦闘していたが、何とその短い区間で3尾も連続してイワナを釣り上げたのである。
 結局、この日、ギフチョウは姿を見せなかった。あるいはこの地域にギフチョウはいないのかも知れない。正確に調べることをせず、場当たり的な場所選びをしたため、ギフチョウ探索は不発に終わってしまった。しかし、田原氏はイワナを釣って喜んでくれたし、小生も久しぶりに渓流の感触が味わえた。二人のおじさん達にはとても充実した一日だったのだ。50年ぶりの蝶探索は、本命に出会えなくとも我々は十分満足しながら帰宅したのである。
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上信越道を能生に向かって走って行くと、左手に白馬岳(右)や鹿島槍ヶ岳(左)など日本アルプスの高峰が見えてきた。山頂はまだ真っ白に輝いていていて、真冬のようである。田原氏とは若い頃この日本アルプスの山々も良く一緒に登ったことがある。
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このエンテイの下にはイワナがたまっていたようで、最初にチビがきた後、まあまあのサイズが続いてヒットした。イワナは左手の枯れ草が浮いている下に隠れているようだ。
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船釣りの名手、田原氏もイワナ釣りをするのは始めてとのことで、最初は周囲のヤブに仕掛けを引っ掛けたりしていたが、さすが釣り名人だけあってすぐに慣れて、このイワナを釣った。釣りが上手な人は何をやらせてもうまい。
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by weltgeist | 2008-04-24 23:09

明日のギフチョウ探索に備えて試し撮り(No.76 08/04/22)

 明日はT君と新潟へギフチョウを見に行く予定だ。できればデジタルカメラでバッチリ撮影できるといいのだが、実は小生今まで本格的に蝶を撮影したことはないのである。このため、今日は、前の森に蝶の試し撮りに行った。いきなりぶっつけ本番で蝶を撮るのは難しそうだから、一応、どんな感じになるか試してみたのだ。その結果、蝶の撮影に関して小生の考えは滅茶苦茶甘いことがはっきりした。蝶をうまく撮るのはとても難しく、普通に撮ったのでは箸にも棒にもかからない写真しか撮れそうもないことが分かったのである。
 今日出かけたのは、いつも散歩している森の中でも少し開けた場所である。ここに咲いている花にモンシロチョウやキチョウがしばしば飛んで来ているのを先日目撃していたのだ。あそこに行けば蝶の写真は撮れると、密かに目を付けていた場所である。その広場になった場所に今日行くと、モンシロチョウとキチョウに混じってアゲハチョウ、キタテハ、アカタテハ、ベニシジミまでいるではないか。これはラッキーだ。東京近郊でこんなに沢山の蝶が見れるとは、ここは絶好の蝶の撮影ポイントだったのだ。だが、カメラを構えてからがいけない。蝶はひらひらと、風に乗るように飛び回り、なかなか止まってくれないのだ。
 以前見た蝶の写真集で、空を飛んでる蝶がピンシャンに撮れた写真を見たことがある。羽根がバタバタと動いているのが、ピタリと止まっていて、羽根の筋まではっきり見えている。驚くほどシャープな画像はどうやって撮ったのだろうか。恐らくデイライトストロボで止めたのだろうが、それにしてもよく捉えたものだ。小生もそれに習って、ストロボを使って、空を飛ぶモンシロチョウを撮ってみたが、とても人様に見せられるようなものではなかった。モンシロチョウはゆっくり飛んでいるのにカメラのフォーカスに捉えることができなかったのだ。
 家を出た時は、多少ピンボケでも1~2枚は撮れるだろうと考えていた。だが、全然撮れない。それどころか、連中はずっと空を舞いっぱなしで、なかなか花に止まってくれないのだ。そして、ようやく止まっても、カメラの射程外である。そこまで人間が近づいて行かねばならないが、近づくと警戒してすぐに逃げてしまう。止まったと思ったらすぐに走り寄って逃げられる前にカメラを構える。これがなかなかたいへんなハードワークなのだ。
 結局、この日、物になったのは数カットのみである。この調子だと明日が思いやられる。明日は、朝5時に東京を出て、新潟の日本海沿いの山々を歩く予定だ。まず、稀少種と言われるギフチョウにお目にかかれるかどうか。それさえあやふやなのだから、それをカメラで撮るのは相当難しいだろう。今日の様子では蝶が飛んでいるところを視認できただけでも満足しなければいけない状況であることがはっきり分かったから、先日のマダイと同様、大きな期待をしないで行ってくるつもりだ。
 明日はまた帰宅が夜中になるため、もしかしたら更新はできないかもしれない。
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by weltgeist | 2008-04-22 23:57

