2015年 02月 06日 ( 1 )

遠藤周作・沈黙 ((No.2047 15/02/06)

d0151247_2250339.jpg 昨日後藤健二さん殺害報道から遠藤周作の「沈黙」を思い起こしたと書いた。今日はその「沈黙」を取り上げてみたい。沈黙は17世紀にポルトガルの宣教師、セバスチャン・ロドリゴがキリスト教布教のためアフリカ喜望峰からインドを経て、マカオ経由で日本に潜入して捕らえられ、最後は拷問に耐えられなくなって棄教する話である。
 そのメインテーマはイエス・キリストの使徒であったユダの裏切りについての疑問である。彼が裏切る直前にイエスがユダに語った聖書の言葉「そこでイエスは彼(ユダ)に言われた。あなたがしようとしていることを今すぐにしなさい」(ヨハネ福音書、13:27)にロドリゴは引っかかりを覚える。ロドリゴはユダが裏切ることを神なら知っていたのではないか、それなのになぜ「今すぐそれをしなさい」と裏切りを奨励する言葉を言ったのか理解できないのだ。
 皆はユダは主を裏切った男だと簡単に断定しているが、それなら、なぜイエスは「それをしなさい」と言ったすぐ後に「ユダが出て行ったとき、イエスは言われた。今こそ人の子は栄光を受けました。また、神は人の子によって栄光をお受けになりました」(13:31)とユダの裏切りで神の栄光が実現したようなことを言ったのか。
 ユダは裏切り者として「永遠の罪人のままに放っておいたのか。そんなことはない。キリストはユダさえ救おうとされていた。でなければ彼を弟子の一人にくわえらるはずはなかった」(新潮文庫、P.116)とロドリゴはつぶやくのである。しかし、その答えはない。なぜなら主はいつまでたっても沈黙を保っていて答えを教えてくれないからだ。
 神が全能なら、ユダが裏切ることも予測できていたはずだ。むしろユダの裏切りそのものが神の計画だったのではないかとロドリゴは考え始めるのである。ユダが裏切ったからからこそイエスは十字架にかけられて、全人類の罪をあがなう受難を達成できた。いわば神の否定的な黒子の役をユダはやっているのではないかと思い始めているのだ。
 イエスの一番弟子であったペテロでさえイエスが逮捕されそうになったとき逃げ出して、追っ手に「お前もイエスの仲間か」と聞かれて「違う」と嘘をついていた。ペテロのような人でも嘘をつき、イエスを裏切る。ユダもペテロも裏切り者という点では違いがないのだ。それなのにユダだけが永遠に救われない地獄に落ちていくのはなぜなのか。
 沈黙はここから日本の切支丹弾圧によって、貧しい信者たちが恐ろしい拷問にあい、踏み絵を踏んでキリスト教を裏切っていく葛藤を書いていく。狡智に長けた役人たちは、信仰を捨てないロドリゴの前に貧しく善良そうな切支丹信者を連れてきて、お前がキリスト教信仰を捨てなければ、前に並ぶ信者を殺すと脅すのである。その光景を見てロドリゴは「神様、あなたはこんなひどい状況に信者があっているのになぜ黙っているのですか」、と神に祈る。しかし、答えはなく、神は沈黙し続けているのだ。ロドリゴも切支丹の人々も悲惨きわまりない世界のなかに放り込まれていながら、神からの救済はないのである。「主よ、なぜあなたは黙っているのですか」と問うても沈黙しかないのである。
 現実の苦しさを直接神に訴える展開って、実はドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟でイワンが出した「大審問官」の問いかけと同じである。イワンは現世が懐かしくなって出て来たイエス・キリストに「この世は幼い子供まで輪禍に遭う苦しみに満ちたひどい世界だ。それなのにお前(イエス)は何もしないでそれを放っている。こんな世の中を作ってどうしてくれるのか」と神・キリストに「人間の自由と実存の問題を」問い詰める有名な箇所だ。
 しかし、大審問官の問いかけに対して、キリストは何も答えず、大審問官に口づけしただけで去っていく。神は大審問官の前でも沈黙しているのだ。一方、ポルトガルの宣教師・ロドリゴの方でも世界は耐えがたい悲惨さに満ちていて、人々は現実的な救いを求めているのに、イワンと同じように神は沈黙したままである。「神様、あなたはなぜ黙っているのですか」といくら叫んでも救いの手は差し伸べられないのである。

長くなったので以下は次に続けます。
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by Weltgeist | 2015-02-06 23:51