2009年 12月 30日 ( 1 )

シュテファン・ツバイク、「マゼラン」その2 (No.598 09/12/30)

d0151247_23302146.jpg 「世界的名声を争う競争相手のコロンブス、海のドン・キホーテとも言うべきこの素朴で世間にうとい空想家は準備の実際的な面では(有能な)水先案内人に委ねたのに反し、マゼランは全構想においてすこぶる大胆であるばかりでなく、あらゆる細事をも十分に考え抜き、計算し尽くす点で正確かつ周到であった。彼の場合は天才的な空想力が天才的な正確さとむすびついていたのである。」(ツバイク著、”マゼラン”P.100 )

 大西洋にこぎ出したマゼランは、艦隊の中で彼がいつも敵に囲まれていることを感じていた。スペイン人たちはうわべは従順でも、すきあらばいつでもこの鼻持ちならないポルトガル人をやっつけ、命令に従わなくなるだろう。だが、「嵐の襲来を認める者は、船と乗組員とを救いうる唯一の道、すなわち船長が断固として、それもただ一人で舵をとることだ」( P.114 ) と固く信じていたことをまだスペイン人たちは気づいていなかった。
 不幸なことは、この気むずかしい船長・提督は、人に対して優しい言葉をかけるとか、他人の人間性を尊重するという気持ちが欠如していたことだ。彼は暗く押し黙り、スペイン人にはただ自分の命令を押しつける。旗艦トリニダット号以外の船のスペイン人船長は、それぞれがスペイン貴族の由緒ある家柄の人間であり、今までは尊敬されることはあっても、奴隷のように命令されるだけの屈辱的なことは経験したことがなかった。第一、この指揮官は自分だけが未知の大洋に至る海峡の存在を知っているというが、スペイン人船長たちがいくらその場所がどこにあるのか尋ねても教えてくれず「お前たちは黙って俺についてくればいいのだ」と言い張るだけである。
 不満は日々に大きくなり、ある日最初の爆発が起こる。旗艦トリニダット号へ毎夕送ってくる指揮官への燈火信号による挨拶をしない船があった。サン・アントニオ号の船長カルタヘーナは明らかにマゼランの命令を無視しだしたのだ。カルタヘーナはこれ以上ポルトガル人船長の言うことは聞かないと、船団の他の船にもいい、マゼランに抵抗の姿勢を示す。だが、マゼランはこの事態にも何らの処罰を下すことなく、なるべく騒ぎを穏便にすまそうとしているように見えた。人を外見だけで判断することがいかに危険で間違ったことか、カルタヘーナはこの後思い知ることになる。「危険に対するマゼランの反応はいつも同じであった。重大な決定に迫られるとマゼランは不気味に寡黙になり、冷ややかになる。どんなに侮辱されても、濃い眉の陰にかくれた瞳がひらめくことも、口の周りの神経がぴくりと動くこともなかった」( P.141) からマゼランは屈服したとスペイン人たちは勘違いした。彼らは鉄以上に強固で絶対にその意志を曲げないマゼランの真の姿を理解出来ていなかったのである。
 カルタヘーナの命令拒否に、マゼランは歩み寄る姿勢を示した。油断したカルタヘーナは旗艦トリニダットに来て、今や力を失いつつある総指揮官であるマゼランを「提督」と呼ばず、単なる「船長」と呼び始めた。だが、綿密に計算し尽くした計画のもとに、マゼランは巧妙に侮辱を塗り込んだ言葉の毒矢をカルタヘーナに向けて発射する。すでに実権を掌握したと誤解したカルタヘーナは、この無礼な男に同じく無礼な言葉で応酬する。彼は見事にマゼランの罠に引っかかるのである。
 カルタヘーナの侮辱的な言葉をとらえてマゼランが電光石火の速さで動いた。「お前は私の囚人だ」と叫び、部下にカルタヘーナを反乱罪で逮捕するように命じる。あまりの早さに他のスペイン人船長たちは不意を突かれて呆然とする。彼らは「マゼランが敵を犯罪者のようにひっつかんで逮捕させたその一撃の早さと、魔神のようなエネルギーをみてたちまち意志が挫けてしまう」( P.143 ) のである。最初の反乱はこうして鎮圧された。
 だが、世界中の海で最も厳しい場所と言われる南米大陸の最南端、今ではここを最初に通過した人の名に敬意を表してマゼラン海峡と呼ばれている場所は、まだ混沌とした見知らぬ世界のはるか先にあって限りなく遠い存在に思えていた。マゼランは例の南緯40度にあると書き込まれた秘密の地図を頼りに船団を南下させていく。しかし、40度を過ぎても海峡らしい場所はどこにもない。実際には海峡はさらに南の南緯54度まで南下しなければならないのだが、南に下るに従って、凍り付くような寒さと食料不足が襲ってきた。スペイン人たちはもはやこのほら吹きポルトガル人は海峡の位置など最初から知らない、我々をだまして地獄のような氷の世界に連れ込もうとしているのだと確信するようになるのである。マゼラン自身もすでに秘密の地図が出鱈目なもので、自分もだまされていたことは分かっていた。しかし、この不屈な男はこの時点においても北の暖かい地に引き返そうなど毛頭思っていなかった。彼はパタゴニアの海岸をなんと南緯75度までは進んでみて、それでも駄目なら喜望峰経由で引き返そうと思っていたらしい。南極圏は南緯66度33分から始まる。それを突っ切ってでも計画を実行したいという、途方もないことを考える人物だったのである。
 寒さと困窮に苦しんだ船団員たちが第二の反乱を起こしたのは当然のことだった。そして、今度の反乱はカルタヘーナが先導したものより遙かに深刻であった。カルタヘーナを解任し、マゼランのいとこ、メスキタが船長となったサン・アントニオ号を夜陰にまみれた反乱軍が襲い、カルタヘーナを牢から出す代わりにメスキタを閉じこめる。マゼランが指揮する旗艦、トリニダット号は大砲の照準をこちらに合わせた3隻の反乱軍が支配する船にとりかこまれるのである。
 だが、絶体絶命とも言える苦境に陥りながら、鉄の人マゼランは優れた策略の元に再び反乱を鎮圧し、ついにはマゼラン海峡から太平洋に船を滑り込ませることに成功するのだ。

以下、明日に続く
*添付したマゼランの写真はWikipediaよりDLしました。
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by weltgeist | 2009-12-30 23:54