2009年 12月 03日 ( 1 )

蛍光灯とレーニン (No.575 09/12/03)

 蛍光灯が切れたので、妻にお使いに行ったついでに買って来て欲しいと頼んでいたら、100円ショップで買ってきた。ということは蛍光灯が一本100円であることだ。一般の電気店なら千円弱で売られている物が、ワンコインというのは、昨日の格安グアムツアーと同じで、安売りのすごさは隅々まで浸透しているのである。
 ところで昔は反応の鈍い人を「蛍光灯」と呼んでいた時代があった。蛍光灯は電源を入れても一旦グローランプで起動しなければならないから、点灯が一瞬遅れる。人間でも同じで何か言ってもすぐに反応がなく、しばらくして「あ、それはね・・」と急に答える人がいる。理解力が鈍いのか、それとものんびりした性格から生じるものなのか、とにかくそんなスローモーな人を蛍光灯と称して、馬鹿にしていた。だが、蛍光灯は電気屋で買う物と思いこみ、すっかり思考の柔軟性が無くなっている小生も「蛍光灯人間」の仲間に入りつつあるのかもしれない。
 一方で瞬時に反応する人もいる。気持ちがいいくらい頭が切れて、飲み込みの早い人だ。能力的に言えばこうした人こそ有用な人材なのであろう。頭の切れる人はとくにディベートのときなどにその能力を発揮する。回転のいい頭脳で相手の欠点を素早く見透かして、持論の正当さを押し通すことが出来る。「ああ言えば、こう言う」で、論戦になっても負けることはない人だ。例をあげれば、レーニンなどがそうだ。
 以前、レーニンが書いた「唯物論と経験批判論」という本を読んだとき、レーニンの頭の切れの良さに驚いたことがある。彼は「存在することは知覚することである」というバークレーの考えを引き継ぐ観念論者、エルンスト・マッハのことを、これでもかというくらいこてんぱんに批判する。マッハとは、例の音速の単位で名前を使われた有名な物理学物&哲学者であるが、彼の理論をレーニンは「弁証法的唯物論」の立場から徹底的に批判するのである。
 ソビエト・ボリシェビキ革命の指導者であり、革命後のソ連を率いた共産党指導者として知られるレーニンはアジテーションのうまさが際だっていた。敵対する勢力とのディベートでは他を圧倒した彼がこんな認識論に関する本を書いていたことはあまり知られていない。昔の政治家、革命家は同時に哲学者でもあったのだ。レーニンのマッハ批判は竹を割ったような一貫性に貫かれていて、瞬時も滞らない。まさに反蛍光灯的論者であると感じた。
 レーニンはこの本の中で最初から最後まで一貫して「人間の認識は客観の反映したもの」という弁証法的唯物論の立場を貫いていて、読んでいる読者は「ふむ、ふむ、それはそうだ」と納得させられてしまう。だが、それでいて読み終わった後に、理論的にはレーニンの言うことは正しいかもしれないが、何か釈然としない疑問が残った。
 優れた論者は、こうしてディベートでは勝利するのである。小生のような蛍光灯人間は、人から何か議論をふっかけられると、言葉に詰まってたちまち窮してしまう。早い展開をする議論には当然太刀打ち出来ないのだが、家に戻ってから「こう言い返せば良かった、ああ言えば良かった」と反省する事ばかりである。だが、もちろん後の祭りだ。自分の反応の鈍さ、能力のなさを嘆くしかないのである。頭の悪い息子を産んだ「かあちゃん、とうちゃん」を恨むしかないのだ。
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かって革命記念軍事パレードで核弾頭を付けた大陸間弾道弾( ICBM )が列をなし、赤軍兵士が行進するのをソ連共産党指導者たちが見守っていたモスクワ、赤の広場。正面のねぎ坊主のような建物が聖ワシーリー大聖堂、右がクレムリン、スパスカヤ塔。ロシア革命を指導し、その後ソビエト連邦を作ったレーニンは、この写真の右手にあるЛенинと大きな文字で書かれた「レーニン廟」で永眠している。
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by weltgeist | 2009-12-03 18:10