微笑みを忘れた小下田のマダイ(No.75 08/04/21)

 マダイ釣りに行ってきた。前日まで心配していた風もなく、海はベタナギだった。でも、釣れません、小生だけが・・(-_-;)
 色々勉強させてもらいましたわ、ホント。人間、いや釣り師というのはどこまでも楽観的で、希望を失わないお目出た人間であることを、骨の髄まで思い知らされた。全然釣れない駄目な状況下でも、「希望は捨てるな。きっとアタリはある」と頑なに信じて、最後まで竿を出す、この頑固な楽観主義こそ釣り師の特質なのだ。しかし、そこまで頑張ったのにマダイは微笑んでくれない。それどころか、あやうく何も釣れない「坊主」になるところだったのである。
 釣りに行った場所は、西伊豆、小下田の「とび島丸」である。数日前まで大きなマダイが一日に20枚、30枚と釣れ盛り、絶好調と前評判の高い場所である。そんな人気場所だから、船の予約もたいへんである。今回は船釣り、特に大物釣りの権威である田原泰文氏が主催する「舳会」の月例釣行会に割り込ませてもらった。
 舳(みよし)とは船の一番先端、へさきの部分を言う。ここは揺れやすく、素人が立てる場所ではない。そんなきつい場所に好んで立つ猛者たちの集まりに混じって船に乗ると、くじ引きで引き当てた席は、船釣りで最も有利と言われる大トモ、すなわち船の最後列という最高の場所である。これで釣れなければ腕が悪い、そんな場所に座れた小生、早くもマダイの入れ食いシーンを夢見る幸せな釣り師になりきっている。そこへ、船長の鈴木健司さんがヤバイことを言って水を差す。
 「実はおとといから、急に潮が変わって、タイが食わなくなった。条件が非常に厳しい」と言うのだ。出た、極めつけの言葉が。小生、今までこの言葉に何度も泣かされている。「昨日まで良かった。あんた昨日来れば最高だったのに」と言う言葉は、釣りの世界では釣れないことの予防線なのである。「一船20枚なら低く見積もっても5尾はかたい」と皮算用していた小生の期待はどんどん萎んで、あの大島から下田沖根に続く不漁路線に引き込まれるのではないかという不安の黒雲がモクモクと湧き起こる。
 そして、不安は的中。全然釣れないのだ。いつもならタイは駄目でも、サバやソーダガツオのような外道がうるさく釣れるのに、今日はそれもこない。いくらやっても餌がかじられた跡さえないのだ。
 田原氏の話では、とび島丸の船長は、マダイを釣らせたら日本でも指折りの名人だと言う。船長は最新の魚探を見ながら、「タナ(水深)52m」、「57m」と細かく指示を与え、「今、船の前方に3尾大きいのがきた」とか、「今度は前から船を回り込んできたが、餌を見て引き返した」などと、非常に具体的に状況を教えてくれる。客に釣らせようと一生懸命教えてくれるこんな船頭は、中々お目に掛かれない。だが、船長がいくら海底情報を教えてくれても、潮が悪ければ食わないのが海の釣りである。
 釣れてなくても魚探で海底にマダイが間違いなくいるのは分かっているのだ。だから、こちらも手抜きはできない。ひたすら集中して竿の操作に徹するしかないのである。と、そのとき「また来たぞ、来たぞ、ほら食った」と魚探を見ていた船長が叫んだ。それと同時に、小生の反対側にいた桑野さんという若い人の竿が引き込まれた。最近の魚探は本当に食うところまで見えてしまうのだ。
 釣れない中だから、皆の注目が一身に桑野さんに集まる。根元までひん曲がった竿を操作して、水面に上がってきたのはまぎれもない大マダイである。下の写真をご覧頂きたい。見事なまでに美しいマダイを誇らしげに持つ桑野さん。悔しいけれど、小生はカメラで獲る(撮る)ことしか出来ないのだ。ウーン、羨ましい。
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 桑野さんは大物を上げているのに、小生、いくら頑張れどもまったくアタリがない。餌をかじった様子もないのだ。しかし、それでも船長の「水深48mに3尾、餌に接近中」などと言われると、今度こそワシの番だ、と思いこんでしまう。どんなに条件が悪くても魚がいると分かれば、竿を出し続ける努力は怠れないのだ。釣り人というのは、常に良い方にしか物事を考えない。潮が悪かろうが、アタリが遠かろうが関係ない。ひたすら、明るい未来がやって来ることを信じるオプティミストなのだ。
 しかし、厳しい終了の時刻が次第に迫ってくる。小生、このままでは何も釣れない屈辱の丸坊主となるのは目に見えている。ところが潮が変わってくるとイナダが釣れ始めた。イナダを狙うならハリスを短くすればいい。しかし、そうなるとマダイは釣りにくくなる。坊主覚悟で最後までタイを狙うか、それとも形だけでも釣れたという実績を残して、イナダに切り替えるか。
 この選択は釣り師にとっては悩ましい。屈辱の可能性大でもこのまま本命を狙い続ける、それとも妥協かの重要な分かれ道となるのだ。イナダなら仕掛けを変えなければならない。それでお茶を濁すか、小生一瞬迷った。だが、坊主という重圧に負けた小生、仕掛けを短くすると、イナダ狙いに変更したのだ。そして、なんとかイナダをゲットし、形の上では坊主を免れたのである。
 ところが、その直後、あくまで初志貫徹した田原氏が、タイを釣り上げたのだ。後で聞いたら彼は全部で3枚のタイを釣ったと言う。どこまでもKYな小生、失敗したと思うとがっくりである。田原氏は小生の悲惨な状況に同情して1尾タイを恵んでくれた。恐れ入りました。さすがは名人、小生は言葉も無く惨敗したのだった。
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当日、とび島丸で一緒に釣りをさせていただいた舳会の皆さん。前列左端が、マダイを釣らせたら右に出る者はないと言われる鈴木健司船長。
田原氏が主催する舳会のHPは http://www9.ocn.ne.jp/~miyosi-k/index.html 

