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川の顔は変わる (No.436 09/06/16)

 昨晩遅く家の周囲でものすごい音がして雨が降り出した。バケツをひっくり返したという表現がまさにピッタリするほどの集中豪雨で、このまま1時間も降り続けば、小さな河川は氾濫して、床下浸水くらいは発生する雨量だった。しかし、幸いにして30分ほどで収まり、その後は何事も無かったかのように静かになった。やれやれ、災難は去ってくれたと思って少し安心していると、30分もしないうちにまた同じような豪雨が襲ってきた。最初の豪雨が去って油断していたところを狙い撃ちするかのような波状攻撃が続いてきたのだ。こうなると低い土地の家はヤバイかもしれない。しかし、自分の家はまず大丈夫だろうと思い、激しい雨音を聞きながら寝てしまった。
 翌朝、すなわち今朝、外を見たら、道路も半乾き状態になっていた。昨晩の雨は第二波で終わったようである。我が家は比較的高い所にあり、雨が降っても水は低い方に流れていくから心配ないが、低い土地に住んでいる人にとってはたまったものではない。昨晩の豪雨は気が気ではなかったろう。都会の大雨は低い土地に急激に集まり、小さな河川や下水路から簡単に水があふれ出るのだ。
 釣り人である小生は、どこへ行ってもまず川を見る癖がある。水の色や流れ具合からどんな魚がいて、釣れるかどうかが気になって仕方がないのである。そして、例え釣りは出来なくても、川をじっと見つめているだけで、気持ちが和む。これは小生と同じ釣り師なら誰もが感じる共通のものであろう。
 それだけに川の「顔」はいつも同じでないことをよく知っている。普段はチョロチョロの小さな流れに過ぎない小川が、ひとたび大雨になると氾濫して大暴れをすることをたびたび経験しているからだ。釣りの途中で急激な増水が起こり流されそうになったこともあるし、山奥の渓流で鉄砲水出くわし、テントや食料などの荷物を流されたこともある。川は優しく穏やかな顔だけではない。ひとたび怒りだすと、小さなどぶ川でも恐ろしい洪水の発生源となるのだ。
 そんなだから、自分の家を撰ぶ時は少しでも川から離れた高い場所にこだわった。なぜなら川がある所は土地が低い証拠でもあるからだ。そうした低地は回りからの水が流れ込む。とくに地面がコンクリートで覆われた都会は、少しの雨でも水が出やすいのだ。川に面した家など、眺めはいいから住むには気持ちがいいかもしれない。しかし、それは川が平水の時の事であって、一旦洪水が起こるととんでもなく危険な存在に変身する。川を知らない人は平穏な姿が永遠に続き、洪水など起こらないと思いこんでしまうから失敗するのだ。
 昨晩の豪雨は幸いにして、すぐに止んだからいいけど、これから梅雨になるとこうしたゲリラ豪雨が各地で暴れ出すことだろう。最近は温暖化の影響もあるのか、気候も変であるから極端なほど激しい豪雨が起こる可能性が高くなっている。
 降る所では「もう止めて欲しい」と叫びたくなるほど降る。ところが降らないところは全く雨が降らずに土地が乾燥、砂漠化しているという。我々にとっては「空気と水はタダ」という意識が強いから、降りすぎているところの水を乾燥地帯に分けてあげたいと思う。だが世界的規模では水は資源としてお金になり始めているという。水の無い国はお金を出してまで水を買わなければならないのである。
 幸い今の日本はそんな砂漠化した国にまではなっていない。この時期、あちらこちらで水田に水が張られているのを見ると、本当に水の豊かな国に見える。水田は雨で増えた水を蓄える緩衝地帯としての役目や、地面の高温化を防ぐ役目もしている。雨は憂鬱であり、自分にとってはあまり有り難くないものだが、降らないと渇水となり、水道の取水制限なども起こる。我々にとってはなんとか仲良く付き合って行かねばならない重要なパートナーなのだ。
川の顔は変わる (No.436 09/06/16)_d0151247_2347686.jpg
昨晩の大雨の名残りを我が家の猫額庭で見つけた。白く輝く小さな水玉が葉っぱの上を転がり、とてもきれいだった。しかし、この水が時には恐ろしい洪水をも引き起こす。何気なく接している水、それは我々の生活に不可欠な物であると共に、潤いを与えてくれるものでもあるし、災いをもたらすものでもあるのだ。 
by weltgeist | 2009-06-16 23:47


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