2012年 02月 08日 ( 1 )

携帯が現代人を苦しめる (No.1305 12/02/08)

 今日も電車に乗って新宿まで行ってきた。電車に乗ることは仕事をしている人にとっては珍しいことではない。しかし、隠居人間はたまに乗るから車内の人たちの様子がとても新鮮に見える。一番強く感じたのはあいかわらず車内で携帯を使ってピコピコやっている人たちの多さだ。今回は行きも帰りも、向かい側の座席に座った人の全員が携帯、スマホをいじっていた。一番ひどかったのは大学生らしい男の子が、左手にスマホを持ち、右手は30秒おきにポケットからとりだした普通の携帯電話でメールをチェックしたり、送信していたことだ。何でそこまで携帯にしがみつくのかだろうか。ちょっと異常である。
 小生はドコモの携帯を持っているが、妻との連絡で無料の家族メールを使う程度で、iモードでネットサーフィンすることは一切ない。そもそも携帯のキーで文字をうまく打つことができないから、メールもあまりやらないのだ。携帯はほぼ普通の通話だけ、メールは自宅のパソコンでキーボードを使って楽々打つことにしている。そういう意味ではIT時代の流れに完全に乗り遅れた人間と言えよう。
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 2008年にフランスへ行ったとき、電車内で携帯を使う人はほんとうに少なかった。それが昨年末のロンドンでは少し増えていて、数人くらいはネットかメールを見ている人がいた。また、iPad で新聞や電子書籍を読んでいる人をたまに見かけたが、それでも日本ほどではなかった。ロンドンでの携帯電話の普及率がどのくらいか分からないが、多くの乗客は黙って座っているか、新聞や本を読んでいる人が多かった。日本ほどネット漬けは進んではいないのかもしれない。
 今日電車内で携帯を駆使していた人たちは誰もが小さい画面に吸い付けられるような様子で夢中になっていた。それが楽しいのか、それとも真剣になりすぎているのか分からないが、とにかくひとときも離せないように電話を握りしめている。きっとこの人たちは今の高機能なスマホを、「とても便利な物」と思って喜んで使っているのだろう。一昔前の固定電話だけの世界と比べたら、ものすごい様変わりである。
 だが、便利になったとはいえ、本当にこれで良くなったのかは疑問である。以前なら仕事で営業に出たサラリーマンは一旦会社を出ればある程度の自由度が味わえた。しかし、今はどこまでもメールが追いかけ、最近ではGPSで追跡されたりする。この状態は例えば学校に通う子供達にまで及んでいる。彼らも日々送り送られてくる膨大なメールに振り回されているのである。そして携帯にのめり込むことで自分の自由ががんじがらめに縛られていくことになる。彼らはそのことに気がつかないどころか、むしろ好んでその呪縛に飛び込んでいるようにさえ思える。
 「私は携帯は持ってないぞ」という人もいるだろう。しかし、それはもう完全に少数派、携帯の爆発的普及を見ると現代人にはなくてはならない物になりつつある。だが、携帯で少しでも人間の生活が豊かになったのだろうか。むしろそれに追われて、自分の大切な時間を奪われている弊害の方が大きくなっていると思えてならないのだ。
 ロンドンでは携帯漬けの人が少なかったけれど、実は携帯の普及率は日本もロンドンも変わらない。ただ、ロンドンの方が理性的で、携帯に溺れた人が少ないだけではないか、日本は携帯の奴隷になっている人が多すぎるから、車内での携帯使用が目に付いたと思ったのである。
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by weltgeist | 2012-02-08 23:56