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by weltgeist | 2008-04-21 17:18

釣りに行くので明日は休み(No.74 08/04/19)

 今日も風が吹いている。明日の朝は駿河湾でマダイ釣りをするというのに不安な天候具合だ。風で船が出ないと、無駄足だが、こればっかりは現場まで行ってみないと分からない。こちらは風が強くても、向こうはナギということもあるからだ。駄目もとで行くしかないのである。
 とりあえずは、今から出かけて、港で少し仮眠するつもりだ。伊豆まで行きは5時間、帰りは渋滞の程度によるが、7時間くらいは見ておく必要があるだろう。伊豆は遠いのだ。直行便があった頃のアンカレッジまでの飛行時間と同じである。しかし、釣り人はこの程度の時間は全然苦にならない。むしろ取らぬ狸の皮算用ならぬ、釣らぬタイの皮算用を夢見てせっせと伊豆まで通うのだ。ご苦労様である。
 そんなわけで、多分、明日のブログ更新は時間的に難しいかもしれない。うまくタイが釣れたら月曜日に写真をアップするつもり。しかし、タイは無理だろう。今の小生の現状では身の程知らずの無謀な目標だ。先日の大島、下田沖根と不調続きだから、タイを狙うなど身の程知らずもいいところである。ま、サバでも何でもいいから掛かってきたものを釣る、そんな無欲な気持ちで行くつもりだ。
 と言いつつ、案外ラッキーな巡り合わせがあるかもしれないと、淡い期待は持っている。皮算用的発想から抜け出せない典型的なお馬鹿さん釣り師になりきっているのだ。とにかく月曜日のブログはどのようになるのか、自分自身でもお楽しみである。
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目標に向かって目を見開き、力強く走る獅子。彼のように、自分自身が信じる道をまっしぐらに走れば、結果は自ずからついてくるのかもしれない。ま、明日の釣りはこの精神で頑張ろう。
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by weltgeist | 2008-04-19 18:12